NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

ワーカーズ2

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。なんですか、さっきからこっち側とか君達側とか。訳分からないですよ。俺の話を、俺を差し置いてしないでください」
「いやいや、ちょっとふざけないでください。こんな奴、こっち側になれるわけないじゃないですか。なんでこいつが必要なんですか」
 俺の言葉に被って、省木も言葉を発した。なんかやたらと俺が貶されている気がするがそこに着目してても話が始まらないの突っかかるのはやめておこう。
「LR、そして赤木原。君達に決定権はない。命令だ。一人でも多くワーカーズを集め、この一年に行われる数々のイベントを成功に導け」
 ワーカーズ、というのがチームの名前だということは流石の俺にも理解出来た。そして俺がそれをこれから集めなければいけないということも分かった。それさえ分かれば、俺がやることは分かる。まあ、分かったところでどうにか出来るわけじゃないんだけど。
「そこのは、あなたの事務所に所属してるから言うこと聞かざるを得ないでしょうけど、俺はそんな義理ないですよ?」
「いや、俺だってそんなアイドルと関係ないようなことさせられるくらいなら、事務所やめますよ」
 省木に続いて、俺も社長への文句を言う。実際、俺は事務所をやめてもいいと思っている。そんな社長の命令に従うだけの操り人形に成り下がるくらいならこの世界から消えて別の世界に生きるだ。俺は色んな世界で生きられる……はずだ。
「言ってるだろう。君達に決定権はない。LR。君に関しては私に恩があるはずだ」
「それを、今出すのはずるいじゃないですか。分かりましたよ。やりますやります。でも俺一人でやりますから。チームを集めることもない」
「好きにすればいいよ。でも流石の君でもキャパが足りないと思うけどね」
「やってみせますよ。舐めないでください」
 省木は、言うとソファーから立ち上がった。そして、それまで口をつけていなかった湯のみを手に取り、一気に茶を飲み干してから、事務所を去っていった。その間、俺は何も言うことが出来なかった。
 さっきから出来ないことばかりだ。普段はどんなことでも出来てしまう俺なのに、今日ここに来てからおかしい。
「さて、と。分かったとは思うけど、LRは君とは次元が違う。彼みたいな人間をエキスパートって言うんだ」
「でしょうね。なんとなく、分かります」
「そうか。分かるか。まあ、そうだろうね」
 俺の言葉に楽しそうに笑った社長は、一瞬だけ恐ろしい顔になって
「目が違う」
 と呟いた。
 確かに目は違う。あの目は、常人の目じゃない。あれだけ瞳に目を抱く高校生を俺は見たことが無い。
 何より、あれは恐ろしい。吸い込まれそうな闇は、まるで俺の存在が元々ないもののように感じてしまう。それが本当に怖い。出来れば、直視したくない。以前、運動会の時にはそこまで思っていなかったはずなのに、いつの間にかそんな風に思って、恐怖するようになっていた。
「でもね、あれがエキスパートなんだよ。自分の力が誰かを傷つけるかもしれないということを知っている。それでもその刃を磨くんだ」
「そんな必要あるんですかね。誰かを傷つけるなら、別の刃を持てばいいだけなんじゃないですか?」
 俺の言葉を聞いた社長は、鼻で笑うと立ち上がり、自分の机に向かって歩いていった。カツン、カツンという靴の乾いた音が響き、俺は湯のみの茶を呷った。が、もうろくに茶は残っておらず、渋みだけが口に広がる。苦みには慣れていない。これまで、俺の人生はいつだってチートで、ヌルゲーで、甘いものだったからだ。苦汁なんて嘗めたことない。
 そんなことを思っていると社長は何かを手に持って、戻ってきた。
「刃、というのはね、誰にも負けない技術のことだよ。君のような、平均より少し優れているだけの技術とはわけが違う」
「俺も、結構ずば抜けてると思うんですけど」
 口の中の苦さを吐き捨てるように俺は文句を言った。が、そんな俺の発言が社長の機嫌を損ねた。社長は鋭い眼光を俺に向け、口の形だけで『舐めるな』と言った。
 納得できない。いや、確かに省木は怖い。俺以上のものを持っている気も少しだがしている。けれど、彼と俺との差がそこまで大きいとも思えないのだ。事実、運動会のときだってそこまで差をつけられて負けたわけじゃない。
「納得しないなら戦ってみればいい。ワーカーズは、おそらくどんなことでも君より高い水準でこなせる。まあ、省木は勉強は出来ないがね」
「そうなんですか」
「ああ。まあ、だからといって頭が悪いわけではない。むしろ利口だ。思考能力にかけてはおそらくワーカーズの中でも1,2を争う。指揮官だからな」
「……分かりました。じゃあ、俺が勉強以外であいつに挑んで、俺が負けたらあなたの指示に従う。これでどうですか?」
 正直な話、俺が負けるとは思えない。だから、どうせ指示に逆らうにしてもここは社長に力を見せ付けて、俺が省木などに負けるような弱者じゃないと認めさせてから反旗を翻したい。俺が強者じゃないのは納得がいかない。
「そうくると思ってたよ。君は負けず嫌いだもんね」
「そこまで負けず嫌いじゃないですが、まあ俺があいつに負けてるってのは納得いきませんからね」
 計算通りだったのは少し癪だが、まあ構わない。相手の行動を計算する、くらいのこと誰だってやるしそれが今回たまたま当たっていたというだけだ。別に俺が負けたわけではない。
「そうか。その自信はよく分からないな。まあどうせ君は負けるだろうから、先にワーカーズのメンバーを教えておくよ」
「は? いや、なに決め付けてるんですか」
「いいから」
 そう、強引に言われてしまえば差し出されたものを受け取らないわけにはいかない。俺は渋々であるがそれを受けとった。
 それはやけに分厚く重い茶封筒。表にも裏にも特に何も書かれてはいない。封のされていないそれを見ていると、社長は中身を見るように目で訴えてきた。その目は断ることを許してくれるような目じゃないので、諦めて従うことにした。
 封筒から出てきたのは、ノートだった。それもぼろぼろの。ノートがここまでぼろぼろになるんだな、とむしろ驚いてしまう。表紙に書かれている文字らしきものは、掠れてしまっているが『ワーカーズ活動日誌』と書かれているんだと何となく分かった。
 封筒を見てみると、ぼろぼろのノートは何冊もあるようだ。その全てが活動日誌なのだろう。手に持っているノートと同じ様に掠れた表紙の文字からなんとなく窺える。
 ノートの中を見てみても、決して字が大きいわけでも無駄なものが書いてあるわけでも空白が多いわけでもなかった。ただ実直にその日の活動を記録されているだけのノート。それが、ノートにして五冊を超えていた。
「それを見れば、ワーカーズについても分かるはずだよ。読んでみるといい」
「いや、読みませんけど。必要ないですし」
「ふっ。言っているといい。君には必要になるから」
 返そうとするも、拒絶されてしまう。そうなれば、一応、持って帰るしかあるまい。まあ、それでも帰って読まなきゃいいだけの話だ。帰ってすぐに捨てておこう。そう、自分の中で決めて、封筒にノートを入れなおす。
「そういえば、なんで俺に手伝わせたいんですか? それが分かんないんですけど」
 ふと、疑問に思ったことを口にした。

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く