アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~

秋原かざや

第4話 ◆アールの船とモーターギア

 先ほどまで続いていた振動が、とたんに静かになる。
「何とかなったかな?」
 そう呟いて、アールはリンレイの車椅子を押していく。
 アールの車を収納した格納庫は、意外と明るい場所であった。
 整備などにここを使うためだろう。その格納庫には、車だけでなく、巨大な人型のものが鎮座していた。
 もちろん、人間ではない。
「モーターギア……」
 これも、リンレイは老人から教わっていた。そう、確か……。


『姫様、これがモーターギアというものです』
 ホワイトボードに貼り付けられたのは、巨大なロボットであった。
『タダのロボットだろ?』
 そう面倒くさそうに呟くリンレイに、老人は真面目な顔で告げた。
『これら全て10メートルほどの大きさです』
『大きいんだな』
『そうでございます。今、ボードに張ったのは、作業用のものです。主に土木工事などに使用されます』
 ふうーんと興味なさげにリンレイはそれを眺めていた。
『こちらはそれとは別でございます』
 新たに張り出したのは、作業用と呼ばれたものよりも幾分、スリムになっており、より人間らしい形をしていた。しかし、その手や肩などには、いくつもの武装が取り付けられていた。
『随分、物騒なものを持っているな』
『軍事用のモーターギアでございます。しっかり覚えてくだされ、姫様』
『面倒だな。覚えなくてもいいだろ?』
『いえ、万が一ということもございます。そのために敵を知るということは、とても有効なのでございますぞ』
 そういって、老人は説明を続けた。
『これらモーターギアは、フレームの型によって、更に細分化されております』
『フレームの、型?』
『姫様、姫様のつけているイヤリングは何製ですかな?』
『シルバーだが?』
『そう、シルバー。このモーターギアのフレームも、そのアクセサリーと同様、シルバーやゴールド、ダイヤなどの名が付けられているのです。より高級な材質であればあるほど、そのフレームは強いということになります。ブロンズフレームなら、シルバーフレームのモーターギアには、性能の上では太刀打ちできないということになります』
『なるほどー』


 改めて、アールの格納庫を見る。
 そこには、モーターギアが2体、置いてあった。
 白銀色をした、華奢なフォルム。どちらかというと女性的な形をしている。くびれや足も前に老人に見せてもらったよりも遥かに細い。より人間らしいといっても過言ではないだろう。
 現在、主流になっているモーターギアのデザインは、いずれもガタイが良い。むしろ、そうしなければ、立つことはおろか、動くこともままならない。そうなると、目の前にある白銀のモーターギアは……まるで天界から舞い降りた戦乙女ヴァルキリーを思わせるギアは、立てないということになるが……。
「私の使ってるシルバーですよ。名前は『ルヴィ』と言います」
「ごつくは……ないんだな」
「どうも、今、主流のギアは私好みではないもので。少々いじらせてもらいました」
 アールはそういって、その白銀色したモーターギアを優しく触れる。愛おしそうにそっと。
「いじるってものではないだろう? これ、立つのか?」
「ちゃんと立ちますよ。軽量化もしてますから、速いです」
本気マジか?」
 思わず、言葉にしてしまう。
 と、視線を外した先に、もう1機のギアが目に入った。
 こっちは青白い機体。
「こっちは……」
 妙にデカイ。ずんぐりむっくりという表現がぴったりな奇妙な形をしていた。
 そう、いわば……。
「マトリョーシカか?」
 何処かの国のアンティークショップに、こんな形の土産物があったように思う。
「これでも、ルヴィよりも遥かに高性能なんですけどね」
 リンレイの疑うような顔を見て、アールは思わず苦笑を浮かべる。
「これが、か? このシルバーの方がちょっと細いが、強そうに見えるぞ」
 そういって、リンレイは『ルヴィ』を指差していると。
「マスター」
 と、そこへ声が掛けられた。凛と響く女性の声。
「ああ、もう来たの?」
 ざっくばらんに受け答えするアール。
 そこに現われたのは、白いワンピース姿の金髪の女性であった。
「紹介します。彼女はカリス。私の助手をしてもらってます」
「初めまして、カリスと申します。で、この方が……」
 軽く礼をした後、カリスはアールの方を確認するかのように見る。
「ええ。名はリンレイ。我々の客人だから、丁重にもてなすように」
「畏まりました」
 リンレイは、そのやり取りを遠くで眺める振りをして、もう一度、モーターギアを見上げた。シルバーの―――確か『ルヴィ』と言ったか―――美しいフォルムに瞳を奪われていた。まるでこれは芸術品ではないのかとさえ、思えてしまう。
「もしかして、これはカリスとやらが乗るのか?」
「いえ、どちらも私専用ですよ」
 さも当然といわんばかりにアールが答えた。
「なんでお前用のものが、2機もあるんだ? 1機で十分だろ?」
 そんな疑問を投げかけるリンレイに、アールは丁寧に説明した。
「その方が面倒ごとが少ないんですよ。ルヴィでいいときはルヴィのみで、そうでないときは、奥のギアを使うんです。奥のは少々、燃費も悪く、かなりのじゃじゃ馬なので」
 そういうアールを冷たい瞳でカリスが睨んでいるように見えたのは、気のせいだろうか? きっと、アールが乗せないから、カリスが怒っているのだとリンレイは思う。
「少し、カリスとやらを大事にしたらどうだ?」
「大事にしてますよ。大切なパートナーですし」
 アールの言葉に、カリスが、僅かに喜ぶような素振りを見せた。
 僅かな、本当に僅かな変化ではあったが。
「まあ、そういうことならいい。それよりも……さっきの追っ手はどうした?」
「気になりますか? なら、ブリッジに行きましょうか」
 今度はカリスがリンレイの車椅子を押して、アールの案内するままに3人は、ブリッジへと向かったのであった。


 ブリッジから見える宇宙は、静かなものであった。
 3枚の窓から映し出される宇宙は、果てしなく広がる星空を見せていた。
 吸い込まれそうな感覚に陥りそうになりながら、リンレイは思わず首を横に振った。
「撒いたんだな」
 安心したかのようにそうリンレイが呟くと。
「いえ、まだ完全ではありません」
 そういって、アールはそのまま、操縦席に座り、いくつかの立体モニターを展開させた。
「敵の位置は?」
 その言葉にカリスが即座に答える。
「後方2時の方角に3機……いえ、4機になりました」
 カリスも傍にある専用席に座って、早速、モニターを開始していた。
 ぱちぱちとキーボードを操作し、展開されているモニターに敵の位置を映し出していた。
「どうするんだ? 近くにプラネットゲートはないぞ?」
 そんなリンレイの言葉に、アールは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「カリス、B3576のブルーポイントは、まだ健在?」
「はい、オールグリーンです」
 ブルーポイントとは、各地につけた印のようなものである。正確に言うと、アール達が独自に割り出した座標ともいうべきもの。オールグリーンということは、それは問題なく機能している、生きているということに他ならない。
「じゃあ、そこに『飛ぼう』」
 アールはそれを確認して、手元のキーボードを操作し始める。
「ちょ、ちょっと待て!」
 それを止めたのは、リンレイ。
「もしかして……ゲートなしで、『飛ぶワープする』のか?」
 アールは、にこっと先ほどの笑みを浮かべて。
「危険すぎる!! ある者がゲートなしで飛んで、間違って、恒星に突っ込み燃え失せたって話さえある! もし、星のマグマの中にでも突っ込んだら……!!」
「だからこそ、『マーカー』が必要なんだよ」
 別のモニターに新たなウインドウが現われていた。
 聞いたことの無い、宇宙の名前が表示されている。
「それに、お客様がいるってのに、失敗したらあの老騎士さんに怒られてしまうからね」
 再び、アールがキーボードを操作する。
「じゃあ、カリス準備」
「でもっ!!」
「追っ手がすぐそこまで来てるっていっても?」
 アールの指差した向こう。
 そこには先ほど、リンレイ達を散々痛めつけた憎き追っ手が迫ってきていた。
「なっ!!」
 がたりと立ち上がろうとするも、立ち上がれずに、また座り込んでしまう。
 どちらかというと、体の所為で立ち上がれなかったというのが本音だろう。
「それが賢明」
 アールはそう言って、傍にある青いボタンを押した。
「マスター、すぐにでも次元空間に行けますが、いかがしますか?」
「オーケー。行っちゃって、カリス」
「次元空間、オープン!」
 ぶんっ!
 一瞬、何かがズレて、戻った。
 次に見たのは、流れる白い宇宙。
 けれどそれは思うよりも眩しくなくて、その空間は明るく優しかった。
 普通、ワープをすると、個々の体質にもよるが、酔う者も少なからずいる。もちろん、全く平気な者も。だが、アールやカリスはもちろん、リンレイもワープによる船酔いはなかった。
「さてっと、これで敵も撒きましたし、一息つきましょーか」
 そう言ってアールは、慣れた手つきでミラーシェードをしまいこみ、ついでにイヤーギアを外した。
「え? あ?」
 そこに現われたのは、蒼い瞳と亜麻色の瞳のオッドアイの青年。
 20を過ぎていると思うが、それでも若いと思う。
「ああ、オッドアイ。見るの初めてですか?」
「あ、ああ……」
「それに若造だと」
「そんなことっ!!」
「いいですよ、よく言われてますし」
 そういって、今度はジャケットを脱いで、席の背もたれに掛ける。
「だから、これで顔を隠しつつ、ハッタリかまして稼がせてもらってます」
 背中越しに聞こえるその声に、リンレイは、何か淋しげなものを感じた。
「ああ、カリス。彼女を部屋に連れて行ってあげてください。疲れているでしょうから」
「わかりました」
「あ……」
 言いかける手は、アールには届かず。
 カリスはそのまま、アールに指図された通りに、リンレイを部屋へと運ぶのであった。




 それを背中で見送ったアールは、ふうっと息を吐いた。
 それは、ため息から出たものか、それとも、緊張のためか。
 アール自身、判断できかねることであった。
 いや、それよりも分からないのは。
 腰のポーチから取り出したのは、老騎士から託されたメモリーチップ。
 箱を開けて、眩しいものを見るかのように瞳を細める。
「本当に、面倒なものをくれたものです。あの老人は」
 食えないと呟いて、知り合いにメールを打つ。
「マスターなら、それを見れるのでは?」
 ノックもなしに、カリスが戻ってきたようだ。突然、後ろから声がかかる。
「カリス、戻ったのなら、ノックくらいして欲しいな」
「そんなこと、初めて聞きましたが」
「いいじゃないか」
「で、これを見ないんですか?」
 カリスが指差すのは、例のメモリーチップだ。
「まあ、頑張れば見れるだろうけど……このロック、30個もかけられて、かなり複雑なようだよ」
「え?」
 アールが一瞥した、視線の先にあるチップには、かなり厳重な『鍵』がしてあったようだ。
「『飛び』ながら、チップにダイブしろ?」
 ぐいっと背もたれを後ろに深く倒しながら、頭を掻く。
「『リキッド』2つ使い切るし、一週間ぐらい使い物にならなくなるけどいい?」
「いえ、結構です」
「でしょ? だから、お爺ちゃんに頼んでみた。興味持ってくれるといいんだけど」
「そうですね」
 箱からチップを取り出し、白い宇宙に翳してみる。それで中身が見えるわけではないが、それでもつい、翳してしまう。
「一体、何が入っているのやら……」
 そしてアールは心の中で、自分達を送り出した老騎士の安否を気遣いながら、操舵モードをフルオートに切り替えたのだった。







コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品