アール・ブレイド ~ソルビアンカの秘宝~

秋原かざや

第1話 確かにそこは倉庫だけれど

 先を進んで、数分も経たないうちに、『彼』は思わずため息をついた。
『マスター、今、どちらにいますか?』
 助手のカリスの声が聞こえてくる。
「かの方の言葉を借りるのなら、『倉庫』なはずだよ」
 ミラーシェードを付け、長い銀髪を一つにまとめている。
 着ているジャケット、パンツ、ブーツは全て黒づくめの服装。
 また彼の腰には2本のショートソード、太ももには少しサイズが大きめの銃が取り付けられている。
 そして、彼の前にある薄暗い道を照らすのは、宙に浮かぶ、二つのひし形のクリスタルだ。
 もっとも、本来の使い方はもっと別の用途に使うものなのだが……。


 それよりも、何かがかちりと音を立てた。
 先ほどから幾度となく聞いたことのある音。
 彼はすぐさま、駆け出した。
「本当にここは倉庫なんだろうなーっ!!」
 若干、ヤケが入っているようにも思えるが、彼の後ろを矢が過ぎっていく。
 変な色をしている矢じりを見るに、毒か何かが塗られているのだろう。
 当たると、マジヤバいだろう。
『一応、倉庫のようですよ。奥にそれらしき小部屋があります。ですが、倉庫というよりは、ここはダンジョンと呼ぶべきかと』
 アクロバティックな動作で彼は、巧みに放たれる矢を躱していく。
 どの矢も彼を捉えることはできずにいるようだ。


 と、ようやく落ち着いたのを見て、地面に着地したとたん。
 今度は地面がわずかながら、沈んだ。
 そう、何かのスイッチを踏んだかのように。
 思わず背後を振り向いた彼は、笑っていた。
「ホント、コレ……倉庫じゃないっつーのっ!!」 
 彼の視線の先にあったのは。


 巨大な大岩。
 それが彼に向って転がってきている。


「小麦粉の袋を二つ、取りに行くだけだって、聞いたんだよっ!?」
 休みなく駆け出す彼は、息切れ一つせずに岩が転がってくる、反対側の通路へと向かっていく。
 走って走って走っていく。
 さながら、レトロな冒険映画のようだ。
 と、お約束のように、前方左側に抜け道を見つけた。
「助かった! ここに入れば……」
 すかさず彼はそこに飛び込んで……気づいた。
「あ、あれ?」
 彼の視線が下に落ちる。
 いや、正確には違う。
 地面がなくなり、落下しているのだ。
「まさか……地底湖……」
 そう呟いたとたん、彼はその地底湖の中に勢いよく、沈んだのであった。
 ちなみに、あの岩は別の所に向かったらしく、一緒に落ちた形跡はなかったということも記しておこう。




 ……そして、数時間後。
 ひたひたと、水が滴る音が響く。
 あの倉庫……いや、罠だらけの洞窟から、彼が戻ってきた。
 着ていた服はずぶ濡れ。
「持ってきましたよ。言われた通り、小麦粉の袋を二つ」
 彼はそのまま、どさっと、依頼主の前にそれを置いた。
「ほう、アールさんや。あの中に入ったのかい?」
「ええ、驚きましたよ。今の時代、あんなのがいるなんてね。ああ、言われた通り、相手には何もしていませんよ。少々、寝てもらいましたが」
 くすりと、アールは笑みを浮かべる。少々、腹黒い笑みだったが。
「袋も濡れていないようだね」
「ええ、そういう依頼・・でしたから」
 アールに声をかけた依頼主……いや、フードを目深に被った老婆にそう告げた。
 傍にいた子供達がくすくすと笑い声を漏らしている。
「ほら、お前達。客人を風呂に案内しておあげ。いい湯にしてあげるのを忘れるんじゃないよ」
「はーい」
 笑っていた子供達がすくっと立って、アールを見つめた。
「凄いね、お兄ちゃん」
「途中でギブアップするかと思ったのに」
 そういう子供達にアールは、ふうっとため息を漏らすと。
「ただの倉庫だと言われてましたからね。それに」
 アールもくすりと悪戯な笑みを浮かべた。
「たまには、ああいうのを潜り抜けるのも悪くはない」
 それを聞いた子供達がきゃっきゃと声を弾ませる。
「こっちだよお兄ちゃん」
「気持ちいいお湯にしてあげるね」
 子供達に両手を引っ張られて、アールはやっと、息をつくのであった。

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