秋原版【第二回・文章×絵企画】短編集

秋原かざや

ある意味無茶なお届け物

 今日も今日とて、所長に呼び出された。
 この事務所の底辺に位置する私、アリアはいつものようにしぶしぶ所長室に入る。
 とはいっても、ホントにそれをやると洒落にならないことになるので、真面目に聞いてる振りを一生懸命やっておく。
「君には、これを運んでもらいます」
 ぽんと所長の机の上に置いたのは、青い箱。
 所長がぱかりとそれを開くと。
「指輪、ですか?」
「そう、大切な指輪ですよ。この指輪には、ある人物のDNAデータが内蔵されているんです。箱はどう使っても構わないので、指輪だけでも、このポイントに運んでくるように」
 どうやら、かなり重要な指輪……っぽい。見た目は普通の指輪に見えるんだけど。
「わかりました。E6570ポイントまで運べばいいんですね」
「ああ、よろしく頼みます。あなたなら、きっと運んできてくれるでしょう」
 そう、所長はにっこりと怪しい笑みを見せていた。


 で、件の指輪を運んでいるわけなんだけど。
「まちなさあああああああああああああああああいいいいいいい!!!!」
「待たないってばっ!」
 仮面を被ったドレス姿のご婦人が、指輪を持ってる私を追いかけてくる。
 っていうか、あんなドレスにハイヒールなのに、あんなスピード出せるわけ!?
「むふふふ、驚いているようねぇ、小娘。聞いて驚きなさい、このドレスは、反重力制御もされてる上に、自身の能力を強化プログラムが入っている特殊なドレスなのよぉ!!!」
 ほほほほと、優雅に扇子をひらひらさせながら、そうドレス婦人が教えてくれた。
「そんなのいらないから!!」
 ご婦人が狙っているのは、このケースだってことは知ってる。
 さっと胸元からケースを取り出すと。
「あなたの欲しいのはこれでしょ? ほら、あげるっ!!」
「ああ、これで私はあの人と結ばれるわっ!!」
 ひゅーーーっと、飛んでいくケースの元へ、ドレス婦人は向かって行く。
 その隙に人出の多い道を選び、駆けてゆく。
 っていうか、私にもその反重力なんとかってついてるドレスが欲しい……所長がくれるとは思えないけど。
 お蔭で、おっかけてくるドレス婦人を撒くことに成功。そのまま所長の言っていた場所へと向かった。


 それにしても、あのドレス婦人は誰なんだろう?
 結ばれるってことは、結婚するってこと?
「この指輪がねえ……」
 既にケースの中身は偽物指輪と交換済み。
 本物は私の薬指にはめていた。
 敵に気付かれないように、右の腕時計ブレスに内蔵されたダミーエフェクトを展開してたから、ドレス婦人は気づかれていないはず。
 もうすぐゴール。目的地は目の前だ。なんだか、見たことのあるお屋敷のような……。
 そのときだった。
「小娘ーーーーー!!! 紛い物を放ったわねぇ!! 今度こそ逃しはしないわっ!!」
 なんと、あのドレス婦人がやってきてるではないか。
 あれ、それと同時に所長の姿が見える。
 ドレス婦人が放ったツタ植物が私をからめとっていく。
「さあ、指輪を渡しなさいっ!!」
 完全に身動きが取れなくなる前に、私は手にしていた指輪を外して。
「所長、これをっ!!」
 ぽーんと所長へと放り投げた。
<a href="//12191.mitemin.net/i164490/" target="_blank"><img src="//12191.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i164490/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
 所長は、いつものあの嫌な笑みを見せながら、しっかりとその指輪を受け取った。
「はい、ゲームは私の勝ちですよ。残念でしたね、マチルダ」
「きいいい、今度こそ、わたくしの想いを受け取ってもらえると思いましたのに! 次こそは、負けませんわよぉーー!!」
 ドレス婦人は悔しそうな声を出しながら、帰っていった。
 ……実は悪い人じゃないのかも。
「アリア、お疲れ様です」
 お蔭で助かりましたと、あの不敵な笑みを浮かべながら、所長が私をツタから解放してくれた。
「ところで、その指輪なんです? それにあの婦人は一体……」
「言ったじゃないですか、ある人物のDNAデータが入ってるって」
「ええ、それは知ってます」
 まだ絡まってたツタをぽいぽいと捨てながら、聞き流すように尋ねると。
「それ、私のですよ」
「へえ、所長の……え?」
 あ、あああああ、お、思い出した!!
 DNAデータ、それはそれは大事なものだ。それがあれば、自分のうり二つのクローンを製造することが出来る。そう、万が一のことがあれば、これで自分を甦らせるのだ。
 この進んだ現代にとって、DNAデータを交換するということはすなわち。
「けけけけ、結婚っ!?」
「忘れたとは言いませんよ。あなたは言ったではないですか。『私の心を奪って見せる』と。まさか、怪盗のあなたにその通りに心を盗まれるとは思いませんでしたよ」
「そ、それは、あ、あなたが、わ、私を捕まえたんであって……そのっ」
「というわけで、あなたもDNAリング、作ってくださいね」


 私はこの事務所の底辺に位置する者だ。
 かつて怪盗を名乗り、様々な財宝を奪って行ったのだが、目の前にいる所長というか、探偵に捕まってしまい……見逃す見返りに事務所を手伝っている……はずだったのに、えええええ!?
「そ、そりゃあ、初めて逢った時にそんなことを言ったことがあったけど、あれは……」
「冗談とは言わせませんよ。私はもう、あなた無しでは生きられないのですから」
「!!!!」
 真っ赤になった私の唇を奪ったのは。
「ですから、明日、結婚式をあげましょうね」
「は、早すぎっ!!」
 こうして、私を抱き上げる所長は、私が見た中で一番の笑顔を見せていたのだった。

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