アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~

秋原かざや

第16話 ◆揺らぐ世界……運命の狭間で



 宴の終わった翌日、アールとリンレイは別々に行動を開始した。
 アールは前線基地を押さえるために、戦場へ。
 リンレイは、非公式に行われるパレードに。


 作戦のレクチャーを終え、アールはいつものように『ルヴィ』へと乗り込んだ。
『いいんですか?』
 コクピットのパネルからカリスの姿が現れた。カリスが船からルヴィへと通信を繋げたのだろう。あの声が響いた。
「良いも何も、彼らがやると決めたんだ。僕が決めることじゃない」
『その話ではありませ……』
「これでいいんだっ!」
 『ルヴィ』を起動させながら、アールはぴしゃりと告げる。まるで自分に言い聞かせるかのように。
「どのみち、僕はここから去っていかなくてはならないんだから……」
 恐らく、アールが力になるのもこれが最後だろう。
 だからこそ、この作戦に参加することも決めたのだ。
「それと、聞いたよ。レッグギアを壊したのを直したそうだね」
『余計なことで、マスターの手を煩わせたくありませんでしたから。それにいち早く気づけたのは、マスターだったと思いますが?』
「考え事をしていた……といえば、君は納得するのかい?」
『はい、それだけで十分です』
 思わずアールはため息を零す。
 カリスの言うとおり、レッグギアに不具合があれば、すぐに察知できるのは、実はアールだった。なのに、そうしなかったのは、やはりリンレイの事を考えすぎるあまり、そこまで気が回らなかったというべきだろう。そこまで考え込むつもりもなかったのだが。
「それにあのレッグギアは、もともと回収するつもりだったんだ」
『しないということも出来ましたよ?』
「君は僕の嫌なところを突いてくるね」
 パネルを叩きながら、『ルヴィ』の機体の最終調整に入る。
『言わなくては、私の存在意義がありません』
「はいはい、そろそろ出発するよ。君は待機しててくれ」
『了解しました』
 そして、通信が切れる。
「僕に……何ができるっていうんだ……」
 『ルヴィ』の全ての状態が出撃可能になったのを確認して、アールは操縦桿を握る。
「過ぎた力は、人を傷つけるだけだっていうのに」




 所変わって、ここはテネシティのリンレイの部屋。
「綺麗ですよ、リンレイ様」
 現在、三人の女性スタッフがリンレイを、より王女らしくしていた。
 ドレスに化粧、そして、ヘアスタイリング。
 それに、リンレイが今、座っているのは、椅子ではなく車椅子だった。
 レッグギアは、今日の趣旨に反しているため、外している。
 リンレイとしては、レッグギアの方が動きやすかったので、それをつけて出たい気持ちであったのだが、しつこくアレグレに懇願されては、無碍にすることもできなかった。
「そうか? 久しぶりに着たが……今日はなんだか恥ずかしい」
 鏡に映った自分。それはかつて失ったその姿だった。
 またこの姿になれた事に、嬉しさ半分、これからのパレードで不安半分といったところだろうか。アールが傍に居れば少しはマシになったのかもしれないと思っても、彼は既に作戦で基地を出て行っていた。
「姫、準備はできま……すっげー」
 と、そこへ入ってきたのは、ジョイ。
「ジョイ……」
「あ、その……綺麗だ……じゃなくて、えっと姫はとても美しくあられますでございま……」
 上手く言えないジョイを一瞥して、リンレイは告げる。
「姫なんて呼ぶな。私の国はもう無いんだから。リンレイでいい」
 その言葉に安心したかのようにジョイは笑みを見せた。
「じゃあ、リンレイ。もう一回言っていいか?」
「いいだろう。言ってみろ」
「馬子にもいしょ……」
 傍にあった化粧ケースが……哀れジョイの顔に直撃した。
 けれど、彼のお陰で、先ほどの緊張が薄れたことだけは、感謝しようとリンレイは少しだけ、そう思った。




 一方その頃。
 アール達も作戦を実行に移していた。
 前回よりも反撃が厳しかったが、想定していたよりも酷くなく、むしろ順調だといえよう。実際、時間はかかってしまったが、基地を制圧することには成功していた。
「よし、後はこのままリンレイ姫のいるパレードに直行だっ!」
 アレグレは上機嫌で、彼の乗るギアはそのまま先頭を切って歩いていく。
「何とか無事に終わってよかったです」
 アールもほっとした気持ちで、基地を出ようとした、そのとき。


 そう、気づくなら、このときだったのだ。


「な、なんだと!? ま、まさかお前が……」
 そのアレグレの言葉は途中で途切れることになる。
 外に出たアレグレの待っていたのは。
 何百機という、帝国のギアと。
 激しい銃撃音。
「アレグレっ!!」
 機体の中から、ちらりと血だらけのアレグレが見えた。
 だが、彼は何かを伝えようとして、息絶えた。アールの声が届く前に。
「隊長!!」「リーダーっ!?」「そんなっ!!」
 テネシティの兵士達の絶望的な声が続く。
「駄目です! 前に出ては……」
 アールの静止など、聞く者は、ここには少数だった。
 多く者達が帝国軍に突っ込んで生き、その命を散らしていった。
 仕方なく、アールも突破口を開くためにありったけの弾丸を敵にばら撒いた。
「早く! この攻撃が効いているうちに、こっちへっ!!」
 けれど……奮闘空しく、生きて基地を出れたのは、ほんの少数だった。
 だが、アールは、彼らの面倒を最後までみることはできなかった。
「ここが襲われたということは……まさか」
 その考えに至り、アールの顔が青ざめる。
「すみません、ルヴィ。少々、無理をさせます」
 そういうアールの横で、少女姿のルヴィはこくりと頷いた。
 ボロボロになりながらも、アールは『ルヴィ』をパレードの方向へと向けて、操縦桿を傾けた。




 それは盛大なパレードになっていた。
 予告なく行われたパレードだというのに、数多くの人々が集まってくれたのだ。
 リンレイ達の乗る、天井の開いたバス。
 それは、人々によって、阻まれるかのように、ゆっくりとしか進めなかった。
 高い建物から、花吹雪がリンレイへと降り注ぐ。
 道端からだろうか、色とりどりの紙テープもバスへと向けて、投げられていた。
 バスに固定された車椅子の上で、リンレイはその光景を頼もしく、いや、それ以上に嬉しい気持ちでいっぱいになっていた。こうして、声援を受けて、手を振ることが、こんなにも嬉しいことだったとは、思っていなかった。
 ―――ああ。今、気づいた。
 リンレイは、数多くの声援を聞きながら、感じたこと。
 ―――じいは、これを私に渡したかったんだな。
 既に失われたもの、全て。
 それが、老騎士の願いのように感じた。
 それと同時に、リンレイの心は、幸せへと満ちていく。
 作り笑いだった笑みは、本当の幸せの笑みへと変わってゆく。
 ふと、隣で護衛をしていたジェイと目が合った。
「ジョイ、凄いな」
「ああ、すっげーよ。これ、全員、リンレイを見に来てくれたんだぜ?」
「ああ、そうだな」
「そうだな、だけかよ? もっと喜んでもいいんだぜ?」
 くすくすと、あのとき、洞窟で見せた笑みでリンレイは言う。
「そんなことを言うな。これでも私は充分……」


 悲劇は、いつも突然に。


 気が付けば、悲鳴が聞こえていた。
 リンレイの視界はゆっくりと下へと、その床へと滑り込んだ。
 何が起きたのかわからなかった。
「リンレイっ!!」


 手を伸ばした。
 知らぬ間にリンレイは、ジェイへと手を伸ばしていた。
 その手を掴もうとジェイは必死に腕を伸ばすが。
 もう少しというところで、それは、届かなかった。


 リンレイの胸には、一発の銃弾によって、血があふれ出し、ドレスは深紅に染まっていた。まるで、その胸に深紅の薔薇が咲いたように。
 瞳を閉じたリンレイへと、数多くの人々が声をかけた。
 そんな最中、現れたのは。


 腕が落ちそうなほど、ボロボロに壊れたルヴィを駆る、アールだった。




 暖かい、なんて暖かい場所なんだろう。
 リンレイは、その静かで暖かい花畑の中にいた。
 心地よい場所。
 それでいて、懐かしい場所。
 ―――ああ、ここは……。
 秘密の花園。
 かつて、彼らがシチューを食べようとした、あの場所だった。
 そこには、既に父親と母親、そして、弟と妹の姿があった。
「あら、リンレイ。こっちにいらっしゃい」
 これは夢だろうかと、思う。
 もう、二度と聞けない筈の声が聞こえた。
「か、母様……?」
「ほら、ぼーっとしてないで。こっちに来たらどう? みんないるわよ?」
 母親の声に促されるように、リンレイはそっとその食卓へと近づいていく。
「リンレイ」
 優しく名を呼ぶ父の姿。
「姉さま、早くおいでよ!」
 やんちゃな弟が手を振っている。
「あーずるい、姉さまはあたしの隣っ!!」
 愛らしい妹は、そのままリンレイの手を引いて。
 そして……。
「リンレイ様」
 その姿を見た瞬間、リンレイの胸一杯に張り裂けんばかりの想いが渦巻いた。
「じいっ!!」
 逃さないと言わんばかりの力で、リンレイは老騎士に抱きついた。
 暖かいぬくもり。優しく撫でるごつい手。
 いつも守ってくれた、その存在が、今、目の前に居る!
「じい、ごめん。祝ってあげられなかった。本当は内緒で祝ってあげたかったんだ。内緒でポトフを作って驚かせようと思ってたんだ。けど……けど……」
「そうでしたか」
 溢れる涙を、止める術を、リンレイは知らなかった。
 泣きじゃくるリンレイの後ろで。
「あらあら。リンレイ。それじゃあ、今日はポトフにしましょう。ちょっと遅れたけど、あなたの誕生日をやりましょう」
「王妃さま……」
 老騎士が静かにリンレイの母を見た。彼女は優しげな顔で、いつの間にかその手に、ポトフの鍋を持っていた。
「さあ、リンレイ。あなたも一緒に」
 リンレイが、母親の元へ行こうとしたとき、声が響いた。


「「リンレイ!!」」


 彼女を呼ぶ、大きな声が。




 揺らぐ景色の中、リンレイは、二人を見ていた。
 一人はまだ幼いけれど、その内に強い意志を秘めた少年。
「……ジョイ」
 ジョイは嬉しそうにリンレイの右手を握り、力強く何度も何度も頷いた。
 そして、もう一人は。
「アール……」
「リンレイ、しゃべらないで。もうすぐ医者が来ます。だから」
 ミラーシェード越しに、彼の顔が見えた。
 リンレイには見えるはずのない、顔が。
 涙を滲ませる、その悲痛な顔が。
「アール、私は……」
 リンレイはそっと、彼らの手を握り、僅かに微笑む。
 まるで二人を安心させるかのように。
「私は……幸せだ」
 アールの握った左手がするりと落ちた。その手に、雫が落ちる。
「リン、レイ……」
 また一つ、ふたつと、落ちてゆく。
「リンレイリンレイリンレイっ!!!」
 ミラーシェードの下で、音もなく雫が零れ落ちた。
「リンレイっ!!」


 ジョイとアールに抱かれて、リンレイは幸せそうな笑顔で。
 ―――この世を去った。











コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品