マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

三十話 危険な敵とのソウグウ

 A-Sエースは目の前の男を敵だと認識した。
 こっちに向かってくる男の、明らかな敵意を感じる。
 身体強化フィジカルブーストを発動させ、ギリギリまで引き付けて、それを避けた。
 ひゅんと何かが微かに過ぎる。
 それと同時に、はらりと、A-Sの銀色の髪が散った。
「もう一度問う。貴様は何者だ?」
 一撃を避けて、A-Sは敵に向かい合う形で告げる。その手には既に抜いた剣が握られていた。
『名乗る名は、持ち合わせてはいない』


 ―――やっと喋った言葉がそれか。


 心の中でため息と、舌打ちの両方をする。
 相手の目的は何なのか。
 明らかに自分に向けられているのは、鋭い殺意。
「何が目的だ?」
 もう一度、尋ねてみた。
 たいした言葉が来るとは思っていない。
 だが、それでも確かめずにはいられない。
『言う必要もない』
 だろうなと、A-Sも心の中で頷いた。
「なら、ここで壊されても・・・・・文句は言えないだろうな」
 A-Sのその言葉に、敵はぴくりと反応した。
「その声。ずいぶん、人に近づけられているが、明らかにアンドロイドの声だろう? 残念だったな。僕にはそれが分かる」
 と、同時にアンドロイドらしき男が飛び掛ってきた。
 その腕にナイフを生やして。


 がきん!


 敵のナイフとA-Sの剣が激しく交錯する。
 刃と刃が火花を散らし、そして、離れる。


 ―――こいつ、強い。


 一撃一撃が重く感じる。それも並みの力ではない。
 こちらとて、アギトで強化しているのだから、相手もA-Sの力量を感じているはずだ。
 なのに、相手は怯むことなく立ち向かっている。
 まるで勝算があるかのように。


 ―――気に入らない。


『何故、分かった?』
 男が尋ねてきた。
「簡単だ。僕もかつて、アンドロイドと共に生活をしていたからな。貴様とは違う、人に近しいアンドロイドとな」
 些か言い過ぎたか。
 けれど、どうせ、倒す相手だ。問題ないだろうとA-Sは思い直し、男に切りかかる。


 ―――避けられたか。


 落胆はない。全くないといえば嘘になるが、それも想定内だ。
 なぜならトップスピードよりもやや遅いスピードで切り付けたのだから。
 それでも駄目なら、更にスピードを上げるか、技量で何とかしなくてはならない。
 幸いにも後方からも前方からも車はやってこない。


 ―――早くケリをつけなくては。


 長期戦になれば、こちらが不利になるのは明白。
 それに、他の無関係な一般人が攻撃に巻き込まれるのは嫌だし、第一、自分のポリシーにも反する。






『弱点がない相手には、どう戦いますか?』
 昔、共に居た心優しいアンドロイド、エルアトスは、主人が悪漢に巻き込まれぬよう、護身術を指南してくれていた。
「えっと、それでもしつこく攻撃する!」
 それでもいいでしょうがと、エルアトスは続ける。
『それでは逆にやられてしまう確率が増えてしまいますよ』
「じゃあ、どうすればいいの?」
 幼いA-Sにエルアトスは答えた。
『弱点がないのなら……』




「作り出すのみっ!!」
 素早い相手ならば、足を。
 アンドロイドなら、特に間接を狙うよう、指南されていた。
 ミラーシェードに表示された道しるべに沿う形で、敵の右足を剣で強く打ちつける。
『ぬっ!?』
 初めて男が声を漏らした。
 まるで思いがけないハプニングが起きてしまったと言わんばかりの声を。
 打ち付けたら、すぐに距離を取る。
 もう一度、同じ場所を叩こうと狙い澄ませたときだった。
 ばくんと、肩の一部が競り上がり、そこから何かが現れた。
「何っ!?」
 すぐさま、軌道を逸らしながら、ガードレールの上を駆け抜ける。
 がががががと重量を感じる弾が、A-Sの後方にあったガードレールを撃ち貫いた。
「飛び道具も持っているのかっ」
 壊すポイントが増えてしまった。
 まずは、肩のガトリングガン。その後、先ほど打ち込んだ右の足を狙う。
 そう優先順位をつけて、再度、駆け出す。
 ガトリングガンは非常に厄介なものだ。ジグザグに走り抜けても、それでも全ての弾を避けることができない。流れ弾のいくつかは剣で弾かなくてはならないし、愛用のコートも弾道によって、裂け目が増えている。
「邪魔だっ!!」
 一撃では壊せないと思ったので、一気に何度も打ち付ける。
『ば、馬鹿なっ!?』
 敵の反撃を宙返りでかわして、A-Sは先ほどの右間接に剣を打ち込んだ。
『ぐっ』
 近くにあった電柱を足がかりにして、反転。今度は反対の肩のガトリングガンを一気に壊した。
『やるな……』
「それほどでも」
 これでやっと互角の戦いができる。そう思い、A-Sは更なる攻撃を仕掛けようとした、そのときだった。


 ガンッ!!


 一瞬だけ、目の前が暗くなった。
 すぐに気が付いたが、自分の体はアスファルトに半ば埋まるように叩きつけられていた。顔を上げて、すぐさま体を動かす。自分のすぐそこでアスファルトの瓦礫が飛び散る。
『ほう、これも避けるか』
「黙れ」
 先ほどの攻撃で、恐らく肋骨が持っていかれた。
 何とか身体強化で持っているが、それがなければ、すぐにでもダウンするくらいだ。
 体もいつもより格段に重く感じる。
 これも身体強化で補っているのにも関わらず、だ。
「まさか、これほどまでとは思わなかったな」
 相手の意図がわからない。
 いや、少しずつ分かり始めていた。
 第一に、相手はA-Sを逃がさないようにしている。
「……足止めか?」
 その割には、殺気が半端ないが。
『貴様に言う言葉は、ない』
 右の間接のダメージ、そして、ガトリングガンの喪失。
 それでもなお、相手の力は計り知れない。


 ―――早く何とかしないと。


 右足の間接だけで足りないのなら、更に重ねるまで。
 痛みを見せないよう、気丈に立ち上がり、先ほどと同じ速さで男に接近する。
『なっ!?』
 目の前で消え失せて見せた。
 いや違う、自分の最高の速度で飛び上がり、背後を取って、そのまま左足の間接に何度も切り付けた。
『くっ、まだそこまでの力を蓄えてたか』
「まあな」
 にっと上手く笑えただろうか。
 ばっと距離を取ろうとして、足が縺れた。
「っ!!」
 その隙を見逃す相手ではない。敵がすぐさま足蹴りしてきたのだ。
 とっさにA-Sも剣でガードしたが、全ての打撃を緩和できず、そのままガードレールにぶつかっていく。
「ぐっ……」
 口の中に鉄の味が広がる。吐き気を堪えながら、A-Sは相手を睨みつける。
 そのときだった。
 遠くの方で激しい爆音が聞こえた。
『なん、だと……?』
 驚いたのは、A-Sではなく、対峙していた相手の方。
「どうやら、目的が果たされなかったみたいだな……」
 相手が悔しがりそうなほど、笑ってみせる。
 A-Sのしているのは、ただの強がり。
 先ほどまでのダメージで、実はもうかなり危険な状態になっている。
 なのに、強がっているのは、相手にそれをそうだと悟られないように。
 ぴんと立っていられるのも、身体強化フィジカルブーストのお陰だ。
 それがなければ、立っている事もままならない。
 心底、アギトに感謝しつつ、A-Sは敵の動向を見守っている。
「で、貴様はどうする? 僕を倒すのか? それとも……」
 ちゃきっと剣を構えて見せると。
『………』
 敵は何も言わず、A-Sを一瞥して立ち去っていった。
「……はー、行った、か……」
 そのまま、A-Sはずるずると、ガードレールに寄りかかる。
 その瞼が重くなっていき。
「おじ様に……報告したかったが……無理……か……」
 A-Sは、その意識を遠くへと飛ばしていった。




 一方その頃。
 爆音が響いた場所では、鋼鉄を纏った男が一人、廃墟となった工場で佇んでいた。
 先ほどのダイナマイトで、天井が粗方、飛んでしまっている。
「全く、人使いの荒いやつだ」
『そう言いながらも、楽しそうにミッションを進めていたようですが』
「お前も言うようになってきたな」
 数時間前に手に入れたデータを、手元のデバイスで転送する。
 転送先は言わずと知れた井伊宛。
 ちなみに瓦礫だけでなく、いくつものアントやスコーピオンだった鉄屑が転がっている。
「これで終わりか。果たしてこれで狼は咆哮を上げることができたんだか」
 デバイスに映る、転送完了の文字を確認してから、それを懐に仕舞い込んだのであった。




「……終わったか、ご苦労様」
 電話先の相手に労いの言葉を述べると、井伊は満足げな笑みを浮かべた。
 万が一を考え、久我原に頼んだのは正解だったと井伊は思う。
「だが、我々魔導課の足止めをあれほど、完璧にこなすとは」
 敵は一筋縄ではいかない、そう感じ始めていた。
「今回はなんとかなったが……次からは警戒しなくてはならないな」
 また久我原に頼めるかどうか……。
「とにかく、成果はあった。上層部に一応、掛け合っておくか」
 データを手に、井伊は苦い顔で自室を後にする。
「ハウリング・フェンリル完了。後は敵がどう出るか、か……」
 井伊が成そうとした作戦、ハウリング・フェンリルは、こうして幕を下ろすことになる。
 完全とは言えない、形として。





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