親父様とまじかる☆すとーん
正義 第3回 天井を駆ける闇ねずみ
あの影は何だったのだろう?
どうしてユーキ君の様子がおかしくなってしまったのだろう?
ダズさんにも何も言わないで、一人でジャパネに向かうなんて。私にだけ、ついて来て欲しいみたいなことを言うなんて……。
いや、あの人は本当にユーキ君だったの?
 ───ミツケタ、ボクノウツワ         
そう聞こえた気がした。
『僕の、器』
……黒い影が、ユーキ君の中に?
そういうこと、なの?
シルムの宿屋にて、親父様ご一行はリルティーシャ・クレメンスの話を静かに聞いていた。
「それで……ユーキ君は私を庇ってくれた代わりに、様子がおかしくなってしまったのです」
その言葉にダズと舞姫は心配そうな表情を浮かべる。
「ということは、ユーキ君に何かがとりついたと、そういうことですか?」
草薙誠が重い沈黙を破った。
「本当にそうかはわかりません。ですが、もしも予想の通り『彼』がユーキ君の体を乗っ取っているとしたら、『彼』はユーキ君を人質にとっているということにもなります」
「そうかもしれないわ。でも……」
躊躇いがちにアリアノール・ウィンダムが口を開いた。
「何をするつもりか分かりませんが、刺激したくはないでしょう? 『器』を、使い捨てに出来るとしたら」
リルティーシャの声は、りんと響いた。
何だか自分の声じゃないみたい。
リルティーシャは思わず、心の中でそう呟いた。こんな恐ろしいことをすらすらと声にしてしまえるのだから。そう思った瞬間、リルティーシャは足が少し震えるのを感じた。
「本当に、一人で大丈夫?」
ニーナ・タムダットが心配そうにそう声をかけた。
「心配してくれるのは、とても嬉しく思います。それに皆さんがユーキ君を心配する気持ちも分かります。でも、お願いです……一人で、行かせて下さい」
そういうリルティーシャの瞳は一点の曇りもなかった。
「わかった、好きにしろ」
ダズはぽつりと呟いた。
「ダズ様!?」
舞姫は驚き、ダズを見る。
「だが、一つ約束がある」
「な、何ですか?」
突然の親父様の申し出。それにリルティーシャは少々驚いているようだった。
「どうしても一人で出来ないことがあったら、困ったことがあったらすぐに戻ってこい。いいな?」
その言葉に。
「はい、わかりました」
リルティーシャはやっと笑みを浮かべた。
「ずっと気になっていたんですけど、舞姫が持ってきた巻物の中身ってなんですの?」
アドリアーナ・エル・サンユーロが思い出したようにそう声にした。
「そういえば、気になりますね」
ミカエルも頷く。
「オイラも気になるでヤンス」
後仁立三も同じく頷いた。
「じゃあ、読んでみるか? 舞姫、巻物を」
「はい、ただ今」
ぱっと舞姫はダズの言葉に即座に反応した。ダズは出てきた巻物を開き、それを見た。
「なになに……」
カマラ・アンダーソニアが巻物をのぞき込む。巻物にはこう書かれていた。
『女神の力を秘めし、力のかけら
それは四つのかけらなり
一つは赤き石
一つは青きもの
一つは緑のもの
一つは黄のもの
石の形はひとつなり
他の三つは石ではなく
惑わされるな、若人たちよ
石と言う名が付いていても
それは石ではない
真実は石が伝える
真実は光が伝える
もう一度言おう
一つ見つけるのはたやすいが
全てはそこから
それは決して石ではない』
「ねえねえ、これってどういうこと?」
きょとんとした顔で御子柴康介がそう尋ねた。
「リクも分からないれす~」
康介の隣にいたリク・ワイアンドも眉を潜めた。
「石の形になっているのは、ライアの持つまじかるすとーんのみってことよ。他は石の形をしていないってことだわ。宝石ではないみたいね。青きもの……これって、鳥が吐き出した短剣のことだと思うわ」
アリアノールがそう指摘する。
「わたくしもそう思いますわ」
アドリアーナも頷いた。
「では……他は石の形ではないものを探せばいいのですね。赤と青のまじかるすとーんはあるのですから……」
ミカエルがそう切り出す。
「あ、残りは黄色と緑だ!」
嬉しそうに康介は声を張り上げた。
「なるほど……ですわ」
アドリアーナの瞳が光る。
「と、とにかくだ。今はまじかるすとーんよりもユーキのことが心配じゃ。見つけたら知らせてくれんか?」
ダズの言葉に。
「わかりました! このニーナに任せて下さい! ダズ様☆」
ニーナが一番に声を張り上げた。
「あ! 僕も僕も☆ 追いかけっこは得意だよ☆」
嬉しそうに康介も声を上げた。
「よろしく頼むぞ」
ダズは躊躇いもなく頭を下げた。
翌日、一行はシルムの町からヒサク行きの船があるセキガ行きの乗合馬車に乗り込んだ。どうやら、リルティーシャは誰にも言わずに出ていったらしく、出かける頃にはもうその姿はなかった。皆は心配したが、『ごめんなさい、何かあったらお知らせします。心配しないで』という置き手紙もあって、仕方なくリルティーシャの欠けたまま、乗合馬車に乗り込むこととなった。
と、馬車に乗るライアの足が止まる。
「カマラさん?」
ライアがふと、見上げるように一人、馬車に乗らないカマラを見た。
「ごめん、あたし……やっぱり一座に戻るよ」
「でも……」
「すぐそこに一座の馬車があるんだ。……皆、元気で。ユーキ、見つかるといいな、親父様。新しいまじかるすとーんも」
その突然の別れを言うカマラに皆は戸惑いを隠せずにいた。
「それじゃあ、また。元気でな!」
笑顔でそう告げ、カマラは駆けだした。カマラの乗る馬車は一行とは逆の方向にゆっくりと動きだした。
「寂しくなりますね……」
ぽつり名残惜しそうに呟いたライアの声が馬車の中にりんと響く。
そして、二台の馬車はゆっくりと遠くへ離れていった。
リルティーシャとカマラが欠けた一行。皆の気持ちは重く沈みがちであった。たまに立三がしょうもないダジャレを言ったが、それも残念ながら、不発に終わった。
そして、馬車は港のあるセキガへとたどり着いた。
「懐かしいですね。ボクはこの町で育ったんですよ」
ミカエルが懐かしそうに町を見渡した。
「あら、そうなんですの? ミカエル?」
意外そうな声を上げるのはアドリアーナだ。
「わたくし、てっきりサンユーロから来た者だとばかり……」
「あ、出身はサンユーロだろうと、シスターが言っていました」
「シスター? お母様やお父様ではなく?」
「ボク、孤児院育ちなんですよ。だから、父も母もどこにいるのか分からないんです」
にこやかに答えるミカエルにアドリアーナは少し顔を俯かせた。
と、そのときだった。
「あ、いたいた! 探したんだよ!!」
そこに現れたのは紛れもなく。
「カマラ!?」
荷物を引きずりながら一行の前に現れたのはシルムで別れたカマラだった。
「どうしてここへ?」
誠が驚き、声を上げた。
「本当は、その……一緒に行くか迷っていたんだ。そしたら、座長が『行ったらどうだ』って言ってくれて……」
カマラは嬉しそうな少し照れくさそうな顔で頭を掻いた。
「もう一度、仲間に入れてくれないか?」
「も、もちろんよ、カマラ姉さん!」
ニーナがカマラに抱きついた。
「わーい☆ お姉ちゃん、戻ってきた☆」
その二人の周りをぱたぱた走り回るのは康介。
「私も歓迎するわ。皆、あなたがいなくなって落ち込んでいたのよ。もちろん、私もね」
そう言ってアリアノールは笑みを浮かべる。
「よかったです。またご一緒に旅をしましょう」
「もう、一緒に行くというならもっと早く言って下さらないと困るじゃないの……セバスチャン、お茶の用意を!」
ミカエルもアドリアーナも。
「また一緒で嬉しいれす~」
「またご一緒にお茶を飲めるのですね」
リクも誠も皆、嬉しそうに顔をほころばせる。
「遅くなったけど……ただいま、皆!!」
セキガからヒサクへ向かう船に揺られて、一行は海の上にいた。
「ねえねえ! あそこに魚がいるよ~!」
とてもはしゃぐ康介と。
「あ、ちょっと! あんまり走ると船から落ちちゃうわよ!!」
あわわわと康介の後を追うのはアリアノール。その二人を見送りながら、アドリアーナは初めてみる海の上を眺めていた。
「アドリアーナ姫。少し、よろしいですか?」
「ミカエル?」
突然、後ろから声をかけられ、アドリアーナは驚きつつも振り返った。そのどこかぎこちない笑みにミカエルは申し訳なさそうに顔を歪めた。
「ああ、すみません。ボクのような呪われた者が声をかけていいはずないのに……」
ミカエルはカエルのような少々変わった顔に、全身緑系の衣服を纏っている自分を思いだした。それだけではない。過去、自分の格好で忌み嫌われ、蔑まれてきたことをも思い出したのだ。それを詫びるためミカエルは、先ほどの言葉を口にしたのだった。
「そんなこと、別に気にしていませんわ」
ミカエルの詫びにアドリアーナはきょとんとした表情でそう告げる。その言葉に驚かされたのはミカエルだったが、ふと、用事を思い出し、もう一度口を開いた。
「実は、お聞きしたいことがあるのですが。まじかるすとーんについて、何故、アドリアーナ姫がそれを追っているのか教えてくれませんか? それと、もしまじかるすとーんのことが真実であるのなら、アドリアーナ姫は何を願うのですか?」
その言葉にアドリアーナはくすりと笑みを浮かべた。
「別に願い事なんてありませんわ。その伝説のまじかるすとーんを見てみたいだけですの。あえて言うなら……コレクター魂というやつですわね!」
そういうアドリアーナの瞳に炎が宿る。
「それにわたくし、宝石も好きですけれど、神話やおとぎ話も結構好きなんですのよ」
その言葉にミカエルはほっとしたような笑みを見せた。
「……そうですか。わかりました。ボクは力を力でねじ伏せることは嫌いですが、アドリアーナ姫や皆さんをお護りするくらいなら、協力できますよ」
「ありがとう、ミカエル」
アドリアーナも嬉しそうに笑みを浮かべた。
もうすぐ、ヒサクにたどり着く頃だった。
やっとヒサクの港にたどり着いた一行は久しぶりの大地を感慨深く踏みしめた。
「何だか船はちょっと苦手だよ」
苦笑しながら、カマラが降り立つ。と、その後ろで。
「もう駄目じゃない。康介。勝手に厨房に入っちゃ!」
アリアノールに怒られる康介。
「ご、ごめんなさい」
しゅんと頭を下げる康介。どうやら反省している様子。
「どうかしたの?」
ニーナが声をかけた。
「勝手に厨房に入って走り回っていたのよ。まだ料理はしていなかったし、コックさん達がいい人だからよかったものの……今度は勝手に走り回っちゃ駄目よ? 危ないところだってあるんだからね? 私がいいって言った所だけよ?」
「は~い」
そのアリアノールの声に康介は落ち込んでいるようだった……が。
「あっ! おでんだ!!」
ぱたぱたたーとおでんの屋台に一直線! どうやらお腹が空いていたようだ。
「うんもう、本当に分かったのかしら?」
とかいいつつ、アリアノールは急いで康介の後を付いていったのだった。
宿を取ったご一行は、別れてユーキやまじかるすとーんを探すこととなった。
「ダズ様に奥様がいらっしゃったなんて……。ああ、どうしてあたしが好きになった人って絶対結ばれることのない人ばかりなの? なんでなの……?」
一人かなり落ち込むニーナ。
だが、一分後。
「そーよ! ダズ様に奥様がいようがいまいが、あたしのこの気持ちには間違いはないのよ! 『月夜の王子様』が物語の主人公でも、カマラ姉さんが女の人でも、あたしが今でもずっと大好きなことには変わらないんだから☆ そうと決まったら、ダズ様が早く元気になるようにユーキ君を捜しに行かなきゃ!」
ぶんと腕を振り上げ、ファイティングポーズを取るニーナ。と、目の前に『占い』の文字が。
「これよこれ! すみませーん! 占って下さい~☆」
そこに現れたのは一人のみすぼらしい男。髪はボウボウで小さな鼻眼鏡をしていた。
「何を占うのかね?」
「探している人がいるんです! そのことについて占って欲しいんですけど……」
男は慣れた手付きでたくさんの竹の棒を持ちしゃらしゃら鳴らした。
「うむ……一つを見つけるには『女』が必要のようだ」
「女?」
占い師の声にニーナは眉を潜めた。
「それもただの女ではないようだ。慈悲に満ちた女でなくてはならない。他にもいろいろと必要なものがあるようだが」
「慈愛に満ちた女? なら、あたしがいればばっちりじゃない☆」
「それともう一つ」
「へ?」
もう一つなんてあっただろうか? ニーナは素っ頓狂な声を上げた。
「新たな出会い。不思議な縁だな。もしかすると……結婚するかもしれぬ」
「け、結婚っ!? 嘘!?」
突然の言葉にニーナの声が裏返る。
「まあ、精進しなさい。はい、お金」
占い師の手にニーナは金貨を渡し、立ち上がった。
「結婚か……そんなこと、出来る……はずないわ……でも! 出来たら嬉しいな☆」
ニーナは百面相を披露しながら、またユーキを探し始めた。
「あの……もし?」
艶のある甘いハスキーボイスがニーナの耳に届いた。
「あ、あたし?」
振り向くとそこには煌びやかな着物に身を包んだ美しい舞子が立っていた。どうやら、草履の緒が切れてしまったらしく、悪戦苦闘しているようだ。しかも周りにいる者はニーナのみ。いつの間にやら人気のない場所に来ていたようだ。
「もし、お時間があるのなら……手伝ってはくれませんか?」
「うーん……まあいいわ。手伝ってあげる」
とことこと舞子のところへニーナは近寄っていった。近くによると舞子はニーナよりも頭一つ分くらい高い背をしている。
「何だか、カマラ姉さんみたい……」
「何か?」
「ううん、何でもないわ。はい、出来たわよ」
にこっと笑顔で元通りになった草履を渡した。
「………」
舞子はじっとニーナを見つめていた。
「? どうかした?」
「あ、いえ……ありがとうございました。あの、良ければお名前を。これから仕事なので、すぐにはお礼出来ませぬが、それでも、お礼がしたいのです」
舞子の赤色の映えた唇が、そう告げる。
「あ、あたしはニーナ。ニーナ・タムダッド」
「私は蘇芳と言います。あの料亭で泊まり込みの舞子をしております。暇がありましたら、ぜひ、来て下さいまし」
舞子は惚れ惚れするような笑みを浮かべ、そそくさと料亭に戻っていった。
「綺麗な人。あたしもあんな風になりたいな……あっといけない! 早くユーキ君を捜さないと!」
ニーナは舞子を見送り、もう一度、人気のある通りへと向かったのであった。
ばたたたたー!
「ああ、待って下さいっ!」
「こらー! もう、早いわよ!!」
賑やかな市場通り。そこでアリアノールとライア、そして康介は走り回っていた。本当はアリアノールの妹、エアのためにお土産選びも兼ねてユーキの情報収集をするはずだったのだが……どうやら、予定通りには進んでいないようだ。
「びゅーん☆」
どっかーん!
大きな体の男性に勢い良く康介はぶつかった。跳ね飛んだのはもちろん、体の軽い康介のほうだった。
「す、すみません~」
息も切れ切れにアリアノールが頭を下げた。
「あわわ、鳥さんが、ひよこさんが飛んでるよ~」
目を回しながら康介はそれでも笑っていた。
「って、見たことあるなと思ったら……この字じゃねえか! 久しぶりだな!」
大男は康介をむんずと持ち上げ、高い高いをする。
「あ、親方!」
目をぐるぐるしていた康介がやっと目を覚ました。
「親方、さん?」
アリアノールとライアが顔を見合わせた。
「親方に飛脚のこと教えてもらったんだ!」
見知った人の前でもっと嬉しそうな康介。
「で、去年、配達を頼んだ手紙はどうなっているんだ?」
思い出したように親方は康介に尋ねた。
「そういえば、……飛脚ということは配達をするってことよね……」
心配そうにアリアノールがそっと康介を見た。
「うん、大事にしてあるよ! ほら、ちゃーんとこの箱に入っているよ!」
「違うだろぉおおおお!!!」
嬉しそうに飛脚箱から一通の手紙を取り出した康介。親方に怒鳴られ、しゅんとしてしまった。最後にはほろりと涙を零していた。
「まあ……反省しているようだし……。いいか、この字。俺達の仕事は配達なんだ。それが出来ないとご飯を食べることも、欲しいものを買うことも出来ない」
「でも、でも、配達しなくてもご飯食べれるよ?」
ぐずぐずと泣いている康介がそう言った。
「今はそれでも食べていけるかも知れない。だけどな、大きくなってもタダでおにぎりもらえるか? もらえないだろう? 大きくなってから困るんじゃあ、遅いんだ。今の内に仕事が出来るようにならなきゃならねえんだ。いいな」
「あ、あの……」
それを見ていたアリアノールが声をかけた。
「お、なんだい? 姉ちゃん」
親方はふっとアリアノールを見つめる。
「まだ小さいですし、それに仕事のことをすぐには分からないと思うんです。今はちょっと忙しくて康介……君のことまでは手が回りませんけど、この旅が終わったら、康介君の配達のお手伝いをしてあげることが出来ると思います」
「……一緒に配達してくれるってことかい……? この字、いい友達を持ったな……」
親方はぽんと康介の頭に大きな手を乗せた。それをくしゃくしゃとなで回す。
「そういえば、配達先ってどこなんですか?」
ライアが親方さんに尋ねた。
「お、この手紙の配達先かい? サンユーロに住んでいるオルフィス様にお渡しするんだよ。住所はこの手紙に書いてあるから、分かるだろうけどな」
「お、オルフィス~!?」
アリアノールが素っ頓狂な声を上げた。
「おや、どうかしたんかい?」
「どうもなにも、その人に会ったわよ! 康介は!!」
いつの間にやらいつもの調子でそう、アリアノールは叫んだ。
「何だと~!? ……はあ、そうだよな、いっつもそんな調子だから、心配なんだよな……あっと、それよりも、とにかくこれを届けること、忘れるんじゃないぞ。いいな?」
「うん、わかった」
ずびびと鼻をすすりながら康介は深々と頷いた。
「でも全てが揃ったらサンユーロに戻ることになるだろうし、何だかんだとオルフィスには旅先で会えそうね」
よく知る宛先で少し安心した表情をアリアノールは浮かべた。
「その、聞いてはいけないと思いますが……その手紙の差出人って誰なんですか?」
「フィルス・グランジェスタ様だよ。確か……オルフィス様の兄君だとか。昨年、会ったときに預かった手紙だよ」
その親方の言葉に、アリアノールとライアは顔を見合わせた。
その後、親方さんと別れた三人はショッピングがてら、情報収集をしたのだが、めぼしい情報は得られなかった。得られたのは綺麗な小さい簪一つ。エアのお土産だ。
「そういえば、ライアは兄弟とかいなかったの?」
アリアノールが尋ねた。隣で康介はおやつのお団子を食べている。
「妹がいます。双子の妹が……でも、生き別れになってしまって……何処にいるのか、生きているのかも分かりません」
そう言って寂しそうにライアは微笑んだ。
「双子の、妹?」
「ナノアっていうんです。とても仲がいいってよく言われました」
「そうなの……この旅が終わって、康介の配達が終わったら、探してみましょうか?」
「え? で、でも……」
「まだ先の話よ? 私もいつまで旅が出来るかわからないし。あ、そうそう、そのナノアちゃん、他に特徴とかないのかしら?」
「あ、私と同じイヤリングをまだ付けているなら付けていると思います。いつもは金の瞳をしているんです。だけど……何故か私と離れると左右の目の色が変わっちゃうらしいんです。右はアメジストのようで、左はエメラルドのような瞳……なんですって。実際、そのときの様子を見たことがないので、よくわからないんですけど。それと、私にうり二つの体つき、顔つきだわ」
「ふうん、なるほどね。分かったわ」
生き別れの双子の妹。両親はいなくてもその妹がいることが分かれば、もっと元気になれるのではないだろうか? 控えめなライアを眺めながらアリアノールはサンユーロに残したエアのことを思い出していた。
と、その隣で。
「あれ?」
ライアは淡く胸の石が光ったのを感じた。ふと前を見ると骨董屋が見える。
「気のせい……かしら……?」
ライアはきょとんと頭を傾げた。すでに光は消えていたのだから。
さてこちらは、賑やかなヒサクの酒場。そこで、アドリアーナとリクはやや緊張した面もちで入っていった。二人は酒場の中心辺りに位置するテーブルの席に着くとおもむろに頷いた。がさごそと、リクは赤い宝石を取り出した。巨大な鳥の棘を取ってあげたリクはそのお礼にと宝石を貰っていたのだ。
それを高々とリクは掲げた。
「まあ! リクの持っているその石は! ……間違いありませんわ! これはまさしく伝説のまじかるすとーん!!」
一際響く声を張り上げながらアドリアーナはそう告げた。何故か棒読みだったが。
「ええ!? この赤い宝石がそうなんれすか!? それはすごいれす! じゃあ、こうしてリクが大事に持っているのれす!」
リクもアドリアーナに負けない大声でそう言った。彼女の台詞も何故か棒読みだった。
何故、二人がこんなことをしているのかというと……時間は少しさかのぼる。
それは、アドリアーナの元にとことことリクがやってきたことから始まる。
「あら、まだおやつの時間ではないですわよ、リク?」
アドリアーナの餌付け……いや、おやつが気に入ったリクはおやつ以外の時間にはあまりアドリアーナに近づかなかった。
「さっき、舞姫ちんからきいたのれす☆ アディちんはどんな宝石かわかっちゃうっていってたれす! リクの宝石も見て欲しいのれす☆」
リクはそう言って懐から赤い宝石を取り出した。
「あら、いいルビーですわね。きちんとしたところで綺麗に磨いてもらってアクセサリーにしたら、もっと高価になりますわよ」
じっとそれを見つめながら、アドリアーナはそう告げた。
「この宝石、るびーなんれすか? るびーれす、るびーれす☆」
嬉しそうに宝石を持ちながら、その場でぐるぐる廻っている。
「赤い宝石……そうですわ。いいことを思いつきましたの」
ぴっこーんとアドリアーナの頭に電球が光った。
「いいかしら? ヒサクに出るという義賊、まじかるすとーんを狙っているらしいんですのよ。もしかすると、もうまじかるすとーんを持っているのかもしれませんわ」
その言葉にリクはうんうん頷いた。
「ならば、その義賊を捕まえれば、まじかるすとーんが手に入るのではなくて?」
「すごいれす~!! さすがアディちんれす!!」
その反応に笑みを浮かべるアドリアーナ。
「でも、それだけじゃ駄目ですわ。捕まえるためにいろいろと用意しないと」
「用意?」
「いくつか考えていたんですけど……リクの宝石を見てもっと良い作戦を思いつきましたわ。リク、やってくれますわよね?」
「ん? 宝石もらえるんれすか?」
「ええ、もちろん」
貰えるかどうかは不明であるが。とにかくアドリアーナは即答した。
「リク、がんばるれす!!」
「それじゃあ、さっそくだけど……」
二人は顔を寄せ合って、作戦会議を始めたのであった。
こうして作戦を実行に移した二人であったが、かなり見え見えの演技で果たして、義賊は寄ってくるかどうか……なのだが……。
「ま、まじかるすとーん!?」
ポニーテールのジャパネ少女が驚くように顔を上げた。
「どうかしたんかい、朱雀ちゃん?」
「いえ、なんでもないんです。……あー、ちょっと用事思い出しちゃった。親父さん、ご飯美味しかったです」
そう言って朱雀と呼ばれた少女は店の親父さんに銀貨を渡して、急いで店の外へ出ていった。
「……怪しいですわね」
「……? リク、わからないれす~」
「とにかく、あの子を要チェックですわ……」
アドリアーナはさっそく彼らの後をつけていったのであった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!! まじかるすとーんの在処が分かったよっ!!」
朱雀はばたばたと走ってきた。ここはとある料亭。その離れにある小さな茶室に朱雀は躊躇いもせずに入っていった。
「朱雀、今は蘇芳さん、でしょ?」
そこには先ほど、ニーナと会った舞子、蘇芳がいた。
「あ……で、でも、一人だけだし」
「その迂闊さが失敗を招きますのよ? 前回それで捕まりそうになったのは誰かしら?」
「うううう……」
無言になる朱雀。それに蘇芳は笑みを浮かべる。
「で、何を聞いてきたんだ? 朱雀?」
突然、低いハスキー声が響いた。どうやらこれが蘇芳の地声のようだ。それにほっとしたように朱雀は話し始める。
「あ、そうそう! まじかるすとーん!! まじかるすとーんの持ち主が見つかったんだ! ずっとジャパネにあるのを探していたじゃん? 5年もさ。でもこれで手に入れれば願いが叶うんだよね!?」
「一つでいいのかわからないけど、な」
蘇芳はキセルに火を灯し、煙を吹く。
「そしたら、社に隠れ住んでいるガキ達の家を買ってあげられるよね!!」
「それだけじゃ駄目だっていつも言っているだろ? 必要なのは住処と生活できる金だ。それを忘れるな」
「う、うん……」
「わかったら、準備にかかるぞ。いつ向こうが俺達のことを気づくかわからないから、な」
朱雀は頷き、また外へ出ていった。
リクとアドリアーナは朱雀を見送り、そっと茶室を離れた。
「義賊発見ですわ」
少し興奮気味に話し出すアドリアーナ。
「やりましたれす!」
「だけど、どうやら、相手はまだまじかるすとーんを持っていないみたいようですわね」
アドリアーナは思案するように眉を潜めた。
「後で作戦の練り直しが必要ですわね……」
その言葉にリクはきょとんとした表情を浮かべた。
「義賊を捕まえるんじゃないんれすか?」
それを見ている者がいる。先ほどの蘇芳だ。舞子の姿のまま、彼らを見ている。
「なるほど。朱雀が言っていたまじかるすとーんの在処はあいつらか……」
と、遠くからニーナが駆けてくる。
「ちょっとー! 二人とも何処へ行っていたのよ? 探したんだからね!」
「!? ニーナは……あいつらの仲間なのか?」
蘇芳はとっさに塀に身を隠した。
「参ったな……盗みに色恋は入れるなって言われていたのに」
蘇芳は苦笑を浮かべた。
闇夜に動く者達がいる。一つの影に、三つの影。影は家々の屋根を飛び回る。
「このっ!! 待て!! 輝琉丸!!」
黒装束の女性の声が響いた。
「抜け忍の罪、逃れられると思うてか!?」
同じく黒装束で背の高い男の声も響く。
「我ら村雨三兄弟!」
こちらもまた、黒装束を来ている。体のがっしりした男の声もまた響いた。
『父上の敵であるお前を倒す!!』
が、しかし。目の前にいるはず輝琉丸の姿はいつの間にやら消えている。
「!! 輝琉丸!? 天隴尋輝琉丸!! 何処へ行った!?」
がっしりした男がうろたえた。
「バカ、豪左! 後ろだ!!」
背の高い男が叫んだ。
「なに!?」
「ぶー、はずれでヤンスよ。ダロのすけ」
背の高い男の耳元で囁くのは、あの立三だった。
「おわっ!? まだそんなことをっ!?」
背の高い男は身震いしながら言った。
「それに俺には雷矢という立派な名がある!! へんな名で呼ぶな!!」
背の高い男、雷矢は顔を真っ赤にさせながらどなった。
「そんなに怒鳴るとご近所にご迷惑でヤンスよ?」
「お前がちょろちょろ逃げるからだろ!!」
先ほど豪左と呼ばれたがっしりした体の男はそう言った。
「それにその格好、それでも変装したつもりかっ!?」
豪左はびしっと指さした。
指さした先にいる立三こと、輝琉丸。彼の服装は……禿ヅラに鼻眼鏡、付け髭に『安全第一』と背中に書かれたハッピ……いや、これは大工職人風の服のようだ。夜も活動できるように……かは謎だが、腹巻きまでもばっちり装備している。そう、かなり奇妙キテレツな格好であった。これについては豪左の言う通りだろう。
「何言ってるんでヤンスか!? これは自分でも完璧すぎてびっくりした程の傑作変装なんでヤンスよ? 心外でヤンス~」
どうやら、立三の美的センスは少し違うところにあるようだ。
「霧音!! 今だ!!」
女性、霧音は雷矢に言われ、懐に手を突っ込んだ。どうやら何かを出そうとしているらしい。が、もたついて出せないでいる。
「むう、仕方ないでヤンス……」
立三は懐から巻物を取り出し、銜えた。
「秘技女湯落とし!!」
ぼむむむむーーーんん!!!
盛大な煙と共に。
どっぼーんんんん!!!!
三人は揃って女湯に落ちた。
女湯では甲高い声と非難の声がこれでもかと言うほど響き渡っていた。
「こっそり、屋根に細工しておいて助かったでヤンス」
三人が女性達に囲まれているのを楽しそうに確認すると、立三はさっさとその場を後にしようとした。
「流石は輝琉丸というところか」
もう一人、いた。その肩には小判を入れる千両箱が乗っていた。
「ダロのすけでヤンスね?」
「……全く、昔と変わらぬな……」
苦笑しているようだ。
「俺の名は闇ねずみ。もし、俺の邪魔をするなら、容赦はしない。覚えて置くんだな」
そう言い残し、闇ねずみは音もなく飛び去った。
「……誰でやんしたっけ?」
すっかり相手を忘れている立三。彼の鼻眼鏡がぽとりと落ちた。
立三が秘技を披露している頃。
「ユーキ君? ユーキ君よね? 約束通り、私、来ました」
リルティーシャはどきどきと相手にまで聞こえるような鼓動を抑えながら、そう声を張り上げた。その手にはあの白いハンカチが握られている。
「嬉しいよ、来てくれて」
家の屋根に座りながらユーキはそう言った。そしてユーキはすとんと屋根から降り立つ。
「君の名前、教えてくれる?」
にこりと笑いながらリルティーシャに手を差しのべた。どうやら、ユーキはリルティーシャの名を知らないようだ。と、リルティーシャが声を上げようとしたときだった。
「リッティ!!」
そこに現れたのはカマラと。
「リッティ様!?」
誠の二人であった。先ほど、リルティーシャの姿を見て、急いで後を付けてきたのだ。
「なあに? ボク達に何か用?」
面倒くさそうにユーキはそう二人に尋ねた。
「リッティが行くなら、あたしも連れて行け」
カマラはキッと睨み付けながらそうユーキに告げた。
「……お姉さんボクの好みじゃないからな……」
何かを楽しむように微笑んだ。
ばしん!!
突然、カマラは見えない力で弾かれ、塀に体を打ち付けられる。カマラは呻き、口から大量の血を吐き出した。
「カマラさん!?」
リルティーシャが急いで駆け寄り、薬箱で治療を始める。それを見て、ユーキの顔が歪んだ。
「そんなことしなくていいのに」
「何を言っているんですか!? あなたも手伝って!! カマラさんが死んじゃう!!」
ユーキはちっと舌打ちすると、ぱちんと指を鳴らした。
「……あたし……一体?」
いつの間にかカマラの傷は癒えていた。
「またチャージしなきゃ」
ぽつりとユーキが呟く。
誠はじっとそのユーキの様子を見ていた。
「短い付き合いでしたが、あなたは私達の仲間です。教えて下さい。あなたの目的は何なのですか?」
誠はそっと尋ねる。
「………」
ユーキは何も言わない。
「ユーキ君、お願い。教えて」
リルティーシャがまだ起きあがれないでいるカマラに手を貸しながら、そう言った。
「まじかるすとーんを手に入れて……本当の体を手に入れる……」
「本当の……体?」
今のユーキは別人である。ユーキが本物であるのならば、カマラを傷つけるようなことはしないはず。こんな変な力を持っていることもなかったはず。
「……わかりました、ユーキ君。いや、違いますね。……あなたは誰ですか?」
誠の言葉にユーキはおもむろに口を開いた。
「セツナ」
ユーキ、いやセツナはふうっと息を零した。
「ボクのことを知ったからには、協力してもらうよ。まじかるすとーん探しをね」
その言葉に三人は無言でセツナを見つめていた。
「ただし、ボクの許可なしで仲間のところに戻ることは許さないよ? 分かっているよね?」
その言葉にカマラの顔が真っ青になる。
「で、でも……まじかるすとーんの場所がわからないわ……」
リルティーシャの言葉にセツナは嬉しそうに告げる。
「場所はわかっているよ。あの子が教えてくれた。まじかるすとーんは骨董屋にある商品の一つ、花瓶だよ。でも花瓶は一つじゃないから間違えないようにしなきゃね」
■次回予告
ニーナ「ああん、何だか素敵な人と会っちゃった☆」
康介「でも女の人だよね☆」
ニーナ「わ、悪かったわね。とにかく、何だか今回もえらいことになっちゃったわよ? ユーキ君いえ、セツナは変な力を持っているし、まじかるすとーんを狙っているらしいし」
康介「そうそう、リッティお姉ちゃんの他にもカマラお姉ちゃんに誠お兄ちゃんもいないんだよね? 皆、大丈夫かな?」
ニーナ「次回、『不思議な不思議な花瓶さん』」
蘇芳「次回もお楽しみにね」
ニーナ「あ、す、蘇芳さん!? 嘘!?」
康介「綺麗な人だ~☆」
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
59
-
-
768
-
-
39
-
-
15254
-
-
124
-
-
4503
-
-
11128
-
-
2
-
-
238
コメント