マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

四十九話 生と死のハザマ

 A-Sことアスナと国崎が乗ったバイクが、警視庁に近づいていく。
「え? 現場は更に奥……なのか?」
「そうみたいだな」
 アスナの言葉に国崎が肯定する。
 目に入った通り、あの煙は警視庁ではなく、更に奥にある商業ビルディング。
 もっと詳しく言うと、そのビル内にあるレストランで、それは起きているらしい。
 近づいていくにつれて、激しい銃撃戦の音が響いてくる。
「一体何が起きてる?」
 訝し気に呟くと、アスナはビルディングの少し手前でバイクを止めた。
「もっと近づかないのか?」
「バイクを壊したくないんだよ。自前なんだし」
「マジ? けど、魔導課に言えば……」
「今の関係を維持するなら、自前の方が気が楽」
 そんなことを言い合いながら、アスナと国崎はビル内のレストランへと近づいていく。
 そして、レストランの中を窓からそっと覗き込んだ。
「機械と……人間!?」
 その事実に驚愕しながらも、二人はそのまま窓を蹴破って中に侵入。
 割れたガラス音に気付いたマシンがアスナと国崎を捉えた。
 即座に動いたのは、強化を施したアスナ。腰のブレードを引き抜いて、そのまま斬り込む。
 マシンが反応して、アスナを攻撃しようとするのを、何かが邪魔した。
 国崎だ。国崎の能力が発動して、動きを阻害。その間に数体のマシンをアスナが葬っていく。
 一気に数を稼いだ二人だったが……。
「くそ、まだ出てくるか」
 後ろから更にマシンがやってくる。それと同時に店の奥で戦う音が聞こえた。
 しかも激しい。
「亮平」
「ああ、そっちに行ってみよう」
 立ちはだかるマシンを一気に蹴散らし、道を開けると、二人はそのまま、音の方へと向かったのだった。






 暗がりの部屋。
 その中で数人が集まって、何やら会合を開いていた。
「して、奴らは来たのか?」
「ええ、来たのを確認しました。もうすぐ接触するかと」
「戦力は足りるのか?」
「そちらも問題ない量を用意しております。足りないようであれば、後続部隊に追加を頼むことも可能です」
 その部下の言葉を聞いて、やっと彼は薄く笑みを浮かべた。
「後は黙って見ていればいいだけか」
「はい、将軍」






 一方、アスナと国崎は、レストランの奥、厨房で抗戦している音の方へと向かって行った。
「あれは……!!」
「早苗!?」
 国崎の言う通り、そこには早苗がいた。フィグネリアを連れた早苗と他にも。
「援軍か。遅いぞ」
 叢雲を纏った久我原もそこにいる。
「これでも煙を見てすぐに来たんだ」
 アスナがブレードで薙ぎ払いながら、そう応える。
「なんでこんなところにいるん……だよっ!!」
 国崎も最初から飛ばしている。目の前のマシンを数体、一気に捻じ伏せた。
「ちょっと野暮用でな」
 避けたり撃ったりで忙しい早苗の代わりに、抗戦中の久我原が答える。
 倒したと思っても、次から次へとマシンがやってくる。
 もちろん、こちらも全力で立ち回っているが、何せ、数が多過ぎる。
「せめて後退できればいいんだが」
 マシンも飛び道具を持ってやってくるので、下手に動けない。その都度、国崎が無効化しているが、それにも限度があるだろう。
 周りを気にせず戦っているせいで、レストランの内装もかなり壊れてしまった。
 いや、気にする間もなかったという方が正しいか。
 今では天井から陽の光がバッチリ見えていた。
 ぱらぱらと天井から粉が落ちてきた、その時。


 ズサアアアアアン!!!


 何かが斜めに落ちてきた。
『早苗様!!』
「ぐぅ……!!」
 フィグネリアが咄嗟に反応するも、戦いの最中で数秒遅れた。
 それが、分かれ目でもあった。
 天井から落ちてきた大きな柱。それが、早苗を押しつぶすかのようにいくつも流れ込んだ。
 床からはじわじわと紅に染まり始めている。
『早苗様! 今、助けます!』
 フィグネリアが急いでその柱の除去にかかるが、柱は1本だけではない。数本突き刺さっている。
 しかも、その間にもマシンは攻撃してくる。
「こっちは……怪我人がいるってのにっ!!」
 再度、切れかかった身体強化フィジカルブーストを発動し、アスナは国崎の前に立ちはだかる。
「エ……いや、アスナ!?」
「いいから、お前は早苗の所に行け! 家族なんだろ!!」
 戸惑うように視線を空中に彷徨わせる国崎をそのままに、アスナはこれまでよりも派手に数多くの敵を打ち滅ぼしていく。
「こっちは何とかする。だから、行け! 行けよ、亮平!!」
 苦しそうな表情のまま、軽く頭を下げて、国崎はすぐさま挟まれた早苗の所に向かった。
「早苗!! 大丈夫なのか、早苗!」
 大きな柱の隙間から、僅かに早苗の姿が見えた。
「亮平……? はは、ざまあないよね」
 早苗は笑うかのようにそう言うと。
「フィグネリア、緊急事態だ。分かるな? マスター権限を亮平に移譲する。準備をしろ」
『ですが、早苗様!!』
「私の命令だ! お前のマスターは誰だ? 私だろ!」
 一時止まったフィグネリアは、けれどすぐに作業を続けた。
『救助活動と同時に行います。よろしいですね?』
「ふふ……あんたも、亮平と同じだね。……それでいい。それと、久我原のファイルもフィグに任せるよ。……私には……あまり関係ないから、ね」
「早苗! 何言ってるんだ! そんなこといいから、早く、早く、こっちにっ」
 隙間から国崎は手を伸ばして、早苗の手を掴んだ。何かぬるりとしたモノが手に付いた。
「亮平……私は結局……アギトを手にいれられなかった。アギトを手にいれ、亮平、あんたの力になりたかった」
「なれる、なれるって! きっとこれから、アギトに目覚めるんだよ!!」
「こんなになっても、アギトが目覚めなかった……私には、その、才能がなかったんだよ、亮平……」
「絶対、そんなことない!! いいから、こっちにっ!!」
「あー、それは無理、だな……下半身いっちゃったっぽいし。それにこんな姿、亮平に……見せたくない」
「見せなくても、見せてもどっちでもいいから、そこから出てくれよ!」
 フィグネリアが梃子の原理で、柱をどけようとしているが、なかなか進まない。フィグネリアの力では、力が足りないのだ。国崎も動かそうとしているが、手を突っ込んでいるため、そう進むことはない。
「どうやら……神は私を……悪者にしたく、ないらしい……な」
「何言ってるんだよ、早苗! 生きるんだよ! フィグと俺と三人で!!」
「亮平、強くなれよ……あんたが、守りたいもの、全て守れるように……強く……」
 隙間から見える早苗の瞳から、涙が零れた。
 と、同時に激しい爆音が響き渡り、その爆音によって、柱が更に奥へと刺さっていった。
「さ、早苗っ!!」
 巻き込まれる前にフィグネリアが国崎の腕ごと引っ張り上げた。お蔭でかすり傷だけで済んだ。
「フィグ、何をするんだ!! まだ早苗が中にいるんだぞ! 助けなきゃ、助けなきゃいけな」
『もう早苗様はいません。あるのは、早苗様の遺体です』


「あっ……ああっ……うあああああっ!!!」


 二度目の喪失。
 国崎は分かっていた。けれど、止められなかった。
 死にゆく早苗を助けられなかった。二度も。二度も助けられなかった。


 ――亮平、強くなれよ……あんたが、守りたいもの、全て守れるように……強く……――


「うあああああああああっ!!!」
 発動。
 未だかつてない力の放流、放出。
 それが、敵であるマシン達の数を大いに減らした。


「亮平!」
 からんという音ともに抱きしめてきたのは、アスナだった。
 両手に持っていたブレードを落としてまで、国崎を抱きしめた。
「もういい。終わった。だから……」
「アス……ナ……?」
 国崎の瞳の焦点がやっと合って来た。
「俺は……」
 物凄い脱力感が国崎を襲う。アスナが抱きしめてくれなかったら、そのまま倒れ込んだだろう。


「おやおや、何かと思えば、魔導課の皆さんじゃありませんか」
 あの爆音の正体。
 それは、黒崎と赤羽であった。
「き、貴様……」
「早苗は、その柱の中かい? 残念だったよ。共に戦った同士だったんだがね」
「お前が……お前がそこから出てこなかったらっ……」
 引いたはずの力が、熱量が、国崎の中から溢れてくるようだ。
「亮平!?」
 引き留めるアスナがいなかったら、止めることはなかっただろう。
「アスナ」
「休戦しないかい? どうやら、君達と僕らは別の意志によって、嵌められたようだしね」
 黒崎が提案してきたのは、一時休戦であった。
 敵の数が落ち着いたといっても、恐らくまたすぐにでも現れるだろう。
 今いる戦力を合わせなければ、突破も難しい。
 そう言いたげに、黒崎はにこやかに返答を待っている。
「従わないのであれば、あなたを殺して従わせるまでの事」
 いち早く動いたのは、黒崎の隣にいた赤羽。
「なっ! させない!!」
 赤羽の撃った弾は。
「アスナ!!」
 国崎の前に立ちはだかったアスナを、ぐいっと別方向へと押しのける。
「えっ」
 全てがスローモーションのように見えた。
 胸を撃たれた、国崎。
 それを救おうと手を伸ばしたアスナ。
 依然現れ続ける残党マシンを倒す久我原とフィグネリア。
 全てがスローモーションに、見えた。


「亮平っ!!」
 どさりと仰向けに倒れた国崎にアスナは、割れんばかりの声で叫んだ。
「死ぬな、亮平ーーっ!!」









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