dis 3011

秋原かざや

◆何処かにある楽園

◆何処かにある楽園


 飛び込んでくるのは、輝かんばかりの緑。
 そして、色とりどりの花達。
 ガラス張りの温室の中には、人が楽しめるようにと、白いテーブルクロスの掛かったテーブルに、細かい細工が施された白い椅子が5脚置かれていた。


「あのじーさん、何してるんだ?」
 チャイナ服を着た金髪の青年が愚痴を零す。
 約束の時間を、1時間も過ぎていた。
 彼の手元にある暖かい中国茶が、冷め切っているのが、なによりの証拠だ。
 仕方なく、側にあったティーポットに手をかけたときだった。
「すまんな、憂苑ゆうえん。遅くなった」
 いつの間にか、その老人は立っていた。
 70歳のはずなのに、若く見えるのは、歳のわりに背筋が伸びているからだろう。
 物静かな雰囲気を纏いながら、ローブを着た老人は、ゆっくりと青年の隣に座った。
「それはこっちの台詞。何か問題でもあったんすか? アステリクのじーさん」
 憂苑と呼ばれた、金髪の青年は、新しい茶器に暖かいお茶を注ぎ、アステリクと呼ばれた老人の前に差し出した。
「少々、面倒な相手だったが、なんとか追い返したわい」
 ずずずっとお茶を飲んで、ほっと一息。
「やはり、ここの茶は上手いの」
「そう言ってくれるのは、じいさんだけだ」
 満足げに鳶色の瞳を細めるアステリク。その様子に嬉しそうに微笑む憂苑。憂苑には、そん憂苑という名があるのだが、ここでは、憂苑だけで呼ばれていた。孫と呼ぶのは、この場ではいない。そう、たった一人を除いては。
「で、追い返した後はどうなのよ?」
 ずずっと茶を飲みながら、憂苑は尋ねる。
「追い返しただけマシじゃな」
 ふうっとため息を一つついて。
「はあ、面倒だな。こっちも色々ガタ来てるからって、注意してんのに、あいつら全然動かねぇーもんな。姐さんの爪の垢煎じて飲ませるかって、マジ思った」
 その憂苑の言葉にアステリクは、笑う。
「仕方ないじゃろ。ここ人間は、現状の半分も……いや、4分の1も理解しておらんじゃろ。そういっていられるのも、今のうち、なんじゃがな」
「けど、そうも言ってられなくなってる」
 真剣な声色にアステリクは、眉を顰め、こくりと頷いた。
「サテライトレイだけで、対応しきれなくなっているのは、本当じゃ」
「マジかよ……プロトギアスを出さないとヤバイんじゃないのか?」
「そうじゃな」
「おいおい」
「お前さん相手に、嘘を言っても仕方なかろうて」
 瞳を閉じて、アステリクはまたお茶を飲む。
「で、あの双子は、何処に行ってるんじゃ?」
「それは……」
 憂苑が答えようとしたときであった。
「あーんもう、信じらんない!」
「失敗するなんて、なんてバカ?」
「こっちにあれだけちょっかいかけて、すっごい能力持ってたから、誘ってあげたのに」
「失敗するなんて、ホント、バカ!」
 ぎゃーぎゃー言いながら、トゥーラとシャーナがやってきた。
 すとんと二人は、揃って白い椅子に座る。
「何をしておったんじゃ?」
 アステリクに気づいて、二人はすぐに口を噤む。
「迎えに行ってたの。スペアの彼をね」
「でも、失敗しちゃったわ」
「自分で行かんかい」
 アステリクに言われて、二人はしょぼんとしつつも。
「だって、ねぇ?」
「ちょっと透けちゃうじゃない。恥ずかしいわ」
「こっちに呼べば? 向こうさんもこっちに興味あるみたいだし」
 憂苑のオッドアイが面倒くさそうに細められる。
「あ、その手があった!」
「けど、今更……ねぇ?」
 まだ何か言おうとする二人を。
「まあ、ええわい。とにかく、あの方が倒れる前に来てくれれば」
 アステリクがぴしゃりと止めた。
 ことんと、飲み干した茶器をテーブルに置く。
「お前さん達を呼んだのは、他でもない。あの男を起こしに行く」
「……賢明な判断だと思うぜ」
「そんなにヤバイの?」
「やだっ! わたし、まだやりたいこと、いっぱいあるのにっ」
「ウインドウショッピングに映画に、デートだってしたことないのにっ」
 また、きゃあきゃあ言い出す前に、憂苑が口を開く。
「とにかく、現状が厳しいことはよく知ってるはずだ。それにこっちも人手は多い方が」
「選択は多い方がええじゃろう」
 アステリクと憂苑が頷き、立ち上がる。
「じゃあ、がんばってね」
「わたしたち、ここで待ってるわ」
 いつの間にか、双子の側には、西洋風のドルチェが乗った皿が並べられていた。ご丁寧に紅茶まで。
「じゃあ、行きますか」
「そうじゃな。早い方がいい」
 男性陣二人は、楽園を後にする。
 その役目を果たすために。







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