NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

ワーカーズ

「「償えない罪を背負うことになって、大切なものを失って。それでも目的のための自分のの武器にし続ける」」
 社長の声に被るように、もう一人、どこからか疲弊した、けれど鋭い声が聞こえた。それで、いつの間にかドアが開き、少年が入ってきているのに気付いた。
 少年、というにはいささか背丈が大きく、目が鋭かった。鋭利な刃物のようなその目の下では悪事を働くことが許されないように思える。瞳にこもる漆黒。それで、俺はその少年――いや、青年というべきか――が、省木であることを理解した。
「おお、来たか」
「すんませんね。ちょっとやることがありまして」
「いや、問題ないよ。ちょうど本題に入るところだった]
 省木と社長は、どこか親しげに会話をしていた。
 二人の関係は一体どんなものなのだろう。社長は未婚のはずだから親子ではないであろう。親戚、というのもしっくりこない。これはもう感覚的なものだ。が、確かに感じるのだ。彼らは親戚などではなく、もっと深い関係であることを。
「彼は、指揮官、つまりリーダーをしているLRだ」
「LR?」
「そのコードネームは捨てましたしチームはもう解散したんですがね」
 社長の言葉に、棘をつきたてたのは省木だった。いやLRなのか? どう見ても省木だと思うんだけど。っていうかその前に指揮官だのリーダーあのチームだのってなんの話をしてるんだ?
 疑問符がたくさん浮かんできた。分からないことが多すぎる。というか、状況に追いつけていない。大前提として、どうして省木がここにいるんだ? ここはアイドル事務所のはずだぞ。
「解散ね。でも、もう一度集まってもらわないと困るよ。今年は、我が校の創設10周年記念で、色んなイベントをやるつもりなんだから」
「……またあなたはそうやって俺たちを――」
「――君たちを?」
 どこか苦しそうな声で省木が言うと、社長は威圧するような恐ろしい目で省木を見た。刹那、彼は心臓を抉られたかのような顔をしてかぶりを振った。
「なんでもないですよ」
「そうか」
 社長と省木が一体どんな関係なのか。未だに分からない。
 だが、なんとなく分かることもあった。
 それは例えば、省木と社長の間には明確な上下関係がある、ということだったり、省木と社長には何かしらの因縁があったりとか、そういうことだ。そういう、第三者が踏み込む資格を持つには少し不足する情報だ。
「で、なんで俺はここに連れてこられたんですかね」
「ああ、そのことか。とりあえずLRも座りたまえ」
「だからその名前は捨てたっての」
 促されて、ぶつくさと呟きながらも省木は社長の隣に座ろうとした。俺も社長も大きめのソファーに向かい合って座っているので、省木が座る余裕も十分ある。問題は、こういった会話のとき、大抵の場合に必要となるあるものがないことだ。
「はぁ」
「すまないね。君の秘書を担当する彼女がいれば、君の手を煩わせる必要もないんだが」
「いいっすよ、慣れてるんで。あなたのパシリになるのは」
「そうかい」
「そうですよ」
 省木は皮肉じみたことを言いながらも座る前に、茶の準備をしにいった。いつもならここで、俺も手伝いにいって仮面により強者の力を見せ付けるのだが、社長と省木のやり取りに圧倒されてしまった俺は立ち上がることも出来なかった。
 省木をこれまでの俺は弱者だと思っていた。腐った環境に順応するならそれは弱者だと思っていからだ。けれど、この部屋に入ってきてから交わされた社長との会話。それだけで彼が弱者ではないと理解できた。
 考えていると、俺の目の前に茶の入った湯のみが置かれ省木が社長の隣に座っていた。湯のみを置く音も、茶を淹れて戻ってくるときの気配も一切しなかった。そこまで考え込んではいなかったはずなのに、だ。そのことに慄いた俺は、恐怖や戦慄を湯のみに入った茶で流した。
「さてと。じゃあ、本題だ」
 言ってから、茶を一口飲むと社長は腕を組み瞑目した。そして、渋い顔をして重々しく口を開いた。
「彼女の茶の方が旨いな」
「さいですか。すんませんね」
 謝ってはいるが省木の言葉には謝罪の意が微塵も感じなかった。むしろ、どこか挑発的な台詞にさえ感じる。やはりそうだ。省木は強い。社長に並ぶほどに。
「それはそうと、えーっとなんて言ったかな。名前が思い出せない」
「……赤木原です」
「ああそうだ、赤木原。赤木原君は、君の通っている学校が私の作った学校である事は知っているかな?」
「え、いえ」
 確かに、俺の通っている高校は私立だ。更に、社長は俺だけでなく、多くのスーパーアイドルをプロデュースしてきている。学校を建てる資金くらいあっても不思議じゃない。けれど、これまでまったくそんなことを思わなかったのは、多分俺が学校に興味を持っていなかったからだ。
「だろうな。分からないようにしておいたんだ」
「知ってるのは上の方の奴と俺たち元チームの奴らだけなんだし、知ってるはずないでしょうが」
「チーム……」
 省木の言葉を反芻する。
 チーム、とは一体何を指すのであろうか。おそらく、そのチームというのが省木と社長の間にある因縁とも深く関わっている。だが、そのことについて俺が聞ける雰囲気ではなかった。
「それがどうしたんですか?」
 諦めて、俺は話を進めることにした。別に時間に追われているわけではないが、正直この二人と話しているのは居心地が悪い。何が居心地悪いっていつもは話の中心にいる俺が完全に蚊帳の外にいるから居心地悪い。
「私が作った学校が、今年10周年なんだ。私の意向で、今年はたくさんイベントをやることになっている」
「それは、先ほど仰ってましたね。それがどうしたんですか?」
 言うと、社長はムッとした。そんな顔をされるのは慣れていないから、やはり居心地が悪い。たまらなくなり、俺は湯のみを手に取った。渋い緑色の茶を飲むと、口中に苦みと深みが広がった。素人の俺でも分かる。この茶を淹れた人は相当の腕を持っている。
 これも省木なんだよなぁ……としみじみ思うと、なんだか本当に自分がたいしたことない人間のように思えてきた。
 どんなことでも俺は完璧にこなしてきた。俺は強者だ。どんなことでもうまくやれる。そんな自信が性懲りも無く俺の中にあったのに。何故だか今はそんな自信が霧散してしまっていた。
「はぁ……要するに、この人はそのイベントにチームを登用したいんだよ」
「そういうことだ。流石、君は理解が早い」
「いや、純粋にこれに関しちゃチームじゃなかった奴には分からないことでしょ」
 省木がなんとか解説してくれたり、俺を庇ったりしてくれてるのを見ながら、俺は何も考えることが出来なかった。ただ、無言でゆらゆらと波を起こす渋緑色の海と向かい側のソファーを交互に見ていた。
「そうかい? 君が彼の立場なら多分、概要を理解していたと思うけど」
「まあ、そうですね」
 省木の返答を聞いて俺は戦慄した。
 省木の目はマジだった。つまり、もし彼が俺の立場だったら状況を理解できていたということだ。俺は、まだ理解しきれていないのに、だ。
 ゆれる渋茶色の海に流される木がちらりと視界に入り、心臓を突き刺されたかのような気分になった。時計の秒針の音さえせず、風も起きないせいでどこか不気味な空気がその場に漂っていた。
 日差しさえ入ってはくれない。唯一の光は蛍光灯だけ。けれど、それもどこか虚ろで、日光のような温かみはない。だから、俺はその場で完全に孤独になっていた。
「ま、そんなのを求めちゃ駄目ですよ。そこのは所詮、こっち側じゃない」
「酷いこと言うなぁ。彼はこれから君達側にいくのに」
「「は?」」
 何故か分からないが俺はいつの間にか〝こっち側〟じゃないとか〝省木達側〟に行くとか言われている。そこには一切俺の意思が関与していなかった。
 それには流石の俺も黙ってられない。俺は強者のはずなのだ。自分の道は自分で切り拓く。そんな強者のはずだ。だから、勝手に俺のことを話されて黙っているわけにはいかない。
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。なんですか、さっきからこっち側とか君達側とか。訳分からないですよ。俺の話を、俺を差し置いてしないでください」
「いやいや、ちょっとふざけないでください。こんな奴、こっち側になれるわけないじゃないですか。なんでこいつが必要なんですか」
 俺の言葉に被って、省木も言葉を発した。

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