dis 3011

秋原かざや

◆逃亡した先で

◆逃亡した先で
 

 旬を抱いた少女は、ずんずんと先へと駆けて行く。
  いや、飛んでいくといった方が正しいかもしれない。
  ただ言えることは。
 「あ、あの……そろそろ、降ろしてくれる?」
  おずおずと提案してみるが。
 「駄目です」
  状況を整理しよう。
  今、俺は彼女に抱かれてる。
  もし、俺が女性ならば、甘んじて幸せに浸ってるだろう。
  だがしかし、俺は男だ。
  こんな顔だけど、断固として、男なのだ。
 「それに、ほら、もうあの女性ひといないから」
 「いえ、油断してはいけません。そんな慢心が不幸を呼ぶのです」
  妙に説得力がある彼女の言葉。
  けれど、俺だって引き下がれない。
 「でも、重いっしょ?」
 「いえ、反重力システムを起動しているので、たいしたことありません」
  そういえば、さっきもそんなこと言っていた様な。
  気になるけれども、まずは降ろしてもらうのが先で……。
  彼女と瞳と瞳が、合った。
  淡い桃色の、大きめな瞳が俺を捉える。
  顔だけでなく、心をも。
  いや、既に俺の心は、彼女に盗まれてる。
  あのとき、俺を庇ってくれたときに既に。
 「どうかしましたか?」
 「い、いえ、何でも」
  思わずそっぽを見たのは、紅に染まる頬を見せないようにするため。
  そういえば、まだ俺、彼女の名前を聞いていなかった。
 「そういえば……」
 「あ、見つけました、あそこです」
  彼女が何かを見つけて声をかけて。彼女の指し示す方向を見た。
 「アパート?」
  確か2000年代くらいまでは、メジャーな建物だったのかもしれない。
  一見、お洒落なアパートメントに見えるが、明らかに老朽化が激しいことは、専門家でもない旬でも分かるほどであった。
 「まあ、あそこなら、敵も遠慮しそ……うわっ!!」
  建物の屋根から、一気に下降し、地面のアスファルトに綺麗に着地。
  かつんっ。
  きっと、綺麗に着地したんだろうな。
  下から見れないのが残念だ。
  ……下心は、ほんのちょっとあったけど。
  そして、俺は、ようやく、恥ずかしいけれど、ちょっぴり幸せなお姫様だっこから開放されたのだった。
 



 彼女に連れられて、件のアパートに入っていく。
  玄関のオートロックがあったと思われるところは、既に壊れていた。ちょっと彼女が住むには物騒すぎる気がする。
 「ここですよ」
  どうぞと促されて、俺はおもむろに、その扉を開いた。
 「小雪ーっ!!」
  ぼむん。
  一言、言わせて貰うと、旬の顔が謎の第三者の胸に埋まった。
  いや、抱きつかれたのだ。ぎゅむっと。
 「ふごもごっ!!」
 「大丈夫だった? ちゃんと、旬には会え……あれ? 小雪、ちょっと小さくなった……へっ!?」
  そこまで言って、謎の人物は、やっと事の次第に気づいた。
 「………小雪、じゃない……?」
  胸から解放された旬は言う。
 「言っておくけど、これでも俺、男……なんだけど」
 「きゃああああ!!!」
 

 彼女が落ち着いた後、三人は暖かいココアを飲んで、やっと一息ついた。
  長い白い髪を二つに縛り、前の首元で一つにまとめている。
  上はラフな格好、下は茶色のパンツルック。側のハンガーには、黒いコートが掛けられていた。どうやら、彼女のものらしい。そんな彼女の漆黒の瞳が、旬を見つめていた。
 「紹介が遅れたね。あたしはエルシィ・オーフェン」
  白い髪の女性……いや、エルシィがにこりと微笑み、紹介した。
 「で、あたしの隣にいるのが……」
 「笠夜ささや 小雪こゆきと言います。どうぞ、よろしく」
  笠夜、小雪……なんて彼女らしい名前なのだろう。
  旬はその名前をしっかりと心に刻み込んだ。
  いや、今はそんなことをしている場合ではない。
 「俺は……」
 「神楽間旬さん、ですよね」
  言うよりも早く小雪が答えた。
 「そう、そうだよ。でも、なんで君が俺の名前を?」
 「あなたを守るように言われたからです。私の上司から」
 「だそうだよ」
  飲み干したコップをテーブルに置いて、エルシィが続ける。
 「あたしも詳しい事情は知らないんだが、どうしても、あんたに会いたいっていうんで、教えてやったんだ。……そう、これを使ってね」
  そういって、エルシィは旧型のパソコンを指差して、答えてくれた。
 「俺を、守るように……?」
  いまいち、理解できていない旬に、小雪は優しく告げる。
 「あなたは、この世界になくてはならない人なんです。世界を変えるほどの、重要な」
  だから、守りましたと、小雪は言った。
 「でも、何で……」
  小雪に守られるのは、正直嬉しい。
  でも、どうして、俺が世界を変えるような重要な人物だというんだ?
  俺は、タダの落ちこぼれ学生。
  そりゃ、さっき命を狙われたが、それが理由にはならない。
  できるならば、逆の立場……小雪が、この世界で必要な人ならもっと良かったのに。
 「まあとにかく、あんたは狙われたんだろ? 明日は学校休んで、様子を見よう。それと、相手のことはあたしも調べてみるから……あの子に聞いた方が早いか?」
  呟きながら、エルシィはさっそくパソコンの前に座り、検索を開始している。
 「あ、あの……家に帰りたいんですけど……」
  一応、丁寧に旬は、エルシィに尋ねた。
 「止めといた方がいいんじゃないか? きっとお前を殺そうとしてた奴らが待ち伏せしてる」
  ……ごもっともで。
 「だから、しばらくうちにいるといい。小雪もそうして欲しいようだし」
 「はい」
  え? 小雪さんも!?
  思わず小雪の顔を見る。
 「勝って分かっているこの部屋の方が、護衛しやすいですから」
  そんな理由を聞いて、ちょっと凹んだ。
  聞かなきゃよかったと思いながら、甘いココアを飲み直した。
 


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