マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

四十二話 密告

 第一資料室に預けられた紙束を全て預け終わったA-Sはエレベーターを使わずのんびりと階段をのぼって元の階へと戻ってきていた。
 別にエレベーターに対してトラウマがあるわけではなかったが、昨日の敗戦に対して苛立ちを覚えていた自分を諌める時間を彼女は欲していた。
「あれ、A-Sどうしてここにいるんだ?」
 そんな時、エレベーターから出てきた新垣が意外そうな顔をしながらA-Sに声をかけてきた。
 A-Sは反射的に怒鳴ろうとしたが、大量のダンボール箱を何段にも両腕に抱え込んでいた新垣の姿を見て咄嗟に飲み込んだ。
「…………お前こそどうしたんだ」
「おい、誤魔化すな。こっちの質問に答えろ」
「……こんな緊急事態にのんびりとベッドの上でぐーすかやってる場合じゃないだろう? 先に言っておくが病院からの許可はおりてるからな」
 A-Sは怪訝な表情を浮かべる新垣に向かって息継ぎ無しで言い切ると新垣を右手で指差した。
「質問には答えたぞ、次はお前の番だ」
「引っ越しだよ引っ越し。お前は何にも置いてなかったからいいんだろうけど、こっちは色々と荷物があんだよ」
 そう言って新垣は一度ダンボール箱を床の上に下ろし、それを軽く二度叩いた。
「槙原のやつが新人? のヘッドハンティングやら採用試験やらの手続きで忙しいそうだからさ、一緒に持ってきてあげているわけよ」
「なら、なんで連絡が取れないようにしてんだ?」
「へ?」
 新垣は驚いた表情を浮かべると、すぐにズボンのポケットから携帯を取り出してロックボタンを押し、申し訳なさそうな表情に変わった。
「……悪い、病院の時から電源切りっぱなしにしてた」
「……そうか、邪推して損したよ」
 A-Sはため息をつきながらもどこか安心した様子でつぶやいた。
「それで、新しい部屋は?」
「ああ、こっちだ」
 A-Sの指示に従って新垣は再びダンボール箱を持って歩き始めた。
「それにしてもやっぱり新築だな、前の庁舎よりも設備が整ってる。階数も多いし」
「そりゃそうだ。元々は確か……交通局とかが入る予定だったらしいな」
「へぇ……よく知ってるな」
「井伊の愚痴をよく聞いてやってるからな。本当は別の庁舎が充てられる予定だったけど、井伊が無理を通したらしい。公安にウェイカー部隊の導入に消極的で、むしろ重火器の導入の方を推奨していたっていう後ろめたい所があるから通ったんだろう」
「いくら威力が高くても使う人がやられちまえばただの鉄くずだからなー」
 新垣が笑っているとA-Sは「魔導課」と印字された金属製の板が横にはめ込まれた扉の前で立ち止まり、扉を開けた。
「お、サンキュ」
「新垣、どこに行っていた」
「あ、師匠……備品取りに旧警視庁まで」
「そうか。ならいい」
 入ってすぐに久我原に声をかけられながらも、新垣は空いている二つの机にダンボール箱を置いた。
「で、師匠は何を見てるんですか」
「今度試験を受けさせる候補者のリストだ。ウェイカーではないが俺も傭兵だからな、顔見知りもたくさんいる」
 そういう久我原の足元には叢雲が本物の犬のようにくるまっていた。
「……叢雲は手伝わねーの?」
『私は人の感情や連携といった繊細な物を判断することはできませんので』
「そーですか」
「ミスタークガハラ、井伊はどこに」
「お、新垣。遅い出勤だな」
 A-Sが久我原に話しかけようとしたところで、井伊がハンカチで手を拭きながら部屋に戻ってきた。
「総監。すいません、色々荷物を取りにいってたので」
「そうだな、魔導課は地下だったからそれほど損傷なかったからな。で、新垣。少し話があるからこっちに来てくれないか」
 手招きしながら魔導課を出る井伊に新垣は目をぱちくりさせながらついて行った。
 井伊は同じ階にある総監室に新垣を通すと、新垣を来賓用のソファに座らせ奥にある自分の執務机の椅子に座った。
「なあ、新垣。おかしいとは思わないか?」
「おかしい、って最近の機械兵のギガロポリス侵入の件ですか?」
「そうだ。お前はどう思う?」
「ギガロポリスに抜け道がある、と言わせたいんですか?」
 そもそもギガロポリスとは機械兵の攻撃から国会や裁判所、刑務所などと国の重要機関を守るために作られた場所である。そのため普通の人が通ること自体は身分証を見せるだけ、と非常に簡単である。厳しいのは銃火器や機械兵を持っている場合のみである。つまり警視庁を崩壊させるだけの大量の機械兵をギガロポリス内に送り込むのは本来なら不可能なはずなのである。そうなれば考えられる選択肢は少なかった。
「察しがよくて何よりだ」
「今の状況ならいくらでもカモフラージュはできますからね……」
 ギガロポリスの外にバロック小屋ばかりが建っているのは国民に金がないのではなく、単に「機械兵に壊される可能性があるのにわざわざ高い材料使って家建てるなんて馬鹿じゃないの?」という判断からであり、多くのバロック小屋は玄関口だけで居住スペースは地下に広がっている。バロック小屋の見た目をした警察署や消防署も存在する現状だった。
「で? その抜け道の在処でもわかったんですか?」
 井伊は息を吐くと黙って立ち上がり、いつの間にか取り出していたタブレットを新垣の前に置いた。
 そこにはギガロポリス東京の全体図が表示されており、その中で赤い点が三つほど点滅していた。
「お。もしかしてこの点滅してる所が該当箇所ですか? 仕事が早いですね」
「部下の仕事ならよかったんだがな……」
 遠い目をしながらつぶやいた井伊をみた新垣は表情を険しくした。
「……ひょっとして民間からですか」
「そうだ。しかも匿名だ」
 新垣は腰掛けに体を預けさせながら、タブレットを持ちマップを拡大させた。
「匿名……ですか。該当箇所には何がありました?」
「研究所の設立に懐疑的だったり反対したりしていた政治家の家が一つ、市民団体の代表の家が二つだ」
「身柄は?」
「政治家の方は確保したが、残りは逃走中だ」
「それはそれは……かなり黒寄りのグレーですね」
 新垣は険しい表情を保ちながら唸った。
「しかし……この情報が本当だったとして、なぜ今送られてきたんでしょう?」
「満足に戦えるのがお前だけという状況だからじゃないかと考えている。手をこまねいている間に機械兵を送り込んで大敗させて、肉体的にも精神的にもダメージを与えよう……とかいう黒島の意地の悪い魂胆じゃないか、と」
 新垣は井伊の考えに相槌は打たずに体を起こした。
「で、どうするつもりですか」
「個人的には自衛隊に援護を申請して各個撃破するつもりだ」
「なるほど、了解しました。いつ出るか決まったらまた呼んでください」
 新垣はそう答えるとタブレットをテーブルの上に戻して立ち上がった。そしてそのまま外に出ようとしたが、井伊はそれを呼び止めた。
「新垣。お前は今見せた情報、どう思った?」
「……どうも思いませんよ」
 新垣は振り向くと据わった目を浮かべながら言った。
「戻ってくるまで、かかってくる機械やつは皆溶かし尽くしますから」





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