戒められし者

Memory☆彡.。

四.突然の別れ

 突然鳴り響いた、「警告ノ鐘」のけたたましい音で、シャラは飛び起きた。反射的に柱時計を見ると、まだ、四時を少し過ぎたところだった。
 廊下からは、兵達が、慌てて走っている音が聞こえてくる。
 「早くしろ!」という、隊長の、ターリアの怒声も聞こえてくる。
 何か、切羽詰まったことがあったのは、確かだった。
 まだ、夜が明けきっていないのだろう。
 部屋の中は闇に沈み、とてもひんやりとしている。
 思わずシャラは、ぶるっと震えて、呟いた。
 「寒い…。」
 だが、ふと横を見た瞬間、シャラは、寒さも忘れて、ベッドから飛び降りた。
 隣に寝ていたはずの、リヨンがいない。
 (お母様に…何かあったの?)
 警告ノ鐘がなる時点で、リヨンに何かあったのは確実だろう。
 寝巻きと裸足のまま慌てて廊下に出ると、走り惑う兵の間から、側近のリーガンが走ってきた。
 「シャラ王女!」
 「リーガン!お母様は?お母様はどこにいるの?昨日の夜まではいたのに!」
 リーガンは何も答えずにシャラをさっと抱き上げると、書斎へと走った。
 書斎に飛び込み、棚の間を走り回って、一冊の書物を取り出すとパラパラとめくった。
 表紙にはこう書いてあった。
 『生けにえノ刑ノ書』
 生けにえノ刑に関する書物だ。
 リーガンはかなり多くめくったところで、ふと手を止めると、シャラに差し出した。
 「シャラ王女、ここをお読みください。『生けにえノ刑』の説明部分です。」
 その部分を読んで、シャラは戦慄した。何も考えれなくなった。
 [一番重き罪を犯した者、この刑に処する。三、四日間の拷問の後、処刑する。受刑者無きその時、カウン国の王または女王、身代わりとしてこの刑に処する。なお、この刑を受ける受刑者を助けた者は、新たなる受刑者として、加えられる。]
 シャラは真っ青な顔で震えながら、必死に頭を働かせた。
 (お母様は…)
 身代わりとして、この刑に処されることになったのだろうか。
 昨夜の、母の顔が浮かんだ。
 ―人間に操られるようになった獣は哀れだわ…。
 ―可哀想に…。
 あれほど、「生けにえノ刑」 を嫌っていた母が、この刑に処されるとは…!
 リヨンの気持ちを思うと、胸が痛かった。
 ふと挟まれていた「受刑者ノ表」を見ると、一番下の名前の部分に太い一本の線が引かれ、「執行完了」と書いてある。
 つまり、今は受刑者がいないことになる…。
 やはりリヨンは、身代わりとして処刑されるのだ…。
 部屋に戻ろうとした時、リズファーが、駆け寄ってきた。
 「シャラ王女、リヨン女王のことは、ご存知ですか?」
 「…うん…。」
 リズファーは、シャラの肩に手を起き、しゃがんで目を合わせると、しっかりとした声で言った。
 「大丈夫です。貴方様のことは、必ずお守りいたします。今は、お休みになってください。」
 どこをどう歩いたのか、全くわからなかったが、やっとのことで、誰もいない部屋に戻った。
 しんとした部屋を見渡した瞬間、涙が溢れた。
 昨夜までは、ここにリヨンがいた。昨夜の、リヨンの一つ一つの仕草が、頭に浮かんだ。
 (昨日のお母様は…こうなることをわかっていて…)
 なぜ、夕餉を共に作り、共に食べたのか、なぜ、首飾りをくれたのか、なぜ、一緒に寝たのか…やっとわかった。
 恐らく、リヨンは偶然、何らかの拍子に、あの表を見てしまったのだ。
 そこで、自分の死が近いことを悟り、自分に、あんなに優しくしてくれた…。
 ありえない話ではない。それどころか、これが真実だろう。
 書斎は、この王家の私物と言ってもいい場所だ。
 シャラも、リヨンも、よく二人で行っては、本を読みあっていた。
 あれほど、「生けにえノ刑」に対する嫌悪感をあらわにしていたリヨンが、あの書物を見ないわけがないのだ。
 少し前、母が書斎に一人で入っていくのを見た。
 母が、あの刑のことを、刑の掟を調べないはずがない。
 そして、掟を知ったあと、定期的に、受刑者ノ表を見に行っていたのだ。
 そして、昨日一昨日、その辺りで、自分が処刑される番だということに、気がついたのだ。
 あれほどリヨンの近くにいたのに、なぜ、気づけなかったのだろう…後悔しても、とうの昔に遅いことはわかっているのに、涙が止まらなかった。
 母の思いを知ったことで、勝手に安心し、母のことを、きちんと見れなかったこと…王女だというのに、助けてあげられない無力感…考えれば考えるほど、辛かった。
 (生けにえノ刑なんて…無くしてしまえばいいのに…)
 ぼんやりとした頭で、そう思った。
 その夜、リヨンが帰ってくることはなかった。
 
 眠れなかった。
 どんなに目をつぶっても、リヨンの優しい顔が、何度も浮かんでしまって、どうしても寝つけない。
 シャラは起き上がって、そっと廊下に出ると、リーガンの部屋に向かった。
 いつもの自分なら、辛いことがあった時は、「一人でいさせてほしい」と言うのだが、今夜だけは、話し相手になってほしかった。
 戸を叩こうとしたとき、中から話し声が聞こえてきて、シャラは手を止めた。
 母に教えてもらった、空気を感じ取る方法を使って、中を探った。
 (二人いる…空気が重い…よどんでる…暖炉の前にいる?…何かを話そうとしてる…?こんな時に、リーガンと、何を話すの…?)
 盗み聞きなどもっての他だ、と思いながらも、足が動かなかった。
 声を聞いているうちに、中にいる二人は、リーガンと、母の側近の、ユミリア・フーラスみたいだということが、少しずつ分かってきた。
 「ちょっとリーガン!それ本当なの?」
 「おい、ユミリア!声が大きいぞ。ここ、シャラ王女の部屋に結構近いんだ。今日のことがあったんだし、まだ起きているかもしれないだろ。声を低めろ。」
 そう言われて、少しは小さくなったが、元から大きいユミリアの声は、そこまで変わらなかった。
 おかげで、話の内容が、よく聞き取れる。
 「でも…そんなこと、シャラ王女には、絶対に言えないわよ。どうするのよ。」
 シャラは、ふっと眉をひそめた。
 母に…何かあったのか…。
 「ああ…そこなんだよ。でも…リヨン女王が、何をしたっていうんだ…。明日の明け方に、処刑されるなんて…。」
 (…!?)
 耳を疑った。
 三、四日間の拷問を経てからではないのか。
 そんなことをしたら、あの書物の意味が、無くなってしまうではないか。
 これ以上聞かずとも、嫌でも結論はわかる。
 (お母様が殺される…!)
 そっと戸の前から離れて、部屋にかけ戻ると、寝具の下から、小さな箱を取り出した。
 蓋を開けて、中に入っていた、きらびやかな装飾を施された、重めの短刀を取り出した。
 亡き父・アーシュからもらった、国宝の短刀だ。
 これなら、水を吸った太縄だろうと、なんだろうと、すぐに切れる。鎖でも、切れたはずだ。
 これを使えば、母を助けることができる。
 助けようとすれば、間違いなく自分も死罪だ。兄に会うという目的も、永久に果たせないだろう。
 でも、そんなことは、もうどうでも良くなっていた。
 母を助けて、逃げればいいだけの話なのだから。
 たとえ殺されたとしても、母と死ねるなら、なんの悔いもない。
 なんとか生き延びて、逃げ切ったとしても、この国のことは、リーガンやユミリアが、何とかしてくれる。
 女王と王女の側近を務めていた二人だ。自分よりも、しっかりとしているだろう。
 (お母様…) 
 リヨンの、優しい笑顔や声が、目の奥に浮かんだ。
 父・アーシュ、兄・スフィルの次は、母のリヨンを失うというのか。昨日話したことで、リヨンとは永遠の別れなのか。
 そんなことは、絶対に嫌だった。
 もうこれ以上、大切な人を失いたくなかった。
 (お母様…必ず助けます。まだ死なせません。)
 母を助けたあと、どこかへ逃げる。もしくは…共に殺される。
 よく考えてみれば、簡単な計画ではないか
 とにかく、母と一緒にいたかった。殺されようとなんだろうと、とにかくそばにいたかった。
 いつものように、バルコニーで、ずっと見守るなど、絶対に嫌だった。
 部屋を出ようとして、はたと止まり、戸の前で、静かに部屋の中を見渡した。
 アーシュやリヨン、そしてスフィルと共に、十年暮らした部屋だ。
 笑って、泣いて、怒って…そうやって、自分のここまでの十年間を、支えてきてくれたこの部屋。
 もう二度と、帰ってこれないかもしれない。
 それどころか、これがカウン国の空気を吸える最後の日なのかもしれないのだ。
 そう考えた瞬間、激しい悲しみがこみ上げた。
 絨毯に顔をつけて、静かに泣いた。胸が痛くて、涙がどうしても止まらなかった。
 離れることを考えるのは、とても簡単だ。
 とはいえど、それを実行するとなると辛い。
 充分な覚悟はしたはずなのに、いざとなると、なかなか辛さは抜けないものだった。
 だが、ここで辛い気持ちになっていても、なにも始まらない。
 本当の目的は、母を助けて、逃げること、それだけなのだ。
 あまり長居していると、リーガン達が来るかもしれない。そうしたら、外には出させてもらえないだろう。
 絨毯から顔を上げ、静かに首を振ると、涙をふいて、廊下に出た。
 幸いにも、玄関までの廊下に、人の気配は全くない。
 今日の朝の騒ぎで、多くの兵が見回りに出ているのだろう。
 少し先の、リーガンの部屋からは、ユミリアらしき、高めの声が、途切れ途切れに聞こえてくる。
 「…は、いつ…に…けるの?」
 内容はわからないが、疑問形を使っている時点で、二人いるのは確かだ。
 静かに行けば、気づかれないだろうが、用心にこしたことはない。
 そっと足音を立てぬように、玄関まで走り、戸を開けた。
 すっと冷たい夜気が体を包み込み、思わず身震いした。
 思っていたよりもかなり寒い。
 厚着をしていきたいが、動きづらくなる。このままで行くしかなかった。
 池、木々、生け垣、遊技場…多くの物がある庭を、静かに見ながら、小走りに門扉まで向かった。
 美しい庭園を見渡してから、門扉を開けて城の外に出た。
 (さようなら…リーガン…ユミリア…リズファー…)
 空には大量の星が輝いているが、新月の日で月は出ていない。
 シャラはほっとした。
 ここまで暗ければ、見つかる心配もほとんどないだろう。
 まだ、アーシュが生きていた頃、リヨンに余裕があった頃は、夜の森に出かけ、二人で散歩した。
 そこで、星について話したり、夜の森で、木の実を探したりと、夜目がきくようにするための遊びを、二人で何度もやった。
 おかげで、夜目がきく。何もかも、見定めることが出来た。
 (お母様に…感謝しなくちゃ…また、ああやって、二人で過ごしたい。)
 走り出そうとして、シャラは束の間、空を仰いだ。
 (お父様…私とお母様を見守ってください。)
 この輝く星のどこかに、父がいる気がする。
 わずかに祈りを捧げてから、シャラは、目を開けると、髪を結い上げ、深呼吸をした。
 ここまで来たからには、もう後戻りはできない。やるしかないのだ。
 (私は負けない。お母様を助けるまでは…)
 数秒後、城門の前から一人の少女が「死ノ池」の方向に走っていった。

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