アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~

秋原かざや

第15話 ◆騎士達の宴

 作戦を成功したその日に、宴が催された。
 場所はテネシティのアジト。
 ざわめきが心地よいのは、今が祝い事だからだろう。
 そんな中、端の席でジュースを飲んでいるのは、アールだ。いくつか食べ物を皿に盛って、たった一人で食べていた。
「アールじゃないかっ!」
 突然声をかけ、ばんばんとアールの背中を叩く。
 現れたのは、テネシティのリーダー、アレグレだった。
「けほけほっ」
 その激しさに思わずアールは咳き込む。
「なにしけたことしてるんだ、アール。もっと騒いでもいいんだぞ?」
 アールの向かいの席に座って、
「私は……こういうのは、得意じゃないんです」
「じゃあ、たっぷり食え! たらふく食え! ほら、こっちもっ!」
 今度はそこら中に並べられていた料理を片っ端から、アールの前に置いてやった。
「いや、多すぎですから」
 そういうアールを他所に、アレグレはご機嫌で続ける。
「いいじゃないか。俺達は補給基地を確保して、食材は潤ってる。なら、やるのはこれしかないだろ?」
 さも当然といわんばかりに、アレグレはニカッと笑った。
「気持ちはわからなくもないですが……もぐもぐ」
 渡された料理を少しずつ、けれど、しっかり食べきるアールにアレグレは満足そうに見守っていた。
「じゃあ、いいじゃないか! 無礼講無礼講! それに明日の午後からまた、新たな作戦が控えてるんだ。多少ハメを外してもいいだろ?」
 その言葉にアールは、露骨に嫌な顔を浮かべる。
「また何かやるんですか?」
「今回は補給基地だったが、次は前線基地だ。たぶん、今回のようにはいかないだろう」
 さきほどとは打って変わって、真剣な眼差しで語り始めるアレグレ。
「たぶん、そうでしょうね」
「これでも期待してるんだぜ。凄腕傭兵としての、アールさんの力をさ」
「……次も、大丈夫なんですよね?」
 疑い深いアールにアレグレは苦笑した。
「大丈夫だよ。今回の作戦見ただろ? 今回も彼らが先に潜入して、布石を打つ。次回もそれで行くつもりだ」
「………」
「本当に疑い深いやつだな」
 近くにあった飲み物を掴んで、ごくりと飲み干すと、アレグレは笑って。
「仲間を信頼できないのなら、俺を信じてくれ。大丈夫だ。多少、面倒な戦いがあるが、それ以外は問題ない」
「分かりました、あなたがそういうのなら」
 そう前置きした上で。
「リンレイは連れて行かないですよね?」
 念を押すようにアールが告げる。
「連れて行かないさ。リンレイ姫にはやってもらう仕事がある」
「仕事?」
 ああと頷いて、アレグレは口を開く。
「祝賀パレードだよ。パレード開始時は、作戦中だろうが、それが終わる頃に俺達が戻ってくるって寸法さ。そうすれば、盛り上がるだろ?」
「あなたらしい」
「そのときばかりは、あのレッグギアではなく、車椅子でパレードに参加してもらうつもりだ。できれば、悲劇のヒロインとして、同情を引いておきたいからな」
 アレグレもアレグレらしく、作戦を組み立てているようだ。よりドラマティックな展開へと。
「なるほど、それなら戦いには参加できませんね……」
「そういうことだ……おっと、アールに頼みたい事があったんだ」
 アレグレは何やら、大事なことを思い出したようだ。
「リンレイ姫の……レッグギアだったな。アレ、何なんだ?」
「補助装置ですよ。車椅子だと守りきるのが大変でしたから……もぐもぐ」
 安心したのか、アールが食べ始めた隣で、今度はアレグレが苦笑を浮かべた。まるで予想していたと言わんばかりに。
「ウチの研究班があれを綺麗に分解して、壊してたぞ」
「ぶっ!!」
 思わず食べていたものを盛大に吐き出した。お陰でアレグレの顔が汚れたが、近くにあった布巾で何とかなったようだ。
「ぶ、分解して壊したんですかっ!?」
「けど、分解して壊したそのときにさ、あんたの助手の……カリスさん? 彼女が現れて、すぐに直してくれたって言ってたがな」
「そ、そう……ですか……」
 けれど、アールはそんなこと、カリスから何一つ聞いていなかった。何かあればすぐに知らせてくれるはずだったのだが……カリスの中で大した事がなかった事として処理されていたのだろうか、アールは少し納得がいかないような顔を浮かべていた。
「もし可能なら、アレを譲ってくれないか? いや、買い取ってもいい」
「分解して、直せないってことは分かったんじゃないんですか?」
 近くにあったコップに手に取り、アールはごくりと喉を潤す。
「それに、アレは『守るため』のものであり、『生活のもの』ではありませんよ」
「だろうと思ってたよ。残念だ。けど」
 アレグレは身を乗り出し、アールの耳元で囁いた。
「そのことはあんたから、言ってくれよ」
 アレグレが席に戻ったのを確認してから、アールは大きく頷いたのであった。




 アレグレとアールが話をしていた頃。
 秘密の洞窟で、リンレイは一人、ご馳走を食べていた。
 出来立てのポトフ。
 きっと、腕の良いシェフが作っているのだろう、老騎士が作ったものよりも遥かに美味しく感じる。けれど……少し違うと思ってしまうのは、何故だろうか。
「あっ……り、リンレイ姫も……きてらっしゃったのでありますか」
 奇妙な敬語で語りかけるのは。
「ここには私とお前しか居ないんだ。敬語は使わなくてもいいぞ」
「そ、そうか? その方が楽で助かるよ、リンレイ」
 互いに笑いあって、ジョイはリンレイの隣に座った。
 ジェイが持ってきたのは、バーベキューの串と何枚ものステーキ、それに申し訳程度に乗せられているマカロニサラダ。それをリンレイの隣でぱくついている。
「そういえば、ジェイはどうしてここに?」
「ああいうのは、ちょっと苦手なんだ。それに酒癖悪いやつに引っかかると、後々面倒だから、いつもこっちに逃げてきて、気ままに食べてる。リンレイも?」
 苦笑を浮かべつつも。
「そんなところだ。まだ……そういう気分にはなれないから」
「そっか……」
 もぐもぐと互いに持ってきた物を食べる。
 と、ジェイの手が止まった。一口も食べていない最後の串。
「食べる?」
「ありがたいが、残念ながらポトフでお腹がいっぱいなんだ。……ありがとうな」
「いや、いるのかもしれないって思っただけだから」
 リンレイの笑顔に驚きながら、ジェイは持っていた串にかぶりついて、全部を平らげた。その隣でリンレイも少しだけ時間をかけて、ポトフを完食。
「それにしても、ここは気持ちの良い夜空だな」
「俺の自慢の場所だからな!」
 自慢げにジェイが言う。
 くすくすと笑うリンレイにジェイもつられて笑顔になっていた。
「ジェイ……いつか、教えてくれたな」
「ん? 何を?」
 リンレイはその笑みを崩さずに口を開いた。
「国を取り戻すだけじゃ、駄目だって話だ」
「あ、ああ、あれ? 俺が適当に考えたやつだから、その……」
「その割には、きちんと考えられてたぞ」
「………」
 思わず赤面してしまう。本当はあのとき、言うつもりでなかった話なのだから。
「私もそうしたい」
「り、リンレイ?」
「だってそうだろう?」
 夜空を眺めながら、リンレイは続ける。
「皆の心を一つにして、団結して国を守らなければならない。それに国中の皆が幸せでないとまた国が傾いてしまうと。……そのとおりだ」
 次にまっすぐジェイの方を見て。
「正直、ジェイのような者から、そんな話をされるとは思わなかった。そういう話をするのは、もっと年上のじいみたいな……もう死んでしまった老騎士が話すようなことだったから」
「お、俺は……その……」
「だから、私はその方法を探したいと思う。もちろん、アレグレのやろうとすることも大事だと思うから、ついていくつもりだ」
「……リンレイ」
 じっとジェイを見て、リンレイははっと何かに気づき。
「いやその……」
 赤面しつつ、言葉を紡ぎ始める。
「姫と呼ばれてはいるが、私には何もない。国も民も……私を守ってくれる騎士も……それに、このレッグギアがなければ、足だって動かせない、そんな貧相な姫だ。それでも、それでも……」
「構わねぇよっ、何だって!」
 ジェイも耳まで真っ赤にさせながら、叫んだ。
「俺はそれでも、リンレイについてってやる。だろ?」
 頬を染めながら、リンレイはその瞳を嬉しそうに細めた。
「それなら」
 リンレイはジェイに近づき、そして。
「っ!!」
 口付けした。一瞬のようなあっという間のキス。
 リンレイは照れたように背を向けて、けれど、声はしっかりと響かせて。
「今日から私の騎士だ。忘れるなよ、ジェイ」
「わ、忘れるか。こんなの……絶対忘れるもんか!!」
 背中越しにジェイの大声を聞いて、リンレイは思わず涙を滲ませる。
「……ありがとう、私の騎士、ジェイ」
 小さく呟いて、リンレイは微笑んだ。





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