学生 トヨシマ・アザミの日常

ノベルバユーザー220935

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 ― 3日後 ―


 ハルザの体調はすっかり良くなり、ハルザの回復を待っていたアザミは、重要ではない課題もついでに終わらせていた。
 そして今、課題が残っているエリサに付き合っている。


「エリサさん、格納庫方面から来てるよ」


 国連宇宙軍の基地がズーシャルに襲撃された、という設定でシミュレーションは進行していた。


「うそっ!? 速すぎじゃない!?」
「そりゃあ、クモは脚が速いのが自慢ですし?」


 エリサはアサルトライフルを改修した専用のスナイパーライフルで、前衛を援護する選抜狙撃手マークスマンを担当していた。
 マークスマンは、1人で行動するスナイパーとは違い、アザミ達のような遊撃部隊に混ざって行動する。


「ていうか、わたしより先に気付きなさいよ」
「うるさいわね! あたし、索敵は苦手なのよ」
「じゃあなんでマークスマンになったし」
「仲のいい先輩がマークスマンだから!」


 マークスマンは、前衛の味方を的確にサポートできないと務まらない。
 通常は、切り込み役であるアザミの援護を、マークスマンのエリサが行うのだが、2人の立場は逆転していた。


「エネミーインサイト!」


 エリサはライフルを構え、目の前に出て来たクモを狙った。
 だが、エリサに気付いたクモは、飛び退いて物陰に隠れてしまう。


「音速でアウトサイト」
「なんで避けるのよー!」
「ズーシャルにも最低限の知能はあるって、座学で習ったでしょうが」


 いつの間にか、クモの背後にアザミが回り込んでいて、ライフルで即座にクモを破壊していた。


「どう? あたしとアザミの連携! あたしが動きながらの射撃で追い詰め、アザミがトドメを刺す!」
「いや、動きながら狙撃銃撃つのは論外だから。 もっと基本から勉強し直してこい」


 アザミの機体が、ふざけるエリサの機体の頭を軽く叩く。


「いや〜、あたし合流したばっかだし」
「どっかから移動してきました風に言うな」
「VIPからキマスタ」
「やかましい」


 直後、もう1匹のクモがエリサの機体に取り付いた。


 アザミは周囲を警戒していたが、エリサは完全に油断していたのだ。


「ぎゃー! き、機体が……機体が壊されちゃう! 鎌が、クモの鎌が鋭いのー! 機体が、壊れるわ……機体が壊れるわー!」


 妙なテンションでエリサは叫び、機体はじたばたと暴れていた。


「助けてアザミー!」
「いまの台詞で地雷踏んでたしー、どうしようかなー」


 敵に取り付かれたのはエリサの油断が原因。
 アザミは、エリサにその欠点を改善してほしいと思っていた。


 アザミが迷っていると、エリサのズムウォルトがクモを引き剥がして、おもいきり蹴り飛ばす。
 コックピットの装甲にはひどい傷があるが、エリサは生きているようだ。


「アザミが助けてくれないなら、あたしは1人で脱出するもん!」
「てめぇ、緊急脱出ベイルアウトして1人で離脱する気かよ」


 アザミに対して「あとは任せるわ」とエリサは言い、エリサの機体は、コックピットの装甲がパージされていた。
 そして、特殊な装甲に包まれたカプセルが射出される。


 だが、ズーシャルはそれを見逃さなかった。


 アザミが足止めしていたサソリ型ズーシャルが突然上を向き、口からトゲを発射する。
 サソリの狙いは極めて正確で、細く鋭いトゲは、空中に放り出されていたカプセルを撃ち抜いていた。


「魂の脱出してんじゃん」


 エリサの死亡と同時に、シミュレーションは終了した。


 課題の方は、エリサの死亡前にクリアした判定になっている。
 脱出があと1秒遅れていたら、もう一度シミュレーションをやり直すはめになっていただろう。


「アザミ。 このあとあたしの友達とハルザを呼んで、人狼ゲームしない?」


 アザミがシミュレーターから出ると、エリサがバイザーを外しながら聞いてきた。


「いいね。 ルールは?」
「第一犠牲者配役なし、初日占い無し。 村人2、共有2、人狼3、狂人、占い、霊能、狩人だけど、追加役職に猫又、狐と恋人1組」
「うわ、13人でそれは荒れそう。
 恋人いる猫又が人狼に噛まれたら、人狼は猫又の道連れで死亡し、恋人は後を追い、占いが狐踏んだら狐が死ぬ。
 最悪、1人処刑後に4人も死ぬパターンもあるかもね」


 人狼ゲームのルールはかなり複雑で、知らない人に教えるのには苦労する。
 その点、エクサたちは自分でデータをインストールできるため、ルールの説明をしないで済むのだ。


「あたしはどんな役職でも、みんなに媚び売って生き残るわ。 そう、さながら国民的アイドルみたいに」


 ぐっと握り拳を作りながら、エリサは宣言した。
 国民的って言うより、売れ残りアイドルの間違いじゃない? とアザミは考えたが、心の中で留めておいた。


「人気投票1位で霊界へのチケットゲットだね!」


 アザミは、サムズアップしながら明るく言う。


「吊られ、呪われ、噛まれてあたしは輝くお星様に……って、それじゃ死んでるじゃん!」
「どっちにしろ異常な自己アピールは即吊り安定でしょ。
 狐ですって宣言しても、人外扱いか狐占い事故防止のために吊られるわ」
「ひど」
「それが人狼ゲームってもんですよ」


 上手く嘘をついて人を騙すのが人狼ゲーム。


 ハルザに対して自分の本心を隠し続けるわたしも、嘘つきなのかもね。






 ―― ゴールデンウィーク ――


 アザミは総復習を兼ねた演習を無事にクリアし、実機訓練に移れることになった。


 そして、待ちに待った大型連休がやってきたのだ。




 だが、アザミは寮のラウンジでテレビを見ていた。
 アザミは課題を終わらせる事に集中し過ぎていたため、GWの予定を一切決めていなかったのだ。


 エリサは同人誌即売会。
 トウマは友達と遊びに。
 めったに話さない同じ班の男子【ホンダ・ユウゴ】は、買い物……としっかり予定を組んでいた。






「アザミ......居たのか」


 聞き慣れた声がしてアザミが振り向くと、ハルザが私服姿で居た。


「なんでハルザが居るの?」


 驚いてアザミは立ち上がる。


「いや、エリサからアザミが暇してると聞いてな。 オレと一緒に出掛けないかなと思って」
「だってハルザは?」
「オレに親しい友人は居ないぞ。 アザミ以外」


 エリサは、予定の無かったアザミを気遣って、ハルザに連絡をしたのだろう。
 アザミは、エリサの気遣いに感謝する。


「どうせなら、GW前に聞いてくれればよかったのに」
「アザミはエリサ達と仲がいいだろ? 一緒に遊ぶと思ってたんだ」
「まあ、わたしも似たような考えをしたから、ハルザに連絡はしなかったんだけどね」


 ハルザはスマートフォンの画面をアザミに見せ、一枚の画像を指差す。
 ハルザが指差したこは、士官学校の近くにあるショッピングモールに併設された遊園地だった。


「ここに行ってみたい。 オレ、こういう所には行ったことがないんだ」
「この遊園地、混雑してると思うから、メジャーなアトラクションじゃ遊べないかもしれないよ?」
「園内を歩き回りながら食い物喰ってたって良いだろ?」


 ハルザは子供のように笑いながら話す。


「まぁ、いいけど。 とりあえず、着替えてくるね」
「わかった」




 ―― 




 ―― 遊園地 ――


 やはり、遊園地は混雑していた。


 家族連れやカップル、仲の良さそうなグループが2人の周囲を歩いている。
 アザミは、自分たちの存在が、周囲から浮いているように感じた。


「誰も、オレ達のことなんか見てないさ」


 アザミを気遣ってか、ハルザはアザミの肩を軽く叩いた。


「そう、だよね」


 アザミは少し寂しそうな表情で笑った。




「アザミ。 たい焼き屋があるぞ」


 ハルザが指差した方向を見ると、そこには確かにたい焼き屋があった。
 新しいたい焼きが焼き上がった直後らしく、人は並んで居ない。


「食べる?」
「ああ、食べたことがないから楽しみだ」
「待ってて」


 アザミはすぐにたい焼き屋に駆け寄り、こしあん味のたい焼きを二つ買った。


「金くらい出したのに」
「いいんだよこのくらい」


 アザミはハルザにたい焼きを手渡し、受け取ったハルザは、一口だけたい焼きをかじった。


「うまいな。 ゼリーやスイーツとは違って、シンプルでさっぱりとした甘さだ」
「あんこはそういう甘さだからね。 ハルザの口に合ってよかった」


 アザミは嬉しそうな表情でたい焼きを食べるハルザを見て微笑む。


「なあ、アザミ」


 ハルザは足を止め、何かを見ていた。
 アザミは視線を移し、遊園地の中心にある大きな観覧車に気付く。


「観覧車?」
「乗ってみたい。 オレ、乗ったことがないんだ」
「え……混んでるよ?」
「他も似たようなもんだろ」


 ハルザはアザミの手を引いて走り、2人は観覧車の待機列に並ぶ。


「今日は快晴だし、いい景色が見られるかもね」
「そうかもな」


 ハルザはじっと観覧車を見たまま呟く。


 2、3分程でゴンドラはやって来て、係員型ロボットの案内に従い、2人はゴンドラに乗り込んだ。
 同時に、アザミのスマートフォンがメッセージを受信する。


『例の話。 OKが出たわ』


 それは、ミカミからのメッセージ。
 先週、アザミが頼んだことについてだった。


『ありがとうございます。 ハルザに言っておきます』


 ゴンドラの中、アザミはハルザの向かいに座る。


「誰からだ?」
「いや、ミカミさんから実機訓練のことで」


 ゴンドラが頂点に行くまでは黙っておこう。
 アザミはスマートフォンをしまいながら決める。


「なんか、静かな場所で二人きりになるのは……不思議な感じだな」
「そうだね。 中が静かだからかな? 寮だって、ずっと静かなわけじゃないし」


 ゴンドラの中に流れる空気が、どろりと濃密なものに変わった気がした。


 この観覧車は、ゴンドラが頂点に来ると、一時停止する機能があった。
 写真撮影などができるように、きっかり2分停止する。


「そういえば、ハルザに言わなきゃいけないことがあったんだ」
「なんだ?」


 ゴンドラから外を見たまま、ハルザは聞く。


「プロジェクトZEODの実機が調整終わったらしいんだけど、予備機があるんだって。 それでね……ハルザ、予備機のパイロットになる気は無い?」


 突然、ハルザはアザミの隣に座り直した。


 ハルザのきょとんとした表情を見たことがなかったため、アザミは思わず笑ってしまいそうになる。


「その話、本当か?」
「本当だよ。 ミカミさんや技術開発局にもOKをもらってる」


 アザミが話した直後、ハルザはアザミを抱きしめていた。


「ありがとう! アザミ!」


 ハルザはアザミの胸元に顔を埋め、まるで人懐っこい猫のように擦り付ける。
 ゴツゴツとした頭部パーツが胸元に触れる不思議な感触に対して、アザミは困惑した。


「GW明けの実機訓練の時間に機体が届くから、その時に受け取りとか諸々の手続きを……。 ハルザ、ちょっと頭部パーツがゴリゴリしてて痛い」
「……すまない。 嬉しくてつい」


 そう言ってハルザは顔を上げる。
 すると、アザミの鼻先とハルザ鼻先が触れ合った。


 ハルザの紅いカメラは、じっとアザミを見つめていて、カメラを見たアザミは、心がじんと熱くなったような感覚を覚える。


「悪い。 いま離れ……」


 ガタンと音がして、ゴンドラが動き出した。
 続いて、ゴンドラのドアが小刻みに揺れて音を立てる。
 外で強風が吹いたからだ。


「うわっ……!」


 風に煽られたゴンドラが大きく揺れ、ハルザはバランスを崩してしまい、アザミの方へ倒れた。


「……」


 アザミとハルザの目が合った。
 唇には冷たく……けれど熱いなにかが触れている感触がする。


 ゴンドラが風で揺れた拍子にハルザが体勢を崩してしまい、その反動でアザミとハルザはキスを交わしていた。


 どうしたらいいのかわからず、アザミは固まっているだけ。
 慌てたハルザはアザミから離れ、向かいのシートに座る。


「……悪い」


 小さな声でハルザは謝る。
 恥ずかしそうな表情で、外を見ていた。


「だ……大丈夫。 気にしないで。 気にしないでいいから」


 アザミは冷静を装いながら答える。
 だが、額にはじっとりと汗が滲んでいた。


「あとで、アイス食べない? このゴンドラ、暖房が効きすぎてて暑いしさ」


 アザミの声は、少しうわずっていた。


「いいな。 暑かったし、ちょうどいい」


 ハルザの声もまた、アザミと同じように上ずっていた。




 やがてゴンドラが停止し、ドアが静かに開く。


「ほら……」


 先にゴンドラから降りたハルザが、手を伸ばす。


 やや細く、やや鋭い爪のあるロボットの手。
 アザミはハルザの手をしっかりと握り、ゴンドラから降りた。


「あのエクサ、すげーカッコイイな。 パーツのデザインとか」
「一緒にいる子も綺麗じゃない? 男の子にも女の子にも見えるけど、どっちなんだろー?」


 観覧車の待機列の横を通り過ぎていると、2人について話している声が聞こえた。
 ハルザはアザミの手を握り直すと、早足で歩き出す。


「ハルザ?」
「恥ずかしくないのか? 赤の他人に色々言われて」


 ハルザに言われ、アザミは顔を伏せる。


「帰ったらどうする?」
「シミュレーターはまだメンテ中だから、昔のシミュレーションの録画でも見てる」


 アザミが言うと、ハルザは笑った。


「GWの時くらい、のんびりしたらどうだ?」
「でも、GWが明ければまた忙しくなるし」
「詰め込んでやっても、身に付くものはなにもないぞ」


 ハルザの言う通りだ。
 アザミは押し黙る。


「明日も明後日も、適当に遊ぼうぜ」
「わかった。 朝の10時にはラウンジに居るから、また迎えに来て」
「ああ、そうする」


 ハルザはアザミの手を握って前を歩いていたが、その表情は笑っていた。
 アザミは何も言わず、手を離すこともせずに、ただハルザの後に続いて歩き続けた。






 ――






 ―― 自室 ――


 夜。


 パジャマに着替えたアザミは、ベッドに座りながら考え事をしていた。
 ハルザは高等部のミーティングで遅くなるらしい。


「気になっている人が好きだ。 と、何度か言ってみて、胸が締め付けられたり、切ない気になったら……」


 どこかで見た言葉を思い出しつつ、アザミは深呼吸する。


「わたしはハルザ・キヤツシロランが好き……ハルザ・キヤツシロランが好き」


 呟いているうちに、ハルザの色んな表情や仕草が思い浮かんだ。


「……それは恋でしょう」


 嬉しいのか、悲しいのかはわからない。
 一粒の涙がこぼれた気がした。


「わたしは……ハルザ・キヤツシロランのことが好き」


 アザミは、ハルザへの好意を自覚した。






 あの人と一緒に過ごせるのが嬉しいんだ。


 わたしは……ボクは男なのに、男のハルザが好きだったんだ。

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