記憶喪失でも大丈夫ですか、勇者さま!?

秋原かざや

記憶を失った勇者

 目を覚ますと、そこは部屋だった。
 丸太で作られた家。その一室のようだ。
 部屋の中には、飾り気がなく必要だからと入れたことがわかる、クローゼットと机。
 窓にはカーテンがついていたが、今は陽があるためか開かれている。
 ちょっと眩しいのは、このせいかな?
 ……ただ、一つ問題がある。


「えっと、ここ、何処?」
 いや、それ以前に大事なことが。
「僕って、誰?」
 つまり、記憶がないのだ。今までのことがさっぱりと。
 僕がなんと言う名前で。
 何をしてきたのか。
 家族がどんななのか。
 それら全てだ。
 だが、幸いにして言葉や物の名前、常識といったものは、恐らく欠落していないと思われる。
 そう、ないのは、『自分自身に関連すること』のみなのだ。


 それよりも、まずは起きるべきだろう。
 こんなに陽が差しているんだ、起きて何かしないといけないと思う。
 僕はよいしょっと起き上がろうとして。
「ぐっ!?」
 激痛が走った。それも並みの痛さじゃない。僕はそのままベッドに倒れこんでしまった。
「え? 僕って、怪我……してたんだ?」
 自覚したとたんに、ずきずきと痛みが襲ってくる。いわれてみれば、腕や足、体、頭の方にもぐるぐると包帯が巻かれている。
 仕方ないので、もう一度、体を動かさないよう、顔だけで部屋を見渡す。
 よくみると、ベッドの脇に2本の黒光りする剣が鞘に収まって置かれていた。
「あれって、僕の……なのかな?」
 全く覚えがない。
 どうして、こんな怪我をしているのかさえ、全く分からないのだ。
 ぞくりと、背筋に冷たいものを感じた。


 そのときだった。


 がちゃりと、部屋の扉が開いて、誰かが入ってきたのだ。
「勇者さま、お加減はいかがですか?」
 ぴょこんと顔を出したのは、大きな眼鏡が特徴的な、金髪の少女。
 三つ網にして、一つにまとめている。
 それにもう一つ特徴的なのが、大弓。
 細かい細工が施され、宝石がちりばめられている、白い大弓。
 ただ、これを金髪の少女が引くことができるのかというと、少々疑問に思うくらい大きいのが、気になる。
 それに、動きやすいチュニックに短パン姿と、森に狩りに行くような装いをしている。
 そんな弓の少女は、その手に小さな桶とおかゆらしきものを乗せた盆を持っていた。
 キラキラ輝く大き目のぱっちりとした紫色の瞳が、なんとも綺麗で……。
「ゆ、勇者……さま……?」
 ぱちぱちと瞬きを数回。
 そして、ぱあっと顔を輝かせると。
「よかった、お目覚めになったんですねっ!!」
 ぎゅむっと抱きついてきた。
 むぎゅっと当たるのは、えっと、これってもしかして、胸!?
 意外と大きい……かも?
 ついでに言うと、少女の持っていた盆は……哀れ床に飛び散っていた。なんていうか、酷い有様だった。
「い、いたたたっ……」
 それよりも僕は怪我の痛みで助けて欲しいところ。
「あ、す、すみません。大丈夫で……ああっ!! こうしてはいられませんっ!! 急いでみんなにも伝えないとっ!!」
 すぐさま、僕から離れると少女は、それどころではないと言わんばかりの様子で、少女はすぐさま部屋を出て行ってしまった。
「ああ……話を聞きたかったのに」
 もしかしたら、僕を知っているかもしれないと思ったのだ。
 そう思った分だけ、ちょっと心が軽くなったような気がした……のだが。
 ばたばたと大勢がやってくる足音が聞こえる。音だけでない話し声も聞こえて。
 ばたんと勢い良く扉が開かれると。
「勇者殿っ!! やっと目覚められたかっ!!」
 最初に入ってきたのは、長く艶やかな髪をポニーテールにしている少女だった。凛とした佇まいは、往年の騎士を思わせるほど。
 体を覆うプレートアーマーは必要最小限だけにして、機動性を高めている。そんな彼女の背には、大きなランスを携えていた。
 ランスの少女は嬉しそうに笑みを浮かべている。
 ちなみに、汚れた床は、器用に避けていた。
「勇者が起きたっ!! やった、やったっ♪」
 こっちは汚れた床をぴょんと飛び越えてやってきた。
 ふわっとした猫のような耳が頭で揺れている。
 いや、それだけじゃない、尻尾もふわりとしている。
 ちょっとだけ撫でてみたい衝動にかられたが、今は無理だと思いなおした。それだけの怪我を僕はしているのだから。
 猫耳の少女は、弓の少女と同じように動きやすい服を着ていたが、それだけでなく、毛皮を纏わせている。あの毛皮も触り心地よさそ……いやいや、今は、彼女が誰かを探らないと。
「とても心配したんですのよ、わがあるじ
 そうこうしていると、また一人、少女が部屋に入ってきた。
 床の有様に気づいて、少女は弓の少女に声をかける。
「サディナ。嬉しいからって床をこのままにして来たのですの? 後でちゃんと片付けるように」
「あ、あとでやります……」
 汚れないよう足元を見ながら、僕の方へと、その少女はやってきた。
 白い修道服にベール……だっけ、頭を覆う被り物をしている。
 他の子達と違うのは、その神々しい雰囲気と……胸が大きい。
 わわ、こういうのって、じっと見ちゃダメだよね。
 と、僕と修道服の少女と目があって……彼女が微笑み返してくれた。
 照れるように視線を逸らすと。
「……よかった……」
 言葉少ないが、僅かに微笑んでいるらしい。
 フードをかぶったローブ服の少女がやってきた。
 目深に被るフードで、顔が良く見えないのは、気のせいだろうか?
 それにちらりと見えた袖から包帯のようなものが見えたのは、気のせいだと思いたい。もしかして、僕と同じく怪我をしているのかな?
「勇者さま、本当に目覚められてよかった。魔王を倒したと思ったら、知らないうちに姿を消して、戻ってきたと思ったら、こんな大怪我をして倒れていて。皆、どれだけ心配したか……」
 最後に先ほどの弓の少女……いやサディナといったっけ、その子がそう言って、僕の傍に来て。
「ちょ、ちょっと待ってっ!!」
 サディナだけなら、いい。
 なんで、こんなに女の子いっぱい、いるんだ?
 ついでにいうと、勇者?
 魔王を倒したってどういうこと!?
「ゆ、勇者って……僕の、こと?」
「ええ、そうですよ。わが主」
 にこりと修道服を着た少女が頷く。
「あなたは、双剣の勇者。先日、私達と共に魔王を討ち果たしたところですわ」
 し、しかも、魔王を討ち果たしたって……双剣?
 思わず、傍にあったあの2本の剣を見た。
「それは、魔剣カルディトゥス。勇者殿しか使えない、ただ一対の剣だ」
 ポニーテールの少女がそう、教えてくれた。
「……勇者、おかしい」
 ぽつりとフードをかぶった少女が呟く。
「おかしいって、どういうことだ? だって、目が覚めたからもう大丈夫なんだろ? な、勇者! 早く元気になって、試合やろーぜっ☆」
 ぴこぴこと尻尾を振って、猫耳の少女がにかっと八重歯を見せた。
「ちょっと待ってください。どういうことですの、ルーゼ」
 修道服を着た少女がフードの少女……いや、ルーゼといったか。その子に尋ねた。
「シェリス。勇者と……話を、して欲しい」
 ルーゼはもう一度、そう告げて。
「話、ですの?」
 シェリスと呼ばれた修道服の少女はそう確かめると、僕に向かって話しかける。
「話がある……でよろしいのですか?」
「えっと、うん」
 シェリスに言われて、僕は頷いた。
「あの……僕はいったい、誰……なんでしょう?」
 その僕の言葉に、少女達は驚き、顔を見合わせたのだった。

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