戒められし者

Memory☆彡.。

二十一.王たちの後悔

 シャラが晩餐を欠席すると決めてから、わずか三日。
 アントナ国の城にある大広間にマーサーが入ってきた時には、既に各国の王が揃っていた。
 「すまない。遅れてしまったな。では、王ノ会議を始める。」
 ドアの目の前には、近衛兵のラル・シガンリーとアスト・キラードが立ち、刺客がいないかと目を光らせている。
 「さて、今回集まってもらったのは他でもない、ウォーター学舎にいると思われているシャラの件についてだ。晩餐に行くことに対する返答が帰ってきた。」
 円卓の一部がびくっと揺れたのが目の端に見えた。
 (リーガン…)
 シャラの側近を務めていた九歳年下の弟。
 シャラがいなくなってから、一番自責の念に囚われていたのは、このリーガンだった。
 生けにえノ刑の刑執行人…それがリーガンの裏の顔だ。
 リヨンのことを処刑した時、リヨンを助けに行くシャラを見つけたのもリーガンだった。
 助けることができなかったことを、ずっと後悔しているのだ。
 この弟に、シャラの返答を聞かせるのは酷だが、言うしかない。
 マーサーはため息をつくと、口を開いた。
 「では、答えを伝える。…やはり、辞退するとの事だった。リーガンに会いたくない、許せる自信がない、とのことだ。」
 大広間に、重苦しい空気が流れた。
 今や、トワラ星の最高権力者はマーサーだ。
 そのマーサーの申し出を断ることは、死を意味する。
 そのことを分かっていて…死を覚悟してまで…シャラは辞退すると言ったのだ。
 「手記ノ紙を送ってきた、サリム・レッカーという学舎の教導ノ師は、手記ノ紙の中で深く謝罪していた。…あと『シャラの心の傷は癒えるということを知りません。兄を亡くしたばかりということもございます。これ以上無理はさせたくないのです。どうか今回はお許しください。』とも書いてある。」
 全員がはっとした。
 つい先日にルータイ国で起きた馬車の事故は、この頃にはかなり有名になっていた。
 というのも、その事故で命を落とした青年が、元カウン国王子のスフィルだったからだ。
 元ではあるが王子だったために、大きな葬儀を行った。
 ―だが、そこに妹であるはずのシャラの姿はなかった。
 あとから、スフィルの弟子がシャラに手記ノ紙を送ったということを知った。
 つまりシャラは、早くに兄と別れて、ウォーター学舎に入り、最期の別れもできなかったことになる。
 そのことを王たちが知ったのは、スフィルの葬儀も何もかも終わったあとだった。
 それを知ったリーガンは、誰よりも悔いていた。
 もっと早くにスフィルを捜していれば、リヨンを裏切ることさえしなければ、シャラはもっと早くにスフィルと会えていたのかもしれない…。
 そんな激しい悔いに、苛まれていた。
 だからこそ、許されずとも、殴られようとも、とにかく謝りたかったのだ。
 そのシャラが来ないと言っている。
 確かに仕方がないといえば仕方がないだろう。シャラの気持ちも分からないわけではない。
 さらに重苦しい沈黙が漂った。
 じっと考えていたマーサーは、突然ぱっと顔を上げた。
 全員の視線が向いたその顔は、蒼白に近かった。
 「陛下?どうなさいましたか?どこか悪いところでもあるのですか?」
 そう問うたラルの声も、ほとんど聞こえていなかった。
 全員が怪訝そうに見つめる中、マーサーはかすれた声を出した。
 「おかしい…おかしいんだ…シャラがたどっている道は、どう考えても…論理的に説明できない部分があるんだ…」
 「―!?」
 困惑した一同を見渡しながら、マーサーは、ゆっくりと話し始めた。
 「よく考えてほしい。シャラは…どうやって死ノ池から出て、どうやってルータイ国に行ったんだ?そして、六年ぶりに兄と会ったのに、なぜかその三年後にウォーター学舎に入っている。しかも今の時期にいるということは、どう考えても特別入学をしたとしか思えないんだ。一体なぜそんなことが出来たのか、俺は不思議でならん。シャラとスフィルはカウン国の出身だ。たとえ家を出てから六年ほど経とうと、彼が住んでいたのは深い森を超えたところだ。学舎へ特別入学をさせるほど、人のあてはないはずだ。そして、スフィルの弟子の行動も気になる。なぜスフィルが命を落としてすぐに連絡しないのだ?シャラは、スフィルと血の繋がった妹なんだぞ?…明らかにシャラについては、おかしな部分があるんだ。」
 言われてみればその通りだ。
 シャラは、明らかに不自然な環境を乗り越えて生きている。
 大体、死ノ池に入っておきながら、リヨンと共にランギョに囲まれながら、生き延びることが出来るはずがない。
 母親であるリヨンでも足がつかないほど深い死ノ池など、リヨンの胸ぐらいまでしかなかった十歳のシャラが立てるはずもないからだ。
 「リーガン、リヨン女王の刑を執行した際、不審な部分はなかったか。」
 リーガンは頷いたが、ふと首をかしげた。
 「どうした。何かあったのか。言ってみろ。」
 リーガンは不安げな顔になりつつも、こう言った。
 「実は…笛のような甲高い音がして…そのあと…ランギョが動きを止めて…」
 目の前に閃光が走った気がした。
 「何!?それはいつの事だ!?頼む!思い出せ!刑のどの部分だ!」
 突如豹変した兄にたじろぎながらも、リーガンは言った。
 「え…っと…シャラ王女の…短剣のようなものでロープを切ったあと…ランギョに囲まれた時ですかね…。」
 マーサーは夏に似合わない寒気がして、思わず腕をさすった。
 『笛のような甲高い音がして…ランギョが動きを止めて…』
 リーガンの言葉が、頭の中を何度も去来する。
 (リヨンが…ランギョを操ったんだ…)
 そんなことはありえない。
 ランギョは、誰が何をしようと操れないはずなのだ。
 リヨンは、呪いノ民だったが、マーサーがこれまでに数多く会ってきた呪いノ民は、操ることをしなかった。
 確かに止め笛を使うことはあるにしろ、操る姿は見たことがなかった。
 (リヨン…あの時…何があったのだ…)
 シャラと共に、ランギョに囲まれたあの時、一体何があったというのか。
 (大体…)
 生けにえノ刑のやり方は、どう考えてもおかしい。
 なぜ、カウン国の王を処刑するのか…。
 それによって、何人の王家の人々が泣いてきたのだろうか。苦しんできたのだろうか。
 しかも、リヨンはわずか三十三年という、短すぎる命だった。
 次は…リーガンだ…執行人が…自分の弟が…目の前で処刑されるのだ。
 めまいがした。
 リーガンは、大切な愛する弟だ。
 その弟を失えというのか…目の前で死んでいくのを見ろというのか…こんな思いを、リヨンはシャラにさせたくなくてもさせてしまったのか…あの時、シャラが助けに行ったところを見ると、恐らく生けにえノ刑ノ書を読んだのだろう…その時から、シャラは覚悟を決めていたのだろうか…何を思って母親を助けに行ったのだろうか…。
 どんな理由にせよ、あの子がわずか十歳で、その幼さで死を覚悟してまで助けに行ったという事実は、胸を刺した。
 たった十歳という年齢で、死を覚悟するなど、どれほど辛かっただろうか…そんな幼さで、十年という長い月日を家族と過ごした、大切な家を出るなど、どこまで苦しかっただろうか…。
 リーガンの話では、シャラの部屋の絨毯に、激しく泣いたような、大きなシミが残っていたという。
 あれほど思い切った行動をしようとも、シャラはまだまだ幼かったのだ。
 本当は辛かったのだ。苦しかったのだ。嫌だったのだ。
 それでも、シャラは自分の命よりも大好きな母親を助けることを選んだ。
 どれほど優しくて、勇敢な子だろうか。
 だが、母リヨンは目の前で処刑されてしまい、シャラは兄スフィルと出会った。
 恐らく、嬉しさよりも後悔の方が大きかったに違いない。
 助けに行ったのに、助けるどころか、助けられてしまったからだ。
 リヨンは、どれほど呪いノ民と差別されようと、心の温かさを失うことは無かったのだ。
 娘を助け、自分は身代わりで死を選んだリヨン。
 それに、これまで誰も使ったことのない術を使ってまでして、シャラを助けたのだ。
 シャラを一人残して逝くなど、どれほど無念の思いだったのだろうか…。
 スフィルもそうだったに違いない。
 シャラをウォーター学舎にいれたのも、恐らくリーガンの目から隠すためだったのだろう。
 ここまで推測すると、スフィルが亡くなった時、スフィルの弟子が、どうしてシャラに対して、すぐに手記ノ紙を出さなかったかが、よくわかる。
 唯一残った家族が死んだとなれば、シャラが街へ来るのは確実だ。
 ライリー・ユファンが言っていた。
 スフィル師は死に際に、シャラに来るなと伝えろ、と言っていました、と。
 その約束を、ライリーはシャラの性格を考えて、手記ノ紙を出さないという手段で守ったのだ。
 そして、シャラは葬儀が終わってから、兄の死を知った。
 その証拠に、ウォーター学舎に偵察に行っていた近衛兵が、シャラのものらしき、激しい泣き声を聞いたと言うから、シャラがどれほどショックを受けたかもよくわかる。
 スフィル自身もショックだっただろう。
 わずか二十年の命。
 リヨンよりも、父親のアーシュよりも、遥かに若い年齢でこの世を去ったスフィル。
 シャラとまだやりたいこともあったはずだ。開いていた竪琴店も、これからが本番だったに違いない…。
 スフィルは、暴走した馬車に轢かれそうになった子供をかばって、自分が轢かれた。そして、その傷が元になり、この世を去った。
 アーシュは、早くにこの世を去ったためによく分からないが、スフィルとリヨンは、紛れもなく、素晴らしい人格を持っている。
 シャラが、あれほど聡い子に育つわけだ。充分納得できる。
 そんな聡い子に…幼い子に…あれほどひどい仕打ちをしたというのか…!
 自分もその一人だ。
 幼いシャラに、酷い仕打ちをしたのは…刑執行人のリーガンよりも、助けに行くシャラを、岸から傍観していた自分たちだ。
 ふいに目の前が滲んだ。
 シャラに謝りたい…心から謝罪したい…そんな気持ちが湧き上がってきた。
 こらえていた涙が、唐突に流れ落ちた。
 一気に静かだった大広間がざわめいた。
 というのも、マーサーが泣いたのは、これが初めてだからだ。
 「兄上…」
 リーガンが、そっとマーサーの肩に手を置いた。
 「自分も…生けにえノ刑によって、涙を流す人々をたくさん見てきました。」
 マーサーは顔を上げて、リーガンを見た。
 「ですが…シャラ王女の件に関しましては、あまりにもひどいことをしてしまったのだと…今になって激しく後悔しています…。たとえ掟だったとしても、シャラ王女のことだけは…側近として、ボディーガードとして、助けなければならなかったのです…」
 リーガンはそれ以上言葉にならず、声を上げて泣き崩れた。
 各国の王たちも、涙を流した。
 シャラが、どれほど苦しく辛い人生を歩んできたのか…今になって、やっと痛感した。
 激しい後悔が、全員の胸に押し寄せた。
 シャラを助けてやるべきだった…あの時、傍観などしている暇などなかった…。
 死ノ池を恐れずに、冷たい水に入ってリヨンを助けに行ったシャラに比べれば、自分たちなど屑同然だ。
 何としてでも、シャラに会わねばならない。
 涙に濡れたマーサーの目には、強い光が宿っていた。

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