公爵令嬢の復讐劇

中島鏡花

密告

デリックはソフィアの父親であり、ミロンヌ家の現当主であるアレクサンドル ド ミロンヌの自室の前で立ち止まりノックをする。

「入れ。」

「失礼致します。」

俺は主の自室に入り跪く。
この国では自分より階級の高い人にはお辞儀を、主には跪かなければならない。
そして、俺の主はこの屋敷に俺を置いて、仕事を与えてくれるアレクサンドル ド ミロンヌだ。

「顔を上げろ。
何の用だ?」

主の問いかけに俺は跪いたまま主の命令通り下げていた顔を上げて答える。

「旦那様のお耳に入れておくべきだと判断した出来事をお伝えに参りました。」

先程までは無表情だったが、今は少し瞳に興味の色が見える。

「立て。
言ってみろ。」

俺は立ち上がり、旦那様に気付かれない程度に深呼吸をする。

「恐れ入ります。
オリバー アインベルナール様が文書館の近くに居られました。
文書館への扉を探していたのかと思われます。」

俺の言葉に旦那様の目が見開かれる。
旦那様は護衛兵を呼ぶ鐘を鳴らす。
五人程護衛兵が部屋に入り、俺を取り押さえる。
俺は微塵も抵抗しなかった。

「お前は賢い。こうなる事は容易に想像できたのではないか?」

何故文書館の事を伝えたのか訊いているのだろう。

「もし、俺がこの事を旦那様に伝える事でミロンヌ家の役に立てるのなら、本望です。」

「そうか....」

連れて行かれる前に見た旦那様が少し悲しそうに見えたのは気のせいだろうか?
俺は地下牢に閉じ込められた。
武器は取り上げられ、自力で脱走するのは不可能だろう。
まあ、最初から逃げるつもりは無いが...

「最後にもう一度くらいソフィアの顔が見たかったな...」

俺はゆっくりと目を閉じた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


オリバー様と別れてから私は特にやる事も無く、適当に屋敷を散歩していた。
すると、お父様の自室からデリックが護衛兵に連れて行かれるのが遠くから見えた。

「こんな所で何をなさっているのですか、ソフィア?」

急に後ろから声を掛けられ、私の肩が跳ねる。


何故だか今の出来事を私が見ていた事をオリバー様に知られてはならない気がした。
だから、私笑って誤魔化す。

「いえ、なんでもありません。」

「そうですか。
では、夕食を食べに行きましょう。」

「え、いつもより早い気が...」


そう、いつもは8時くらいに夕食を食べるのに、今はまだ6時で日が傾き始めたばかりだ。

「今日は私が日帰りの為、奥様が夕食の時間を早めにしてくださったのです。
先程からソフィアの事を夕食に呼ぶ為に使用人達が探していましたよ。」

私の思考を読んだかのようにオリバー様は私の疑問にお答える。

「公爵も直ぐにおいでなされると思いますよ。」

私はオリバー様に手を引かれて、食堂に向かった。

その後の事は正直覚えていない。
オリバー様とお父様が何か話をしていたけれども、どこか遠くに感じた。
オリバー様が微笑んで私に何かを言ってくれた気がするけどそれも機械的に答えてしまっただろう。
私の頭は連れて行かれたデリックの事でいっぱいだった。
会って話をしなければ。
その事だけを考えていた。

「ソフィア、どうしたの?先程から何か考え込んで。」

お母様は心配そうに訊く。

「少し気分が悪くて...
部屋に戻りますね。
多分少し休んだら治りますから、皆様はどうか私の事は気にしないください。」

私はそう言いながら立ち上がる。

「もし、何かあったら、直ぐに呼んでちょうだい。」

「はい、わかりました、お母様。」

私はメアリと一緒に自分の寝室に向かう。

「私は扉の外で待機していますので、なにかあればお呼びくださませ。」

「わかったわ。」

私はそう言い、これから寝る振りをした。
メアリは部屋を出る前に私だけに聞こえる声で呟いた。

「くれぐれも無理をなさらないでください。」

彼女は最初から気付いていたのだろう。
彼女は私が小さかった頃からずっと私の世話をしてきたのだ、私の企みなど簡単に見抜いてしまう。
流石メアリだ。

「ありがとう。」

メアリはコクリと頷き、扉を閉めた。

私はベッドの下に四つん這いになって入り、代々ミロンヌ家の者だけが知る隠し通路の入口を開いた。
そこはジメジメしていて、少し肌寒い。
私はランプの火を点けて、デリックが囚われているであろう地下牢に向かった。

「公爵令嬢の復讐劇」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く