親父様とまじかる☆すとーん

秋原かざや

正義 第5回 祭壇に忍び寄るもの



 ああ、女神様。
 これは試練なのですか?




 日も暮れかけた頃。
 サンユーロ城下町では、とある一行が到着していた。
「やっと着いたわね」
 くうっと伸びをする騎士、オルフィスがそうお疲れさまな声をあげた。
「そうですね~。それに懐かしいです~。出発してまだ1年も満たないのに……」
 オルフィスの隣で眩しそうに瞳を細めるのは作家志望のリア・エルル・アスティアだ。この日もいつものように普段着のスカートをはいている。一見、女性にも見えるが……これでも歴とした男性である。ご注意を。
「じゃあ、オイラはちょっと酒場に行ってくるぜい!」
 ぴょんと現れるのは背中までのストレートヘアをポニーテールにしているジャパネの女性、黒田くろだせな。元気さと、その極限まで鍛え抜かれた俊敏さを武器に飛脚をしている。
「それじゃあ、俺はこれから別行動させてもらうね」
 音もなく三人の前に現れるのはちょっと変わった忍者服を着た少年、皇琥玖おう・こきゅう。皆からはオウコと呼ばれている。実はもう一つの顔も持っているのだが……これはまた後ほど。
「お二人とも、何か用事ですか?」
 もう一人の騎士、ユレイアーナ・リバーが訊ねた。ユレイアーナことユレイアはこのオルフィス一行に無くてはならないストッパーもとい、まとめ役でもある。
「情報収集……だろ?」
 少し前まではやられ役な苦労性だった少年、ヴォルール・ヴァレ・ティラォン。通称、ヴォル。だが今は少し違う。冷めた目で町を見据えるその雰囲気は元来の『盗賊』としての彼が伺えるようだ。右頬にある傷が彼の証でもある。
「な、なるほど……ですね」
 ヴォルの雰囲気にたじたじになりながらもユレイアはその言葉に頷いた。
「今日の宿はどうするのだ? オルフィス殿」
 ジャパネ流の剣士こと侍。それが孤我蒼雲こが・そううんだ。彼もオルフィスを慕い共に行動する者の一人である。
「そうね……ワタシとユレイアはこれからお城にいかなくてはならないし……」
「それならー、ボクの家に来ませんか~? 部屋もたくさんありますし、皆さんが来て下さると家族も喜びます~☆ ねえ、プリム様も一緒に行きましょう~」
 リアが側にいた盲目のアラビス少女、プリムヴェール・ティラォンに訊ねた。通称、プリムは声をかけられた方に顔を向けたが。
「………」
 無言のまま、表情も崩さなかった。
「どうかしたのでしょうか~?」
 心配そうに見るリア。
「疲れただけじゃねーの? とにかく、オイラはそろそろ行くぜ! 何かあったらリアの家に行くよ」
 そう言い残し、せなはばびゅーんと町の中へ消えた。いつの間にかオウコの姿もない。
「では行きましょうか~。オルフィス様も来ませんか~?」
「そうね、用事を済ませたらリアの家に行くわ。後は任せたわね」
 こうして彼らはそれぞれに別れたのであった。




 一方その頃。既にサンユーロ入りしていた一行がいた。
「ねえねえ、誠! これは?」
 ブリキで出来た水やりじょうろを片手に、ユーキがジャパネ騎士の草薙誠くさなぎ・まことに訊ねた。いや、今はユーキではない。彼は今、別の人格『セツナ』に体を乗っ取られているのだから。
「これはじょうろと言って、花壇にある花に水を与える道具なんですよ。ここに水を入れて……こう傾けると……」
 そういって誠は水の入ったじょうろを傾けた。
「うわー! すごーい! ボクにもやらせてよ!」
 ぱらぱらと雨のように水をまく、そのじょうろを見て、歓声をあげるセツナ。その無邪気な表情はどこか、年齢よりも幼く感じられた。
「なんだか最近安定してきているようですね……」
 その誠とセツナの様子を少し離れたところから眺めるのはリルティーシャ・クレメンス。通称リッティだ。白衣のリッティは薬学者の祖父の下で助手を務めている。薬学に関する知識や扱い方はこのメンバーの中で一番だといっても過言ではないだろう。
「だといいんだけどね……」
 やや含みのある声を出すのは、すらりと背の高い踊り子のアラビス人、カマラ・アンダーソニア。褐色の長い髪をふわりと背中に押しやる。
「それってどういう……?」
 カマラの言葉は思い当たることが浮かばないリッティに驚きを与えた。
「今はわからなくても、時期が来ればわかるようになるさ」
「?」
 リッティはきょとんとした顔で首を傾げた。
「そうだ、セツナ。私はあなたにいろいろなことを教えています。あなたも私に過去の一般知識や歴史を教えてはくれませんか?」
 優しい響きのある声で誠は提案した。サンユーロに来るまでに誠はさまざまなことをセツナに教えた。そのお陰でセツナは買い物や洗濯、家事などをこなすことが出来るほどまで成長していた。
「過去の一般知識? 歴史? うーん、そうだな……前に友達になった子から『悪いヤツは消えた方がいいんだ』って教わったんだ。だからそのとき一番悪いヤツらを懲らしめてあげたんだよ。その子、とっても喜んでくれたよ。仇を取ってくれてありがとうって」
 にこにこしながら、そう言うセツナ。
「そうなんですか……それより昔のことは知らないのですか?」
「うん、知らない」
 あっさりとそう告げるセツナ。
(この子は……女神がこの地に降り立った時からずっといるわけではないのか?)
 心の中で困惑しながらも、誠は微笑んでそうですかとセツナの頭を撫でてやった。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
 突然セツナがそういった。
「何でしょう? 難しいことですか?」
「ううん。違うよ。とっても簡単なこと。……ねえ、ママって呼んでもいい?」
『はいいいいいい!!!!!』
 その場にいた三人が同時に固まった。数秒後、誠は言葉を選びつつ、慎重に口を開いた。
「私がママですか? そんなに私はママに似ていますか?」
「うん、とっても優しいところが似てる!」
「ママよりもパパと呼んでくれた方が嬉しいですね……」
(その方が精神的ダメージが少なくて済む)
 こっそりと誠は心の中で付け加えた。
「ぱぱ? ねえ、誠……ぱぱって」
「はい?」
「ぱぱって何?」
 セツナから訊ねられたこと。それは父親を知らない子供の質問だった。




 静かな、人気のない通路でユレイアはほっと一息ついた。先ほど王に会い、今までの報告をしていたのだ。
「やはり、陛下の前で報告するのは緊張するな……」
 それに頼まれていた王女捜索。オルフィスが出ていった後でお叱りを受けると思って心して聞いていたのだが……幸いにもそれはなかった。
『お主には多大な迷惑をかけてしまったな』
 逆にそんな労るような声をかけてもらったのだ。
「これは何としてでも王女様を、アドリアーナ王女を見つけなくては……」
「おお、ユレイア殿! お待たせしてしまいましたね!」
 ばたばたとやってくるのは王の隣にいつもいる司祭だった。先ほどの謁見の後、司祭が王女の肖像画を貸して下さることになっていた。
「お手数かけて申し訳ありません」
「構いませんよ。それに王もあの後、すっかり失念していたことを……肖像画や特徴を伝えるのを忘れていたのをとても気にしていたのですから」
(そ、それは致命的なミスなのでは……)
 心の中で呟きながら苦笑するユレイア。
「おっと、これが王女の肖像画です。ペンダントになっております。王が大切にしていたものですからなくさぬようお願いしますよ」
 ユレイアは受け取り、そのペンダントをなくさぬよう、すぐさま首に下げた。ぱちっとペンダントのロケットを開ける。そこには小さな肖像画が。グラード一家が勢揃いした微笑ましい絵が描かれていた。その中で王の隣に立っている縦ロールの王女を指さして司祭は言う。
「この方がアドリアーナ様です。間違えぬよう気を付けて下さいね」
「はい、わかりました」
 ユレイアはあたたかい温もりを感じるペンダントを胸に、その場を後にしたのだった。




 夜空に星が瞬く頃。賑やかな親父様一行もやっとサンユーロ入りした。
「ふう。やっと窮屈な馬車を降りられるのですわね」
 こちらはユレイアの探している第三王女のアドリアーナ・エル・サンユーロ。通称アディ。金髪を縦ロールに、快活そうなつり上がった青い瞳が印象的な少女である。
「そうね。それにしても何カ月ぶりかしら? サンユーロを離れてそんなに経ってもいないのにこうも嬉しく感じるのね」
 頬を緩ませながら馬車を降りるのはアリアノール・ウィンダム。通称アリア。スタイルばっちりのむちむちボディには、これまたぴったりのワインレッドのスーツがよく映える。シャギーの入った長い髪を揺らしながら微笑む様はそこにいた者達をうっとりさせるほどでもあった。
「それにしても、真夜中になる前に到着できて本当に安心しました。あっと! 宿を取らなくてはいけませんね」
 アリアの後ろでぽんと手を打つのはカエルのような顔をしているミカエルだ。どんな者でも一度見たら驚くような顔にこれまた誤解されそうな緑の服を着ている。だが、彼を侮ってはいけない。こう見えても彼は棒を巧みに相手をねじ伏せる力を持っている。もっともそれは正義のために使われるものでそうめったに拝められないレアな術だが。
「オイラお腹空いちゃったよ~」
 ぐぎゅるるるる~とお腹の虫がなる。彼の名は御子柴康介みこしば・こうすけ。元気が取り柄の飛脚見習いの幼い少年だ。けれどお腹が空いては彼の取り柄も発揮されないようだ。へろへろと皆の後ろを歩いていた。
「リクもお腹空いたのれす~」
 狼の毛皮を頭に乗せたアラビスの女性、リク・ワイアンドもどうやら康介と同じらしく、へろへろと歩いている。彼女は狼を一人、素手で倒すほどの格闘家。今の彼女を襲うというのなら、逆に痛い目に遭うこと間違いナシである。
「あ、あそこに宿屋発見~☆ ねえ、ダズ様、あそこの宿にしましょう! 美味しそうなご飯の匂いもしますし☆」
 きゃあきゃあと長いポニーテールを揺らしてダズを引っ張るのはニーナ・タムダット。彼女もアラビスの踊り子である。一時期、カマラと共に過ごしたこともある。
「あ、あの……その……ダズ様にくっつかないで……」
 悲痛な叫びを掠れた声で行うのは舞姫。ダズの奥さんであり、ユーキの母でもある……ちょっとドジなくの一だ。
「駄目でヤンスよ。もっと積極的にならないと……取られちゃうでヤンス」
 その後ろでぴょこぴょこいるのは後仁立三うしろに・たつぞう。ちなみにこれは偽名で本当の名は天隴尋輝琉丸てんろうじん・きりゅうまるという元忍者の現在飛脚をしている青年だ。その偽名が示すとおり、人の背後を取るのが癖である。半分趣味かもしれないが。
「ええええ~!」
 今にも泣き出しそうな舞姫に苦笑するダズ。
「とにかく、そこの宿で泊まってから明日、城へ向かおう。姫さんも早く城に戻りたいじゃろうが、少し宿で疲れを癒し、身支度した後でも構わんじゃろう?」
 包帯が痛々しいダズがそうまとめると皆は宿屋へと入っていった。
「あら賑やかな方が来ましたのね?」
 宿屋のカウンターには絶世の美女が一人いた。
「おねーちゃん、誰~?」
 きょとんと訊ねる康介。
「私の名はるい。あなたが噂の親父様ね。初めまして、お噂はかねがね、私の耳にも届いていますのよ」
 実はこの累という女性。オウコが変装しているもう一つの顔であった。しかし、この場にはそのようなことを知る者は誰一人いなかった。いや、いても何も口出ししなかったというのが適切であろうか。
「で、その累さんは私達に何か御用かしら?」
 訝しげにアリアが眉を潜める。
「あ、誤解しないで。私もあの有名な親父様と一緒に旅がしたいと思って。しばらくの間、一緒にいても構わないかしら? タダでとは言わないわ。私の分は私がきちんと払うし、いろいろとお手伝いさせていただくわ。……それに一人美人が加わって不都合になることでもあるのかしら?」
「ダズ様……どうされますか?」
 小声で訊ねる舞姫にダズはむうっと唸った。
「僕、もう……駄目……」
 とうとう臨界点を突破したようだ。康介は電池の切れたおもちゃのようにその場にへたりこんだ。
「あら、大丈夫? おにぎりあるけど、食べる?」
 累はさっそく際どい懐からおにぎりを取り出した。
「うわーーー☆ おにぎりだっ!」
 喜ぶ康介。どうやら、助けられてしまったようだ。
「まあ、仕方ないのう。しばらくの間だけじゃぞ」
 こうして累は思惑通り、ダズ一行に入り込んだのであった。


「あの……立三さん? ちょっといいかな?」
 食事も終えた頃、ニーナは立三を呼び出した。
「何でヤンス?」
 その声はいつの間にか後ろから聞こえる。
「きゃあああ!」
「み、耳がキンキンするでヤンス~」
 ついニーナは大声をあげてしまった。
「ご、ごめんなさい。どうも立三さんの後ろ囁きには慣れなくて」
 苦笑するニーナ。目の前にあった椅子に座り、ニーナは目的のことを話し始めた。
「前に達三さん、闇ねずみと話していたわよね。闇ねずみさんのこと教えてくれる? ちょっと気になって……」
「ああ、スーちゃんのことでやんすね?」
「スーちゃん?」
 思わず出てきた立三の単語にニーナの頭にはてなマークが浮かんだ。
「本名は月影蘇芳つきかげ・すおう。身寄りのない子供達のために料亭で芸者さんをやっているでヤンスよ。うーん、流石は正義の味方でヤンス」
「え? あの……蘇芳さんが……?」
 ニーナの頭にはどんどんはてなマークが増殖してきている。
「そうそう。あーみえても実は立派な男の子でヤンスよ」
 そして立三はうんうんと頷いた。
「ええええええええええ!!!!!???? 嘘でしょうっーーー!!!!」
 深夜にさしかかる夜。ニーナの驚いた声がサンユーロ城下町にばっちり響き渡ったのであった。




 わいわいと騒がしい酒場では。せなが有力な情報を得ていた。
「ユリアってあのユリア・ウィルルのことだろ?」
 若いアラビスの青年は酒を片手にそう言った。
「オメェ、知ってるのかい?」
 がぶりと大きな鶏肉を豪快にかぶりつきながらせなは訊ねる。
「知ってるも何も俺らの村の間じゃあ有名も有名だぜ? 俺の住んでいた村の隣村。そこに住んでいたって話だ」
「うんうん。お、これも食うか?」
 注文して来た料理の一皿をせなは青年に渡した。
「悪いねえ。……で、そこでユリアは双子を産んだんだ。可愛い女の子だったって聞いている。でも……その女の子の片割れは不思議な石が胸に付いていた。そう……真っ赤な血のようなおぞましい赤い石がね」
 そうおどろおどろしく言う青年の声にせなは思わず息を飲む。
「石を持っていない方も目の色が変わったりして結構不気味だったらしいよ。もっとも母親はそれでも二人を愛したって聞いてる」
「な、なるほど……な。で、その双子の名前は?」
「一人はライア・ウィルル。赤い石を持った方だ。そしてもう一人がナノア・ウィルルって名前だぜ」
「ふむふむ~。で、その母親ユリアっていうのは何て言う村にいるんだ?」
「クタリだよ。ほら、上等な絹はクタリで買うのが一番って聞かないか? あのクタリさ」
「ああ、あそこか。わかったよ。それじゃあ、後でクタリに行ってみるかな? そのユリアさんに会いにさ」
 そう言って笑うせなに青年は目を丸くした。
「何言ってるんだよ。もうユリアはその村にはいないぜ?」
「はあ? 何言ってるんだ! さっきクタリにいるって……」
「だから、ユリアはもういないんだ。四年前、盗賊に襲われて……死んだんだ」
 その言葉にせなは手に持っていた箸をぽろっと落とした。
「なんだってっ!?」


 とぼとぼと肩を落としてせなは、リアの家を目指していた。そこへ行けば皆と合流することも出来るし、何しろ宿代がタダで済む。だが、そんな嬉しいことも今は何も感じられなかった。
「はあ、ばあさんに……何て言ったらいいんだろな……」
 ふうっと息を吐くせな。
 そんなせなの前に一人の少女が横切った。
「……あ、子供?」
 いや違う。
「プリムっ!?」
 せなはがばっと姿勢を正す。確かにあれは見間違いではない。プリムの後ろ姿だ。せなは慎重にその後をつけていく。そのプリムの様子はいつもと違っていた。
 何故なら、人にぶつかりもせず、まるで目が見えているかのように目的地を目指す別人のようだったのだから。
「どういう……ことなんだ?」
 困惑しながらもせなは必死に彼女の後をつけていったのであった。




 翌日。
 アディは早く目覚め、セバスチャンを呼び、身支度を整えた。
「アドリアーナ姫、朝食へ行きませんか?」
 それでもミカエルには負けていたが。
「なっ……れ、レディの部屋には一度ノックをしてから扉を開けて下さいまし!」
 近くにあった鏡でささっと身支度を確認するアディ。その頬は少し薔薇色に染まっていた。
「あ! ああ、申し訳ありませんっ!」
 急いでまた扉を閉める。そしてノック。
「もういいですわよ……」
 がちゃりと扉を開けるアディ。目の前にはミカエルの顔が。
「きゃっ!」
 大きく仰け反るアディ。薔薇色の頬はもっと紅くなっていた。
「すみません。あの、ボクの顔がいけないんですよね」
 ミカエルは後ろを向き、このままでいるからとアディを促した。
「ち、違いますの……その、ちょっと驚いただけですわ。あ、あんなに近くにいるとは思わなかったのですから……」
 その言葉に後ろを向いていたミカエルの顔がそっとアディの方へと動く。
「ああ、そうだったんですね。ボクもちょっと驚いてしまいました」
 その顔はほころんでいた。そのほころぶ顔のミカエルを見たアディは一瞬だけびくんと肩を震わせた。
「さ、先に行きますわね。ミカエルも早く来て下さいまし」
 その声は少し震えているようにもみえる。
「あの……どうかなさったのですか? アドリアーナ姫」
「な、何もありませんわ!」
 つい大声で叫んでしまったアディ。
「?」
 きょとんとするミカエルにアディの足が止まる。
「アドリアーナ姫?」
「……ミカエル、わたくしのことはアディでいいですわ」
「ですが、ボクはアドリアーナ姫をそう親しく呼べるほどの者ではありません。やはりアドリアーナ姫と呼ばせていただきます」
「……真面目、なんですわね……」
「アドリアーナ姫?」
 アディはミカエルには見えないところで淋しい顔を浮かべた。
「早く行きますわよ。朝食が冷めてしまいますわ」
 ずかずかとアディは食堂へと向かい、ミカエルもそれに続いたのであった。


 朝食を終え、身支度を再度整えると親父様ご一行はサンユーロ城へと向かっていた。
 その一行を見つけた者がここに一人。
「あああああああ!!!!!!!」
 女騎士、ユレイアだ。ユレイアはすかさず胸から下げているペンダントのロケットを開け、目をきゅうっと細めて睨みつつ、吟味する。
「間違いありません!! あれはアドリアーナ姫!! しかもなぜ親父様と一緒に!? と、とにかくまずはアドリアーナ姫を確保しなくてはっ!」
 ユレイアは胸のペンダントを大切に服の中へとしまい、親父様達の中へ突っ込んだ。
「アドリアーナ姫! お探ししておりました!」
 そのユレイアの声にアディは優雅に振り向いた。
(これはまさしく第三王女!)
 自分の考えに確信を得たユレイアは、こぶしに力をいれた。
「もう、見つかったんですの?」
 その口調はなにやらユレイアを試すかのごとくそっけないもの。
「アドリアーナ姫。これから私と共にすぐ、城へお戻り下さい。陛下が心配なさっておいでです」
「あら、それなら心配ご無用ですわ。わたくしもこれから城へ行くところでしたの」
「はいっ!?」
 ユレイアの声が思わず裏返る。
「ご苦労様、ユレイアさん」
 その様子を見ていた累が声をかけた。
「え? 累さん? 累さんもここにいたんですか?」
 その累に驚くユレイア。
「まあ、あなた達知り合いだったの?」
 アリアの声に二人はにっこり微笑んだ。
 ユレイアは顔を引きつらせ、累は余裕に満ちた笑みだった。
 こうしてユレイアも一行に加わった親父様達は数分後、無事、サンユーロ城に入ったのであった。


 サンユーロ城内。王の謁見室では、親父様一行が今までのことを報告していた。もちろん、アディの行動はきつくお叱りが入ったが。
(この部屋……来たことがあるような……)
 ミカエルは不思議に思いながら辺りを見渡した。ここに来たのは今日が初めてのはずなのに……。
「手紙で知らせたとおり、ダズ達にはすぐ祭壇を見つけてもらいたい。この城の地下に古文書のある書庫がある。そこを自由に使い、いち早く祭壇を発見するように。それとアディ、お前はしばらく外出禁止だ」
「分かりましたわ。ということは城内であればダース達と行動を共にしても構いませんわね」
「アディっ!?」
 グラード王は目を白黒させていた。
「恐れながら陛下。これはかの者を護衛に付けた方が……」
 王の側に控えた司祭が助言する。
「う、うむ。ではユレイア。お主に護衛の任を頼むとしよう」
 やっと王女を見つけて肩の荷が下りたユレイアにとって、また胃痛の種になる王からの命令が下ったのであった。
「お任せ下さい」
(これで終わったと思ったのに……)
 心とは裏腹にユレイアの口からは笑みとYESという言葉が出される。
「だが……一人の護衛だけでは心許ないな……司祭、別の者を……」
 そういう王の言葉をミカエルが止めた。
「お待ち下さい。そういうことでしたら、不肖ながらボクもアドリアーナ姫をお護りしたいと思います」
「だが……君のことを詳しくは知らぬ。それに部外者でもある君に頼むというのは……」
「お父様……ミカエルはもう部外者ではありませんわ。それに、一度、盗賊からアリアを助けたときもありましたわ。力もありますし、頼りになりますわ」
 そのアディの言葉に王はむうっと眉を潜めた。
「お前がそこまでいうのなら、仕方ない。ただし、いつもユレイアと共に行動すること。いいな?」
「はい。ありがとうございます、陛下」
 ミカエルは丁寧に頭を下げる。
 こうしてアディは二人の護衛を従えて、祭壇調査のため、地下の書庫へと向かったのであった。


 一方その頃。
「うわああ! すごいです~! あ、これはあの有名なサンユーロ王伝説! この国の始まりを描いた物語です~! ああ、こちらはバルダーヌ郷の大決戦! ああ、これは……」
 リアは初めて城の書庫へ立ち入り、その量に圧倒され……いや、歓喜していた。はっきりいって手の着けようが……。
「リア、それはいいから古文書を探すわよ。……それにしてもユレイアもせなもヴォルもプリムも一体何処へ行ったのよ。オウコは別行動だから仕方ないかもしれないけど……」
 オルフィスの声で我に返るリア。
「そうだな。結局、リア殿の家には戻ってこなかった」
 蒼雲はそんなオルフィスの言葉に頷いた。
「もしかすると~すぐ近くにいるかもしれませんね~?」
「すぐ近くにいるなら何で出てこないのよ。それよりもワタシ、プリムが心配だわ。あの子、目が見えないでしょう? また迷子になっていたら大変だわ……やっぱり祭壇よりもプリム達を探す方がいいのかもしれない」
「オルフィス殿……」
「そうですね……皆を見つけてから古文書を見ても遅くはありませんから~」
「決まりね。じゃあ、さっそく城を出て彼らを……」
 書庫の扉を開けようとしたオルフィス。しかし、その手は宙をかいた。
「え?」
「むう?」
 どーーーーーん!
 扉はオルフィスが開けたのではない。外にいた親父様ことダズが開けたのだ。そこにはダズの他にも……。
「ユレイアにオウコ! あなた達、ダズと一緒にいたの?」
「え、ええまあ……。いろいろありまして……」
 ユレイアは汗だくだくに説明しようとし。
「あら、オウコって誰かしら?」
 累に化けたオウコは他人の振りをしている。
「もう、いるならそう言ってよね。後はヴォルとプリム、それにせなね」
 少し安堵の表情を浮かべたオルフィス。
 しかし。
「これは丁度良かった。ダズ殿。今からお主に決闘を申し込む」
 突然、蒼雲がダズに決闘を申し込んだのだ。
「決闘じゃと?」
「な、何を考えているの? 蒼雲!?」
「時間はとらせぬ。一本勝負だ。それと、俺が勝ったらオルフィス殿ともう一度本気で勝負をして欲しい」
 その真剣な眼差しを一身に受けるダズ。
「でも、親父様は……」
 止めようとする康介の声をダズの太い腕が遮った。
「よかろう。じゃがここではちょっと狭すぎる。オルフィス、確か城には騎士の訓練場所があったのう?」
「え、ええ。あるわ」
「そこへ案内せい」
「……わかったわ」
 合流した一行はこうして、今度は外にある騎士の訓練場所へと向かったのであった。


 騎士が剣などの訓練をする場所。そこは騎士だけが使う場所ではなく式典の際にも使われる運動競技場でもあった。狭いコロシアムといった感じだろうか。競技場に敷き詰められた黄土が風に巻き上げられる。
「ダズ殿、俺はこの刀での戦い方しか知らぬ。使わせて貰ってもよろしいか?」
「構わんぞ。かかってこい!」
 蒼雲の履く草履がずりずりと黄土をこする。
「だ、大丈夫でしょうか……」
 心配そうに見つめる舞姫。
「……分からないわね。あの剣士さんもなかなかの腕のようだから……」
 アリアが言う。
「勝負はやってみないとわからないのれす。でも、ちょっと気になることがあるんれす」
「気になることって何かしら?」
 リクの言葉にアリアが訊ねた。
「さっきの王様、様子が変だったれす。心配していた子供が戻ってきたのに抱きつきもしないなんて、何か変なのれす」
「それはわたくし以外の方がいらっしゃったからではなくて?」
 アディも話に加わる。
「でも……変な匂いもしたのれす……」
「気のせいではないの? リク……」
 流石のアディも心配になってきたようだ。
「あ! 動きましたよ!」
 ミカエルの声に皆はダズと蒼雲の方へ視線を動かした。
 ずううううん。
 重い音と共にダズが倒れ込んだ。
「ダズ様っ!」
 舞姫がすぐさまダズにかけよる。ダズはその舞姫の手に支えられながら起きあがった。
「お主に一つ聞きたいことがある。何故、決闘を申し込んだのだ? 別の意図があったのではないのか?」
 その顔は蒼雲の一撃を喰らって苦い顔をしていたが、その声は思っていたよりもしっかりしていた。
「オルフィス殿がこの後の決闘に勝ったら、本当のことを教えて欲しい」
「蒼雲、だからあなたは……」
 オルフィスは笑うような、泣き出しそうな顔を浮かべた。
「なるほどのう……では、もう一度、オルフィスと決闘するか」
 ダズは舞姫の手をそっと下ろさせ、自分だけの力で立ち上がる。
「待って。もういいわ。ダズ……あなた、怪我しているわね?」
「ふっ、このくらいの怪我、どうってことないぞ!」
 オルフィスは、ていっとダズの脇腹をアタックした。
「ふぐうう! ま、まだ決闘は始まっておらぬぞぅ」
 冷や汗たっぷりでダズはオルフィスを睨んだ。オルフィスは冷めた表情で続ける。
「ワタシ、怪我人と決闘するほど、相手に不足していないの」
「いいのか? お主の知りたいことを話すと言ってもか?」
 そのダズの言葉にオルフィスは笑う。
「何か、どうでもよくなっちゃったわ」
「……オルフィス……」
「さてっと、さあ、せな達を探しに行きましょうか」
 そう立ち去ろうとするオルフィスを。
「待て!」
 ダズは止める。
「何? まだ何か用?」
「お主の兄のことを、フィルスのことを話そう……」




 プリムを見失ったせなは困っていた。もうすでに夜は明け、行方も分からなくなっていた。
「結局……見つけられなかった」
 と、落ち込むせなの前をあの瑠璃色の少女が横切る。
「!」
 せなは声を出さないようこっそりと、またはりついた。プリムの歩く先には教会があった。と、もう一人入っていく影が。
「ヴォル?」
 彼がここにいるのに不思議はない。妹を一番に思い、彼女のために尽くす彼のこと。きっと心配してせなと同じようにプリムを追っていたのだろう。だが、何か嫌な予感がする。せなは教会の扉を僅かに開け、様子を見ることにした。


「おや、ディア……お客様を連れてきたのですか?」
 優しそうな神父がプリムにそう訊ねた。
「……連れてきてはいない。勝手に来た」
 そのプリムの言葉に神父はくすりと笑う。
「知らない間に腕が鈍ってしまったのかもしれませんね?」
「何を言っているっ! プリムをプリムをどうするんだ!」
 そのヴォルの言葉に神父は。
「プリム? 何を言っているんですか? 彼女はディア。……アンダーヘブンのディアブロとは彼女のことですよ。腕の立つ良い働き手です」
「いいのか? そこまで言って」
 その言葉に神父は微笑む。まるでそれは信者に教えを与えるかのように。
「ええ、かまいませんよ」
 そして神父はプリムの耳元で囁く。
「組織を潰した者はダズでしたよ」
 その囁きにプリムはこくりと頷いた。
「わかったぞ! 貴様、プリムを影で操っているんだなっ!?」
 ヴォルは勢い良く自分の愛刀『フルーブ』を引き抜いた。
「心外な。私は彼女に教えを与えただけです。さあ、ここは危険ですから裏口から行きなさい」
「プリム、待てっ!」
 ヴォルの声にプリムは一切耳を傾けず、神父の言うままに裏口へと向かう。それを追うヴォルを神父が遮った。
「どけ! あの優しいプリムに変なことを吹き込みやがってっ! 退かぬならお前を、殺す!」
「おや、それは私の台詞ですよ。アンダーヘブンの生き残りは一人だと思っていますか? 残念ですけど、私もそのメンバーの一人……トレイタと申します」
 神父、トレイタは丁寧に頭を垂れる。
「黙れ!」
 ヴォルは一気にフルーブをトレイタに向ける。が、トレイタはそれを軽やかに身をかわした。
「そんな腕で私を殺そうとするのですか? ふふふ……あーはっはっはっ! 冗談も程々にしたまえ!」
 ヴォルのフルーブがトレイタではなく、燭台にある蝋燭を刻んだ。




 場所は変わって、ここは城の書庫。
「で、兄様のこと、話してくれる?」
 ダズを椅子に座らせて、オルフィスは口を開いた。
「あれは15年ほど前のこと。ワシとフィルスは共に修行の旅をしていたときのことじゃ。久しぶりにワシの師匠に挨拶しにアラビスを訪れたときに……一件の家が火事にあったのじゃ」
「火事……」
「ワシらは急いでその消火のために駆けつけたのじゃ。そこには燃えさかる一件の家があった。そのときまだ家族が中に残っていると聞いたワシらはそこにあった水桶の水をかぶり、救出に向かったのじゃ。親の姿は見えなかったが、子供が二人倒れているのを見つけた。ワシらは彼らを抱え、一度外へ出たのじゃ。ワシは無事に出られたのじゃが、フィルスは……途中燃えさかる柱にぶつかった」
「………」
 オルフィスはそれを黙って聞いていた。その後ろでアディ達が古文書を探している。
「手の中の子供を外の者に預け、急いでフィルスの元へ駆けつけた。そこには柱に挟まれたフィルスがいた。ワシは必死にその柱を押し退けた。けれどびくともしなかった。フィルスは子供をワシに預け、逃げるよう告げた。……それはフィルスを見捨てなくてはならないということに他ならない……ワシは迷ったが……子供の命を優先した……」
「それで、フィルス兄様は……」
「そのときフィルスはこうも言っていた。『オルフィスにこのことを伝えないでくれ。子供を助けて死ぬなんて格好悪いだろ』と……」
「……格好悪いなんて、そんなこと……ないのに……馬鹿な兄様」
 呟くように掠れた声でオルフィスは俯いた。
「あっ! 思い出した! お兄ちゃん、オルフィスっていうんだよね。はい、お手紙!」
 そう言って康介が飛脚箱から一通の手紙を取り出し、オルフィスに手渡した。
「手紙? ……フィルス兄様からだわ!」
 急いで封を開けるオルフィス。そこには。
『オルフィス、それに父さんや母さんも元気にしているか? 俺はもう少しで死にかけたが、幸運にも助かった。これこそ奇跡ってやつかな? もうしばらくしたら家に帰るから例の約束、忘れるなよ フィルス』
「え? こ、これって……?」
 康介の持ってきた手紙それはフィルスが生きているという証でもあった。
「じゃが、あのとき……ワシは……」
 ダズが何か言おうとしたときだった。
「見つけたわ! もしかして、ここじゃなくって?」
 アリアが古文書を指さして叫んだ。
 ダズ達もオルフィス達も一緒になって覗き込む。それはサンユーロの建国時の地図だった。サンユーロの右端に青い丸が付けられている。
(何か……見たことがある……)
 ミカエルはその地図に何かを感じていた。
「これは昔のサンユーロの地図ですね~。ここに先ほど見つけた今の地図を重ねてみましょう~」
 リアが地図を重ねてみるとそこはサンユーロ城の隅に位置している。
「ここは確か……」
 ユレイアが声を上げる。
「何? 王座の後ろとか、隠し階段だとか言うんじゃないでしょうね?」
 アリアがわくわくと声を上げる。
「秘密の園、ですわ……」
「秘密の園ですか?」
 アディの言葉にミカエルが反応する。それにアディはどきまぎしながら、やっとのことで声を出した。
「建国当時からある、庭園ですわ。昔は身内の式典に使われたそうですけど、今では老朽化が激しくてわたくし達でも立ち入りは禁止されていますわ」
「とにかく、行ってみるれす!」
 リクの言葉に皆は頷き、秘密の園へと向かったのであった。




 教会を出たプリムは。
「あ、すみません! 大丈夫でしたか?」
 偶然にもセツナ達……その中でも誠にぶつかった。
「大丈夫」
 うかつだった。プリムはそう心の中で呟いた。しかし、そのプリムの考えは間違いだ。何故ならセツナ達の方が突然現れたのだから。そう、セツナの不思議な力によって、だ。
「まじかるすとーんの場所へ来たはずなんだけど……あれ? 何で君がすとーんを二つも持っているんだい?」
 セツナは驚き、訊ねた。
「え? この子が?」
 同じアラビス人の少女にカマラは驚愕する。
「あの……あなた、すとーんを持っているの?」
「ああ、持っている」
 その言葉にセツナは目を細めた。
「ボク達、そのすとーんが必要なんだ。一緒に来ない? これから最後のすとーんの場所へ行くところなんだ。最後のすとーんはダズが持っている」
 最後の言葉にプリムはぴくりと反応した。
「どうかな?」
 そう誘うセツナに。
「それなら一緒に行ってもいい」
「よかった」
 セツナはプリムの言葉ににっこりと微笑んだ。
「その前に……君の名は何というのですか?」
 誠がプリムに訊ねる。
「名はただの識別番号のようなもの。それ自体に意味はない。お前が呼びたいように呼べばいい」
「そうは言っても……」
 セツナがそっとプリムの手を握る。セツナの握った手からプリムはぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。
「じゃあ、ディアって呼ばせてもらうね」
 セツナはそう告げる。その言葉にプリムは何かとてつもないものを感じつつも。
「ああ、それで構わない」
 頷いたのだった。


 教会の中では、二人の男が死闘を繰り返していた。その周りには先ほど切り落とした蝋燭の火が大きな炎を生み出していた。
「何故邪魔をするっ!」
 ヴォルがフルーブを巧みに斬りつけながらも叫んだ。
「それは私の台詞ですよ。何故、あなたは邪魔をディアの邪魔をするのです?」
「その名でプリムを呼ぶなっ!」
 ぱさりとトレイタ神父の髪の一房が切れた。
「おや……とうとう私を傷つけたのですか?」
 にこりと微笑んだ。いや、冷たい笑みを浮かべたのだ。
「神に逆らう者は地獄へ行くのが定め。どうやらあなたは地獄へ行かなくていけないようですね……」
 しゃきんと、両手から細身のショートソードが二本現れた。
「死になさい」
 二本の刃が弧を描く。ヴォルの片腕からぴしりと激痛が走る。
「おや、なかなかやりますね……でも、次は避けられませんよ?」
「黙れ……」
「ふふふ、まあいいでしょう。教えてあげても。何故、あなたの邪魔をするのか……それはあの子をうまく利用しているにすぎない、ただそれだけですよ。そう……私が神に従う振りをして、信者を上手く利用し金を集めるようにね。彼女はとても使えるのですよ。まさかあのような子供が殺人者とは思いませんでしょう?」
 その卑劣な言葉にヴォルの瞳が鋭く細められるのをトレイタは楽しそうに眺めていた。
「お前のようなヤツがいるから、プリムのような可哀想な子が増えるんだ……」
「私はあなたのその表情を、苦痛に歪めるのが好きなのですよ」
「失せろ……」
「それは……私の技を見切ってからにしていただきたいですね。でも、今まで私の技を見切った者は一人もいませんがね」
「消えろと言っているだろっ! 俺はプリムの所へ行かなくてはならないんだっ!」
 二つの刃が交差した。




 鳥の鳴き声が響く。アディが案内した秘密の園は蔓がびっしり巻き付く巨大なアーチだった。そこには扉があり、頑丈な鍵がかけられている。
「リクが壊すれす!」
「ちょ、ちょっと待って! それを壊したら陛下に怒られてしまうわ!」
 急いでリクを後ろから羽交い締めするオルフィス。
「それじゃあ、俺の出番だね」
 いつの間にか累はオウコになっていた。オウコは鍵の前に出て、一本の針金を取り出した。それを器用に鍵穴に入れ、しばらくかちゃかちゃと動かす。
 がちゃん。
 頑丈な鍵がごとりと音を立てて外れた。
 と同時に側にいたライアの胸のすとーんが淡く光り出した。
「どうやら……ここで間違いないようですね……」
 ミカエルはそれを見てそう告げた。


 緑に包まれた秘密の園。その中心には古代神話に出てきそうな白くひびの入った柱が7本そびえ立っていた。その中心に台座のようなステージを思わせる場所がある。その台座に近づくにつれてライアの胸のすとーんの煌めきを増していく。
「ここが第5のまじかるすとーん、祭壇なのね……」
 まるで手の届かない遠いものを眺めるかのようにアリアは呟いた。
「こんにちは、皆さん」
 急に少年の声が響く。
「セツナ!」
 ダズ達は一斉に身構え、声の主を見る。セツナ達はいつの間にか台座の上に立っている。
「ちょっと、あの子何者? それに……あれはプリムじゃないの!?」
 何が何だか分からないといった表情でオルフィスはダズ達を見る。
「話は後でするわ。とにかく、相手は変な力を持っているから気を付けて!」
 アリアがそう告げる。
「変な力?」
 オルフィスはそれでも何も分からず、きょとんとしたままだ。
「プリム様~、そちらの方たちと一緒にいらしたんですね~。心配したんですよ~」
 そう言って近寄ろうとするリア。ぴくりと動いたが、プリムは無言のままだった。
「え? あの子はプリムというのですか?」
 ライアが近寄ろうとすると……とたんにプリムの瞳の色が右目のアメジスト色の瞳と左目のエメラルド色の瞳が……鮮やかな金色に変わったのだ。
「え? ……もしかして……ナノア?」
 ライアがそうプリムに訊ねる。
「残念、違うよ。彼女の名はディア。あ、ダズは何処だっけ?」
 セツナは楽しそうに声を上げる。
「ワシはここじゃ!」
 ダズは勢い良くその声を張り上げた。
「わかった? ディア?」
 そのセツナの声にプリムはこくんと頷いた。
「さあ、ダズ。ボクとゲームをしよう。簡単なゲームだよ。ダズ、君はそのディアを殺すんだ」
「なんじゃと! そんなこと出来る訳なかろうっ!」
「あれ? いいの? その子、目が見えないけど有能な暗殺者なんだ。それに、すとーんを二つ持っている。彼女を殺さない限りすとーんは得られない。……もし、彼女を殺すことが出来たらボクのすとーんもあげるよ。もっとも、そんなこと出来るとは思わないけどね。それとも……代わりにそこにいるすとーんを持った女を差し出すっていうのもいいね。どうかな?」
 楽しそうに無邪気に笑うセツナ。その様子に誠もリッティも、そしてカマラもぞくりと背中に悪寒が走るのを感じた。
「やめるんだ!」
 思わずカマラはセツナに言った。
「やだよ。もうすぐ、すとーんが手に入るんだ。これで……ボクはママのところへ帰るんだ」
「セツナ……そんなことをしなくともあなたのその力があればママのところへはすぐに帰られるのでは?」
 誠がそう諭すように話す。
「だったら、もう帰っているよ。何度、力を使っても……帰れないんだもん! すとーんを使ってママのところへ帰るんだ!」
「セツナ……お願い、止めましょう? こんなことしてもママは喜ばない……」
「…………」
 リッティの言葉にセツナは淋しそうな顔をした。
「そうだ。目を覚ますんだ! ユーキっ!」
「違う! ボクはセツナだ!」
「うるさいな、あんたに言ってるんじゃない。あんたの中のユーキに言ってるんだ。ユーキって呼ばれたくないんなら早くその体をユーキに返せっ!!」
 カマラは勢い良くそう叫んだ。
「このっ!」
 セツナは力を発動させようとして。
「あ、あれ? 何ともない?」
 失敗した。
「くううう、まだ……すとーんを手に入れて、いない……のに……」
 セツナは苦しそうにうずくまる。
「ユーキ? ユーキなんだな!」
「うるさい、黙れ!」
 周りの白い柱が全て激しい音と共に弾け飛んだ。とっさにその場にいた者が身を伏せて、その柱の欠片を避ける。
 と同時に。
「家族の仇!」
 プリムがダズに向かった!
「むう!」
 プリムのその一撃をかわした、が。
 ひゅん。
 何かがダズの頬をかすめた。ぴしっと血が飛ぶ。
「……さすがだな」
 着地した先、無機質な声でプリムは呟く。
「ワシは……お主を殺すことなど、出来ん……」
「死ぬぞ」
 ひゅんとまたワイヤーがダズを襲う。それをかわすダズ。
 一方、セツナはゆっくりと起きあがった。
「ふう、やっと静かになった」
 そしてふわりと空に浮かぶセツナ。
「すとーんを我が手に。まずは女の石を奪う」
 もう、セツナは笑っていない。
 戦いが始まったのだ。
 すとーんを巡る、戦いが。




 燃えさかる教会から、一人の少年が助け出された。
「オメェは、バカだ……それに手出しが出来なかったオイラも、バカだ……」
 せなの肩には傷だらけのヴォルがいる。
「とにかく、ヴォルの治療が先だな……」
 せなはすす汚れた頬を片手でこすりながら顔を上げた。と、同時に教会が、崩れた。
「……待て、治療は……いい」
「ヴォル? 何言ってるんだい! そんな怪我で何処に行こうっていうんだよっ!?」
「プリムのところへ……プリムを止めなきゃ……」
 そのヴォルの呟きにせなは決めた。
 これから行くべき行く先を……。




「え? どうし、て?」
 何故か……ユレイアの持つペンダントがライアと同じ淡い輝きを放っていた。


 ああ、女神様。
 この切実な願いを叶えて……。


■次回予告
「異界の夜にようこそ。私の名はレイルーラ、導くもの。……予言します。やっとたどり着いた最後の場所、祭壇。そこは皆の願いを叶える場所のはずなのに、混沌の生み出す戦いが彼らを襲います。どうか気づいて。全てはあなたの側に、心の中にあるのです。そして、絶望しないで。未来という言葉は、私ではなくあなたの元にあるのだということを。次回『最後の願いを』。私はあなたのすぐ側に……」







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