dis 3011

秋原かざや

◆懐かしい香りともう一人の訪問者

 暗い部屋の中、コンピューターだけが、光を放っている。
  その光に照らされ、一人の青年がヘッドマウントディスプレイを付けながら、何かを探していた。と、その手が止まる。
 「何でこんなところに……」
  とたんに、青年の口元が緩む。
 「けれど、見つけたよ……旬」
  ヘッドマウントディスプレイに付けられた、スイッチを押して、通信を開始した。
 「姫様、見つけましたよ……彼です」
  と。
 





◆懐かしい香りともう一人の訪問者
  それは、懐かしい懐かしい夢だった。
  俺はまだ、僕と言っていた頃の話。
 

「まあ、そこまで出来るの? 私はサポートプログラムがないと操作できないというのに」
  長い髪を片手で押さえながら、エメラルド色した瞳を僕に向ける。
  カリス姉さん。血のつながりは無く、そう呼ぶようにと姉さんから言われてるから、そう呼んでいた。
 「よくやった、旬!!」
  母さんは、嬉しそうに僕を抱きしめると、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回すように撫でまわした。髪の毛がぐしゃぐしゃになるから、そんな撫で方止めてほしいと思うんだけど、キライにはなれないのは、やっぱり相手が母さんだからか。
  結果を覗き込みながら、銀髪の父さんも微笑む。
 「これなら、万が一のときは、旬に頼めるね」
  父さんは乱れた髪を直すように、頭を撫でてくれた。
  このときが、一番、幸せだった。
  母さんがいて、父さんがいて、そして、優しい姉さんがいて。
 「んっ。けど、それができるからって、何でもできるって思わないで欲しいね」
  僕に似た、兄さん。
  ただ、僕と違うのは、その真紅に染まる髪と、燃えるような赤い瞳だろう。
  それも、カラーコンタクトやウィッグで何とでもなる。
 「咲、また変なことしただろ?」
 「何を?」
  しらばっくれるつもりか。
  僕は両親のいる前で、暴く。
 「僕の恋人を、僕の顔で泣かしただろう!!」
 「それ、本当にオレ? もう一人のお前がやったんでしょ?」
  怖い怖ーいお前が、ね……。
  呟くように、けれど僕には聞こえるように。
 「貴様っ!!」
 「はいはい、喧嘩はやめやめ!! よく見な、カリスも驚いてる」
 「「………」」
  母さんの右手には、咲、左手には僕。その顔を無理やり、カリス姉さんに向ける。
 「……ごめんなさい」
  先に謝るのは、いつも僕だった。
 「よしよし、旬はえらいね。で、咲は?」
 「……オレは、悪くないっ」
 「あ、こらっ!!」
  立ち去る咲。残されたのは、僕と母さんと父さんとカリス姉さん。
  ふわりと、また母さんに抱かれる。
 「もう少し、優しい心を持ってもらえると嬉しいんだけどね?」
  懐かしい香りがした。母さんのいつも付けている、優しい香水の香りが……。
 



 はっと、目が覚めると、そこは知らない場所だった。
 「えっ!?」
  思わず起き上がり、そして、自分がまだアカデミーの制服を着ていることに気づかされる。
 「あ、あれ……」
  驚きつつも、頭を整理する。ああと、思い出した。
 「さっきの、夢……」
  ゆっくりとけれど、確実に現実に引き戻された。
  アカデミーで殺されかけたこと。小雪の案内でエルシィの家に厄介になってること。
 「でもなんで、あんな夢……」
  思い出した。
  初めてエルシィと出会ったとき。
  胸で抱きとめられたとき。
  そのとき嗅いだ、あの香り……。
 「母さんと、同じ……?」
  そんなことはないと、首を振ると、飲み物を飲むために旬は、簡易ベッドから起き上がり、キッチンへと向かったのであった。
 

 そこには既に朝食の準備を始めている二人がいた。
 「おはようございます、旬さん。調子はいかがですか?」
  小雪に声をかけられて、俺はちょっと嬉しくなる。
 「おはよう、小雪さん。えっとエルシィさんも」
 「ああ、おはよう」
  エルシィは、慣れた手つきでベーコンエッグを作っていた。ご丁寧に三人分。どうやら、俺の分まで作ってくれたようだ。
  席について、小雪に微笑みかける。
 「調子はいいよ。慣れないベッドで寝たから、ちょっとだけ体が痛いけど」
 「あのベッド、固いからね。けど、慣れれば体に良いんだからね、あのベッド」
  そういって、エルシィは出来立てのベーコンエッグをテーブルに置いた。
 「さあ、メンツも揃ったことだし、飯にしよう! サバイバルの鉄則は、飯を欠かさずにちゃんと食べることだからね!」
  ベーコンエッグに焼いたトースト、それに暖かいミルク。
  エルシィに感謝しながら、旬はそれらを完食したのだった。
 

「さて、一息ついたんだが……」
  食後のコーヒーもいただきつつ、エルシィが口を開く。
 「考えたんだけど、やっぱり旬は暫く、ここにいた方がいい。それも2週間とか3週間くらい」
 「そんなに、ですか?」
  制服を着替えたいのだけれど……そうも言ってられないってことか?
 「着替えたいのはやまやまだけどね、あんたのその服、意外と頑丈に作られてんだよ」
 「えっ?」
  エルシィの言葉に思わず声を上げてしまう。
 「なんだ、知らなかったのか? アカデミーの制服は、万が一に備えて、一番丈夫な素材で出来ているんだ。未来を担う子供の命を守るためにね」
 「……知らなかった……」
  まじまじと自分の制服を見つめてしまう。
  普段何気なく着ていた、この制服に、そんな効果があったとは、知らなかった。
 「それなら、そのまま着ていた方が安全ですね」
 「そういうこと」
  小雪の言葉にエルシィが頷く。
  と、和やかな時を過ごしていた瞬間。
 

 ドドーーーンっ!!
 

 そんな激しい物音と共に、ぐらぐらと建物が揺れた。
 「な、なんだ!?」
 「エルシィ、外を!!」
  小雪が指差した窓の先、そこには、エアバイクに乗った……。
 「仮面の、男!?」
  その肩には、ロケットランチャーが担がれていた。
 「ごきげんよう、旬君。君を迎えに来たよ」
  無礼な相手に俺は、窓を開けて叫んだ。
 「何が迎えに来た、だっ!! それを撃ったら、この建物が壊れるだろ!?」
 「これでも丁寧にご挨拶したつもりだったんだけどね……」
 「何が丁寧だ!! 呼び鈴でも鳴らせばよかっただろうが!!」
  そう旬が叫ぶと。
 「僕は鳴らしたよ。1時間もずっと」
  その真面目な返答に思わず。
  ------良い人かもしれない。
  その場にいた三人が、同じことを思った。
  が、すぐに気づいたのは、旬。
 「だからといって、やっぱ、それを撃ち込んで良い理由になるかっ!!」
 「まあ、旬君とこうして話ができたんだ。さあ、僕と共に行こう。姫達が待つ、『楽園』へ」
  仮面の男は、満面の笑みで、手を差し出してきた。
 「誰が、お前と行くもんか!!」
  その答えと共に、小雪も動き出す。
  腰に付けていたバックパックから、伸縮式警棒を取り出し、それを一瞬で伸ばすと、ブーツを踵を鳴らした。
 『反重力システム作動』
  あの声が聞こえて。
 「旬さんを渡しはしません!」
  小雪は開いた窓から、飛び上がり、仮面の男へと警棒を振るう。
 「おっと、物騒なお嬢さんだ」
  エアバイクを巧みに操作しながら、その攻撃を避ける仮面の男。
 「旬、今だ!! 逃げるぞ!!」
 「で、でも、小雪さんがっ」
  エルシィに手を引かれ、俺は小雪の方を見た。けれど、エルシィの手の方が強くて、抗えることなく。
 「小雪のことは心配ない。あの子はあの子で何とかやっていける。それにあたしの携帯を渡してる、だから、大丈夫だ」
  そのまま地下のガレージへと進み、奥に止められたバイクにエンジンを吹かすと、旬にヘルメットを投げ渡す。
 「早く乗って! あんたも死にたくはないだろ?」
  しばらくヘルメットを見ていたが、観念したように、エルシィの後ろに座って、ヘルメットを被った。
 「しっかり捕まってな。行くよ!!」
  ガレージの扉を開けて、エルシィは飛び出すようにバイクを走らせた。
  旬は、まだ後ろで仮面の男と戦っている小雪を見て、胸が締め付けられるような、悔しい想いに捕らわれていた。



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