アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~

秋原かざや

第8話 ◆ウィザードの住む摩天楼

 次にたどり着いた星は、いくつもの高層ビルが立ち並ぶ町だった。
 一見、高度な文化水準を持つ都市に見えるが、実際はそうではない。
 大気は汚染され、空には汚染濃度を知らせる、電光掲示板が巡回していた。


「ん? ここでは、手続き無しでポートに入れるのか?」
 いつもならば、ポートといくつかやり取りがあった後に、惑星に着陸する。
 だが、この星では、その手続きが飛ばされ、すぐにポートに着陸していた。
 それに疑問を持ったリンレイが尋ねると、アールは。
「良く気づきましたね。そう、ここでは入国手続きが必要ないんです。だから犯罪者のたまり場になってるんですけどね、『アンダーミセリア』は」
「おい待て。そんなところに何故……」
 カリスにレッグギアを取り付けてもらったリンレイが立ち上がる。
「これを見てくれる人がいるんですよ、ここに」
 アールの持つデータチップをリンレイの目の前に見せる。そのチップを解析してくれる者がここにはいるらしい。
 いや、そうではなくて。
「もしかして、相手は犯罪者なのか?」
「んー、そうですね。一応、犯罪者ではないです。表向きは」
「おいおい……信用できるのか?」
「どんなセキュリティでも外すことができる、数少ない伝説のハッカーですからね」
「ちょっと待て、今、ハッカーって……」
「言いましたよ。でも、彼は興味のあることしかやらないんです。それに、悪事には手を出しません。まあ、悪事の範囲にもよりますけど」
 ハッカー。
 それだけを聞くと、ネット犯罪に手を染める者達の総称のように聞こえるが、本来はそうではない。彼らは信念を持って、それこそ命を張ってネットで戦っている。
 中でもクラッカーと呼ばれる者達は、ネット内のデータそのものを壊す者達で有名だ。ハッカーの中で、クラッカーを敵視するものも多い。
 そして、アールが頼もうとしている者は。
「『ウィザード』と、呼ばれていますよ。まあ、私は親しみを込めて、『おじいちゃん』と呼んでいますけどね」
 と、アールは首から自分のペンダントを外すと、そのまま、リンレイの首に掛けてやる。ついでと言わんばかりに、持っていたデータチップの入ったケースも手渡した。
「へ? ちょ、ちょっと待て? これは……」
 困惑するリンレイに、アールは携帯端末を操作しながら続ける。
「私は他に行くところがありますので、カリスと共におじいちゃんの所に行ってきてください。困ったときは、私のペンダントを見せれば何とかなります。大丈夫、おじいちゃんはあなたのこと、女性とも思いませんから」
「いや、そうじゃなくて……はい?」
 ―――今、凄く失礼なことを言わなかったか?
 思わず、リンレイが噛み付くかのようにアールに食って掛かろうとしたのだが。
「じゃあ、頼みましたよ」
 てきぱきと指示を出して、アールはそそくさと船を出て行く。
「おい、アールっ!! アールっ!!」
 先手を取られてしまった、というところか。
 ため息をつくリンレイに。
「さて、いきましょうか。リンレイ」
 カリスは、さっと手を差し伸べて出かけるよう促す。
「外は危険なんじゃ……ないのか?」
「ええ、危険です。だから、私があなたをお守りします」
 カリスの実力を見ていないリンレイは、いささか不安ではあったものの、彼女しか守る者がいないのだから、仕方ないと思う。
「よろしく頼むぞ」
 代わりに彼女の手を力強く掴んだ。


 カリスは何も乗らずに、アンダーミセリアの奥へと進んでいく。
 どうやら、徒歩で行ける範囲らしい。
 カリスの手を握りながら、必死にリンレイはついていく。
 数多くの車が犇めく道路。
 暗い裏路地。
 嫌な匂いのするスクラップ置き場。
 何の店かわからない店をずんずん歩いていく。
 男と女が体を重ね合わせながら、熱を帯びていたのは、気のせいだろうか?
 きっと気のせいだと、リンレイはそちらを見ないようにして、更に奥へと進んでいく。
「こっちですよ」
 カリスの声で現実に戻った。
 今度はたくさんの壊れたモニターが置いてある地下通路に出た。
 ひんやりとしていて、暗くて……怖い。
 リンレイは素直にそう思った。
 そして、巨大な扉の前でカリスは、やっと足を止めた。
「ごきげんよう、ウィザード様。マスターの命により、こちらにご挨拶を……」
『カリスか。アールはどうした?』
 誰もいないドアから、声が響く。どうやら年配の男性を思わせる枯れた声だった。
「別の用事で今日は来られないそうです」
『それは残念じゃ。とびきりの術式で焼いてやろうと思ったのにのう』
「マスターは、焼けませんよ。そこらの術式では。それに私がいますから」
『おお、怖いのう、怖いのう』
 と、声が静まり返る。
「あの……」
 思わず、リンレイが声をあげた。
『なんじゃ、小娘。儂に用かの?』
 眼中にない言いようの相手に、怯みかけつつも、リンレイは気丈にも告げる。
「アールに言われて、これの解析を頼まれた。たぶん、連絡が行っているはずだが?」
 取り出したのは、アールから渡されたデータチップの入ったケース。だが、外観は唯のケース。それに気づいたリンレイは、すぐさまその箱を開けて、中にデータチップがあるのを見せた。
『ほう、データチップか。少々旧式のようじゃの?』
「アールから聞いていないのか?」
『いや、聞いておる。じゃがあんたが何者かは聞いておらん』
 ―――そういえば、名乗っていなかったな。
 前にもこんなことがあったなと思い出しつつ、リンレイは首から隠していたアールのペンダントを取り出し、見せた。
「私はアールの代理の者だ。名はリンレイ。頼む、これを見てくれないか?」
 それがリンレイの役目なのだ。こんなお使いができないと、彼女はアールに思われたくなかった。
『ほうほう、あの坊やがそれを小娘に渡すとはの。良いじゃろ。入ってきなさい。カリス。お前はそこで待っておれ』
「分かりました」
 ゴゴゴゴゴゴゴ。
 ゆっくりと大きな音を立てて、巨大な扉がリンレイの幅に開いた。
「私、だけか?」
『そうじゃ、早く来い』
 どうやら、カリスは入れたくないらしい。
「大丈夫です。私は一人で問題ありませんから」
 ―――いや、そうではなくて……。
 突っ込もうとしたのだが、きっとおじいちゃんとやらの機嫌をここで損ねると後々困ることになると思い返す。名残惜しいが、リンレイは一人で入ることを決めた。
「ちょっと……行ってくる」
「お気をつけて」
「ん」
 心細くないといえば、嘘になるだろう。むしろ、カリスと一緒に入れるものとリンレイは思っていた。
 アールから借りたペンダントをぎゅっと握り締め、リンレイはその扉の奥へと踏み出した。


 リンレイが入ると、扉は音を立てて閉じる。
 とたんに通路が真っ暗になったが、すぐに淡い光が灯り、道を示してくれた。奥へ奥へと。
「この先か……」
 ペンダントを握り締めながら、リンレイは奥へと向かう。
 握り締める手が僅かに震えながらも。


「ここじゃ」
 あの扉で聞いた声と同じ声が聞こえた。
 意外と通る声だった。
「あなたがおじ……いや、ウィザードか」
「ほう、儂の名を聞いているようじゃの」
 そこにいたのは、文字通り老人だった。
 ただ、普通の老人と違うのは、その体を何本ものコードで繋がれていた。いや、つながれている部分は着ているローブで見えない。でも、足元まで広がっているコードで繋がれているのは予想できる。目元は瞳の奥も通さない、小さな黒眼鏡で覆われており、長い白髪がだらりと肩まで流れていた。
 その姿は、さながら機械の魔術師。ウィザードの名に相応しい姿。
「これを……」
 圧倒されるところだった。何とか目的を思い出して、リンレイは持っていたデータチップを手渡す。
「ふむ、預かるかの」
 それを受け取り、ウィザードは、近くにあったコンピュータのケースに入れた。
「そのペンダント。アールから聞いておるのか?」
「これか?」
 アールから託されたペンダント。
「困ったときはこれを見せろとしか、言われていない」
「坊やの大切なものが入っておるのじゃ」
「大切な……もの?」
「そう聞いておる。ああゆう職に就くなら何ももたん方がええんじゃがの」
 ほれ、開けてみと言わんばかりに、ちょいちょいと、ペンダントを指差す。
 そう、ペンダントはロケットになっていた。
 気になった。
 その、中身が。


「終わったぞ」
 ウィザードの声にリンレイはびくりと体を震わせた。
「もう、終わったのか? 早すぎるんじゃないのか?」
 開いたロケットを閉じて、リンレイは彼を見た。彼は大切そうにチップをケースに仕舞うと、解析したデータの入ったディスクを添えて、リンレイに手渡した。
「これくらいすぐ解ける。簡単じゃよ。もっともあの坊やなら力技で行くから、数日使いもんにならんがの」
「坊やってアールのことか?」
「そうじゃ。解き方を教えても、どうしても力に頼る節がある。ありゃ、若造の考えることじゃな」
「そんな風には見えなかったが……」
 むふふふとウィザードは笑う。
「小娘、お前さんがいるからじゃろ? 格好付けてるのじゃ。あやつもまだまだ青臭いってことじゃの。ほっほっほ」
 ことさら楽しそうに。
「それよりも、中身は何だったんだ?」
「タダの動画じゃよ」
「動画?」
 どうやら、データチップの中には動画が入っているらしい。
「そうさな、あの坊やには、まだ意味の無いものじゃな」
「意味の無い……動画?」
 ウィザードの言葉に頭を傾げるリンレイだったが。
「さて、用も済んだのだから、さっさと戻れ。機械女が待ってるぞい」
 ウィザードがさっさと追いやっていた。しかも。
「機械? それって」
「おや、知らなかったのか? アイツは全て機械で出来とる女じゃよ。カリスと言ったかの?」
「だから、感情が……」
 いや、今は早く戻ろう。きっとカリスが心配しているだろうから。
「ありがとう、ウィザード。助かった」
「礼はいらんぞ。おぬしのような、面白い小娘に会えたのじゃからの」
 見送るついでにウィザードが尋ねる。
「して、その義足。あの坊やが用意したもんか?」
「え? ああ、そうだが……」
 そういえば、義足だってことはまだ話していなかったなずなのだが……。
「ええものを作ってもらったの、『エレンティアの姫君』殿」
 何か言おうと振り返ろうとしたのだが、その間もなく。
 リンレイの足元が急になくなり。
 いやこれは、落とし穴というやつだ。
「うわああああああああ!!!」


「お帰りなさいませ、リンレイ」
 もふっと抱き止めてくれたのは、カリス。
 気がつけば、あの出口に戻されていた。
「あ、ああ……」
 リンレイは心の中で文句を言った。
 ―――あのジジイ。もっと丁寧に返さないかっ!?
 役目を終えた二人は、船に戻っていく。
 その間、敵の襲撃もなく、また、犯罪者などに絡まれることもなく。
 何事もなく、無事に到着することができたのは言うまでもない。





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