アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~

秋原かざや

第5話 ◆リンレイ改造計……画?

 翌朝。
 アールはいつものように起きだし、食堂へ向かった。
 あくびをしながら、慣れた手つきでコーヒーにミルクをたっぷりと入れる。
 砂糖を入れないのは、アールのこだわりの一つ。
「ん、美味し……」
 朝のモーニングコーヒー(?)にアールは、幸せそうだ。食卓に置いてあるタッチパネルを使って、朝のニュースを確認し始める。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、カリス。リンレイの様子は?」
 アールの言葉にカリスは淡々と答える。
「まだぐっすり眠っていらっしゃいます。恐らく、もうしばらくは寝ているのではないかと」
「まあ、昨日はいろいろあったからねぇー」
 思い出すかのように、アールはタッチパネルを見つつ、コーヒーを一口飲んで。
「で、話って何?」
 先に察したのか、アールはそういって、カリスを促した。カリスは僅かに微笑み、嬉しそうに切り出した。
「リンレイの車椅子の件です。あのままでは護衛するにも面倒すぎます。そこで私は考えました」
 どさりと食卓に乗せられる分厚い資料。
「リンレイモーターギア化計画ですっ!」
「ぶっ!!」
 思わず飲んでいたコーヒーを噴出し、アールは酷く咳き込んだ。カリスはさすさすと背中をさすってやっている。
「な、何、それ……」
「言葉通りです。リンレイをそのままモーターギアに乗せてしまえば、護衛も楽ですし、移動も楽。一石二鳥の計画です」
「却下」
 その有無を言わさぬアールの言葉に、カリスは僅かにその瞳を翳らせた。
「カリスの言う通りやれば、移動も護衛も楽だろうけど……そんな大きな物が街に入ったら、すぐさま警備隊がやってきてしょっ引かれるよ。それに街の人の迷惑にもなる」
「で、ですが……」
「まあ、リンレイが小さくて可愛くて、何か役に立ちたいって気持ちもわからないでもないけど」
 じとーっとした視線を投げつけながら、アールはそうカリスの心情を言い当てた。
「最初は気づかなかったのですが、じっと眺めていると、可愛いのです! もちろん、『女神様』と『天使様』には及びませんが」
「まあ、うちの妻と子供には及ばないよね」
 何気に親バカなことを言うアールに、カリスは大いに同意していた。ついでにいうと、これをリンレイが聞いていたら、きっと憤慨するだろうが。
「それにね、リンレイがモーターギア操作できると思えないし」
「何でですか? 簡単じゃないですか」
「だーかーら、僕達と一緒にしちゃダメだって。僕達は『兵器』として作られたけれど、彼女は一般人。戦うことなんて無理。それにモーターギアの操縦は、一般人がそう易々とできるものでもないよ。たとえ、カリスやOSがサポートしても、それでも操縦は複雑で繊細だってこと、忘れちゃダメだよ。だから、却下」
「うぅ……」
 何も言えずにカリスは、名残惜しそうにその分厚い資料をゴミ箱に捨てた。
「でもまあ、ちょっとズレてるけど、リンレイを改造するってのはいい案かもね」
「じゃあ……!!」
 急いで資料を取り出そうとするカリスの手を止める。
「そういう改造じゃなくって!! とにかく、僕に考えがある。カリス、『力』を貸してくれるかい?」
「喜んで」
 カリスは嬉しそうな素振りで、ふわりとした金髪を揺らした。
 リンレイと同じ、金色の髪を。




 目が覚めると、そこは見知らぬ場所だった。
 ―――いや、違う。
 首を振り、改めて、リンレイは辺りを見渡した。
 確か……そう、カリスと言ったか。金髪の女性に案内されて、船の一室を貸してもらったことを思い出した。あまり使っていないという話だったが、埃一つ無い、綺麗なこざっぱりした部屋だった。白い布団とシーツ、毛布のベッドが一つ。小さなデスクが一つ。鏡と洗面所のついたトイレとバスルームが、別々に分けられた上で、設置されていた。
 そう、ここはアールの船の中。
 なのに、こうこざっぱりして男臭さがあまり感じられない。
 ―――あの、カリスという女の所為、いやお蔭なんだろうな。
 リンレイは起き上がり、トイレに行こうとする。が、車椅子がやや遠くて、難しい。
 手を伸ばして、引き寄せようとしているときに。


 こんこん。
「リンレイ様、おはようございます。もしよろしければ、お手伝いいたしますが」
 ―――隠しカメラとかあるんじゃないのか?
 思わずリンレイは、苦笑を浮かべる。
「すまない、手伝ってくれないか。トイレに行きたい」
「入りますが、よろしいですか?」
「ああ」
 許可を得て、カリスが入ってきた。


 支度を終えて、リンレイとカリスは共に部屋を出た。
 案内されたのは、小さな食堂。
 テーブルには既に朝食の準備がなされており、フォークとスプーン、そしてパステルカラーのランチマットが敷かれていた。
「おはよう、リンレイ。フレンチトーストを用意しましたが、良かったですか?」
 この甘い香りは、トーストのせいかと、リンレイは思う。
「ああ、好きだ」
 そう呟いて、リンレイはカリスの手で席につく。リンレイはアールが料理を並べるのをそのまま眺めていた。
 出来立てのフレンチトーストに、バニラアイスが乗っている。
 他にもスクランブルエッグにベーコンとほうれん草が細かく入っているし。
 サラダは具沢山のポテトサラダ。
 妙に手が込んでいる。
「豪勢だな」
「お客様がいますから」
 口元に人差し指を持っていって、アールは悪戯な笑みを浮かべてみせる。
「いつもはもっと質素ですよ」
「そっちの料理も見てみたいものだ」
 一笑いして、リンレイ達は美味しそうな朝食を口に運ぶ。
「ああ、リンレイ。あなたに渡す物があるんです」
「渡す、もの?」
 思わず、食事をする手が止まってしまった。
「ええ、驚きますよ?」
「驚く?」
「あごが外れるくらいに」
 今度がカリスが口を開いた。
 ―――あごが、外れる……くらいに、か……?
 一体、何が起きるのかと、リンレイは訝しむ。
 美味しいはずの朝食が、何処か遠くへいってしまった気がした。


「…………なるほど、な……」
 朝食を終えたリンレイは、問題の『ソレ』と対面していた。
「で、これは何だ?」
 改めて見てみよう。
 コルセットだ。明らかに、貴族婦人のウエストを細く見せるために作った、あのコルセット。それに、ブーツのような、レッグギアというのだろうか。そんなものがベルトのようなもので繋がれている。
 もう一度言おう。
「で、これは何だ?」
「リンレイのために用意した素晴らしいものですよ」
「略して、リンレイSSですね」
「真面目に答えろ」
 ぎろりとリンレイは二人を睨みつける。アールは降参と言わんばかりに両手を挙げた。
「まあ、まずは先に着けてもらいましょうか」
「いや、その前にもっと言うことが……」
 とリンレイが言いかけたとき。
「ですね」
 問答無用でカリスは、リンレイを抱き上げて。
「ちょっ!?」
 近くにあったベッドに横倒し。
「おいっ!?」
「あ、こっちの壁見てますね」
 背中を向けるアール。その様子にリンレイは、ちょっとほっとしたが……いや、今はそれどころではない。
「うわっ!!」
 脱がされた。下半身、ショーツ以外を全て、脱がされたのだ!!
 しかも、上半身も捲られて、コルセットをばしっと肌に着けて……。


 ばちっ!!


「なっ」
 突然来た衝撃に、思わずリンレイは顔を歪める。
「一瞬だけですから」
 カリスの言う通り、痛みはその一瞬だけだった。気がつけば、リンレイの胴体と足には、コルセットとレッグギアが装着された。その上に服を着せると、若干ごわつき、ちょっぴりエキセントリックな服のように見えるが、普通の人達に紛れ込んでも違和感ないくらいであった。
「一体コレは何なんだっ!」
 がばりと立ち上がり、リンレイは、すぐさまアールに言い寄る。
「大体、説明もなしに痛みのあるものを無理やりつけるとはどういう……」
「良い感じですね」
「はあ?」
 アールはにこにこと、指摘した。
「良い感じに、『立って』いますよ。リンレイ」
「何を言って……!!!」
 視線を落として足元を見た。
 リンレイは、その目で、見たのだ。
 立っている。
 もう立てないはずのリンレイが、二本の足で、立っていた。
「そのために用意したんですよ。またあの追っ手が来たとき、車椅子だと対応しきれなくなりますからね」
「こ、これ……」
 リンレイのレッグギアを指差す手が、僅かに震えていた。
「まあ、差し詰め、リンレイ専用スタンディングシステム。略してリンレイSSって所ですかね?」
 アールが説明している間に、リンレイはその装置を使って、くるりと回ったり、ジャンプしたりしてみせていた。
 ―――もう出来ないと思っていたものが、今なら、できる!
「じい! みてみ……」
 思わず出たリンレイの言葉に、アールは僅かに苦笑を浮かべたが。
「後で戻ったときに見せてあげましょう。きっと喜びますよ」
「あ、ああ……」
 なんだか、リンレイの心は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
 さっきまでの興奮が、あっという間に冷めてしまった、そんな気分だった。
「そうそう、もうワープアウトしていますよ」
 アールが口を開いた。
「どこに着いたんだ?」
 話題を変えてくれたことに感謝しつつ、リンレイはその話に乗った。
「ラスベルリッタです。丁度、目的地から中間地点の距離にある惑星ですよ。農業と観光で栄えてる街で、ちょっと補給をしに降ります」
「補給は大事だからな」
 この大きさだから、エネルギーもかなり喰うのだろうと、リンレイは察する。
「それにもう一つ朗報があります」
 ずっと黙っていたカリスも、話に加わってきた。
「お祭りが開かれているそうですよ。屋台とか出ていて、とても賑わっています」
 アールは嬉しそうな笑みで、床を指差した。
「一緒に降りませんか? 補給が終わるまで、少し楽しみついでに」
 その彼の言葉に、リンレイの顔はぱあっと晴れやかになった。
「ああ、行くぞっ! 絶対だっ!!」
「じゃあ、30分後に」
「任せろ!」
 リンレイは急いで部屋に戻って、すぐさま必要なものを用意する。
 その間、足が動くことに、車椅子がない事に、リンレイは全く気づいていなかった。
 実際のところ、麻痺していた期間はほんの数年。動けた期間よりも短いのだ。
 だからだろうか、動ける時の事を思い出したかのように、ギアをまとった足は心地よく動いてくれた。
 そう、まるで―――自分の足を動かしているような、自然な感覚で。
 準備を終えたアールと合流し、リンレイ達はラスベルリッタへ降りる。
「マスター、お土産、期待しています」
 ちなみにカリスは、残念ながらお留守番。名残惜しそうな視線を向けるかのように二人を見送っていた。





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