戒められし者

Memory☆彡.。

二十.マーサーの申し出

 リューサは、学長室に着くなりノックもなしに入った。
 「リューサ!シャラ!よかった。待ってたの。シャラ、これを見てくれない?」
 渡された紙を読んでいくうちに、みるみるうちにシャラは真っ青になっていった。
 「お、おい…シャラ?」
 シャラが震える手で差し出してきた紙には、こう書いてあった。
 『親愛なるシャラへ
 そなたと会ったことはあるが、こうして手記ノ紙(現代でいう手紙)を出すのは初めてとなった。
 シャラよ、私を覚えていないか。
 アントナ国王のマーサーと聞けば、思い出す部分もあると思う。
 そなたに仕えていた、リーガンの兄だ。
 最初に、弟の非礼を詫びさせてほしい。そなたを裏切ったあげく、リヨンを処刑した。いや、殺したと言うべきかもしれない。
 何はともあれ、そなたが苦しい三年間を過ごしてきたのは、間違いなかろう。本当にすまなかった。心から謝罪の念を伝えたい。
 だが、謝罪も目的ではあるが、ここからが、一番重要なことになる。
 そなたは今、ルータイ国のウォーター学舎で暮らしておるな。
 いや、慌てずとも良い。ずっと探していたのだから、見つかって安堵したのは言うまでもないことなのだ。
 とりあえず、その件は置いておこう。
 そなたに、アントナ国で開かれる、各国の王たちが出席する晩餐に出てほしいのだ。
 そなたは、元はカウン国の王家の娘。この晩餐に、本当ならば出るはずの人間だ。
 もし出席するというのであれば、アントナ国からウォーター学舎に、上級の近衛兵である、近衛ノ隊の者を二人ほど行かせる。突然のことで申し訳ないが、どうか出席してほしい。
 こういうのもなんだが、リーガンに謝らせることが、そなたを招待した最大の目的だ。
 あいつがそなたにしたことは、酷い裏切り行為だ。決して許されるものではない。
 いくら謝罪をしたとて、リヨンが帰ってくるわけでもなかろう。そなたの心の傷が治るわけではなかろう。反対に、リーガンや私を恨むかもしれぬ。
 だが、ここだけの話、リーガンは今、かなり苦しんでいる。そなたとリヨンを裏切った自分のことを、責め続けているのだ。
 許さずとも良い。許せるはずもないことであろう。だが、何を言われようと、されようと、とにかくそなたの顔を見て謝りたい。
 こうやって書いていると、かなり押し付けがましいことなのかもしれぬ、と考えてしまう。
 実は今回のことは、迷いに迷って決めたことなのだ。
 そなたのことを、リーガンに会わせぬほうが良いのかもしれぬからだ。
 どうか誓ってほしい。
 たとえリーガンに会ったとしても、逆上しないということを。
 あいつも、ひどく反省しているのだ。そなたにとっては、どこまで辛いことかわかる。憎らしいことかわかる。
 だが、どうか耐えてほしい。
 返事を待っている。なるべく早くに願う。
 マーサー・アントナ』
 リューサは、何でもないただの手紙だ、と思ったが、シャラの過去を思い出してはっとした。
 マーサーの弟、リーガンは、シャラとその母親であるリヨンを裏切った人なのだ。
 そう、シャラの人生を大きく変えてしまった人、それこそリーガンなのだ。
 そんなリーガンが出席する晩餐など、シャラが行きたいなどと思うだろうか…。
 (どうして…)
 どうしてシャラばかりこうなるのだろうか…変われるものなら、今すぐにでも変わってやりたかった。
 それにシャラは、まだ二年生だ。
 六年生まであるこの学舎で、まだまだ学べる未来があるのだ。
 その未来を、昔の素性や立場で壊されていくのか…。
 最初は、王家の娘ならとてもいい暮らしをしてたんだろう、と思っていた。
 小さな村で生まれた自分とは、比べ物にならないくらい裕福で、幸せなんだと思っていた。
 だが、王家の娘ということは、半永久的に、その立場に苦しめられることに等しいのだ。
 「サリム先生…私は行くべきなのでしょうか…」
 シャラのかすれた声に、リューサは我に返った。
 サリムは、苦々しい顔をしつつも頷いた。
 「そうね…。今、トワラ星を統治しているのは、マーサー王だから…怒りを買うよりかは、行ったほうがいいと思うわ。」
 シャラは、今や真っ青というよりは真っ白だった。おまけに小刻みに震えている。
 「リューサ…シャラをそこの椅子に座らせて…。」
 シャラが座り、リューサもその隣に座ると、サリムはシャラから目をそらさずに言った。
 「シャラ…あなたにどうしても言わなくてはならないことがあるの。」
 シャラも、こちらを見つめたまま、視線を外そうとしない。
 「私はね、本当はサリム・レッカーという名前ではないのよ。本当の名前は…サリミア・カウンって言うの。」
 シャラが目を見開いたのがわかった。
 「ごめんね…ずっと言えなくて…。私は、スフィルと双子で生まれてきたの。でも、すぐあとにあなたが生まれて、私はレッカー家の養子に出されたわ。」
 そう言うと、サリムは一つの封筒を取り出し、シャラに渡した。
 表には、『いざという時、これを娘のシャラに託す。』と書いてあった。
 その字を見て、シャラは目を見開いた。
 「これは…お父様の字…?」
 サリムは微笑んで頷いた。
 「そう、アーシュが…父上が、私が養子に出る日に渡してくれたものなの。…何が入っているのか、何が書いてあるのかは、私にもわからない。…開けてみて。」
 開けると、四枚ほどの紙が出てきた。二枚ずつにわかれ、『サリミアへ』『シャラへ』とそれぞれ書いてある。―手紙だった。
 シャラは、最初にサリミア宛の手紙を開くと、読み始めた。
 「サリミア、お前には本当に申し訳ないことをした。どんな理由であれ、自分の娘をあっけなく養子に出してしまうとは、我ながら情けない。だが、勘違いはしないでほしい。お前のことを愛していないわけじゃない。元気か。まあ、これを読むということは、元気なのだろう。お前がこの手紙を読んでいるということは、そばにはシャラがいるということだな。お前に、とても大切なお願いがある。シャラが、一人前になれるまで、そばで助けながら、見守ってやってほしいんだ。この国に、生けにえノ刑があり続ける以上、考えたくはないが、俺もリヨンも、長くは生きられない。シャラの成人など、恐らく見られないに等しいだろう。その役目を、サリミア、お前に託したいんだ。こんなことは、実の娘のことをあっけなく養子に出した者が言えることではないだろう。だが、お前のところにシャラがいるということは、もう俺もリヨンもいないということだ。シャラが道を踏み誤らないように、導いてやってほしい。サリミア、愛しているよ。
 アーシュ・カウン」
 ふとサリムを見ると、サリムは泣いていた。
 声を出さずに涙を流しているサリムに、シャラはもう一枚を渡した。
 「これは、お母様…リヨン・カウンが書いてくれた手紙です。…お読みください。サリミアしか見ないで、と表に書いてあるので、お一人で。」
 サリムが読んでいる間に、シャラは、自分宛の手紙を開いた。
 『シャラ、あなたがこれを開いているということは、もう私はその場にはいないでしょう。だって、サリミアに会っているということだからね。シャラ、あなたはここまで、本当に辛くて苦しい思いばかりをしてきたと思う。よく頑張ったね。私ね、わかる気がするの。あなたはきっと、もう一度スフィルと会うことが出来て、サリミアとも再会出来て、カウン国で女王として国を治めるという苦しい立場じゃなくなるって。竪琴、まだ弾いていますか?―』
 シャラは、途中から涙が止まらなかった。リヨンらしい手紙ではないか。
 隣に母がいる気がした。母の声が聞こえた気がした。
 まだ、城の大きな部屋で、母と一緒に話していた、遠い記憶。一緒に過ごしたのは、本当に短い時間だった。それでもその分、たくさんのことを教えてくれた。
 だが、多くのことを教えながらも、話しながらも、リヨンの口癖は、いつも同じだった。
 『シャラ、どんなに苦手な相手だろうと、虫だろうとランギョだろうと、この世に生を受けた生き物たちには、必ずしも命というものがあるのよ。でも、命は生まれるのはとても長い時間がかかるのに、消えてしまうのは、本当にあっという間なのよ。それを忘れてはならないからね。』
 本当にその通りだと、今になって痛感する。
 父、母、兄…家族との幸せな生活は、驚くほどあっけなく崩れてしまったのだ。
 大切な命が失われる…そんな簡単なことで、幸せな生活が一気に崩れてしまうのだ。
 確かに今も、幸せとは到底言えないだろう。
 いつ見つかるか、そんな不安に苛まれ続ける日々だ。カヤンがいなければ、ここまで理性を保って過ごせることは、なかったに違いない。
 だが、自分が見つかることさえしなければ、もう大切な人を亡くす必要も無い。
 自分が、ここにいることを、マーサーが知っていたのは驚いたが、晩餐を辞退すればいい話なのだ。
 (マーサーは…私が出るはずだったと言っているけど…)
 もう自分は、王家の娘ではない。今はルータイの国民だ。
 王家の血筋は引いているが、継承権は自分から捨てたのだ。
 そもそも、身内が目の前にいるサリムしかいないのに、どうしてカウン国に戻れと言うのか。
 確かに、サリムはレッカー家という上級貴族の家に、養子に出た身だが、レッカー家はルータイ国の貴族だ。カウン国とは、なんの関係もない。
 (なぜ…)
 王家を出ても、ここまで苦しめられるのだろうか…リーガンが王になったのなら、自分の立場は無意味なものになるはずだ。
 そこまで考えた時、激しい怒りがわいてきた。
 「サリム先生…」
 手紙を読んでいたサリムは、顔を上げた。
 「何?どうしたの?」
 シャラは、サリムから目を離さずに言った。
 「マーサー王に、晩餐の出席を辞退するとお伝え願いたいのです。」
 サリムもリューサも驚いて動きを止めた。
 トワラ星を統治するリヨンがいなくなった今、最大権力を持つのは、アントナ国に住むマーサーだ。
 そのマーサーの申し出を断るなど、死に等しいことだった。
 「シャラ、あなた本気で言っているの?この星にいる王の全員が、リヨン女王みたいにお優しいわけでは無いのよ?マーサー王は誰がなんと言おうと、処刑する時はする方だってこと、わかってるの?」
 シャラは頷いた。
 「十分承知しております。しかし、私はそこまでしても、リーガン・アントナになど、会いたくないのです。」
 シャラは、静かに話し始めた。
 「あの男、リーガン・アントナは、私の母、リヨン・カウンを生けにえノ刑に処した挙句、私と母のことを裏切った人間です。そんな男に会えと言うのですか?たとえ晩餐の場で逆上することは避けたとしても、私はリーガンを許すことなど、到底出来るとは思えません。謝るのであれば、母を返してほしい。でも、それは誰にも出来ないことです。私もできるのであれば、父が亡くなった時も、母が亡くなった時も、兄が亡くなった時も、全ての時に全員を生き返らせたでしょう。」
 涙が溢れたが、その涙を拭うこともなく、シャラは淡々と話し続けた。
 「私の顔を見て謝罪したい?そんなわけのわからない理屈など、聞きたくもありません。どれだけ謝罪の言葉を、後悔の言葉を並べ立てたところで、母たちは戻ってこないのです。そして、私は王位継承権を、母を助けに行ったあの時に放棄しているのです。謝られても意味が無い、王位継承権を持っているわけでもない。そんな私が、王たちが参加する晩餐に出席する意味などあるのでしょうか?」
 サリムとリューサは、声も出ないまま、目の前で泣いている青ノ瞳をもつ少女を見つめていた。
 まだ、わずか十三歳。自分たちよりも、遥かに幼いシャラは、今よりもずっと先を見ている。
 シャラが体験してきた悲しみと苦しみという名の世界。
 それは想像を絶するものだった。
 自分たちも、たくさんの悲しみや苦しみを体験してきた。だが、シャラは誰よりも酷い人生を送っているだろう。
 サリムは、ため息をつくと言った。
 「わかったわ。あなたの意見を尊重しましょう。マーサー王に、あなたが欠席の意向を示していることは、訳も含めて、しっかりとお伝えしておくわ。また何かあったら呼ぶからカヤンのところに戻りなさい。」
 頷いて、さっと踵を返すと、シャラは部屋を出ていった。
 
 この何年もあと、シャラは思ったものだ。
 自分が誤った判断をしたのは、どこだったのだろうか、と。
 リヨンを助けるために、王位継承権を捨てた時だろうか、カヤンと出会った時だろうか、マーサーの申し出を断った時だろうか…。
 どっちにしろ、知らないところで、大切な一線を超えてしまっていたのだ。
 そして、シャラが気がついた時には、もう戻れない場所まで来てしまっていたのだ…。

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