マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

四十六話 下準備

 カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。
 その時、赤羽は自室にいた。
 苛立たしげに頭を掻きむしりながら、彼女はノートパソコンのディスプレイを睨みつけている。
「……まさか国崎早苗が生きていた? そんな馬鹿な話……」
 ならば、計画の変更を……などとブツブツ呟きながら、彼女は爪を噛む。
 普段、冷静沈着な彼女らしくもない、かなり慌てた様子だ。
 カップに入ったコーヒーを飲んで、自己暗示をかけるように「落ち着け」と彼女は繰り返し、大きく息を吐いた。


 焦っても仕方が無い。
 ここは冷静に、変化に合わせた行動を取るだけでいい。


 彼女はふと何かを思い出したかのように、パソコンを操作する。
「もし、既に国崎亮平が国崎早苗と接触しているとすると、フィグネリアが国崎早苗に渡っている蓋然性も……」
 ファイルを開くと、画面には地図が映し出された。ただ、何の変哲もない地図である。
 赤羽はその地図を見て、文字通り頭を抱えた。
 彼女にとって何の変哲もないことが誤算なのだ。
「まさか、フィグネリアに付けた発信機がバレた? 内部に仕込んだから、素人では付けられたことに気が付いても除去できないはず。……ならばフィグネリアが国崎早苗に渡って、彼女が除去したのか……」
 舌打ちを鳴らして、赤羽は考え込む。


 だ発信機の反応がないということは除去の後に破壊したのだろう。だがこちらをおびき出して探る気もないのか。
 だとするとこちらの情報はいらないということか。
 それともこちらが持っている情報は全て知っているということか。
 分からない。
 彼女が何をしたいのか。
 彼女が味方なのか、敵なのか。


 赤羽は残ったコーヒーを飲み干し、ノートパソコンを畳んで、立ち上がった。


 国崎早苗と接触するのは後で良い。
 今は計画の妨げとなりうるものを排除するのが先決だろう。


「彼の協力はもう期待できない……」
 赤羽は胸元から取り出した拳銃に、弾を込めながらそう言った。
「悪いけれど死んでもらうわ。国崎亮平」






「思った以上に数が多かったようだね」
 早苗はそう言って、持っていた銃を落とし、その場にへたり込んだ。
 彼女の周りには、死屍累々が……否、鉄クズの山が出来上がっていた。
 そう。周りに積もっているのは機械兵の残骸なのだ。
 その山を押し退けるように、フィグネリアが彼女に近付いてくる。
『流石に無茶をしすぎです』
 彼女の無感情なその言葉に、早苗は惚けるように首を傾げた。
「おや? 亮平は生産工場をたった一人で潰したそうだけど?」
『……やはり姉弟なのですね』
 微苦笑をもらしながら、早苗は立ち上がり、衣服に付いた塵を払う。
 そんな彼女の後ろで、鉄クズの山の一部が小さく動いた。
 フィグネリアは一早く反応し、早苗を庇おうとするが、機械の残骸に足を取られて思うように進めない。
『早苗様!』
 早苗の背後に半身を失った機械兵が襲いかかった。
 ……が、早苗が振り返る前に機械兵の身体は横に大きく飛んでいた。
 通路を滑るように転がり、その勢いがなくなったところで機械兵は動かなくなった。
「戦闘能力の低い、量産型のアンドロイド系の機械兵とはいえ、何故ここまでする必要がある?」
 久我原は足下に転がっていた機械兵の頭を蹴りとばしながらそう言った。
「こちとら依頼者に死なれては元も子もないのだが」
『同感です』
 早苗の近くで、先刻の機械兵をぶっ飛ばしたであろう叢雲がそう言った。
「私が死なないようにするために君たちを雇ったんじゃないか。それに、これ位しないとアギトを発現できない」
 早苗は言った。
 そう。彼女はアギトを発現するために自らを窮地に追い込んだのだ。
 彼女の力を持ってすれば、全ての機械兵を誤作動させて同士討ちや彼女に従わせることもできたはずだ。
 しかし、全てを無力化するのではなく、戦闘能力の低い機械兵だけを残して自ら戦うことでアギトを得たのだ。
 しかし……
「噂ではそんな苦労をしなくてもアギトを得られるっていう代物があると聞いたが……。研究者であるお前はそれを簡単に手に入れられるんじゃないか?」
「ああ。だが、あれは私は使えない」
 早苗は首を振った。
「アギトを無理に目覚めさせようとすると、どうしても身体に負担がかかるんだ。ずっと研究を続けてきたこの貧弱な身体では、動けなくなったり、逆にアギトが暴走してしまったりするんだ」
 久我原はふっ、と思わず吹きだした。
「アギトを得るために、か。秘密の通路とやらの制圧はそのついでってわけか」
『無茶……というより無謀のような気がしますが』
 呆れるように言う久我原の言葉に、叢雲も同意した。
「依頼料は出しているんだ。つべこべ言わないでくれ」
 不機嫌そうに言う早苗。
 久我原は意外に思っていた。
 天才と称されるというのだからどんなものかと思っていたら、蓋を開けて出てきたのは普通の女性。感情豊かな普通の子供のように見える。
 これが本当の国崎早苗の顔なのだろう。
『それで、ここからが本題というわけですが』
 フィグネリアの言葉に、久我原の顔色が変わった。
『我々は警視庁に向かいます』
「! ……俺は雇われの身だ。思想や心情は仕事には持ち込まない。だが、理由を教えてはくれないか?」
「悪いが、それを教えるわけにはいかない。君を信用していないわけではない。元々誰にも言う気はないんだ」
 言葉を発した早苗は、真面目な顔に戻っていた。
 まるで先ほどの無邪気な顔が嘘のように。
「とは言っても、警視庁を襲撃をするわけじゃないから安心してくれて構わない」
 早苗はそう言って、さらに続けた。
「いや、むしろ襲撃される側に立つかもしれないからね」



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