dis 3011

秋原かざや

◆めまぐるしい逃走劇

◆めまぐるしい逃走劇


 その日は、朝から厄日だった。
 エルシィに連れられて、俺は、とあるホテルに泊まっていた。
 しかも……。
「いやあ、こんな部屋、久し振りだよ」
 大きなベッドが二つある。
 大きな応接間の備えてある。
 バスルームもでっかい。しかも夜景が綺麗だった。
 で、リビングルームには、大きなソファーと大きなテレビまで完備(ソファーは応接間のとは別!)という、いわゆる、スイートルームってやつだ。
「でも、エルシィさん、ここ、凄く高いんじゃ……」
「子供はそんなこと気にしない! ……まあ、緊急事態だからね。めったに使わないカードを使わせてもらったから、それほど掛かっていないよ」
 そういえばと、俺は思い出した。
 このホテルにチェックインする際に、エルシィの取り出した黒いカード。
 それを見た途端、フロントにいたマネージャーの表情が固まったのを覚えている。
 明らかにそれは、『特別な』何かだった。
「エルシィさんが、いいっていうなら、いいけど……」
 とはいっても、そろそろ俺もこの服、着替えたいなと思う。
 ずっと同じ服というのも、かなり気になるところだ。
「そうそう、あんたが寝てる間に、朝のルームサービス頼んでおいてから……」
 そうエルシィが告げたときだった。
 ピンポーン!
 玄関から呼び鈴の音が響いた。
 噂をすれば、なんとやら、らしい。
「ちょっと貰ってくるから」
 嬉しそうにエルシィが駆けて言って。


 もう一度、言おう。
 今日は朝から、厄日、だった。




「旬、隠れろっ!!」
 朝食を取りに行ったはずのエルシィがすぐに戻ってきた。あっという間だったと思う。
 エルシィが側にあったソファーに身を隠して、俺もその後に続いたとたん。


 バババババババッ!!!


 え? ま、マシンガン、ですかぁ!!??


「やあやあ、旬君。お目覚めかな?」
 それはあの仮面男の声だった。そう、昨日の朝、バズーカーを撃ち込んで来たあの仮面男。
「そんなので、撃たれたら、誰だって目を覚ます!!」
 いや、下手したら死ぬ。
 良く見ると、男はいつの間にか部屋に入ってきていて。
 彼の隣には、マシンガンを構えたポリスロボが2体いた。
 ポリス、ロボ……だってっ!!??
 都市の人々の安全を守る善良なロボットが、なんで、仮面男の言うことを聞くんだっ!?
「旬、合図したら、窓から降りるから」
「へっ!?」
 僕の胴体をがっしと掴んで。
「ワン……」
「何をするというのです? もう逃げられませんよ」
 仮面男がゆっくりと、ソファーに近づいてくる。
「ツー……」
「さあ、今度こそ一緒に」
「今だっ!!」
 俺を抱えたエルシィが、窓を割って外に飛び出した!!
 地上45階の、窓から。


「うああああああっ!!!」
 ひゅうっと生暖かい風が、顔を撫でる。
「舌、噛むんじゃないよ」
 エルシィは、腕を壁に向けて、何かを撃った。
 打ち出されたのは、ワイヤーだった。
 それに支えられて、二人は急降下したが、すぐに止まった。
 そこから、3階くらい下の窓が、見えた。しかも、誰もいないようだ。
「せーの……」
「え、エルシィ……さ」
 勢いを付けたエルシィは、俺ごと、その部屋にダイビングっ!!


 カシャーーーン!!!


 二度目の窓割りに、俺も少しだけ慣れてきたように思う。
「……あっち……いくぞ……早く……」
 割れた窓の外から、声が聞こえた。
 急いでこちらに向かってきているようだ。
「まだまだ……」
 ワイヤーをそのままにエルシィは、その場で数を数えている。
「よし、戻るよ」
「ちょっ……」
 また、割れた窓からダイビング!!
 そして、今度は腕に付けたワイヤーを戻して、今度は45階に戻る。
「よっと。あ、旬。割れたガラスに気をつけて」
「あ、は、はい……」
 ふーっと息を吐いて、やっと地面の感触を味わうことができた。
 というか、高層ビルのワイヤーアクションは、今回だけにして欲しい。正直。
「今のうちにトンズラするよ」
「え? でも……」
「やつらに嗅ぎつけられたんだ、場所を変える」
 荷物を持って、エルシィは慎重に外を窺いながら、玄関から廊下へ出た。
 どうやら、彼らは下の階に向かったらしく、いないようだ。
「急いで、早く!」
 急かされるように、俺はエレベーターの前に行き、ボタンを押した。
 ちかちかとゆっくり上がってくるエレベーター。
 もうすぐというところで。
「いたぞ、あっちだ!!」
 もう戻ってきたらしい。遠くの廊下から声が聞こえた。
 ちーんという音と共に扉が開く。
 幸いにも、そこには誰も乗っていない。
 滑り込むように乗り込んで、すぐさま閉じるボタンを連射。
 やっぱりバリバリバリと、マシンガンを撃ってきたが、壁に身を寄せてしゃがんでいたお陰か、服が少し破けたくらいで、怪我はなかった。
「旬、5階から下、全てボタンを押して」
「わ、分かった」
 言われるままにボタンを押す。その間にエルシィは、いつの間にか、エレベーターの天井を開けて、上に上がっていた。
「旬、こっちだ」
「あ、上がるの?」
「もちろん」
 出された手に、なんとか届いて。
 俺もエレベーターの上に登る。
「ちっ、途中で降りたか」
 声が聞こえた。いつの間にか先回りしていたらしい。
 声を上げそうになった俺の口を丁寧にも、エルシィが塞いでくれていた。
 彼らがいなくなったところで、もう一度、エレベーターに戻り、地下へと向かう。
 そう、バイクを停めている地下駐車場だ。
「どうやら、居なさそうだ。今のうちに……」
 バイクを見つけたエルシィが、バイクに駆け寄ろうとしたとき。


 ドウウウウンン!!


 爆破、された。
 まだ、距離があったから、エルシィは、怪我をせずに済んだ。
 だがそれは、同時に移動手段を取られたことを意味する。
「どうもこんにちは、坊ちゃん」
 おどけた様に、仮面をつけた男がやってきた。さっきとは違う仮面。
 朝にあった男は、どちらかというと、目元だけを隠すような仮面であった。
 だが、目の前に居る男の仮面はどうだろう。道化師を思わせるような顔を覆う仮面。
 それが、奇妙に……そして、見た者に恐怖を与えるかのような威圧的な空気を感じた。
 思わず、俺は息を飲む。
「今度こそ、死んでもらうよ、旬」
 そして、もう一人。今度は学校であった、あの暗殺者であった。
「だ、誰なんだ、お前らっ!!」
 思わず、声を張り上げる。
「オットォ! これは失敬! 俺はカスラ」
「僕はフィレールだよ」
 ゆっくりと二人は近づいてくる。仮面の男、いや、カスラはその手に銃を持っていた。サイレンサーとポインターが付いたレトロな銃を。
「ひっ……」
「さァーて、死んでもらおうかァー?」
 そのカスラの声は楽しげだ。
「そ、その前に……何で、俺を殺すんだ!?」
「旬っ!!」
 ずっと気になっていた疑問。
 せめて、それだけは知りたい。
「頼まれたんだよ、ある『人』にねェ~」
 くるくると銃を弄びながら、カスラは答える。
「頼まれたって、誰に!?」
「それは言えないナァー。俺だって、命欲しいから。ねェ?」
「そうだよ♪」
 フィレールも、腕のアタッチメントを外して、銃の先を向ける。
「どうせ死ぬんだ、教えろ!!」
 死ぬ気になりながらも、俺はなおも声を張り上げた。
「どうします、カスラ様?」
「まあ、ここで死ぬんだから、教えてやってもいいか」
 二人は顔を見合わせ、にっと笑みを浮かべる。
「咲、狂井咲くるいさきだよ。狂い咲きなんて、オツな名前だよなァ」
「な、なん……だって……」
 それは、生き別れた……兄の名、だった。




 がくりと旬は膝を折って、その場に倒れこんだ。
 何も見えない、何も聞こえない、いや、届いていないのかもしれない。
 それほど、その『事実』は、彼にとって、深い衝撃を与えていた。
「旬、目を覚ませ!! 旬っ!!」
 エルシィが必死に呼びかけるも、気づいていない。
 このままでは、やられる。
 すぐさまエルシィが駆け出し、旬の盾に……。


 バシュン!!


 別の方から光線が放たれた!
 その光線は、カスラの手をかすめ、その凶器を落とさせた。
「な、何だよッ!! 人がいい気になってるって時にッ!!」
「カスラ様!!」
 フィレールはすぐさま手を戻して、カスラの手を見る。
 どうやら、出血はあるが、たいした怪我ではないようだ。
「エルシィ、こっちだよ!!」
 小さな影が、エルシィを呼んだ。
「あんた、もしかして……」
「話はあと、早く!!」
 エルシィは、旬を抱えて、背負うとそのまま、小さな影の跡を追った。
 小さな影は、薄汚れたフードのマントを羽織った、少年だった。
「こっちだ」
 準備されていたらしい、空いているマンホールから、地下道へともぐりこむ。小さな影は、エルシィが降りたのを見て、すぐさま、蓋をした。
 同時に中は暗闇に支配される。
 すぐさま少年が降りてきて、ペンライトをつけた。
 小さな光だというのに、どうしてこうも、安心するのだろう。
「ありがとうございました、クレイン博士」
「エルシィも、元気そうだね」
 フードから現われた顔。
 ヘアピンで髪を留め、そこから見えるのは、金色の瞳。
 そして、菫色した癖のある髪。ピンで留めていない左目は長い髪に隠れていた。
 マントの下には、博士らしい白衣が見える。
 どちらにせよ、博士と呼ばれるには、ずいぶん若い少年に、エルシィと旬の二人は助けられたのであった。





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