アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~
第3話 ◆遠くなる感傷、迫り来るカーチェイス
少女はずっと、窓の外、後方を眺めていた。
かつて老人と住んでいたアパートメントがどんどんと遠ざかっていく。
どのくらいの時間、あの地で過ごしていたのだろう?
家族と共に居た時間の方が遥かに多いのに、何故か、あのアパートメントでの記憶が鮮明に思い出される。
そう、まるで走馬灯のように。
涙を堪えるような彼女を見て、アールは口を開いた。
「一つ、聞いても……いいですか?」
「何だ?」
先ほどの涙は何もなかったかのように、金髪の少女は不機嫌そうな声を上げた。
アールは思わず心の中でだけ、苦笑を浮かべた。
彼女はこれから、過酷な運命を背負って生きていかなくてはならないのだ。
そのためにも、知らなければならない。
「名前を……教えてくれませんか?」
訊きそびれていた、少女の名を。
「その前に、紳士なら自分の名を名乗ってからするものだろう?」
「私はアールと呼ばれています。お好きなように呼んでください」
ふんと鼻を鳴らして少女は告げる。
「リンレイだ」
意外に可愛い名前に、自然に笑みが零れた。
「良い名ですね」
そういうと、リンレイは驚いたように目を見張り、そして、そっぽを向く。
ほんのりと頬を染めているのは、気のせいだろうか?
―――ファーストコンタクトにしては、まあまあかな。
ほっと胸を撫で下ろして、アールはまた前を向いた。早くカリスの待つ宇宙船に戻らなければならないのだから。
一方その頃。彼らを追う影があった。
車よりも大きいが宇宙船よりは小さい。
エアフライヤーと呼ばれる、一人乗りの小型の飛行船。
ただ、普通のものと違うのは。
「あの車か? 『アール』が乗っているってのは」
エアフライヤーは2機。互いに通信機を使って交信している。
2機のエアフライヤーの運転席から映し出されるモニターには、アールの車が映し出されていた。
「おい、見てみろよ! 足つきだぞ、足つき」
二人は笑いながら、車を見下ろす。タイヤなんて、今の車には存在しない。全ての車は空を飛んでゆく。飛行船と同じ高さまでは飛べないが、それによって、どんな地形でも高速で移動することができる。だからこそ、タイヤのある『足つき』は珍しいのだ。
「あれで俺達を振り切れると思うか?」
「いいや、無理無理。無理に決まってる」
けたけたと楽しげに、二人は操縦桿を前に倒した。
「さっさと、あの足つきを壊して」
「奪ってやろうぜ、アイツの全てを」
くくくと、くぐもった声が、エアフライヤーの中で響いた。
アールの車は、地平線まで延びているかのようなハイウェイをそのまま、突き進んでいた。
「私の船は、この先の街に停泊しています。後、数十分で着きま……」
アールの言葉が途中で途切れた。
「な、ど、どうした?」
リンレイも驚きの声を上げた。
がくんと車が急停車したからだ。いや、すぐさまアールはそれをバックへと切り替えて、全速力で後退した。乱暴な運転にリンレイは顔を顰める。
ふと、フロントガラスの前を見た。
一面、煙に包まれている。が、それもすぐに晴れた。
「クレーター?」
リンレイは目を丸くして、目の前を見つめている。
数秒前にはなかった、巨大なクレーター。ソレが今、目の前に立ちはだかっている。
「正確には、ミサイル攻撃を受けた、ですね。……全く、ここの治安機構は何をしているんですかね?」
後方を見ながら、車のギアを切り替えて、アールは告げる。
「しっかり掴んで、舌を噛まないよう」
「それってどうい……」
リンレイが尋ねる前に。
「き、やああああああああ!!」
車が急発進! 猛スピードで車は駆け抜ける。
ギアチェンジ、またアクセル。バックに入れたり、前に入れたり。
それもスピードに乗ってる中でやり遂げるのを見て、リンレイは密かにアールの腕の良さを実感していた。
「リンレイ、右を」
有無を言わさぬ、その言い草にリンレイは憤慨するも、言われた通りに右を向く。
そこには、エアフライヤー2機がこちらに向かって、レーザーやらミサイルやら撃ち込んで来ているではないか!?
確か……と、リンレイは老人に教えられた言葉を思い出していた。
『姫様、エアフライヤーは、一人乗りの小型飛行船ですじゃ。スピードもあるし、違法ではあるものの、ミサイルやレーザー、機関銃などの武装を取り付けることが可能です。ですが』
エアフライヤーの写真が張ってあるホワイトボードを、こんこんと叩いて老人は、重要なことを教えた。
『軽くて、ぶつかっただけで大破するほど、機体が弱い。そのことをお忘れなきよう』
「あ、あれは機体が弱いぞっ!!」
やっとのことでリンレイは、それを教えた。
「で、どうやって攻撃します?」
「へっ!?」
すなわち、それは攻撃する術がないことを意味していた。
「まあ、とにかく、リンレイ。あれはリンレイの味方ではないんですね?」
「味方なら、攻撃……しないっ!!」
「じゃあ、敵ということで」
手近のボタンを二つ、即座に押した。
ぱしゅぱしゅと軽い音と共に、煙が噴出す。
「攻撃手段、あるじゃないか」
「目くらましですよ。ほら、すぐに出てきましたよ」
と言いつつも、右に左にハンドルを切りながら、追っ手の攻撃を巧みにかわし続ける。フロントガラスに映った速度を見て、リンレイは思わず目を擦った。
―――時速、400km以上、出ている……だと?
「そういえば、じいが言っていた」
「何です?」
「ハイスピードで駆け巡る乗り物があるらしい。確か……そう、絶叫マシーンとかいう」
「ジェットコースターですか」
「そう、それだ!! うわあああああ!!」
急にハンドルを曲げた。体ががくんがくんと左右に揺れる。
「全く、こっちは客を乗せてるって言うのに」
アールは煩わしいと、テンキーを呼び出し、番号を打ち込んだ。
『どうかなさいましたか、マスター』
どうやら通信機だったらしい。出てきたのは、女性。いや、アールの助手、カリスだ。
「どうもこうも、面倒な敵に追われてる」
『それは大変ですね』
人事のように言う、カリスの言葉にリンレイは思わず眉を顰めた。
「そうじゃなくって……こっちは面倒なストーカーに追われてるんだよ、全く」
『マスターなら、すぐに撒けるではありませんか』
カリスの一言に、アールはため息を漏らしながら。
「客を乗せてる」
『客? お客様、ですか?』
やっとカリスも理解したようだ。アールが何故、そうしなかったかを。
「そういうこと」
『それは失礼しました。すぐに向かいます』
「ああ、宜しく頼むよ」
そんな二人のやり取りをリンレイは、漫才のようだと思っていた。
それにしても……そう言い合いながら、ハイスピードを出している車を見事に制御し、敵の攻撃を一撃も受けていない。アールのドライビングテクニックは、かなり高度なものだと言わざるを得ないだろう。
「でも、全てを操作するのは、いささか疲れてきましたよ。D・ドライブ、プログラムフェンリルを起動」
アールの声に、車が反応した。リンレイは、機体の隙間から、煌めき伸びる回線を見たような気がした。
『フェンリル起動します』
無機質な女性の声。先ほどのカリスの声に似た声だった。
続いてアールはもう一度、告げる。
「プログラム・ミラージュ展開」
『ミラージュ展開しました』
また車が反応し、今度は、車体の周りが虹色に歪んだ……気がした。
「何をしたんだ?」
「より操作しやすくしたのと、デコイを張りました。これで敵の攻撃も避けやすくなりましたよ」
そんなことを聞きながら、リンレイはもう一度、速度表示を確認した。既に400を超えて500近くになっている。それにしても、この車はどれだけのスピードを出せるのだろうか? いや、それ以前にそれだけのスピードを出していると言うのに、圧力を感じないのは気のせいだろうか? レトロな車かと思っていたが、この車はかなりの高性能だというのか?
そう思った途端、リンレイは、気持ち悪いを通り越して、くらくらしてきた。
「うぷっ……」
「はいどうぞ」
アールが手渡したのは、白いビニール袋。
ありがたくそれを受け取り、思いっきり吐き出した。
「すみませんね。こんなに荒い運転するつもりはなかったんですけど」
「いや、気にするな。少し楽になった」
何とか袋をきゅっと締めると。
「外に投げていいですよ」
アールはリンレイ側の窓を開いた。
凄い風が吹き込んできたが、リンレイは、いつまでもこの袋を持つ気はない。
憎しみを込めて、思いっきりエアフライヤーに向かって投げつけてやった。
が、残念ながら、それは届くことなく、地面に当たって散った。
しゅんと音を立てて、また窓が閉まった。
エアフライヤーの中でも騒ぎが起きていた。
「なんだ、あの足つきは!!」
「あんなスピード、足つきで出せるわけが無い!!」
何度も照準を合わせて撃っているというのに、相手はそれを巧みに躱していく。
まるで後ろに目があるかのように。
と、何処からか通信が入ってきた。
「どうした?」
「どうやら、この追いかけっこも終わりだ。応援が来たぞ」
「こりゃ相手も終わったな」
二人は楽しそうに口元を歪めた。
「チッ……」
アールが舌打ちする。
目の前に大きな船が現われたのだ。
小型ではあるが、それは明らかに武装したスペースシップだとすぐに分かった。
しかも、その船はこちらに照準を合わせて、誘導レーザーを放ってきた。
咄嗟にリンレイは目を瞑り。
「………あれ?」
やって来るはずの振動も閃光も熱さもレーザーも感じなかった。
感じたのは、少し陰ったことだけ。
「遅いですよ、カリス」
『すみません、混んでいたものですから』
追ってきた船よりも二周りも、いや、もっと大きい。
蒼白く輝くその美しい船は、アール達の車の盾になってくれたようだ。
『すぐに回収します』
船はすぐさまハッチを開き、アールの車を捕らえると、見えない力―――いや、反重力だろう―――で、車体ごと回収した。ふわりと浮く感覚が、リンレイには慣れなかった様子で、不機嫌そうな顔を浮かべていた。
「ありがとう、助かったよ」
アールの言葉と同時にハッチが閉まり、代わりに人工的な明かりがアール達を照らす。
『このまま一気に飛びます』
「ああ、頼むね」
そういって、アールは車から降りると、そのままリンレイの乗る助手席に向かう。
ここからでは、外の様子が見えなくなっていた。
どうなっているか分からないが、恐らく、彼らを撒けたのだろう、きっと。
と、リンレイの席の扉が開いた。
そして、アールは彼女へと手を差し伸べる。
「ようこそ、リンレイ。私の船へ」
「荒い歓迎だったがな」
その手にリンレイは、自分の手を重ねる。リンレイの言葉にアールはくすりと笑い。
「この次からは気をつけますよ」
「ああ、頼む」
やっと、慣れた車椅子に腰掛けられて、リンレイはやっと息をつけたのだった。
かつて老人と住んでいたアパートメントがどんどんと遠ざかっていく。
どのくらいの時間、あの地で過ごしていたのだろう?
家族と共に居た時間の方が遥かに多いのに、何故か、あのアパートメントでの記憶が鮮明に思い出される。
そう、まるで走馬灯のように。
涙を堪えるような彼女を見て、アールは口を開いた。
「一つ、聞いても……いいですか?」
「何だ?」
先ほどの涙は何もなかったかのように、金髪の少女は不機嫌そうな声を上げた。
アールは思わず心の中でだけ、苦笑を浮かべた。
彼女はこれから、過酷な運命を背負って生きていかなくてはならないのだ。
そのためにも、知らなければならない。
「名前を……教えてくれませんか?」
訊きそびれていた、少女の名を。
「その前に、紳士なら自分の名を名乗ってからするものだろう?」
「私はアールと呼ばれています。お好きなように呼んでください」
ふんと鼻を鳴らして少女は告げる。
「リンレイだ」
意外に可愛い名前に、自然に笑みが零れた。
「良い名ですね」
そういうと、リンレイは驚いたように目を見張り、そして、そっぽを向く。
ほんのりと頬を染めているのは、気のせいだろうか?
―――ファーストコンタクトにしては、まあまあかな。
ほっと胸を撫で下ろして、アールはまた前を向いた。早くカリスの待つ宇宙船に戻らなければならないのだから。
一方その頃。彼らを追う影があった。
車よりも大きいが宇宙船よりは小さい。
エアフライヤーと呼ばれる、一人乗りの小型の飛行船。
ただ、普通のものと違うのは。
「あの車か? 『アール』が乗っているってのは」
エアフライヤーは2機。互いに通信機を使って交信している。
2機のエアフライヤーの運転席から映し出されるモニターには、アールの車が映し出されていた。
「おい、見てみろよ! 足つきだぞ、足つき」
二人は笑いながら、車を見下ろす。タイヤなんて、今の車には存在しない。全ての車は空を飛んでゆく。飛行船と同じ高さまでは飛べないが、それによって、どんな地形でも高速で移動することができる。だからこそ、タイヤのある『足つき』は珍しいのだ。
「あれで俺達を振り切れると思うか?」
「いいや、無理無理。無理に決まってる」
けたけたと楽しげに、二人は操縦桿を前に倒した。
「さっさと、あの足つきを壊して」
「奪ってやろうぜ、アイツの全てを」
くくくと、くぐもった声が、エアフライヤーの中で響いた。
アールの車は、地平線まで延びているかのようなハイウェイをそのまま、突き進んでいた。
「私の船は、この先の街に停泊しています。後、数十分で着きま……」
アールの言葉が途中で途切れた。
「な、ど、どうした?」
リンレイも驚きの声を上げた。
がくんと車が急停車したからだ。いや、すぐさまアールはそれをバックへと切り替えて、全速力で後退した。乱暴な運転にリンレイは顔を顰める。
ふと、フロントガラスの前を見た。
一面、煙に包まれている。が、それもすぐに晴れた。
「クレーター?」
リンレイは目を丸くして、目の前を見つめている。
数秒前にはなかった、巨大なクレーター。ソレが今、目の前に立ちはだかっている。
「正確には、ミサイル攻撃を受けた、ですね。……全く、ここの治安機構は何をしているんですかね?」
後方を見ながら、車のギアを切り替えて、アールは告げる。
「しっかり掴んで、舌を噛まないよう」
「それってどうい……」
リンレイが尋ねる前に。
「き、やああああああああ!!」
車が急発進! 猛スピードで車は駆け抜ける。
ギアチェンジ、またアクセル。バックに入れたり、前に入れたり。
それもスピードに乗ってる中でやり遂げるのを見て、リンレイは密かにアールの腕の良さを実感していた。
「リンレイ、右を」
有無を言わさぬ、その言い草にリンレイは憤慨するも、言われた通りに右を向く。
そこには、エアフライヤー2機がこちらに向かって、レーザーやらミサイルやら撃ち込んで来ているではないか!?
確か……と、リンレイは老人に教えられた言葉を思い出していた。
『姫様、エアフライヤーは、一人乗りの小型飛行船ですじゃ。スピードもあるし、違法ではあるものの、ミサイルやレーザー、機関銃などの武装を取り付けることが可能です。ですが』
エアフライヤーの写真が張ってあるホワイトボードを、こんこんと叩いて老人は、重要なことを教えた。
『軽くて、ぶつかっただけで大破するほど、機体が弱い。そのことをお忘れなきよう』
「あ、あれは機体が弱いぞっ!!」
やっとのことでリンレイは、それを教えた。
「で、どうやって攻撃します?」
「へっ!?」
すなわち、それは攻撃する術がないことを意味していた。
「まあ、とにかく、リンレイ。あれはリンレイの味方ではないんですね?」
「味方なら、攻撃……しないっ!!」
「じゃあ、敵ということで」
手近のボタンを二つ、即座に押した。
ぱしゅぱしゅと軽い音と共に、煙が噴出す。
「攻撃手段、あるじゃないか」
「目くらましですよ。ほら、すぐに出てきましたよ」
と言いつつも、右に左にハンドルを切りながら、追っ手の攻撃を巧みにかわし続ける。フロントガラスに映った速度を見て、リンレイは思わず目を擦った。
―――時速、400km以上、出ている……だと?
「そういえば、じいが言っていた」
「何です?」
「ハイスピードで駆け巡る乗り物があるらしい。確か……そう、絶叫マシーンとかいう」
「ジェットコースターですか」
「そう、それだ!! うわあああああ!!」
急にハンドルを曲げた。体ががくんがくんと左右に揺れる。
「全く、こっちは客を乗せてるって言うのに」
アールは煩わしいと、テンキーを呼び出し、番号を打ち込んだ。
『どうかなさいましたか、マスター』
どうやら通信機だったらしい。出てきたのは、女性。いや、アールの助手、カリスだ。
「どうもこうも、面倒な敵に追われてる」
『それは大変ですね』
人事のように言う、カリスの言葉にリンレイは思わず眉を顰めた。
「そうじゃなくって……こっちは面倒なストーカーに追われてるんだよ、全く」
『マスターなら、すぐに撒けるではありませんか』
カリスの一言に、アールはため息を漏らしながら。
「客を乗せてる」
『客? お客様、ですか?』
やっとカリスも理解したようだ。アールが何故、そうしなかったかを。
「そういうこと」
『それは失礼しました。すぐに向かいます』
「ああ、宜しく頼むよ」
そんな二人のやり取りをリンレイは、漫才のようだと思っていた。
それにしても……そう言い合いながら、ハイスピードを出している車を見事に制御し、敵の攻撃を一撃も受けていない。アールのドライビングテクニックは、かなり高度なものだと言わざるを得ないだろう。
「でも、全てを操作するのは、いささか疲れてきましたよ。D・ドライブ、プログラムフェンリルを起動」
アールの声に、車が反応した。リンレイは、機体の隙間から、煌めき伸びる回線を見たような気がした。
『フェンリル起動します』
無機質な女性の声。先ほどのカリスの声に似た声だった。
続いてアールはもう一度、告げる。
「プログラム・ミラージュ展開」
『ミラージュ展開しました』
また車が反応し、今度は、車体の周りが虹色に歪んだ……気がした。
「何をしたんだ?」
「より操作しやすくしたのと、デコイを張りました。これで敵の攻撃も避けやすくなりましたよ」
そんなことを聞きながら、リンレイはもう一度、速度表示を確認した。既に400を超えて500近くになっている。それにしても、この車はどれだけのスピードを出せるのだろうか? いや、それ以前にそれだけのスピードを出していると言うのに、圧力を感じないのは気のせいだろうか? レトロな車かと思っていたが、この車はかなりの高性能だというのか?
そう思った途端、リンレイは、気持ち悪いを通り越して、くらくらしてきた。
「うぷっ……」
「はいどうぞ」
アールが手渡したのは、白いビニール袋。
ありがたくそれを受け取り、思いっきり吐き出した。
「すみませんね。こんなに荒い運転するつもりはなかったんですけど」
「いや、気にするな。少し楽になった」
何とか袋をきゅっと締めると。
「外に投げていいですよ」
アールはリンレイ側の窓を開いた。
凄い風が吹き込んできたが、リンレイは、いつまでもこの袋を持つ気はない。
憎しみを込めて、思いっきりエアフライヤーに向かって投げつけてやった。
が、残念ながら、それは届くことなく、地面に当たって散った。
しゅんと音を立てて、また窓が閉まった。
エアフライヤーの中でも騒ぎが起きていた。
「なんだ、あの足つきは!!」
「あんなスピード、足つきで出せるわけが無い!!」
何度も照準を合わせて撃っているというのに、相手はそれを巧みに躱していく。
まるで後ろに目があるかのように。
と、何処からか通信が入ってきた。
「どうした?」
「どうやら、この追いかけっこも終わりだ。応援が来たぞ」
「こりゃ相手も終わったな」
二人は楽しそうに口元を歪めた。
「チッ……」
アールが舌打ちする。
目の前に大きな船が現われたのだ。
小型ではあるが、それは明らかに武装したスペースシップだとすぐに分かった。
しかも、その船はこちらに照準を合わせて、誘導レーザーを放ってきた。
咄嗟にリンレイは目を瞑り。
「………あれ?」
やって来るはずの振動も閃光も熱さもレーザーも感じなかった。
感じたのは、少し陰ったことだけ。
「遅いですよ、カリス」
『すみません、混んでいたものですから』
追ってきた船よりも二周りも、いや、もっと大きい。
蒼白く輝くその美しい船は、アール達の車の盾になってくれたようだ。
『すぐに回収します』
船はすぐさまハッチを開き、アールの車を捕らえると、見えない力―――いや、反重力だろう―――で、車体ごと回収した。ふわりと浮く感覚が、リンレイには慣れなかった様子で、不機嫌そうな顔を浮かべていた。
「ありがとう、助かったよ」
アールの言葉と同時にハッチが閉まり、代わりに人工的な明かりがアール達を照らす。
『このまま一気に飛びます』
「ああ、頼むね」
そういって、アールは車から降りると、そのままリンレイの乗る助手席に向かう。
ここからでは、外の様子が見えなくなっていた。
どうなっているか分からないが、恐らく、彼らを撒けたのだろう、きっと。
と、リンレイの席の扉が開いた。
そして、アールは彼女へと手を差し伸べる。
「ようこそ、リンレイ。私の船へ」
「荒い歓迎だったがな」
その手にリンレイは、自分の手を重ねる。リンレイの言葉にアールはくすりと笑い。
「この次からは気をつけますよ」
「ああ、頼む」
やっと、慣れた車椅子に腰掛けられて、リンレイはやっと息をつけたのだった。
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ノベルバユーザー602339
老騎士と姫君が好みで見てみました。
思ってた以上に話もとても面白くてひきこまれました。