親父様とまじかる☆すとーん

秋原かざや

正義 第4回 不思議な不思議な花瓶さん



 気づけば見知らぬ大人に囲まれていた。
「アイツは人間じゃない」
「アイツは悪魔かなんかだった。だから死体が残らなかったんだ!」
「両親に正体が気づかれたので、アイツが、殺したんだ」
 違う……違う。そんなんじゃない、お兄ちゃんはそんな人じゃない!
 違うと否定したいのに声が出ない。耳を塞いでも聞こえる声……。


「アイツは悪魔だ」


「やめてえええええ!!」
 がばりとカマラ・アンダーソニアは跳ね起きる。背中が汗でびっしょりと濡れていた。
「カマラさん? 大丈夫ですか……?」
 隣でリルティーシャ・クレメンスが突然の悲鳴に、心配そうに声をかけた。
「あ……あたし……」
「何だか変です……だって、セツナに会ってからずっと……何かに怯えるようなそんな感じで……その、心配です」
 そう俯いてしまったリルティーシャの姿を見て、カマラはその重い口を開いた。
「昔ね、あたしの家が燃えたんだ。原因は当時、父さんと敵対関係にあったライバルの店の店員がやった放火だった。それで、父さんや母さんが死んだんだ……そして、あたしの兄も行方知れずになったのさ」
 そういって力無く笑ってみせるカマラ。
「だから周りは皆、口々に言ったんだ。『お前の兄は悪魔だったんだ。だからそれを知った両親が殺されたんだ』ってね」
「そ、そんな……」
 今にも泣きそうな顔でリルティーシャが何かを言おうとしたが、うなだれてしまった。
「そんなこと、ありえませんよ」
 半開きになった扉から声がかかる。
「誠さん……」
 そこに現れたのは同じく行動を共にしていた草薙誠だった。
「悪魔なんて存在しません。何せ、そんなもの見たことがありませんから」
 そう言い切る誠に。
「じゃあ、セツナは何なんだよ! アレは何なんだ? あ、悪魔じゃないのか? それともゴーストか!? あの力は何なんだよっ!」
 まくし立てるようにカマラは叫ぶ。
「それはわかりません。ですが、たぶん、悪魔とかゴーストとかではなく、もっと別なもの……例えばまじかるすとーんを帯びた何かなのではないのでしょうか?」
「そんなの……そんなの信じられるか……」
 どうやら、カマラはあの不可解な人格と力に怯えているらしい。毛布を抱える手が小刻みに震えていた。
「お取り込み中、申し訳ありません」
 そっと窓の影から舞姫が現れた。
「舞姫さん、どうかしたのですか?」
 思わず窓を開け、舞姫を見る誠。
「あの……ユーキは、いませんか?」
「残念ながら、何処かへ行ってしまっているようです。何かご用ですか?」
 その誠の言葉に頷くと舞姫は懐から一通の手紙を取り出した。差出人はミカエル。宛先はカマラだ。
「あの、カマラさん、手紙が来ていますよ」
「…………ありがとう」
 受け取ったカマラは恐る恐る手紙の封を開ける。そこには二枚の便せんが入っていた。
『カマラ・アンダーソニアさま
 リルティーシャさんを追っていかれたとお聞きしましたが、まだ戻られないので心配しています。
 草壁さんも御同行されているらしいとのこと、大丈夫かとも思ったのですが、何か不吉な胸騒ぎがしてなりません。
 できましたら現状をお知らせ下さい。ユーキさんのことや、リルティーシャさんのことなど、みなさんが心配されています。もちろん、あなた方のことも案じています。
 危険なことはしないようにして下さい。
 みなさんが無事に戻られるよう、お祈り申し上げます。
              ミカエル』
 そう丁寧な字で書かれていた。
「あの……良ければお返事をお願いします」
 窓の端からそっと顔を出して、舞姫は請うた。
「カマラさん……」
 そっとリルティーシャはその肩に手を乗せた。
「……心配しないで下さいと伝えて下さい。こちらでも何かあれば、お知らせしますから」
 無言のカマラの代わりに誠がそう、舞姫に返事を述べた。
「わかりました、そのようにお伝えしますね。……それでは、失礼します」
 音もなく、舞姫はその場から離れた。後はただ、冷たい風が吹くばかり。
「ごめん、あたし……何も出来ない」
 辛そうな表情を浮かべるカマラに。
「いいですよ。私達もいますから安心して下さい」
 そう笑みを浮かべる誠にカマラはまた、頭を下げたのであった。




 宿に戻ったミカエルはリク・ワイアンドとアドリアーナ・エル・サンユーロが共同でとんでもない行動を起こしたことを耳にした。
「アドリアーナ姫っ……」
 すぐさま辺りを探し回り、アドリアーナを見つけた。
「あなたは一体何を考えているんですか!」
 ミカエルはすごい剣幕でアドリアーナの手首を掴んだ。
「あなたは一介の庶民ではないんです。畏れ多くもサンユーロ王室の王女なんですよ! 軽々しくそんな危険なことをしていいはずがないでしょう!?」
 そのミカエルの言葉に小さな悲鳴を上げるアドリアーナ。どうやらアドリアーナはとても驚いているようだった。
 その様子にミカエルははっと手元を見た。アドリアーナの手首が赤くなっているのにやっと気づいたのだ。あわてて手を離し、頭を下げるミカエル。
「も、申し訳ありませんでした。……でも、いくらリクさんが一緒だったとはいえ、一歩間違えば怪我どころの話ではないのです。ですからもう、危険なことはしないで下さい。あなたのまじかるすとーんへの気持ちはわかりますが、それとご自分の命とを天秤にかけ間違えないで下さい。それでもというのなら、今度からはダズさんか他の……いえ、ボクを同行させて下さい」
 そう言ってうなだれるミカエルを見て、アドリアーナは。
「……わかりましたわ」
 その掠れた小さな声で一言だけ、告げた。ミカエルはぱっと顔を上げ、にこやかに微笑んだ。
「用はそれだけですの? では、わたくし、用事がありますから」
 そう言ってアドリアーナは赤くなった腕を押さえたまま、その場を後にした。
「お父様にもお母様にも……あんな風にいわれたことはありませんでしたわ」
 ぼうっとしたまま、アドリアーナはセバスチャンを呼び、腕を冷やすための氷を頼んだ。




 こそこそこそーっと闇に紛れて動く者がいる。
「ちゅーちゅーでヤンス」
 家の屋根を華麗に飛び上がるのはまさしく。
「見つけたぞ! 輝琉丸!」
 べしっと黒装束のひょろりとした男が謎の人物に向かって指を指した。
「輝琉丸ではないでヤンス。可愛いちゅーちゅーさんでヤンスよ」
 その謎の人物は本当に謎だった。何故なら全身灰色の装束を着、その頭にはネズミを模した耳付きほっかむりを被っていた。ネズミのふりをしている怪しい男。彼の本当の名は天隴尋輝琉丸。通り名は後仁立三である。
「本当はダロのすけを呼びたかったでヤンスが仕方ないでヤンスね……」
「豪左! ヤツを捕まえるぞ!」
「おう、わかったぜ! 雷矢兄!」
 がたいのいい男こと、豪左はひょろひょろした男、雷矢に頷いた。
「もっとまくし立てた方がいいでヤンス」
 ぼそりと呟き、軽やかに屋根から飛び降りる立三。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみるでやんすよー☆」
 憎らしいことに立三はぺんぺんと自分の尻を叩いて見せる。
「むきー!」
「あ、兄ぃ……そんなに怒るとまた血圧が……」
「いいから行くぞ!」
「お、おう!」
 立三は二人が付いてくるのを確認してたたたたーと得意の俊足で商店街へと突っ込んでいった。
「なにぃ!?」
 雷矢と豪左は思わず叫ぶ。それでも立三を逃さぬように人を巧みにかき分け、突き進む。
「ほいほいほい~」
 立三は雷矢と豪左に何かを投げた。
「何だ何だ?」
 二人は思わず受け取り、走りながら手の中の物を見た。そこにあるのは、おもちゃやら、飴やら、一つ一つは安物の……。
「あたいらの大切な商品を盗んで何処へ行くんだよ! 待ちやがれ泥棒!」
 そう、それは先ほどの商店街で並べられた商品だった。
「あ、あいつぅぅぅぅ」
 気が付けば、もう立三はいない。雷矢と豪左は目が血走った店長らに囲まれていた。
 絶体絶命。
 思わず二人が御仏に救いを求めたのは言うまでもない。




「こそ泥ねずみ……か」
 麗しき美姫を思わせる舞子、蘇芳が先ほど配られたかわら版に目を通しながら、呟いた。
「どうするの?」
 隣にいた少女、朱雀が訊ねる。
「そうだな、ちょっとおいたが過ぎるな」
「やっつけるんだね! あたしも手伝うよ!」
 元気良く朱雀が腕を振り上げた。
「いや、お前は留守番だ」
「えーーーーーーー?」
「その代わり、あのリクという者を見つけるんだ。アイツがまじかるすとーんの在処を知っている」
「ぶー、わかったよう……」
 朱雀は不機嫌そうな顔をしていたが、そそくさと任務についた。
「全く、粋なことをしてくれる。楽しいヤツだ。輝琉丸は……」
 にっと笑みを浮かべ、蘇芳はいつもの装束に着替え始めた。




「これで10件でヤンス! でも……なかなか出てこないでヤンスね。ダロのすけは……」
 ふうっと立三は怪しいネズミの格好をしながらため息を付いた。今回は頭の耳の他にもしっぽのオプションまで加わっている。それもまた良い出来であった。
「ダロのすけではないと、先日言ったはずだが?」
 そこに現れたのはまさしく。
「ダロのすけ! 探したんでヤンスよ!」
「だから、ダロのすけはやめろっ!」
 ちまたで噂の闇ねずみ。しかし、立三のそのボケに耐えきれず、思わずハリセンで突っ込みを入れる当たり、実はいい人なのかも知れない。
「全く……お前のボケにはつい、突っ込んでしまうな……」
 闇ねずみは大きな汗マークを浮かべながらそう言った。
「で、俺に話があるんだろ? こんなアホなこと……いや、大がかりなことをしたのだから、その分実入りの良い話でなければ、今ここで貴様の命を貰い受けるぞ」
「いやはや、怖いこと言わないで欲しいでヤンス」
 口の端に笑みを浮かべた立三は、さっと真剣な表情へと変えた。
「……」
 と、目の前の立三の姿が消える。
「ふぅ~」
「だから、それはやめいっ!」
 巨大なハリセンが立三に叩きつけられる。
「あ、やっと思い出したでヤンス……」
 朦朧としたまま、立三は笑みを浮かべた。
「アンタは泣き虫スーちゃんでヤンス」
 それだけ言うと立三は倒れてしまった。彼の頭のまわりには、ぴよぴよと可愛いひよこが舞っている。
「うわ、テンちゃん、しっかりしろ!」
 思わず闇ねずみは懐かしい呼び名で立三を呼んだ。




「ぶえええええ」
 えぐえぐと泣いている少女がいる。
「やーいやーい! 男のくせに女の顔して紛らわしいんだよ~」
 どうやら、少女は男の子らしい。その可愛らしい男の子は他の男の子達に髪を引っ張られた。
「い、痛いよう~止めてよ~」
 一層涙を浮かべつつ、可愛い男の子はばたばたと手を払うが、うまくいかない。
「そこまででヤンス!」
 どーーーーん!
 真っ赤なほっかむりに渦巻き風呂敷を肩に付けている。腰には練習用の小さな木刀まで下げていた。でも、その服装は見るからに怪しい。青い上着に黄色い短パン。上着には大きく丸が描かれており、その中にはみ出した下手な文字で『て』と描かれていた。
「正義のテンテン天狗でヤンス~。悪い子はめっためたにするでヤンス~」
「うわああああ、出た~」
 さっきまでいじめていた男の子達は蜘蛛の子を散らすように何処かへ行ってしまった。
「出ただなんて、化け物じゃないでヤンス~」
「……ありがとう、テンちゃん」
 ぐずぐずと涙を拭くいじめられっ子。
「オイラは何もしていないでヤンスよ。一緒に遊ぼうとすると皆が逃げちゃうだけでヤンスよ、スーちゃん」
 怪しい格好をしているのだから、無理もないのかもしれない。心密かにいじめられっ子、スーちゃんは思った。
「テンちゃん、それ、新しい正義の味方?」
「そうでヤンス☆ 胸のこの文字から光が出るでヤンスよ!」
 ちなみに光は出ない。文字にキラキラしたラメが入っているだけである。
「すっごーい☆」
「それはさておき。今度、スーちゃん、お兄ちゃんになると聞いたでヤンス」
「うん。もうすぐ弟か妹が生まれるんだ」
 さっきの泣き虫は何処へやら。もうスーちゃんはにこにこ顔になっていた。
「また絡まれたら駄目でヤンスよ。お兄ちゃんは弟か妹を守らなくてはいけないでヤンス」
「……でも……」
 テンちゃんに言われて、スーちゃんは俯いた。
「スーちゃん、忍法は皆よりも上手でヤンス。忍法を使ったらどうでヤンスか?」
「そんなことしたら、怪我しちゃうよ!」
「怪我させない忍法を使えばいいでヤンス」
「怪我させない忍法?」
「例えばけむり玉とか、木の葉隠れとか」
「あっ……そっか」
 スーちゃんの頭に電球が光った。どうやら、基本は出来ても応用が出来ていなかっただけのようだ。
「僕、頑張るよ! 頑張ってもっと強いお兄ちゃんになって弟や妹を助けて、テンちゃんと一緒に正義の味方になるんだ!」




「いやあ、危ないところでヤンした。もう少しで亡くなったじい様とあの世に行くところでヤンした」
「だ、だからゴメンって言ってるだろ~」
 ネズミの格好をし、たんこぶを増やした立三に闇ねずみは頭を下げまくっていた。
「まさか、ジャストミート&クリティカルヒットするとは思わなくって……」
「冗談でヤンス」
「……天隴尋輝琉丸……」
「ああ、怒らないでヤンス~。ああ、また頭が痛くなったでヤンスよ~。月影蘇芳様~」
 闇ねずみは立三の正義の味方仲間……いや、同年代の幼なじみである。しかもあの舞子の蘇芳が闇ねずみの正体だったりもする。
「で、話とは何だ」
 やっと話を進める蘇芳。
「これでヤンス。読むでヤンスよ」
 蘇芳は取り出された巻物を開き、中を見る。
『女神の力を秘めし、力のかけら
 それは四つのかけらなり
 一つは赤き石
 一つは青きもの
 一つは緑のもの
 一つは黄のもの……』
「こ、これは……まじかるすとーんの伝承の……」
「流石はスーちゃん、飲み込みが早いでヤンス」
「だが……この途中でテンテン天狗が出てくるのはどう考えても違うと思うが……」
「おっかしいでヤンスね~。ちゃんとまとめておいたでヤンスよ。ほら、ちゃんと悪者を倒しているでヤンス」
「……聞いた俺がバカだった。まあ、とにかく、まじかるすとーんは四つあるんだな」
「しかも赤と青のすとーんは見つかっているでヤンスよ」
「何っ!」
 驚きのあまり大声を上げる蘇芳。
「頼む、在処を教えてくれ! 俺達にはそれが必要なのだ!」
「その前に……スーちゃんは何個集めたでヤンスか?」
 その言葉に蘇芳は肩を落とした。
「残念ながら、まだ一つも手に入れていない。難しいな、まじかるすとーんを見つけるというのは」
 力無く蘇芳は笑みを浮かべた。




 目の前にいるのは、ちょこまかとリクを探している朱雀の姿。
「み、見つけたのれすー!」
「し、声が大きいわよ」
 それを見つけたのはリクともう一人。ポニーテールのアラビス人、ニーナ・タムダットである。リクはニーナに抑えられた愛用の狼の毛皮を直した。
「でも、あの子……どっかで見たような……」
「とにかく、作戦開始れすー」
「あ、そうね。やりましょう!」
 二人は頷くと朱雀のところへと向かった。


「お、お腹が空いたのれす~。ごはん、下さいれす~」
「ああ、もう駄目だわ~」
 リクとニーナの二人はふらふら~と朱雀の目の前で倒れた。
 ぶみ。
「ちょっと! 痛いわよ!」
「あ、ご、ごめんなさい」
 朱雀がニーナの素敵な足を気づかずに踏んでしまった。
「って、あれ? さっき倒れていたような?」
「ああ、余計なことをしたから~」
 なよなよ~っとニーナはまた倒れる。
「あ、あの、お二人とも大丈夫……ってああああああ!」
 やっと朱雀はリクの姿を発見した。
 これはチャンスだわ。この子を家まで連れていけばお兄ちゃんにほめて貰えるわ☆
 むふふふふ~と朱雀は不気味に笑った。
「……作戦しくじったかしら」
「あの、大丈夫ですか? お二人とも。何でしたら、あたしの家に案内して、ご飯をご馳走しますが」
「それはいい考えれす~。よろしくれす~」
 ふらふら~と朱雀に肩を借りる。
「ああ、でも……この近くに格安の食堂がありますの~☆ そちらに行きましょ~」
 ニーナは何とかフォローする。
「ちょっと、リク。家に付いて行っちゃ、決定的瞬間を見せられないわよ」
「あ、そうなのれす。ご馳走につい、目がくらくらしちゃったれす~」
 ちょっと淋しそうに指をくわえたまま、リクは立三と打ち合わせした場所へと向かった。そこはすぐにたどり着くことが出来た。しかも……。
「あ、あれは……闇ねずみ?」
「隣は……見なかったことにしよっと」
 ニーナは思わず目を背けた。そこには闇ねずみと立三ネズミ。闇ねずみはともかく、立三ネズミは怪しさ大爆発であった。
「……リク、あれ食べてもいいれすか?」
 立三あやうし! リクに食べられそうだ。
 リクがきらーんと目を光らしたそのとき。
「きぃーーーーーーーん!!!!!」
 何かが煙を出しながらこちらへ向かってくる。あれは紛れもなく御子柴康介だ。
「とう、やあっ!」
「しまった!」
 康介は力の限り闇ねずみのほっかむりを掴んだ。本当なら、手にしていた盗んだものを奪う予定だったのだが、何も持っていなかったので仕方なくほっかむりを奪ったのだ。
 月明かりと共にその正体が暴かれる。
「嘘っ!? お兄ちゃん!?」
 ほっかむりの下には麗しき美青年の姿が。
「お兄ちゃん……舞子の仕事がないときは力仕事で稼いでるって言っていたのに……」
 どうやら、朱雀はショックを受けているらしい。
「……あの人、蘇芳さんに似ているわ~。初めて似ている人見つけちゃった☆」
 ニーナはその正体に気づいていない。
「あっちゃー、何だかしまったって感じでヤンス」
「! あれはニーナ……朱雀はともかく、ニーナには知られたくなかった……」
 闇ねずみこと蘇芳は悲しそうな笑みを浮かべ、けむり玉を投げつけた。
 ぼむん。
 そして消え失せる。
「あれ? 何で消えちゃったの? 闇ねずみさん……」
「ニーナちん、あのネズミ、食べてもいいれすか? いいれすか?」
 リクはもう、立三ネズミに夢中だった。
「あれ? 消えちゃった……失敗しちゃった?」
 きょとんと康介は握ったほっかむりをそっと持ち上げて見てみた。ちょっと良い薫りのするほっかむりだった。




「結局ユーキ君は見つからなかったわね。おまけにリルティーシャとカマラと誠君まで戻ってこないし……心配だわ」
 そう言ってヒサクの町を歩くのはスーツ姿のアリアノール・ウィンダム。そのスカートの下には鞭があるのはここだけの極秘事項である。
「そうですね……早く見つかるといいのですが……」
 ライアもアリアノールと一緒に四人の行方を探していた。
「そういえば……前にライアの胸、光らなかったかしら?」
「え?」
「あ、違うならそれで……」
「いえ、私もそう思っていたところだったんです。……確か前に康介さんとお団子を食べた場所でちょっと光ったと……」
 その言葉にアリアノールは美しい笑みを浮かべる。
「それじゃあ、そこへ行ってみましょうか?」


 一方、ここは現地の骨董屋。そこにリルティーシャと誠にカマラの姿があった。
「リッティのことが、気になるから……」
 調子がまだ戻っていないので、宿で待たせようと思ったのだが、どうしてもと言うカマラの言葉に仕方なく一緒に行動していた。
「ここにあるよ、黄のまじかるすとーんがね」
 妖しい笑みを口元に形作りながら、セツナはそう告げた。
「緑のまじかるすとーんではないんですね。……ところで、壺の識別方法を教えてくれませんか? 私には区別が付かないのですが」
 誠の言葉にセツナはふうっとため息をついた。
「まじかるすとーんが反応するのは、すとーんだけじゃない。例えばボクの体とか、ね」
 そう言って店に並んでいる壺の一つ一つに手をかざしていく。
「あ、あの……見つけたらどうするんですか?」
「決まってるよ。さっさと貰う」
「貰うって……お金は?」
「お金って何?」
 リルティーシャの言葉にセツナはごく自然にそう訊ねた。
「え? お、お金、知らないんですか?」
 びっくりするリルティーシャにセツナは面白くなさそうに続ける。
「知らないから聞いているのに」
「あ、あの……お金というのは……えっと」
 リルティーシャがわかりやすいように説明しようとするが、なかなか言えないようだ。
「お金とは、物を得るために使うものですよ。こういうものです」
 そう言って誠はセツナにお金を見せた。
「これがお金? 綺麗だね」
 面白そうにじっとそれを見ていた。
「物を買うときは、ここの……値札に書かれている金額分だけ、お金を渡すんです。そうしたら、欲しい物が貰えますよ」
「ふうん、そうなんだ。知らなかった」
 セツナは金色に輝くコインをずっと眺めていた。
「欲しいのでしたら、その一枚、差し上げましょうか?」
 誠が思わずそう述べた。
「ホント? やったぁ! 母様と同じ綺麗な金色!」
 嬉しそうにそれを握って空にかざして光具合を見ていた。その仕草は無邪気な子供の姿とだぶってみえる。
「母様に会いたいな……」
 ぽつりと呟いた。
「あっと、まずはまじかるすとーんを探さなきゃ!」
 セツナはそっと貰ったコインを自分のポケットに大切そうにしまった。
「リッティさん……もしかして、セツナは思っていたほど悪者には見えません。もしや、セツナはまだ幼い……」
「あった!」
 にこにことセツナは黄色い、今にも壊れそうな花瓶を抱えた。
「これこれだよ!」
 セツナの言う通り、ほのかに光を発していた。
「これ、さっきのお金で買えるかな?」
 リッティがそっと値札を見た。どうやら在庫処分価格でかなり安くなっている。金貨一枚渡せば、沢山お釣りが来るだろう。
「ええ、大丈夫ですよ。買えます」
 リッティは笑顔でそう答えた。
「じゃあ、ボク、買ってくる」
 嬉しそうにぱたぱたと走る。
「あ、私も行きます」
 そう言うリルティーシャの後を。
「あ、あたしも……」
 静かにしていたカマラも付いていった。
「これは……興味深いですね……」
 と、誠が腕を組んで三人を待っていると。
「あっ! 誠君じゃない!」
 アリアノールとライアに見つかった。
「こんにちは。いい天気ですね」
 少し大きめな声で誠はそう言う。
「いい天気ですね……じゃないわ。もう、皆、心配したのよ? で、他の皆は?」
「それはちょっと秘密です」
 殺されちゃいますからと冗談のようなことをほのめかす誠。
「殺されるって、そんなこと……」
「やっと見つけたわい!!」
 図太い声で言うのはあのダズだ。
「誠~ボク、ちゃんとまじかるすとーん買えたよ! ……ってあれ?」
 セツナはきょとんとアリアノール、ライア、ダズを見た。
「何がちゃんと買えた、じゃ! 心配させやがって、この……」
 その続きは声にならなかった。
「………?」
 ダズは壺ごとセツナを抱きしめた。
「ユーキ、探したんじゃぞ……」
「違うっ!」
 ばんっ! と大きな音が響いた。ダズはセツナの力をもろに受け、店の外にある壁までめり込んだ。
「ユ……キ……」
 呆然とセツナを見つめるダズ。
「ボクは、ボクはユーキじゃない……セツナだよ……」
「セツナ?」
 アリアノールはそのセツナの言葉に眉を潜める。
「アリアさん、あの! ユーキさんの持っている壺はまじかるすとーんです!」
 ライアの言う通り、ライアの胸が壺に反応して光り輝いている。
「どうして、ボクを間違えるの? ボクは、違うのに……」
 セツナは大粒の涙を浮かべた。その涙が黄色の壺にかかったとき。
 ぱあああああああ。
 壺が弾けた。
「うわ!」
 それと同時に壺の欠片の中から小さなワイングラスのような金色に輝く杯が現れた。
「母様……」
 セツナはそれを抱きしめると。
「リッティ、カマラ、誠……行くよ……」
 セツナ達の回りに淡い光が包み込んだ。と、同時にセツナ達の姿が消える。
「皆! 待ってっ!」
 アリアノールの声がむなしく響く。
「アリアさん、ダズさんの方が、ダズさんが大変です!」
 ライアの言う通り、ダズは血だらけで壁にもたれかかったまま気を失っていた。
「そ、そうね。まずは医者を呼ばないと」
 アリアノールは急いで医者を呼ぶよう、周りの者に頼んだのであった。


「いたっ」
 一方セツナ達はそこから遠く離れた宿場にたどり着いていた。
「あ、セツナ。大丈夫?」
 リルティーシャが駆け寄る。どうやら、あの壺の欠片で手を切ってしまったようだ。
「これくらい、すぐに治せるよ」
 そういうセツナの顔は蒼い。どうやら、先ほどの移動の力を使ったせいらしい。
「バイ菌でも入ったら大変でしょ?」
「そんなに……そんなにユーキの体が大切?」
 拗ねたようにセツナはそう訊ねる。
「私はあなたも大切ですよ? ……自分をもっと大切にして、セツナ」
「………」
 頬を赤く火照らせながら、セツナは大人しくリルティーシャの手当を受けた。




 その日、ダズ一行の泊まっている宿屋は騒然としていた。何故なら、傷だらけのダズがアリアノール達の手で運ばれてきたのだから。
「あの、ダズ様は……ダズ様は大丈夫なのですか?」
 必死になって舞姫は医者に訊ねた。
「大丈夫、命に別状はありません。一週間ほど休んで貰えばすぐに治るでしょう。驚きましたよ。あの丈夫な体には」
 そう言って医者は笑顔を見せる。
「よか……った……」
 ふうっと舞姫は気を失った。
「舞姫ちゃん!」
 立三がとっさに手で支えなければ壁に頭をぶつけていたところだ。
「一体何があったんですかっ!」
 驚きながら、ミカエルがアリアノールに訊ねた。
「ユーキ君に……いえ、あれは『セツナ』と言ったわ。セツナの変な力で壁に激突。大怪我したのよ。あれには私も驚いたわ……」
 どうやら、アリアノールの鼓動も収まっていないようだ。
「でも、あれはやりすぎではありませんこと? 実の父親をあんな風にするなんて……考えられませんわ」
 アドリアーナが素直にそう述べた。
「とっても痛そうだったよー」
 泣きそうな顔で康介も言う。
「そうよね、あんまりだわ。酷すぎる……」
 ニーナもダズの姿を思い出し頷く。
「だけど、あれはユーキ君がやったわけではないのよ。そのことを忘れないで。きっと……このことをユーキ君が知ったら、もっと悲しむと思うから。私達よりもずっと、ね」
 アリアノールの言葉に皆は無言になってしまう。
「あ、先ほど……手紙が来ていたんです。ダズさん宛の手紙なんですが……至急と書いてありますし……どうしましょう?」
 そう言ってミカエルは一通の手紙を皆の前に出した。
「これはお父様の手紙ですわ。至急ということですし、ダズに代わってわたくしが開けましょう」
 アドリアーナはセバスチャンの持ってきたペーパーナイフを使って、手紙の封を解く。
『ダズ、頼んだすとーんはいくつ揃ったかね? 実は先日、第5のまじかるすとーんである聖なる祭壇がサンユーロにあることが、古文書で判明したのだ。ついては至急サンユーロに戻り、その祭壇の調査に当たって欲しい。よろしく頼む』
 アドリアーナはそう声に出して、手紙を読み上げた。
「至急とあるけど……親父様があんな感じなら……もう少し時間がかかってしまうわね」
 アリアノールの声に。
「いや、行くぞ!」
 ダズの声だ。
『親父様!』
 皆が声を揃えて彼を呼ぶ。
「ワシのことは大丈夫じゃ。こんなもん、サンユーロに行く間に治ってしまうわ。明日にでも出発するぞ!」
 元気そうなダズに皆は安堵の笑みを浮かべるのであった。




 誰もが寝静まった夜。一人カマラはまた、悪夢で目が覚めた。
「はあ、はあ……」
 滴る汗を拭い、カマラはのどの渇きを感じた。
「水……」
 そっと布団から出て、水のある場所へ向かおうとしたのだが。
「!!」
 目の前の扉が開き、そこからセツナが現れた。
「ひっ! く、来るなっ! 来るな化け物!」
 そのカマラの声にセツナは涙を浮かべた。
「……助けて……カマラ、さん……」
 セツナから発せられたか細い声。それは、ユーキの声だった。
「ユーキ……なのか?」
 カマラの言葉にユーキは頷く。
「助けて……このままじゃ、僕が消えちゃう……消えたくないよ……」
 それだけ告げて、ユーキはカマラの腕の中で倒れた。
「ユーキが、消える? そんな……そんなことさせない」
 カマラの瞳に、再び光が戻った。




 おまけ。
「へーくちょん」
 質素な部屋でくしゃみをする女性が一人。
「雷矢兄さんも豪左も大丈夫かしら?」
 それは立三を追っていた一人。霧音だ。
「迂闊だったわ。女湯騒ぎで風邪を引くなんて……」
 霧音はまた、くしゃみをした。
「それにしても、二人とも遅いわね……」
 実は御用になっているとは、このとき霧音はなーんにも知らなかった。


■次回予告
誠「一難去ってまた一難」
リク「お腹空いたのれす~」
誠「親父様が大怪我してしまいました」
リク「宝石も欲しいのれす~」
誠「祭壇はともかく、セツナの持つまじかるすとーんも何とかしなくてはなりません」
リク「次回『祭壇に忍び寄るもの』」
誠「セツナ側でもう少し頑張りましょう」
リク「アディちーん、お腹空いたのれす~」
誠「………(汗)」





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