親父様とまじかる☆すとーん
正義 第6回 最後の願いを
かつてはこの国の象徴でもあった、古きよき時代の祭壇。昔はここで様々な祭典が催されていた。しかし……もうその姿はあまりにも悲しげに変わってしまった。
祭壇のシンボルといえる七本の白い柱が、全て壊されてしまったのだ。
「アディ!」
ミカエルは降り注ぐ柱の欠片から、全てを守るかのようにアドリアーナ・エル・サンユーロの上に覆い被さった。お陰でアディは傷一つなく難を逃れることが出来た。
アディは柱が突然壊れたことと、ミカエルに助けてもらったことに驚きを隠せずにはいられなかった。アディの暖かな、そして少し早い鼓動がミカエルにも伝わる。
「大丈夫でしたか? お怪我は?」
そのミカエルの言葉に。
「え、ええ。何ともなくてよ」
アディはそう言うのが精一杯だった。
ふと、ミカエルの目が止まる。
「え?」
それと同時に頭の中の何かが目を覚ました。
痛みと、嫌な……キーンという金属音のような音をともなって呼び覚まされていく。
『王子、申し訳ありません。我が城は、もういくばくもなく崩れ落ちるでしょう』
遠くで叫び声が……助けを呼ぶ声が聞こえた。そして何かが崩れる音と燃える音と。
『王妃のご実家であるサンユーロ王室からの助けは、とうとう間に合いませんでした。王は既に絶命し、王妃も敵に捕らわれてしまいました』
そして……その場に暗く立ちこめる血の匂い。全てが苦しく切なかった。
何故、殺し合うのか。
何故、得るために奪うのか。
幼いミカエルには何も分からなかった。ただ、これがとても悲しいものだということだけが心の奥に刻まれてゆく。
『心優しいシルヴァ王子よ。せめてあなただけでも生き延びて、泰平の世でお過ごし下さい。マスターの称号を持つ呪術師のわたくしに出来ることは、あなたの姿と記憶を封印することぐらいです……』
暗転。
場所は変わって何処かの王宮にミカエル……いや、シルヴァ王子は来ていた。知らない大人に案内されて来たのは知らない、そして遊ぶ場には適さない、ただ椅子の置いてある広い部屋だった。
『いっしょにあそびましょう?』
突然、幼いシルヴァ王子の前に、幼い金髪の少女が現れる。少女に言われるままについていくとそこには沢山の書物が置かれた部屋に案内された。
『ここならだれもこないから、はしったり、おおきなこえをだしても、だいじょうぶよ』
にっこりと微笑んで少女は走り出す。
シルヴァ王子もその後を追いかける。
と、少女が置いてあった梯子にぶつかり、棚の本が崩れてくる。とっさにシルヴァ王子は少女を庇った。背中には沢山の本が当たり、そして埃が舞い散る。
『大丈夫でしたか? お怪我は?』
『え、ええ。何ともなくてよ』
失われた過去が全て思い出された。悲しかったことも、嬉しかったことも、全てを……。
気が付けばミカエルの上空にいるセツナがライアを狙おうとしていた。
「すとーんを我が手に。まずは女の石を奪う」
そのセツナの声にミカエルは目を大きく見開いた。アディが無事立っているのを見て、そこへ足を動かす。
「アドリアーナ、姫……」
苦しげにミカエルは言葉を紡ぎ出す。
「ライアさんを、守るための命令をボクに下さい」
それは彼の選んだことだった。彼はなおも続ける。
「周りのものを傷つけてまで得るものに、どのような価値があるというのでしょう?」
アディはそういうミカエルをずっと見つめていた。彼が選ぶであろうそのことも、胸の奥でわかっていたのかもしれない。そして、彼を止めることは出来ないこともわかっていた。
「わかりました。アドリアーナ・エル・サンユーロの名において命じます。ライアを護りなさい」
アディは胸に少しの痛みを感じた。それに眉を顰めながらも、走ってライアを護りに行くミカエルを見送る。
「姫様、ここは危険です。少し離れましょう」
その様子をじっと見守っていたユレイアーナ・リバーはやっとアディの前に現れ、そう告げた。
「そう……ですわね」
ユレイアに導かれるようにアディは祭壇から少し離れた場所へと移動したのであった。
一方、ディアことプリムヴェール・ティラォンは親父様ことダズとにらみ合っていた。
「親父様! このままやられては駄目だからな!」
そこにカマラ・アンダーソニアが叫ぶ。
「ただ為すがままに殺されてしまってはその子は救われない。その子を救うためにも戦うことも必要だ。だからわかっているよな!」
そこで言葉を区切り、もう一度叫んだ。
「私はセツナの元で何とかするから、親父様も負けるな!」
そう言ってカマラは颯爽とセツナの元へ向かっていった。
「……カマラ……」
ダズは苦笑して、もう一度、プリムを見た。
「さて、踊るか」
ぽつりと呟くようにプリムはそういうと、プリムの瑠璃色の髪から何かが飛び出した。
「むう!」
ダズの腕に細いワイヤーが絡まっていく。広がっていた距離はすぐに縮まり、そして。
「覚悟っ!」
プリムの隠し持っていた短剣がきらめいた。
キィイイイイン!
火花が散る。
その間に入ったのは孤我蒼雲だった。
「足止めは俺に任せろ」
二本の刀を取り出し構えていた。
ドカッ!
地面に穴が空いた。そこは先ほどまでプリムがいた場所。何とかその俊敏さでそれを避けることが出来た。
「リクも戦うれす! 訳のわからないものに乗っ取られているのは心が弱い証拠れす!」
穴から自分の拳を抜いたのはリク・ワイアンド。頭の毛皮がふわりとはためいた。
「邪魔をするな」
悲痛な響きを含んだ声でプリムはもう一度、今度は蒼雲とリクに向かってワイヤーを投げる。
ボン!
それと同時にダズ達とプリムの間にけむり玉が放たれた。その隙にダズ達は放たれたワイヤーを振り解こうとしていた。
「ワシはここじゃ!」
突然、けむり玉の煙が晴れた。
そこにはもう一人のダズが。
「んっ!?」
プリムは眉を潜める。そう、目の前にダズとおぼしき気配が二つになったのだ。
(どうやら上手くいったようだな)
もう一人のダズ……いや、ダズに巧妙に化けた皇琥玖は心の中でほくそ笑んでいた。
「何じゃ? ワシを倒しに来たんじゃないのか? それとも……もう怖じ気ついたか?」
「黙れ」
二本の短剣が同時に放たれる。一つは蒼雲にもう一つは変装したオウコのくないによって短剣は弾かれていた。
プリムはもう一度、短剣を構える。
と、そのとき。
「もらいっ!」
その脇から出てきた御子柴康介がプリムの持っていた剣を奪い去った。
「ねえねえ、お姉ちゃん。殺すとかそういうの止めようよ? 走って遊んだ方がもっと面白いよ?」
にこにことそういう康介にプリムはぷいっと顔を背けた。
「そうです、プリム様! もうこんなことは止めましょう!」
リア・エルル・アスティアがプリムに呼びかける。
「あなたが人殺しなんて、今でも信じられません。ですが……あのとき、山で鳥さんを助けようとしたあなたの優しさは偽りだったのですか? 誰かが傷つけば、誰かが悲しむんです。今、ダズ様の命を奪えば、あなたの家族は帰ってくるとでも言うんですか? そんなことをしても、きっと、あなたの家族は喜びませんよ。……復讐は、悲劇しか生まないんです」
無言のプリムを見つめながら、その瞳を潤ませながらリアは続ける。
「プリム様、ボクの声が聞こえるなら、ダズ様を狙う手を休めて下さい。そして一緒に考えましょう。戦わないで済む方法を。そして……もう一度、あの優しいあなたの声で『りあねぇ』って呼んで下さいっ!」
最後にはリアの瞳からいくつもの雫が零れ始めていた。
「………りあねぇ……」
あの優しい響きのする声が聞こえたのは気のせいだったのだろうか?
「え?」
「でも、私はこの方法しか出来ないっ」
短剣ではなく、別のものが二人のダズを狙う。それは細い針だった。オウコの扮したダズはそれに気づき、何とかかわすことが出来たが、本物のダズは気づくのが遅れた。蒼雲もまさか針が来るとは思っていなかったので反応が遅れていた。
プシッ!
しかし、刺さったのはダズではない。
「何とか……間に合ったようだな」
にっと笑って腕に刺さった針を抜くのは、遅れて駆けつけた黒田せなと……。
「プリム……」
白い手ぬぐいで応急処置をされた、傷だらけのヴォルール・ヴァレ・ティラォンだった。
「!」
そのヴォルの姿にプリムはその手を止めた。明らかに動揺しているようだ。
「な、何故……」
「トレイタは死んだ。もう止めるんだ。いや、止められないなら俺が止めてみせる。だから……戻っておいで、プリム」
そう微笑むヴォルにプリムは自分の身体を抱きしめるように震え始めた。
ふと、せなは胸に赤い石を持つライアの姿に目が止まった。
(あれは……間違いない!)
「プリム、もう止めるんだ! プリムの前にいるあの赤い宝石を胸に持つのは、オメエの姉さんだろ? そしてオメエは本当はプリムなんかじゃない。ナノア……ナノア・ウィルルなんだろ?」
「………だ、黙れ……」
頭を抱えるようにプリムは首を横に振った。
「お前達にわかるものか……殺すことしか、道がなかった私の気持ちが……」
そのままプリムは台座に戻ってしまった。
「あーらら。ダズを殺してくれると思っていたのに残念」
ふわりとプリムの隣に降り立つセツナ。
「仕方なかろう。私は非力な子供だからな」
「だから期待していたんだよ」
残念そうにそう告げるセツナに、プリムはもう一度口を開く。
「お前に協力することにかわりない。邪魔者が片づけばきちんと石は渡そう」
「だといいんだけど……」
そういって次にセツナが彼らの前に出てきた。
「邪魔者を消す前に、最後のすとーんを手に入れないとね」
にっとセツナは残酷な笑みを浮かべた。
「ああ、なんでこんなことになっちゃったのよ!」
プリム達の戦いの場から少し離れた場所。そこにアリアノール・ウィンダムとライアはいた。
「とにかく、セツナって子の力を抑えなきゃ。ライア、しっかり私の後ろにいなさいよ?」
その力強い言葉にライアはただ頷くばかりだった。その側にはすぐにライアを助けられるよう、ミカエルの姿もあった。
「ねえ、そこのお姉さん。その子、渡してくれないかな?」
そこに現れたのはあのセツナ。彼の姿にアリアはぐっと拳に力を入れた。ごくりと喉が鳴る。
「べ、別にあなたを否定するわけではないわ。でも……ユーキ君に乗り移るのはもうやめなさい。そんなにすとーんが欲しいなら……ママに会いたいんなら、すとーんに乗り移れば?」
そのアリアの言葉にセツナは笑い出した。
「はははははっ! それが出来たら苦労しないよ。それが出来ないからこうして集めているんだろ? それがわからないのかい?」
セツナはそのまま手を横に振ろうとした。どうやらあの不思議な力を使うようだ。
『セツナ、もう止めよう』
そこに響いたのは、ここでは聞けない、もう一つの声。
「え? ユーキ、君?」
アリアがその声に驚き振り向いた。そこには声色を巧みに使う、カマラの姿があった。カマラはもう一度、口を開く。
『お願いだからやめてくれ。仲間を傷つけないで?』
「や、止めろ……止めろっ!」
セツナは苦しむように叫ぶ。
『こんなことしたって、ママは喜ばないよ?』
「やめろぉぉぉぉ!!」
セツナのいる祭壇のタイルが弾け飛んだ。
(ちっ、結局、ユーキを呼ぶことは出来なかった?)
あまり変化のないセツナを見て、カマラは心の中で舌打ちする。
「それならこうしましょう」
そこへ草薙誠が提案する。
「セツナ、あなたは体を手に入れて帰還することが目的ですよね? ユーキを元に戻す変わりに、すとーんの力でそうさせませんか?」
「え?」
それは双方にとって思いがけない提案だった。
「この戦いは目的のための手段なのでしょう? それにセツナはずっとユーキ君の中に居座るつもりですか?」
優しく誠はセツナに問いかけた。
「……いや、帰ることが出来るなら、この体はいらないよ……」
囁くようにセツナはそう告げる。
「どうですか? 皆さん。残念ながら皆さんの願いを叶えることは出来ませんが、彼を母親のいる場所へ帰すことが出来るなら全てが丸く収まると思うんです」
その言葉にこたえるかのように。
「私は賛成です」
ライアはそっと立ち上がり、誠の元へ歩き出した。
「それで全てが終わるのでしたら、私は進んでこのすとーんをお渡ししましょう」
そう笑うライアにセツナも微笑む。
「ありがとう……」
そして、セツナの手によってライアの胸のすとーんが取り除かれる、そのときだった。
ボボボボボーーーーン!
「け、けほ、けほ……な、何が起こったんです……か?」
ふと誠が辺りを見回すと……煙が晴れたその場所にいた者全てが……巨大なアフロヘアーになっていた!
「やったでヤンス!」
「ああ、ばっちりだ。これですとーんを守ることが出来たぞ、テンちゃん」
そこに現れたのは同じくアフロヘアーの後仁立三と、実はヒサクの町で闇ねずみという義賊をしていた立三の幼なじみ、月影蘇芳だった。
「どうしても、ボクを怒らせたいようだね……お前達は」
そう言うセツナの瞳は先ほどの子供らしさを感じない、冷たさを持っていた。セツナは一瞬でプリムの目の前に移動した。
「何っ?」
「作戦変更だ。お前のすとーんを貰う」
「それでは話が……うわっ!」
プリムのポーチからいつの間にかすとーんだけ奪われた。セツナの元にプリムの持っていた青き短剣のすとーん、聖なる緑の水のすとーん、そして黄色の聖杯のすとーんの三つが集まる。
「消えちゃえ……」
それらが一つに混ざり合い、そして……。
「グゥアアアアアア!」
黒い光と共に現れたのは、全てを壊すために生まれた黒いドラゴンだった。
「さあ、あいつらを全て消しちゃってよ」
ドラゴンにそう指示するセツナ。だがしかし。
「ガアウウウ!」
ドラゴンの腕がセツナを薙ぎ飛ばす。
「うああああ!?」
信じられないといった表情で壊れた柱にぶつかるセツナ。それに驚き、今までずっと様子を見守っていたリルティーシャ・クレメンスが急いで駆け寄る。
「セツナ! セツナ、しっかりして!」
「う……ううん……」
「セツナ? 大丈夫?」
そのリッティの声に。
「あれ? リッティさん? 僕は……セツナじゃなくて、ユーキ、だよ……」
「えっ? も、元に戻ったの?」
驚くリッティにユーキはまだ動けないまま眉を顰めた。
「そう……みたい。まだアイツは中に……いるけどね」
その言葉にリッティは思わず、ほっとした表情を浮かべる。ユーキはそれを見て悲しげに苦笑したのだった。
セツナによって呼び出されたドラゴンは、セツナの手に負えるものではなかった。
「ギャアアアアアア!」
ドラゴンから吐き出される炎は全てを焼き尽くすもの……炎の先にあった花や柱は溶けて焦げていく。
「どうやら……ワタシの出番のようね」
額に汗を浮かべつつ、オルフィスは背中から大剣を引き抜き、ドラゴンに立ち向かう。
「グランジェスタ流……ドラゴンバースト!」
剣から青白い炎が巻き起こり、ドラゴンを切り裂いた。が、しかし……。
「かすり傷……ですって?」
ドラゴンの鱗は堅く、かすり傷一つしかつけられなかった。それだけでオルフィスの剣は刃こぼれし、亀裂まで走っている。
「流石は……女神の力で生み出されたドラゴンってところかしら」
苦笑してもう一度剣を構え直す。
と、目の前にドラゴンのしなやかな尾が飛び込んでくる。
「えっ!?」
うかつにも気づくのが遅かった。オルフィスはその衝撃に備え、その場で歯を食いしばる。
「あああっ!」
しかし、その衝撃は来なかった。なぜなら。
「ユレイア! どうしてっ!?」
アディの側にいるはずのユレイアが彼を庇ったのだ。お陰でユレイアが吹き飛ばされていた。すぐさま抱き上げるオルフィス。
「どうして、ワタシを……」
「さあ……何故でしょう? 私にも……わかりません」
そういって唇から血を一筋流すユレイアにオルフィスは抱き留める腕に力を込めた。
「い、痛い……」
「あ、ごめんなさい……。でも、ユレイア……アナタって馬鹿ね……本当に」
「………」
オルフィスを見上げるユレイアの瞳が細められる。
「少し休んでいなさい。アナタのことは、ワタシが責任持って守るわ。この命に代えてもね」
ユレイアの遠くなる意識の中、そんなオルフィスの声が響いたように感じた。
「きゃああ!」
ばたばたとドラゴンの攻撃を避けているのはニーナ・タムダット。
ニーナにドラゴンの攻撃が集中しているその隙を立三は見逃さなかった。
「膝かっくんの技でヤンス!」
ドラゴンの足、膝と思われる部分を狙って膝をかくんと華麗に決めた。
「グアアアア?」
しかし、ドラゴンにはコウモリのような羽根があった。それで絶妙なバランスを保ち、そのまま立三のいる後ろを見た。
「あ、あはははは……やっぱり効かないでヤンスか?」
から笑いをする立三。案の定、ドラゴンの腕が立三を襲いかかった。
「セクシー変わり身の術!」
とっさにそう叫ぶ立三。どげしとドラゴンの腕のアタックをばっちり喰らいつつ、何故かやたらファンシーな着ぐるみを着込んでいた。いつの間に着込んだのか、謎である。だが、少しはその着ぐるみでダメージを軽減出来たようだ。ふらふらと目を回しつつも、なんとかその後の追撃をかわしていたのだから。
ドラゴンは立三を諦め、またニーナを狙うことにした。
「あうう、や、やっぱり?」
だくだくと汗を流しつつも、ニーナはドラゴンの攻撃を避けていた。が、しかし……。
「グゥオオオオオ!」
突然、炎を吐いた!
「ま、マジ?」
ニーナはとっさのことで足がすくんで動けない。すぐさま瞳をぎゅっとつむる。
「ニーナ、危ないっ!」
彼女を助けたのは。
「え? す、蘇芳……さん?」
「大丈夫? 怪我はない?」
目の前にいる極上のイイ男にお姫様だっこされているニーナは先ほどの怖さと現在の美味しい状況で混乱していた。
「え? あ? だ、大丈夫……です」
思わず蘇芳の首に抱きつくニーナ。
「それならいいんだ。君はもう少しドラゴンから離れていた方がいいね」
ニーナが抱きつくのもお構いなしに、二人はそのまま、ドラゴンから遠くはなれた場所へと移動したのだった。
誠はディアとの戦いのために残していたタバスコ入り水鉄砲や、団子弾等全てをドラゴンに使った。もちろん、彼が本来持っている忍術も忘れてはいない。それも併せて攻撃している。しかし……それでもそのドラゴンには致命傷を与えるところまではいかなかった。かえって怒りを買うような気さえ感じる。
「何かいい手はないものでしょうか?」
最後のタバスコをかけて、誠は後退した。
と、ドラゴンは誠とは別方向へと首を向けた。
「え?」
そこには、最後のすとーんを持つライア達の姿が……。
「危ないっ!」
とっさに誠は叫ぶ!
ズシャアアアアアアア!
ドラゴンの体当たりが見事炸裂……したはずだった。
「………」
無言のまま盾になるプリムと。
「プリムは……俺が、守る……」
傷だらけの体でプリムを庇うようにいるヴォル。
「お怪我は……ありませんか?」
そして持っていた棒を折ってまで庇ったミカエルの三人が同時に倒れ込む。お陰でライアは無傷でいられた。
「み、皆……そんな……」
目の前の無惨な光景を見て、ライアはただ、呆然とするだけだった。
その後ろでむくりとドラゴンが起きあがる。
「ライアさん、離れて下さい!」
「ライア、こっちに逃げるわよ!」
誠とアリアの先導でやっと立ち上がり、難を逃れたライア。
「……このままじゃあ、皆の命が危ない……」
せなは巧みにドラゴンの攻撃をかわしつつ、一つのことを考えていた。
「皆! お願いだ! このドラゴンを引きつけてくれ!」
せなは大声で周りにそう伝え、ライアの方へと駆け寄る。せな以外の動ける者全てが一丸となってそれを請け負った。
「あ、あの……なんですか……?」
困惑しながらライアはせなを見上げている。
「ライア、今はオメエに託すしかない。ライアのそのすとーんで女神を呼ぶんだ。出来るかどうかはわからない……バクチのような賭だけど、な」
「で、でも……もし失敗したら?」
「そのときはそのとき考える。大丈夫だ、失敗しても気にするな。そんときはオイラ達がなんとかするって! 何だかアイツも徐々に力を失いつつあるしな」
それはほんの僅かな望み。それでも、せなはこれしかないと賭けることにした。
「………わかりました。やってみます」
その真剣なせなの眼差しに打たれ、ライアはその賭けに乗ることを決心した。
「私も……僅かな望みに期待したいです」
その顔は少し強張っていたが、その決意は揺るがないものだった。ライアはそっと胸のすとーんの感触を手のひらで感じながら、瞳を閉じる。
「女神様……どうか、私達の願いを聞いて……このドラゴンをどうにかして下さい……」
強く、そのことだけを第一に考え、想い、そして心の中で訴えた。
パアアアアアアア!
赤い光が全てを包む。突然の光にドラゴンもそのときだけ、動きを止めた。
そして、一瞬だけれど長いような瞬間は終わりを告げた。
光は消えたのだ。
「成功したか?」
せなは周りを見渡す。この場所を360度見回し、そして、なおかつ空を見上げた。
「何も……ない……」
誰かが、絶望的に呟いた。
光と共に現れるであろう、その女神は、姿を現さなかった。
「わ、私……私……」
ライアはその場で泣き崩れてしまう。
ドラゴンがまた再び動き出そうとする。
「あれ?」
誰もが絶望に感じ始めたとき、その変化は現れていた。やっと目覚めたユレイアの胸から先ほどの赤い光が僅かに放たれていたことに。
「これって、もしかして……」
ユレイアはそっと服の奥にしまったその大切な、王から預かったペンダントを取り出した。そこから光は確かに出ていて……。
ぼむん。
「あはーん☆ やっと出られたぁん☆」
煙と共に現れたのは……少々頼りない、ちっちゃな女神。その外見は何故かニーナやカマラに負けないほどの露出度満点なアラビスちっくな服装だった。しかし、その肌は雪のように白く、その豊かに溢れる髪は太陽のように鮮やかな金髪で、吸い込まれるような蒼い海を思わせるブルーの瞳を持っていた。背中には白く小さな翼まで持っているようだ。そのお陰が空中でふわふわとちっちゃな女神は漂っている。
「はい?」
思わずユレイアは声を出した。
「あ、初めましてぇ~、皆さぁ~ん☆ 私はぁ~女神の、レイルーラよぉ~ん♪ え? 予告の私とずいぶん違うってぇ~? あれはぁ~ちょっと猫被ってみたのよぉ~ん♪」
ぽわぽわ~んと星とハートと花をまき散らしながら女神はそうぺらぺら話をしていた。それを眺めながらユレイアは思わず突っ込みたい衝動を抑えながら、おしゃべりが止まるのを待っていた。
「め、女神……様。お願いがあります、あのドラゴンを……何とかして下さい」
ユレイアは側で泣いているライアの代わりにそう女神に告げた。
「あら~ん? 知らない間にぃ~何かいるわねぇ? ちょっとビックリぃ~☆」
そうじゃないだろ!
ユレイアの手が後、ほんのもうちょっとのところで突っ込むところだった。何とか堪える事が出来たユレイアは冷や汗を浮かべていた。
「と、とにかく……女神様、なんとかしてくれないか?」
今度はせながそう訊ねた。
「あは~ん☆ 私に……」
ぽよぽよとドラゴンに近寄る女神。
「お任せ……」
ぱっくん!
『はうあああああああああああ!』
その場にいた全ての人間が同時に叫んだ!
なんということだろう。誰がこんなことを予期していたか?
頼みの綱である……といってもかなり頼りないが、とにかくちっちゃな女神は……あえなくドラゴンにぱっくんと飲み込まれてしまった。ごっくんとお腹の奥に飲み込まれていく様子が手に取るように分かる。
本当に絶体絶命。
誰もが顔に縦線を入れ、真っ青になっていた。
「もう……これで終わりね……」
ははははと乾いた笑いを浮かべるアリア。
「…………」
無言のまま、呆然とするプリム。
「め、女神様が……食べられちゃいました……」
うるうると涙するリア。
「つ、次の手を……か、考えないと……」
あたふたとする誠。
「嘘だろ? これって新手のドッキリとか言わないよな?」
混乱してなにやら変なことを言い出すカマラ。
「だあああ! どうすればいいんだよ!」
ばあんと地面に手を打ち付けるせな。
「あ、あれ? 食べられちゃったの?」
状況をまだ把握しきれていない康介。
「女神様って美味しいものだったんれすか!」
何だか違うことを叫んでいるリク。
「ここまできたら、最後まで戦うのみ!」
決意を新たにする蒼雲。
「あら? 女神様ってこんなに弱かったの?」
意外という感じでいつの間にやら累になったオウコが呟く。
「ああ、そんな! 突っ込みも入れていないのにっ!」
なにやら論点が違うユレイア。
「ま、まずは心を落ち着かせるために……セバスチャン! お茶を用意して!」
ちりりんと鈴を鳴らすアディ。
「これって……どういう……?」
突然のことに驚くミカエル。
「ちょ、ちょっと! まだいい男をゲットしていないのよおおお!」
ぎゅううっと蘇芳の首を絞めるニーナ。
「??????」
あたふたと周りをしきりに見渡すヴォル。
とにかく、一言で言うなら、せっぱ詰まった状況で大混乱に陥っていた。
これまたいろんな意味で絶体絶命のピンチを迎えていた。
女神を飲み込んでご機嫌なドラゴンはくるーりと皆を見渡し、次の獲物を吟味する。
「ギャアアアアアア!」
次はお前だぁあああ! といった形相でドラゴンはヴォルに狙いをつけた。
「お、俺ってやっぱり……不幸?」
それでもプリムは狙われていないことにほっとするヴォル。それよりも逃げないのか? とにかくドラゴンの吐息がヴォルの顔面にぶわりとかかった。
そのとき。
ぱああああああああああ!
突然ドラゴンが苦しみだし。
突然光が包み込み。
「うんもう、駄目じゃない~? こんなイタズラしちゃあ?」
ぱっかーんと割れたドラゴンの背中から、今度は大人の女神が現れた。お色気むんむんのお姉さんだ。悩ましげにその眉を寄せている。ドラゴンは女神が出てきたとたんに、その姿を消していった。
「はあ~い☆ 大丈夫だったかしらん?」
その声に可愛らしさではなく、うっとりするようなお色気も加わっていた。ぼいーんと胸が震える。
「あらあら、よく見たら怪我しているじゃない? 私、痛そうな人みるの嫌なのぉ~☆ えいや☆」
なんとも間の抜けたかけ声と共に……その場にいた者の全ての傷という傷が消え去った。おまけに壊れた祭壇も初めてここに来たときのように元に戻されていた。
あっけない幕切れに一同はぽかーんと開いた口がふさがらなかった。
「あ、そうそう~♪ セ・ツ・ナ~!」
びくんとセツナの入っているユーキが起きあがった。
「マ、ママ?」
『はいいいいいい?』
なんとセツナから発せられたその言葉。そう、セツナは女神の息子だったのだ!
「もう、あんだけ外に出ちゃ駄目よっていったのに、アンタって子は勝手に飛び出して、体もまだきちんと出来ていないのに心だけ出て来ちゃって……それに何? 皆さんにこんなに迷惑かけて、悪いことしたってわかってる?」
「ご、ごめんなさい……ママ。でも、ボク、本当に外がどんなのか……見てみたくて……」
「もう、アンタはパパに似てせっかちさんなんだから! それよりも、いい加減、人様の体を乗っ取るのは止めなさい」
にゅるるーんとユーキから半透明の人が出てくる。ユーキと同じくらいの歳の子供だ。女神と同じ金髪に緑の瞳。その子供……いや、半透明なセツナは女神に頭を捕まれてふらふらと揺れていた。
「というわけでぇ~、本当にごめんなさいねぇ~。うっかりこの世界に力を置いてきたばっかりにこ~んなに皆さんにご迷惑かけちゃって……本当にごめんなさいねぇ~☆」
本当に謝っているのか疑ってしまいそうだが、その瞳は真剣そのもの。それに……先ほどのドラゴンを倒したということもある。一行は素直に首を横に振った。
いいえーそうでもありませんよー。
と言いたいらしい。本心かどうかは……本人のみぞ知るというやつである。深く突っ込んではいけない。
「じゃあ、そういうことで☆」
帰ろうとしてる女神とセツナに恐れ多くもリッティが声をかけた。
「セツナ……また、ね……」
淋しそうに、そう告げた。
「リッティ! ボク、必ず……必ず迎えに来るから!」
「もうセツナったら、早く行くわよぉ~?」
セツナはその緑の瞳を潤ませながら、そうリッティに言う。
「ありがとう……」
泣き笑いのような、そんなリッティの微笑みにセツナと女神は見送られ、消えたのだった。
全てが終わりを告げる。
初めて好きという気持ちを感じ。
初めて人に好きだと告白されたこと。
そして、嘘が消えてしまうとき。
結局、すとーんは全て消えてしまった。それと同時に司祭の杖も壊れてしまったようだ。その証拠に司祭は新しい杖を手に携えていた。
無事、すとーんの旅を終えることが出来たこと。それを祝うためにグラード王は一行を招き宴を催した。もちろん、一行と関係者、そしてグラード王達だけのプライベートな宴だ。
「うわああ! お城ってこんなに広いんだねっ!」
にこにことアリアに手を引かれながら、エアは宴に来ていた。
「いい? エア。大人しくしているのよ?」
「うん!」
そのエアの頭にはアリアがおみやげに買った簪が揺れていた。
皆がそろって、グラード王達がやってきた。アディはその人を捜していた。ほんの少し共に旅をして、そして、ほんの少しだけ離れただけでとても淋しく感じさせるほどの存在感を与えた、その人を。
「み、ミカエルっ!」
綺麗に着飾ったアディは王女の名に恥じない気品に溢れていた。しかし、その頬にはミカエルのことで気が高ぶっている証拠が、赤く現れていた。
「アドリアーナ姫?」
きょとんと見つめるミカエル。
その表情にむううっとアディは難しい顔を浮かべ、ドレスの端をぎゅうっと力強く握りしめた。しまいにはふるふると震えているようだ。
「?」
もう一度ミカエルが首を傾げたとき。
アディは背伸びをして。
ミカエルの首根っこをひっつかまえて。
ちゅ☆
「ミカエルは……わたくしのことはどうでもいいんですのねっ!! わたくしは……わたくしはこんなにも好きですのにっ!!」
顔を耳まで真っ赤にさせながらアディの口から出たのはミカエルへの愛の告白だった。
ぼむん。
その後、ミカエルは……ミカエルではなくなった。あのカエルのような顔が優しそうな青年の顔へとゆっくりと変化していった。やや癖のある銀髪は滑らかに。左右に少し離れた瞳は、離れた距離が縮まり、優しい雰囲気を備えた青い瞳へと。
「おおお! まさしくこれはシルヴァ王子!」
思わずグラード王がそう告げた。
美形……とまでは言わないが、その優しそうな風貌は確かな気品を持っている。すっと延びる高めな鼻には僅かにそばかすがあった。
「あの……ボクは王子ではありません。ただの通りすがりの旅人ですよ」
確かにそう告げる。
「そ、それと……アドリアーナ姫、そのお気持ちは嬉しいのですが、その……あの……」
先ほどの気品は何処へやら。あたふたと顔を火照らせ、ミカエルは汗を浮かべつつ困っていた。
「…………もーいいですわっ!!」
ぼむんとアディのふんわり縦ロールが舞う。ずかずかとグラード王の前にやってきて。
「お父様、わたくしはもう、お城には戻りません」
そう告げるではないか!
「なんと?」
突然の展開に流石のグラード王もビックリのご様子。
「わたくし、ミカエルについていきますわ! 止めたって駄目ですわ。もう決めましたもの。いつか絶対、好きだって言わせて見せますわよ!!」
そういってぷいっと怒ったようにばたばたとその場を立ち去るアディ。
「あ、アドリアーナ姫っ!」
驚きつつ追いかけるミカエルと、グラード王達。
「はううう、こんなに美味しいの食べたの初めてれす~☆」
楽しそうにパーティのご馳走を食べているのはリクだった。
「ねえねえ、知ってる?」
その隣にいるのはいつの間にやらアリアから離れたエアだった。
「何れすか?」
「アリアお姉ちゃんって、本当はね、14歳なんだよ☆」
「ああああ! エア!!」
ここにまた、驚異の事実が明らかになる。
旅する者は旅へと帰る。
元気が取り柄な。
逞しくはつらつな。
謎めいて不思議な。
美味しいものに目が眩んで。
大切な人の側にいたいと願う。
そして、決意を込めて旅へと進む。
ほんのささやかな幸せと共に。
せなはプリムとライアを物知りばあさんの所へと連れていった。その側にはプリムの保護者であるヴォルの姿もある。
「おや、あんたかい? それに……プリンが二人?」
「驚くかも知れないけどさ、プリンは……本当はナノア・ウィルルっていうんだ。こっちの子はライア・ウィルル」
「え? それって……もしかして……」
「二人とも不慮の事故で両親が亡くなってしまったから……その、ばあさん。一緒に住んでやったらどうかな?」
そういってせなが切り出す。
「で、でも……こんな老いぼれに出来ることなんて……」
「だったら、俺も手伝う。ならいいだろ?」
突然ヴォルが出てくる。
「力仕事は全て俺に任せろ。プリム……じゃなかった、ナノアのこともばっちりだ! ばあさんは側にいるだけで、いい」
その瞳は真剣そのものである。
「あ、私も……手伝います」
恐る恐るといった表情でライアも手をあげた。
「………」
プリムはずっと俯いたままだった。
「ナノア?」
ライアがそっと訊ねる。
「私はここにいる価値はありません……」
そのプリムの声はか細く、弱々しいものだった。
「この手は血で汚れてしまったから、私だけ、幸せにはなれないから……」
「そんなことないよ」
ばあさんがそっとプリムのその手を握った。しわしわだけど暖かい温もりが確かに伝わる。
「何があったか知らないけどね、幸せになる権利は誰にでもあるんだよ。この土地に生きる全てのものに……例えばこの老いぼれとかね」
そういってばあさんは初めて優しい笑みを浮かべた。
「私の幸せはあんた達と一緒に暮らすことだよ。私の願いを聞いてはくれないかね? 罪滅ぼしでも何でもいいから……」
『いいんですか?』
ライアとプリムは声を揃えて訊ねる。
「ああ、私も……一人は淋しいと思っていたところだし……それにそこの兄さんも力仕事を任せてくれっていうしね」
プリムは涙を浮かべた。透明に澄んだ、綺麗な涙を。
「ずっとずっと一緒にいられるのね」
涙を浮かべるプリムの代わりにライアが嬉しそうな声を上げた。
「嬉しい……」
涙に濡れて、プリムの視界がぼやける。
ぼやける?
「??」
ごしごしと目をこする。もう一度目を細めるプリム。
「どうしたの? ナノア?」
「見える……」
「え?」
「ぼんやりだけど……ばあちゃんもライアお姉ちゃんも見える!」
ほんの小さな奇蹟がここに。
「クリス兄さん……」
カマラのその声に青年はゆっくりと頷いた。ここはクッルスの酒場。
「生きていたんだね! 兄さんっ!」
カマラは、その兄、クリスナに抱きついた。ずっと探していた兄がやっと見つかったのだ。
「俺も探したよ。本当に驚いた……あのカマラが踊り子になっているとはね……」
「兄さんは? 兄さんは今は何を?」
「ああ、俺かい? ただの運び屋だよ。まだまだ貧乏だけどね」
そう苦笑するクリスナにカマラは嬉しそうに笑った。その瞳には涙を含ませて。
「これからどうするんだい? 出来れば一緒にいたいけどな……」
そんな兄の言葉に。
「兄さん、あたし旅をしたいんだ」
「え?」
カマラはそっと兄を見上げた。
「ほら、今まではずっと兄さんを探すために旅をしていたから……自分のために旅をしたいんだ。だって、もう好きなときに会えるから、自分の踊りで何処まで行けるか試してみたいし……」
その言葉に兄は苦笑した。
「全く、最後までカマラには驚かされっぱなしだな」
「兄さん……」
「行って来いよ。俺はずっとこの町で運び屋をやっているから。お前の帰る家をつくって待っているさ」
「ありがとう、兄さん……」
「だけど」
兄は続ける。
「旅に出るのはもうしばらく後でな。お前の土産話を全部聞いた後でもかまわないだろ?」
「もちろん!」
兄妹の絆は深く。
「あ、そうそう。兄さん、覚えてる? あの火事であたし達を助けてくれた人のこと」
「ああ、今でもはっきり覚えているよ」
「その一人とあたし、旅をしたんだよ。ダズっていうんだって」
どうやら話は尽きないようだ。
遠くでカマラ達の様子を見ている者達がいた。
「よかったね! カマラさんお兄さんに会えて! オイラもお兄さんとかいたらいいのになぁ」
康介はおにぎりを頬張りながらそう告げる。
「そういえば、坊の家はヒサクだったよね? お母さんとか心配しないのかい?」
オウコが頼んだランチを一口ずつ食べながら訊ねた。
「オイラ、赤子のときに寺の前に捨てられていたんだって。だから、母ちゃんとか父ちゃんとか、兄弟とかはいないんだよ」
にこにことそういう康介に。
「……お前も苦労しているんだな……よし、これをやろう!大サービスだ!」
そういってランチについていた唐揚げを康介の皿に乗せた。
「うわーい! ありがとう☆」
相変わらずの笑みでその唐揚げを頬張る。
「リクも欲しいれす~」
やっと声を上げるリク。どうやら今まで食事で一杯一杯だったようだ。
「え? 欲しいの? 仕方ないなぁ、だったらもう一皿唐揚げだけ頼むよ。ちょっとそこのお姉さーん!」
オウコは追加注文をする。
「いやあ、遅れて悪い。ちょっと時間がかかって」
そこへプリム達をばあさんの元へと連れていったせなが戻ってきた。
「ん? なんだ? 盛り上がっていないじゃないか! このせな様お手製、イチゴ大福でも食って賑やかになったらどうだい?」
そういってどんとイチゴ大福を取り出した。どうやら、大量に作った様子。確か……プリム達にもあげたはずだったのだが?
「一人旅のはずだったんだけど……まあいっか♪」
それは他の者達も同じ事。
オウコはもう一度、苦笑してせなの大福を手にしたのだった。
正義の味方という言葉。
それだけで集まることもある。
実は自分に出来ることを探しに来ただけ。
それでも……。
ヒサクの外れにある古ぼけたお寺にて。
「こらああああ! 洗濯物を汚したのは誰!?」
エプロン姿のニーナが子供達を追いかけていた。
「あらら~、またやったでヤンスかぁ?」
「立三さんも、ぼうっとしてないで! その子達を捕まえて!」
「へいへいでヤンス」
ひょいっと目の前を通った子供達をむんずと捕まえる。
「今回は何をしたでヤンス?」
ぎゃあぎゃあわあわあ言う子供達を見ながらニーナに訊ねた。
「この子達、せっかく干した洗濯物をまた汚したのよ! もう、何回やれば、済むのよぉ~」
ぷりぷりと怒るニーナ。
「おーい、皆、ご飯持ってきたぞ~」
やって来たのは両手に沢山の食べ物を持ってきた蘇芳だった。
「あ、蘇芳さん! 丁度良かった、蘇芳さんからも言って下さいよ。この子達ったら、せっかく洗った洗濯物を……」
「こらっ! また何かニーナを怒らせることをしたなっ!」
「うわあ~蘇芳兄ちゃんが怒った~」
ばたばたと逃げ出す子供達。
「うんもう……」
その様子を苦笑しながら見送るニーナ。
「ごめんな、ニーナ。ここまで手伝わせちゃって」
蘇芳がそうニーナに告げる。
「やだ、あたしはただ、自分に出来ることをしているだけ。謝られるほどのことはしていないわ」
そこで言葉を区切りなおも続ける。
「それに、あの子達……いたずらっ子だけどきっといい子になるわ。いえ、させてみせる。あたしの命をかけてもね」
そのニーナの言葉に蘇芳は苦笑する。
「ああ、それと……ニーナ。よかったら……その……」
そう言って蘇芳は懐から銀色の簪の入った包みを取り出した。
「あ、いっけなーい! 洗濯物があったんだった! 今日中に干さないと明日が大変!」
蘇芳の声はどうやら、ニーナには届かなかったようだ。
「ごめんなさい、この話は後で。立三さんと食事の準備していてね!」
そう言ってばたばたと川の方へと向かっていった。
「あーあ、また失敗でヤンスか?」
いつの間にか蘇芳の後ろにいる立三。
「いいんだよ。俺は何度失敗しても諦めないから。彼女が振り向くそのときまで、ね」
「あっちっちでヤンスねぇ~。でもまあ、オイラも影ながら手助けするでヤンスよ」
ひょいっと立三がニーナの所へと走り去る。
「何をするんだか……」
きっと洗濯を代わりにするのだろう。
蘇芳は空を見上げた。良く晴れた青い空を。
目的のために努力を惜しまず。
そして手にしたものは。
気になる誰かのために側にいること。
例え認めたくない事実だとしても。
サンユーロ城。
あれから何年の月日が経ったのだろうか?
誠は努力の末、竜騎士見習いから、正式な竜騎士へと昇格を果たした。
今後は今までやって来た訓練や竜騎士としての仕事を果たさなくてはならないだろう。
正式な竜騎士の鎧と装備一式を手にして、誠はその重々しい感触を感じていた。
「おめでとう、話は聞いたわよ」
そこへオルフィスが祝いの言葉を持ってきた。
「正式な竜騎士になったんですって?」
「ありがとうございます。先ほどやっとこれを受け取ったところですよ。わざわざこんなところまで挨拶して下さるなんて、お疲れさまです、オルフィスさん」
そう言って微笑む誠。
「でもまあ、これでアナタも立派な騎士ね。これからの活躍、期待しているわよ?」
「そう言われると緊張してしまいますね」
誠はオルフィスの言葉に苦笑する。
「ところで……あの方はいないんですか?」
あの方とは……。
「もう、ここにいたんですか!? 探したんですよ!?」
眉をつり上げながらやって来たのはユレイアだった。あれから何故かずっとオルフィスの側を離れずに付いてきている。
「あら、ユレイア。今日は遅かったのね?」
「遅かった……ではありません! 待ち合わせの場所に時間通りに行ったのに、なんであなたはそう、さっさと先に行ってしまうんですか!」
その二人の様子を笑いながら誠は眺めていた。
「それよりもいいんですか? お二人とも。確か……これから式典の手伝いをなさるとか聞きましたけど」
『あっ!』
二人はそろって声を上げた。
「もう少しで忘れるところだったわ。誠、また来るわね」
オルフィスは立ち上がる。
「それと……今日はせなさん達も来るそうなので祝賀会をリアさんの家でやることになっていますから、忘れないようにして下さいね」
そうユレイアは言い残し、二人はばたばたとあわてて走っていく。
「さてっと……時間まで少し紅茶を頂きましょうか」
誠は立ち上がり、愛用の紅茶ポットに手を伸ばしたのだった。
自分の犯した罪はそのままに。
絶対の力を得るために。
けれど……過去をやり直せるなら……。
いつもの朝。
「だああああ! な、何で目覚ましがならないんだっ!」
ばたばたと身支度を済ませるのはスーツ姿の紳士。スーツといっても……多少着崩している様子。しかもその頭はジャパネの用心棒のそれと同じく、高らかに一つにまとめられていた。そう、信じられないことだが彼は紛れもなく蒼雲、その人である。布に包んではいるが、きちんと二本の刀も健在。腰に付けて出掛けるところであった。
「今日はあの怪物の……いや、車の試験だというのに!」
彼はあのサンユーロで初めて見た車を人が操るものだとオルフィスに教えられ、そのまま車の教習を受けていた。
もっとも刀のこと以外はてんで駄目な蒼雲。普段なら1ヶ月ほどで免許が貰えるのを……いつの間にやら2年もかけていた。その間すっかりサンユーロじみてしまったのだが。
その軽快さは今なおも健在である。勉強も己を鍛えることもずっと忍耐強く続けてきたお陰でもあるだろう。
と、そのとき。
どしん!
子供と大激突してしまった。
「す、すまん。怪我はないか?」
蒼雲は怪我一つなく、平気だったがぶつかった子供はぼんと飛ばされ尻餅を付いていた。
「あ、ありがと! ……お、お兄さん、お兄さんの持っているのって剣?」
蒼雲の手を借りて立ち上がった子供は蒼雲の腰に付けていたものを見て訊ねた。
「あ、ああ。これか。剣とは少し違う。刀というものだ」
「じゃあ、お兄さん強い?」
「強いと言うほどでは……」
「強いんだね! だったら一緒に来て! お願い、お母さんを助けて!」
「え?」
子供の口から出たのは助けを求める言葉だった。その言葉から遠い記憶がよみがえる。
平和な家に突如やって来た強盗は蒼雲の家族とそして、家を奪った。ただ一人、蒼雲だけが残った。残った蒼雲の待っていたのものは……人斬りという仕事。生きていくのは強くなくてはいけないと知ったのはいつのことだっただろうか? けれど、しばらくその人斬りを続けて……蒼雲はこの世の無常さを感じ、オルフィス達と共にすることとなる。
「何があったんだ?」
鋭い瞳で子供に尋ねた。
「お、お父さんが死ぬ前に残した借金の取り立てが来たんだ。今度は母さんを連れていくって……あっ! 急がないと」
「了解した」
蒼雲はひょいっと片手で子供を抱えるとそそくさと走り始める。
「お前の家は何処だ?」
「あ、あっちの角を右っ!」
子供の言う通り進む。
「お願いです、もう、もう帰って下さい!」
女性の切実な叫びが響き渡った。
「お母さん!」
どうやらその女性が母親のようだ。蒼雲は子供を降ろし、その女性の元へと寄って行く。
「借金を返せないならあんたの体で払って貰わないと、こっちも困るんだよ」
いかにもごつい体のガラの悪いお兄さん達が母親に詰め寄っている。
「穏やかではないな」
蒼雲がそう彼らの前に出た。
「何だ? 痩せた兄さんがなんの用だ?」
「子供に助けを求められた。俺もお前達がいい者だとは思えん」
「だったら何だって言うんだよ?」
「出直せ」
「この、いい気になりやがって!」
ガラの悪い兄さん達は一気に蒼雲へと飛びかかった。
が、しかし。
バキ! ドカ! メキ!
「全く、近頃の若い者は……もっと精進して出直せ!」
「こ、この……覚えてろ!」
蒼雲は一人でそのガラの悪い兄さん達を全て倒していた。しかも刀を出さずに、である。
「す、すごいよ、お兄さん!」
ビックリした顔で先ほどの子供が駆け寄ってきた。
「大したことはない。みね打ちだ」
ふんと汚れたスーツをぱんと伸ばす蒼雲。
「本当にありがとうございました……何とお礼したらいいのやら……」
「先ほどの者はいつも来るのか?」
心配になって蒼雲は訊ねた。
とたんに母親の顔が曇る。
「ええ、本当は借金なんてないんです。私の夫が騙されて……いわれのない借金を背負わされてしまったんです……お陰で夫は先週、体を壊して……」
そう言って母親は涙ぐむ。
「……よしこうしよう」
「?」
「俺を用心棒にしないか?」
どうやら、蒼雲は今日の試験をほったらかしにしたまま。結局この母子の元で住むこととなったようだ。
それは叶うものではないかもしれない。
けれど心に願うことだけはさせて欲しい。
それで救われるときもあるのだから。
シルムの町にある薬屋にて。
「おーい爺さん、子供が腹が痛いっていうんだ。何かいい薬ないかい?」
この日も繁盛している様子。
「リッティ、奥の右から5番目にある棚から例の薬を取ってくれんかの?」
「はい、ただいま~!」
ばたばたと相変わらずあたふたしながら、リッティは薬を取り出しに行く。だぶだぶだった白衣は今ではそれがぴったりのサイズになっていた。
「それにしても爺さん、リッティにはお婿さんはいないのかい?」
お客はカウンターにいる爺さんに尋ねた。
「いたらいいんじゃがのう……」
ふうっと爺さんはため息を零す。
「もう、何言ってるんですか! そんなこと話して……」
照れたようにリッティはお客に薬を渡し、お金を受け取った。
「でもリッティは年頃なんだろ? こんなに美人になったんだ、他の男が黙ってないだろう?」
「わ、私のことはいいんです。ほ、ほっといて下さい!」
そう言ってばたばたと奥の部屋に入っていった。
「うーん、勿体ないなぁ」
「ほれほれ、子供さんが待っているんじゃろ?」
爺さんはお客を促した。
「ああ、そうだった。それじゃあな。爺さん」
そしてお客が去る。
「さて、在庫の確認でもするかの……ん?」
からんからん。
扉に付けられた鐘がまた来客を告げた。
「うんもう、おじいちゃんもお客さんも変なこというんだから……」
ただの憧れが好きという気持ちに変わったのはいつのことだっただろうか。ユーキに憧れを抱き、そのまま付いてきたリッティ。しかし、好きと思った彼は。
「私には心に決めた人がいるから……」
まるでそれは夢のように儚い。それを示すものはリッティの中にある僅かな記憶だけ。
「セツナ……」
そっと彼の名を呼んでみた。
「もう一度……逢いたいな……」
「リッティ! リッティ、おいで!」
爺さんの声が響く。
「なあに? どうかしたの、おじいちゃん?」
すぐに立ち上がり、爺さんの元へと駆け寄るリッティ。
「リッティ、お前にお客さんだよ」
にこやかに爺さんはそう言った。
「え? お客様?」
爺さんが差し出した手の先にいたのは。
「久しぶり……だね。見ないうちにすごく綺麗になった」
ふわりとした金髪。澄んだ緑の瞳。
「そ、それよりも……いうことがあるんじゃないですか? セツナ」
そっと、高鳴る胸を押さえながらリッティは彼に言った。彼はくすりと笑い、手を差しのべる。
「遅くなってゴメン。迎えに来たよ、リッティ」
時はゆっくりと確実に刻む。
これからの未来も。
今まであった過去も。
そして今、このときも。
「プリム様……じゃなかった、ナノア様はその後、記憶をなくされた神父様を介抱し、恋に落ちたのです……っと」
部屋の中には紙屑が溢れかえっていた。眼鏡をかけた麗しの青年は綺麗な文字で自分の声をそのまま言葉に書き記す。
「リア先生! 原稿まだですかぁ~?」
遠くから声が聞こえた。
「もう少し待って下さい~」
先ほどのゆっくりしたペンの進み具合が急に早くなった。
「後、もう少しですから……」
かりかりとペンの音だけが響く。
「リアお兄さま~、担当の方が原稿を取りに来ているんですけど……まだですか?」
そっとやって来たのはリアの弟、レファインだった。いつもはレフィと呼ばれている。少々、気弱そうなところが玉にきず、のようだ。
「で、出来た~! これで完成です!」
ばんと、束になった書類を掲げ、リアは机に突っ伏した。
「すみませんけど……レフィ、これを担当者さんに渡しておいてくれませんか?」
「はい、渡してきます!」
リアからその書類を受け取るとレフィはすぐさま、担当者の待つ部屋へと消えていった。
「あれからもう……何年経ったでしょうか?」
自分の肩を揉みほぐしながら自分の机にある一冊の本を取りだした。
「ほんの短いときでしたけど、とても楽しかったですよね……また旅に出れるといいのですが……」
「おお~い! リアはいるかぁ!」
それは馴染みの客の声。
リアはくすりと笑った。
「はい、すぐに行きますよ!」
本をそのまま机の上に置いた。
「もう少し休ませて欲しいですよ、親父様」
苦笑して部屋を後にする。
残されたのはその一冊の本。
著者はリア・エルル・アスティア。
そしてタイトルは……
『親父様とまじかる☆すとーん』。
「あっと、灯りを消すのを忘れていました」
ばたんとまた扉が開き、そして、灯りが消えた。
ほんの僅かなとき。
ほんの小さな出来事。
他の人にとって、それは。
ほんの些細なことかも知れない。
けれど。
語り継がれるだろう。
あなたが思い出すたびに。
ずっとずっと。
こうして、想い出を大切にする。
あなたがいるかぎり。
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