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黒虱十航

強者2

 端的に言うとサッカーのボールである。しかも、シュートする勢いのパワーだったから彼女にぶつかる時にもおそらくかなりのパワーが乗っかっているだろう。
「危ないっすよ」
「すんません」
 サッカー部の奴らの声が響いている。かなりのスピードだが、こんだけ声をかけられているし距離もあるんだから避けられるだろう……と思ったのだが、そこで気付いた。
 あんな風に孤独に仕事をする弱者は必ず外界の音を嫌う。まして、先ほどのような野性的な声があるうるさい校庭なら尚更だ。そして、彼女もご多聞に漏れずイヤホンを耳にはめている。
 これだから弱者は嫌なんだ。すぐ現状から逃げる。
 そう思いながらも俺の体は自然に動いていた。重い荷物を校庭に投げ、砂埃を立てながら全力疾走していた。
 ああ、くそくそくそくそ。
 弱者なんかのために。現状を打破しようとしない最悪の奴らのために、俺がこんなに走る破目になるだなんて、最悪だ。
 でも、間に合え。そう思っていた。
 パワーのこもった我らの友達ことサッカーボール。それは思っていたより減速することなく凄いスピードで迫ってきていた。本当はかっこよくキャッチしてやろうと思ったのだが正直、それはきつそうだ。
 だが、とりあえず間に合う……か?
 ボールはもう彼女と距離が無い。だから間に合うとしてもぎりぎりになるだろう。とはいえここまでして諦めるのも癪だ。
 まあ、走り出してから今まで思考はやたら加速してるけど時間にすると数秒だがな。
「いっけ」
 呟きながら、俺は彼女に後一歩で触れそうなボールを天に蹴り上げた。思ったよりパワーとスピードがあったがとりあえず中心より少しだけ彼女側を蹴れたので問題ない。足には痛みが少しだけ生じるがこんなの何でもない。球技大会の時はもっと凄いパワーのボールを平気で蹴り返していたのだ。いまさらこの程度で弱音は吐かない。
 蹴り上げられたボールは少しだけ彼女から距離をとった。これならボールをキャッチすることもサッカー部の方に蹴ることもできる。
 とはいえ、普通に蹴るのではつまらない。どうせ、この後何事もなかったかのように帰るのは俺の立場的に難しいだろうから、事務所に時間通りに間に合わないのは分かりきっている。なら、せめて俺が圧倒的強者であることを証明してからここを去ろう。
 そう思って、俺はゴールに狙いを定める。ボールが落ちてくるまでの間、足首を回し、集中。そして落下するタイミングで全力を出す。いや、全力には程遠いか。俺が全力を出すときなんてない。
 ボールの中心を捉え、球技大会の時に出したような程よい圧倒的パワーで蹴る。整ったフォームに、どこからか歓声が聞こえた。園芸部のサボっていた奴らだろう。まあ、強者としての圧倒的パワーを見せ付けたかったのでその歓声は狙い通りだ。
 だが、うぜぇなと思った。そもそもあんたらがサボらなきゃこんなことになってねぇだろうが。そう言いたくてしょうがなかった。だから自然と、そんな怒りもボールに乗っかる。
 強者の圧倒的な力。
 それはあまりにも残酷にサッカー部の奴らに証明されることだろう。自分達のミスをフォローし、更にこの距離からシュートを決める。そいつは球技大会で自分達を圧倒する人間。その事実はさぞ屈辱だろう。
「すげぇ」
「くっそ。イケメンが」
 ぶつくさと呟く声は一人一人だと小さいが、全員の声となるとかなり大きくて俺の耳にも届いた。
 計算通りである。この後、助けられた園芸部の少女が俺に惚れるところまで全て計算している俺は最強である。イタイとか言ってはいけない。俺を女子が好きになるというのはむしろ自然の流れなのである。
「…………」
 が、少女は俺に見向きもしなかった。一人、黙々と花の手入れをしている。もしかしてこいつ、俺が助けたことに気付いてすらいないのか?
「マジかよ」
 誰にも聞こえないような声で呟いてしまった。こんな醜い声、強者の出すべき声ではない。しまった、と思い俺はかぶりを振った。
「あ、やべ」
 かぶりを振ったのでちょうど見えた時計は、四時十分を示していた。本気でヤバイ。間に合わなくても、ここで追加の恋をされて評価を上げられるならまあいいだろうとおもっていたが、気付いてもらえないのであれば間に合わないのは困る。
 しょうがない。ここで足掻くより、早く事務所に向かおう。死ぬ気で走ればまだ間に合うかもしれない。というか、間に合わなかった時に何ていわれるか分からないし、マジで急ごう。
 そう思って俺が走り出した。方向を修正し、敷地を出ようとする。少しだけ疲れたが別に走る文意は問題ない。
「あ、省木君。お疲れ」
「ああ」
 すれ違い、立ち止まった俺の耳に届いたのは真面目な園芸部の少女のどこか楽しそうな声だった。それで反射的に俺は振り返った。そこにいたのは、俺とほぼ同じ背丈の青年だった。いつの間に少女の近くにいることに僅かな驚きを覚える。が、彼の目の奥底には深い闇が見えて気にならなくなった。それなりの距離なのにその漆黒が鮮明に頭に刻まれる。その闇が、俺の記憶を呼ぶ起こした。
 省木力はぶきちから。運動会で唯一俺を破った男である。瞳に見える常闇が特徴的だが、顔立ちもそれなりに整っておりかっこいいと言える範疇だ。
 そんな省木と少女との会話とも言えないようなやり取りには、けれど確かに感情のこめられていた。途端に、俺の心の中にイライラが生まれる。
 あいつは弱者なのか強者なのか。正直、分からない。でもなんだかんだで俺を超えるものを持っている、というのはすげぇことだ。なのに俺みたいに無双していないのがムカついた。

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