戒められし者

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九.新たな王

 アントナ国、王家ノ城の広間には、トワラ星の国々の王たちが、集まっていた。
 広間の、中央に置かれた円卓には、ほぼ、全員が集まっている。
 ただ一つ、リヨン・カウンの席を残して。
 「おい…リヨン・カウンは、まだなのか?もう、一時間も遅れているんだぞ?」
 アントナ国の王、マーサー・アントナが、苛立った様子で、声をあげた。
 元から短気な性格なため、こういう時、必ず最初に苛立つのは、マーサーだ。
 未だに、リヨンだけが、来ていないのだ。
 リヨンが来れば、晩餐を、いつでも始められる状態だった。
 誰か一人でも、一分でも遅れれば、苛立つマーサーが、苛立ちを隠せないのも、無理はないだろう。
 「…マーサー、少し落ち着いて。必ず、約束などは守る、リヨンのことだわ。きっと、何かあったんでしょう。」
 シクノア国の女王、カーラエンがたしなめた。
 「しかしだな…遅れるときは、急使を送るなどするのが、常識であろう。それも来ないとはな。リヨンもおちぶれたものだ。」
 マーサーは、怒りの色を滲ませた目で、天井を睨んだ。
 またたく間に、広間に、重苦しい空気が漂った。
 その、重い沈黙を破ったのは、一つのノックだった。
 突然、戸を叩く音がして、全員の視線が、戸の方に向いた。
 マーサーが、苛立ったように声を張り上げた。
 「誰だ!こんな時に!本来なら、晩餐が始まっている、その時間帯だぞ!」
 戸の外から、はっきりとした声が聞こえてきた。
 「申し訳ございません!近衛兵の、ラル・シガンリーです!マーサー王に、来客がございます!火急の用とのことです!」
 マーサーは眉をひそめた。
 リヨンの急使だろうか。
 「客だと?…その者の名は?」
 「リーガン・アントナ、と申しております!」
 その名に、耳を疑った。
 「何?リーガンだと?なぜ…よい、通せ。」
 ガチャリ…と静かに戸が開いて、ラルと、一人の青年が入ってきた。
 (リーガン…)
 訳あって、カウン国の王家に、執事として、派遣していた、実の弟…。
 二十歳となったリーガンは、背が高くて、顔色が青白かった。
 マーサーは、しばらくリーガンから、目が離せなかった。
 随分痩せた。
 出家した時より、明らかに痩せた。よほど、辛い仕事が多かったのだろう。
 ラルが、部屋のすみに移動すると、すっとリーガンは、ひざまづいた。
 その口から出てきたのは、かつて、共に暮らしていた、弟の声とはかけ離れた、小さくて、かすれた声だった。
 「兄上…お久しぶりでございます。このような、大切な晩餐前に、参った無礼を、お許しください。兄上に、どうしても、お伝えしなくてはならぬことが、あったため、こちらに参りました。」
 マーサーは、厳しい顔を崩さずに言った。
 「言え。ただし、手短に。」
 リーガンは、頷くと、顔を上げずに、かすれた声で言った。
 「畏れながら申し上げます。…カウン国のリヨン女王が昨日未明、『生けにえノ刑』に処され、崩御…されました。三十三歳でした。刑は…執行人である、私が、執行いたしました。」
 ざわっと、広間中にどよめきが広がった。
 リヨン・カウンは、遅れているのではなく、殺されていたのか、という声が聞こえてくる。
 マーサーは、激しい驚きで、蒼白になりながらも、静かに問うた。
 「確か…リヨン・カウンには、一人、王女である、娘がいたはずだ。その娘は今、一体、どうしているのだ。共に死んだはずは、無いであろう。『生けにえノ刑』は、一人しか受けれぬのだから。」
 その時に、初めて、リーガンが顔をあげた。
 マーサーを見つめる目は、とても暗かった。
 その目から、静かに、涙が流れていた。
 「シャラ王女ですが…現在、行方が分かっておりません…。」
 リーガンの話をまとめると、こうだ。
 『生けにえノ刑』が行われたあの日、リヨンのことを、必死で泳いで助けに行く、王女、シャラを見つけたが、その後の行方が、全く分からないのだという。
 「兵たちを、派遣しなかったのか?」
 マーサーの問いに、リーガンは、唇を噛みながら考え、答えた。
 「派遣しました。それも、トワラ星全体に…ですが…見つけられなくて…」
 マーサーは、さらに問うた。
 「死んだ可能性は?」
 リーガンは、涙を拭いながら、震える声で答えた。
 「残念ですが…否定できません…。」
 マーサーは、じっと考えたあと、静かに言った。
 「…リーガン、お前のことを、カウン国の、新たな王に任命する。」
 また、広間中がざわめいた。
 アントナ国出身の者を、カウン国の王にするのか、王女は、生きているかもしれないではないか、という声が、円卓の周りから、聞こえてくる。
 リーガンも、真っ青になっていた。
 その口から、かすれた声が出た。
 「あ…兄上…?私に、そんな重大な役はつとめれません。どうか、お考え直しください。加えて、私は刑執行人です。王になる資格など、ございません。」
 マーサーは、力なく首を振ると、静かに言った。
 「いいんだ…いいんだよリーガン。きっと、その王女は、戻っては来るまい…自分の母親のことを、自分を、見殺しにした人々がいる国には…な。とにかく、そういう事だ。これは、緊急時の特別な措置だ。それを、自覚しろ。わかったな?…ラル、リーガンを門まで送り届けろ。リーガン、また、ゆっくり話そう。積もる話も、多くある。」
 呆然とするリーガンの真横で、ラルが、ぴしっと敬礼をした。
 「はっ!リーガン様、こちらです!」
 リーガンは、マーサーを一瞥すると、真っ青な顔のまま、部屋を出ていった。
 広間には、重苦しい沈黙が流れた。
 誰にも破れない沈黙だった。
 
 次の日の朝、朝餉を作るシャラの後ろで、情報紙を読んでいたスフィルが、声を上げた。
 「お…おい、シャラ!これ、見てみろよ!今日、星ノ民たちに配られている、号外の情報紙だって!」
 スフィルの顔は、蒼白だった。
 不安な気持ちで、ゆっくりと受け取ったシャラは、情報紙を見た瞬間、すうっと、体が冷たくなったのを感じた。
 『カウン国の女王、リヨン・カウン、突然死す!
 カウン国の、リヨン・カウン女王が、『生けにえノ刑』に、身代わり処刑され、三十三歳で、崩御なされた。
 その子である、王子、スフィル・カウン(十七)と王女、シャラ・カウン(十)は、未だ行方不明となっており、カウン国が、行方を追っている。
 アントナ国の王、マーサー・アントナ(二十九)は、昨日、王家ノ城で開かれた、晩餐の会場で、新たなカウン国の王として、リーガン・アントナ(二十)を、正式に任命した。
 リーガン・アントナは、行方不明となっている、シャラ王女の側近で、王家のことを、よくわかっているということから、白羽の矢が立った。
 今後、王妃となる者を探すと共に、スフィル王子と、シャラ王女の、行方を追うということだ。』
 シャラは、思わず、窓の外を向いた。スフィルの顔を、見れなかった。
 (リーガンが…王に?)
 スフィルを見ると、信じられないという様子で、静かに首を振っている。
 シャラは、情報紙を強く握りしめた。
 トワラ星全体を治めているのは、アントナ国の王である、マーサー・アントナだ。
 そのマーサーが、新たなる王を任命すること自体は、容易に納得できる。全く問題ないことだ。
 だが、任命されたのが、よりによって、あの、リーガンだとは…!
 シャラは、今にも泣きそうだった。
 (リーガンは…あいつは…!)
 そうだ。リーガンこそ、母と自分を裏切り、見捨て、処刑した、張本人だ。
 あんな屑同然の男が、カウン国の王になるとは…!
 それに、カウンという名の血筋は、ここで絶えてしまったのだ。
 アーシュとリヨンが、必死になって作り上げてきた、カウン国の王の、カウン家の血筋が。
 父と母に、申し訳なかった。今すぐ、顔を見て、ひれ伏して、謝りたかった。
 だが、謝りたくても、その謝る相手は、既にこの世にいないのだ。
 泣き始めたシャラを、そっと抱き寄せたスフィルは、大きな不安が、少しずつ膨らんでくるのを、感じていた。
 リーガン・アントナ…ということは、シャラの側近として、ずっとそばにいた、あの若者のことだろう。
 スフィルは、リーガンの本当の顔を知っていた。
 (『生けにえノ刑』の刑執行人であり、アントナ国の王子…)
 その裏の顔を知ったのは、家を出る、ほんの数年前だったと、記憶している。
 書斎で、書類をこっそりと確かめていたら、リーガンに関する書類が出てきたのだ。
 『リーガン・アントナ(二十)
 ・アントナ家次男
 ・アントナ国王子
 ・生けにえノ刑執行人』
 あの時読んだ、生々しい文面が、目の奥に浮かんだ。
 それに、シャラと自分の名前は、呆気なく露見した。
 見つけられるのも、時間の問題になるだろう。
 (シャラを…守らないと…)
 そうやって、ひそかに心に決めた。
 もちろん、ショックの方が、大きかった。不安の方が、大きかった。
 自分は、まだ十七歳。
 シャラを、きちんと守れるような、年齢じゃない。
 王家にいた頃は、多くのことを学んだが、それだけでは足りない。
 (護身術は学んだ…医術も学んだ…戦闘術も学んだ…。)
 多くの知識はある。経験もそれなりだ。
 だが、それだけでは無理だ。
 シャラを必ず守る、そう言うには、足りないものが多すぎる。
 それもショックだった。
 大事な妹、一人守れない。そう思うだけで、はがゆかった。
 
 だが、ショックを受けたのは、シャラとスフィルだけでは、なかった。
 カウン国の民はもちろん、この知らせには、『星ノ民』全員が困惑した。
 そして、賛否両論と、別れることになった。
 賛成派の意見は、王がいなくなった今、カウン国を統一するべき人は、側近である、リーガンかユミリアだ。王がいなければ、治安が乱れてしまう。他に誰がいる。リーガンほど、適任な人はいないだろう…だった。
 逆に、反対派の意見は、王がいないのは、治安が乱れる原因になるのは、もちろんわかる。だが、ここは、カウン国だ。アーシュ様とリヨン様が、汗水流して、ここまで築き上げてきたこの国を、なぜ、アントナ国の者に、任せることができるんだ。おかしいだろう…だった。
 この討論運動は、徐々に武力行使となり、抗争がいくつも起きた。
 多くの人が、家族を失った。
 シャラのそばで、ずっと警護をしてきた、兵の、ターリア・ウィリアムも、一日に、何回も抗争を繰り返す、野蛮な民と化したカウン国民を、もう止めれなくなっていた。
 苦しくなったターリアは、警護団長辞職を、リーガンに求め、静かに、誰にも知られることなく、シクノア国にある、故郷の二カレン村に戻っていき、二度とカウン国に、戻ってくることは無かった。
 
 誰もが、呆然とするほど、早すぎる決定であり、多くの人が、多くの大切なものを、呆気なく失った、残酷すぎる決定だった。
 そして、リーガンは、王になることで、多くの人々の恨みを買い、冷たい視線に晒され、シャラを見捨てた、自責の念に捕われながら、カウン国を治めることになったのだ。
 この後、カウン国は、暗黒時代とも言える、苦しい道を、歩むことになっていくのだった。

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