マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―

秋原かざや

十話 怒者来襲

 A-Sがこっそり魔導課の前まで来てから数日後のこと。
「はぁ〜あ。せっかく横浜まで行ったのに成果無しかよー」
 新垣はこの間の突入に関する報告書を見て大げさにため息をついた。


 この間突入した赤レンガ倉庫の基地で押収されたAIチップ2つと1番奥にあったコンピュータを解析した結果、あの倉庫は燃料の補給基地として使用されていたことが明らかとなったが、もうすぐ燃料切れになるため近々廃棄される予定になっていたことも分かった。
 そんな所に犯人に関わる重要な手がかりがあるわけがなく、今回の成果は皆無に近かった。
「仕方ないわよ。というか、簡単にバレるような所に重要な手がかりを残すほど相手もバカじゃないわよ」
「それはそうですけど……あんだけスクラップにしたからにはそれ相応の対価が欲しいですよ」
 新垣は机に突っ伏しながら体を伸ばした。
「対価、って情報のこと? お金じゃないの?」
 意外そうな顔をしつつ、能見はコーヒーに口をつけた。ちなみに今魔導課にいるのは新垣と能見のウェイカー組だけで、槙原は井伊と一緒に横須賀米軍基地に向かっていた。……話によると井伊と知り合いのアメリカ人のウェイカーを迎えに行くらしい。どのような能力を持っているのかは謎だが。
「今は金なんてどうでもいいですよ」
「へー、傭兵だったのに?」
 能見が皮肉っぽく言うと新垣は小さく吹き出した。
「そんなことなんで知ってるんですか」
「総監から聞いた。あなたが『プロミネンス』なんて騒々しいアダ名がつけられてることもね」
「うっ……それは思い出したくも無い黒歴史なんで言わな……」
 と、新垣が苦々しい顔で言いかけた瞬間、けたたましい警報音が鳴った。その後にスピーカーから発せられた言葉は一瞬で2人の顔を豹変させた。


「緊急事態発生、正面玄関がウェイカーの攻撃を受けています。一般職員はすぐに避難してください。繰り返します、正面玄関がウェイカーの……」


---


 警報の発生元である正面玄関に着くと、中央に鉄パイプを持った青年が立っていた。他の警官はみんな避難し終わったようで、ここには新垣と能見、そして青年だけしかいなかった。
 青年がこちらをむいた。その顔に新垣は見覚えがあった。
「お前は……国崎!」
 新垣がそう叫ぶと青年ーー国崎が口を開いた。
「……新垣だっけ。久しぶりだな」
「……知り合い?」
 能見が声をかけてくる。
「……まぁ、同業者みたいなもんです。個人的には一緒にされたくないですけど」
「こっちのセリフだ。お前はなんでここにいる?」
「雇われたんだよ。魔導課っていうぶ……」
 新垣が言いかけた瞬間、その横を金属片が通過していった。新垣の頬につーっと赤い線がはしる。
「……なんのつもりだ?」
「早速お出ましか……探す手間が省けたよ」
 国崎はそう言うと能見の懐に入り、鉄パイプを横薙ぎに払った。華奢な体が横に飛び、したたかに壁に叩きつけられた。
「うっ……!」
「能見さん!」
「人の心配をしてる場合か?」
 国崎が鉄パイプを天井にむけると、その周りに大量の金属片が吸い寄せられてきた。一定の数に達したのを見計らうと、国崎はタクトのように鉄パイプを振った。すると吸い寄せられていた金属片が一斉に新垣の方へ飛びかかった。
「うわっ、危なっ!」
 新垣は能力を発動させ、次々に金属片を液状化していく。しかし全てを防ぎ切ることは出来ず、腕や足に幾つか切り傷が出来ていった。
「さて、いつまで耐えられるかな?」
 再び国崎が鉄パイプを振ろうとすると、大量の蔓が突然床から生えてきてそれを食い止めた。
「なっ……?」
 国崎が鉄パイプに巻きついた蔓に目を見張る。この蔓こそ、能見の能力「異常発芽」だった。
「やられっぱなしじゃいかないからね」
 能見は血の混じった唾を吐くと、勝ち誇ったように言った。
「能見さん、ナイスです!」
 新垣は鉄パイプに気を取られた国崎の懐に飛び込み、脇腹に見事なハイキックを食らわせた。しかし国崎はひるむことなく、カウンターで新垣の腹に一発拳を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
「ちまちまとやりやがって……うっ……!」
 国崎が突然顔をしかめ、その場に膝をつく。すると通路に隠れていた警官の1人が飛び出して国崎にむかって拳銃を構えた。
「え?」
「な、何をする気!?」
「死ねぇ、反逆ウェイカー!」
 新垣達の声を無視して男はそう笑みを浮かべながら言うと引き金を引いた。
 かすれた音と共に弾が銃口から放たれる。新垣はそれを見ると即座に弾と国崎の間に割り込んだ。
「新垣……? まさか国崎をかばって死ぬ気か?」
 男の嘲笑をよそに、新垣は大きく腕を振った。すると突然新垣の前の空間にもやが生じ、そこに入った銃弾は一瞬にして液状化した。
「……疲れるから本当は使いたくなかったんだけどな」
「な、な……!?」
 べちゃ、という音をたてて落ちた銃弾を見た男は慌てて踵を返し、逃げようとした。しかしその先には能見の姿があった。
「このまま簡単に逃げられると思ってるの?」
 能見はすぐさま蔓を呼び出し、男を捕らえた。
「新垣ー、ちょっとこいつ尋問しとくから。その子のことは頼んだわよ」
 そう言いながら能見は拘束を解こうと暴れる男の顔を掴んだ。新垣はこれから起こるであろう惨劇を想像し、身震いした。
 そんな時、国崎が釈然としてない顔で新垣に声をかけた。
「……なんでかばった」
「なんでって」
 新垣は服についたホコリをはたきながら言った。
「お前のやり方は苦手だけど、何の理由もなくこんなことをしでかすやつじゃない、ってことはわかってるからな」
「……殺そうとしたくせにか?」
「は?」
「1人に200体相手させたくせに?」
「ちょ、ちょっと待て、お前本当に何言ってんだ?」
 新垣が国崎の言葉に困惑し始めたその時、入口に1体のアンドロイドが現れた。
「新垣、後ろ!」
 能見が慌てたように叫ぶ。しかしアンドロイドを見た新垣の顔はパッと明るくなった。
「お、お付きのメイドロボじゃん。久しぶりー」
『あ、新垣様、お久しぶりです』
 アンドロイドーーフィグネリアは新垣に気づくと軽く一礼した。国崎が驚いたように話しかける。
「フィグネリア!? なんでこんな所に」
『怪我も治ってないのに、突然出かけられましたから、ここを襲撃しに行ったのではないかと推測したのですが、どうやら予想通りだったようですね……』
 フィグネリアは国崎の攻撃せいでグチャグチャになっている正面玄関を見回しながらそう言うと、国崎は罰が悪そうに頬をかいた。新垣はフィグネリアに近づくと、真剣な顔で話しかけた。
「なぁ、突然で悪いんだけど、ちょっとこの状況に至るまでの説明を聞かせてくれないか国東こいつとだと話にならねぇから」


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「稼働中の生産工場に単身突入ー?」
 フィグネリアから聞かされた国崎の怒りの原因はとんでもない物だった。しかもその依頼の差出人は魔導課ときた。
「ふざけんな、なんだよその依頼!」
『新垣様は何も知らないみたいですね』
「知らないも何も、そりゃ『死んでください』って言ってるのと同じじゃん。そんな無茶苦茶な依頼誰が出すか」
「お前らが出したんだろうが……」
「お前は黙ってろ」
『亮平様は静かにしていて下さい』
 俺とフィグネリアのW注意に国崎はしぶしぶ口を閉ざした。
『一応依頼先を逆探知したところ、確かにこちらからの発信でしたから安心して引き受けたのですが……』
「そう言われてもなー、知らないもんは知らねぇよ。だいたいそれ本当に魔導課のメルアド?」
『……そこまでは。一応こういうアドレスだったんですが……』
 そう言うとフィグネリアはタブレットにすらすらとアドレスを書いた。
「……確かに警察のアドレスだな。でも俺らが使ってる物ではないってのは言える」
「じゃあ誰が送ったんだよ」
「うーん……」
 俺はちらりと先ほどから能見にごう……もとい尋問を受けている男を見た。
「あいつなら何か知っているかもな」 



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