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黒虱十航

強者3

 俺の仕事はアイドルである。
 中学生の頃、スカウトされたことをきっかけに踊って歌えるアイドルとして、今はそれなりに有名なアイドルになれている。
 容姿端麗なだけでなく、文武共にチート級に優れている俺は、どこの世界でもある程度うまくやれる。作詞をやらせてもらった時も、まあそれなりにいい詩が書けたという自負があるしダンスだってセンスは抜群のつもりだ。事実、既にダンスの先生よりも上手く踊れる。
 そして、何より俺は社交性がある。ある程度、上手く業界でもやっていける。そんな自信があった。
「すんません、遅れました」
「いやいい。今日は急いでいるわけではないからね」
 事務所に入ってすぐに謝罪した俺に対し、いつもより数百倍優しい言葉をかけてきたのは社長である。なんだろう。バファリンでも飲みまくったんだろうか。ぜひぜひ、もっと飲んで副作用で倒れてほしい。
 が、今回に関してはそういうわけではなく、ただ単に急いでいないだけのようだ。
「今日は、君に相談があって来てもらったんだ」
「相談? 危ない仕事かなんかですか?」
 アイドルを始めた頃から、時たま危ないけれども高報酬の仕事はくる。命的な意味で危険な仕事や法律に触れそうな意味で危険な仕事など色々あったが、そういうのは全部断ってきた。俺はそこまでしてアイドルをやりたいわけじゃないのだ。
 だから、今回も同じですよ? と目で訴えるが社長はかぶりを振り否定した。
「違うよ。うちの事務所の方針についての話だ」
「事務所の方針?」
 俺は何か事務所の方針に逆らうようなことをしただろうか? そもそも、スカウトされたときから、特に仕事についての注文をされたことはなかったはずだ。方針なんてものも言われたことがない。時間だけは守れるようにしろ、といつもこっぴどく言われているだけだ。
「うちはね、長いスパンを考えてアイドルを育てるんだよ」
「長いスパンですか」
「ああ、そうだ。私が見て、最初から経験させるべきだと考えればもうプッシュして精力的に活動させるし、そうではなく、下積みを経験する必要がある場合にはレッスンをじっくりとさせる。そうしれ最終的に最高のアイドルを量産することを目標としている」
「そうですか」
 個性にあった育て方ってことか。なんだか道徳的な話だ。が、まあ合理的と言えば合理的である。
 現に俺のような人間が下積みをする必要はない。というか効率的ではない。むしろ俺のような人間は実戦することによって弱点を分析し、自分でカバーしていく。そんな人間が下積みをしたって意味が無い。
 逆に下積みをすることによって実戦で失敗しないようにするタイプもある。机上の空論であっても精度を上げ、幾つも論を組み立てれば武器になる。その二つのやり方は、同じ人間がやったって無駄だ。それぞれの個性に合うものを選ぶべきである。
 それなりに納得できる。
「それがなんなんです? 俺の育成方針を変えるってことですか?」
「んー、まあ間違いじゃない」
 言われて、少しだけドキリとした。
 俺は今までたくさん実戦を積むことによって成長してきた。その育成方針を変える、というのは第一線から退くということを意味する。
 テレビ露出やライブなどが減るということだろうか。そうなっても、給料制なので収入には困らないが、実戦を積めないのは痛い。テレビに出たり、ライブを開いたりすることで得る能力が大きい事はこれまでの数年で分かっているのだ。
「そんな怖い顔をするな」
「怖い顔、してました?」
「ああ、してたね。だが、まあ普通の子が見せる顔とは全く違った」
 他の子ということは、他にも育成方針を変更してきた奴は多くいたのだろう。その中に自分が入ってしまったことを不本意に思いながら、俺はおどけて笑う。
 心の中では文句が募る。何故? とか、俺のことを理解してない! とか。
 でも、この社長は俺も驚くほどに目が肥えている。物事の本質をさらりと見抜くことの出来る人なのだ。だから、あくまで文句は心の中に留める。
「これまでも君と同じくらいの年頃の子にこんな風に話をしてきたんだよ。でも、大抵の子は不満そうな顔をするか、悔しそうな顔をした」
「俺もそんな顔してたと思うんですがね」
「いや、違ったよ」
 言われて、じゃあどんな顔をしてたんですか? と目で訴えた。すると、社長は不思議そうに笑って答えた。
「君は、信じているでしょ? 私の判断に間違いがないということも、自分の力が確かだということも。だから全く動じてなかったよ。」
「ハハッ」
 つい、笑みがこぼれた。
 確かにその通りだ。俺は、社長が誤った判断をしないということを胸を張って言える。何故なら、俺自身が驚くほどの力を持っているからだ。
 それは同時に、自分の力への自信を俺が持っていることにもなる。俺が驚くほどの力なら間違えることはないだろう、ということは俺がそもそも凄い人間ということだ。そうでなければ、信じられない。
 更に言うならば俺は、俺が人生の強者である自信がある。これは俺の人生経験がそう語っているので間違いない。
「流石ですね。そうですよ」
「だろう? やっぱり、君は普通じゃない。でもね、言っておこう。君は、決して優れているわけじゃない。君の生きている世界がぬるま湯みたいなだけだ」
「は? それってどういうことですか」
「そのまんまの意味だよ」
 そのまんまの意味……この業界は楽だってことか? いや、それは少し納得行かない。
 確かに、社会には厳しい世界があって、テレビに出る側の俺たちは楽と言われても仕方ないかもしれない。現に、俺はテレビ出演の時に企画段階から参加したり、ライブの演出から参加したりしていないし書類仕事も無い。
 でも、アイドルにだって苦痛はある。そりゃ、ダンスレッスンだってなんだって俺は上手くやれるけど、他のアイドルは大変そうにしている。この業界にはこの業界の苦痛があって、ここがぬるま湯なんてことないはずだ。
 意味が分からずにいる俺を社長は嘲笑っていた。それは俺に向けられた初めての嘲りのような気がする。
 圧倒的強者であるはずの俺が嘲られた。そのことが屈辱であり、衝撃的だった。
「いいねぇ、その目。それが本性?」
「本性? 何言ってるんですか。元々、俺はこうですよ」
「そうかい。まあいいよ。君の本性がなんであろうと、君は所詮〝弱者〟だ。弱者のまま強者になれない」
「は?」
 弱者だと言われて、つい、俺の声は攻撃的なものになった。喧嘩腰というほどではないが、弱者認定されては、俺も納得いかない。
「どこが、弱者なのか分からないのか?」
「当然ですよ。俺は、何をやっても上手くこなせます。欠陥がない。その自信がありますから」
 正直、この人には小細工は意味が無いと思った。取り繕ってもおそらく意味はない。容易く見抜かれてしまう。だから、取り繕わないことにした。幸い、社長の指示で他の人は外に出払っている。
「上手くこなせる? そんなことはね、何か一つでもいい。エキスパートになってから言うんだな」
「エキスパートですか……」
「ああ、そうだ」
 俺は割と大抵なことでエキスパートに達するだけの能力があると思っているのだが、違うのだろうか。
 思っていると、社長はどこか苛立った表情で口を開いた。
「「償えない罪を背負うことになって、大切なものを失って。それでも目的のための自分のの武器にし続ける」」
 社長の声に被るように、もう一人、どこからか疲弊した、けれど鋭い声が聞こえた。それで、いつの間にかドアが開き、少年が入ってきているのに気付いた。

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