学生 トヨシマ・アザミの日常

ノベルバユーザー220935

1-4

 ― 次の日 ―


「で。 これは一体どういうことなのか教えてもらおうじゃないの」
「学級委員長である僕にもね」


 アザミが教室にボクが入った直後のことだった。
 新聞部に所属するクラスメイトの女子『フジヅカ・リホ』と、アザミの居るクラスの委員長『クラヤマ・ミツル』に腕を掴まれ、アザミは教室の中心に連れて行かれた。


 アザミの机のみが教壇の前に置かれ、クラスメイトの机は、全て教室の後方に移動させている。


「なにこれ?」
「今日はホソカワ教官が東京に行ってるから、2時限目まで自習なのよ」
「そうじゃなくて。 わたし、なんか尋問されるような感じになってるんだけど」
「あー……」


 エリサは隣に立つリホを見る。
 アザミを尋問しようと提案したのは、リホだという合図だ。


 ボーイッシュな容姿のリホは、机に座ったアザミの前に来ると、一枚の写真を見せた。
 リホが見せた写真には、ミカミと話すアザミとハルザの姿がある。
 写真の構図からすると、ハルザが怒ったあの瞬間を撮影したものらしい。


「いつの間に……」
「私は新聞部でしょ?
 昨日、新聞部で学校の広報誌作るための取材をしてたの。
 で、私が職員室に入る直前に、アザミとハルザが応接室に入るのを見かけたから、覗き見ることにしたの」
「どうやって?」
「職員室、応接室、校長室って、一番奥にある通路で繋がっているのよ。 ドアが無いからこっそり入れるし」


 リホは勝ち誇ったような表情で、アザミに小型カメラを見せた。


「あとは間仕切りの隙間にカメラを置いて、ボイスレコーダーを起動させただけ」
「やってることが犯罪じゃない?」
「うるさい」


 2人のやり取りを見たミツルが、こほんと咳払いをした。


「問題は写真の撮影方法じゃなくて、君達が話していた内容なんだよ。
 どうしてただの訓練生が、技術開発局の人と話していたのか……理由を知りたい」
「録音聞いてないの?」
「リホさんが金銭を要求したから、聞くのは諦めたんだ」
「汚い、さすがブン屋は汚い」
「ブン屋って呼ぶのやめて」


 アザミはため息をつきながら、自分のタブレットにあのスクリーンショットを表示させ、机に置いた。


「簡単に言うと、わたしのシミュレーターには、新型試作機のデータがインストールされていたんだよ」


 アザミの言葉に、クラスメイトたちがざわついた。


「どうしてアザミのシミュレーターに?」
「入学まで一度もセクタに触ったことがないからだって」
「未経験者に特別な機体を与えたらどうなるか……みたいな実験もしていたのか?」
「そんな感じ」


 ミツルはメガネを直しながら考え、クラスメイトたちは順番に画像を見ていく。


「わたしが実機訓練に移れれば、再調整中の実機を持ってくるって言ってたよ」
「でも、吹っ飛んだりするじゃん」


 エリサがアザミにタブレットを返却し、タブレットを受け取りながら、アザミはうなづく。


「機体の姿勢制御プログラムや、燃調の再セッティングはしたらしいんだけどね」
「あとは本人の努力次第ってことか」
「機体の基礎動作ができれば、あとはなんとかなると思うんだけど……」


 アザミはタブレットを操作し、演習関連で溜まっている課題を確認する。
 溜まっている課題を全て終わらせないと、次の大規模演習にアザミは参加できず、実機訓練にも移れない。
 そして、留年が確定するのだ。


「そういうことなら」


 ミツルは教室の本棚から、何冊か本を持ってきた。


「僕達で演習を作ろう。 アザミの課題を一気に片付けられる演習を」
「そんなことできるの?」
「ああ。 指定されたエネミー、場所、装備なんかを守れば、自分たちでシミュレーションを作って、使用することも認められているんだ」


 確認すると、自分で作ったシミュレーションで、課題をクリアすることは認められていた。


「今日の自習時間で、アザミの課題をまとめてできる演習を作成しよう。 そして、3・4時限目の自由演習でデータを使う」


 ミツルのメガネが光った気がした。
 アザミは大量の教本を前に、顔をひきつらせる。


「もしかして放課後も……」
「僕達も大規模演習に向けていろいろやりたかったからね、アザミくんにも頑張ってもらうよ! ハルザさんにも積極的に協力してもらうしね!」
「つまり寮に帰るまで休みなしってことか」
「当たり前じゃないか」


 ミツルは笑いながら恐ろしい速度で自分のタブレットを操作している。
 クラスメイト達も、地形やエネミーの設定など、自分達でできることをしていた。


「アザミ」


 アザミの後ろに回ったエリサは、彼の肩に手を置いた。


「とりあえず頑張って! GWのイベントでアザミの好きそうな本も買っておくからさ」


 エリサは、サムズアップしながら笑う。


「あんたも一緒にやれよ! ……買うなら、いとたいこさんの新作、カオスさんとつくねGOさんの再録本、網走さんのサモナーズアクキー優先で。 他に買うならサモナーズ優先で頼むわ」


 アザミもサムズアップし返して答える。
 自分の好みを完璧に把握して、最適なものを買ってきてくれるエリサは、アザミにとって最高の同志であった。


「任せなさい! あたし、アザミの地雷は把握しているからね、いい本を買ってくるわ。 配送先はアザミの部屋でいい?」
「いいよ」
「2人とも演習作りに参加しろ! 特にアザミぃ!」






 ―― シミュレーションルーム ――


 予定通りにデータが完成し、アザミはシミュレーターを始めていた。


「アザミ! 左に行った!」
「あいよ!」


 エリサの言葉に従い、アザミの機体が左を向く。
 この間、機体がバランスを崩すことはない。


「狙え、正面!」


 アザミは、目の前に着地したクモのようなズーシャルを睨み、機体のFCSがクモをロックオンするのを待つ。
 ロックオンにかかる時間は、1秒にも満たない。


「ゲッダン! ゲッダン!」


 アザミはトリガーを引き、機体のアサルトライフルがクモをバラバラにする。


「今度は右から来てるぞ!」


 トウマが怒鳴った。


「任せろバリバリー!」 


 次に、右から走ってくるカマキリのようなズーシャルを見た。
 アザミの機体の左手には、バトルアックスが持たされている。


「どっこいショット!」


 カマキリがジャンプした瞬間、アザミはアックスを投げつけてカマキリを叩き落とす。


「姿勢制御プログラムが調整されただけなのに、全然転ばない!」


 あれが最後の敵だったらしく、映し出されていた戦場が、ただのブルースクリーンに切り替わった。


「アザミ凄いじゃん! 機体が!」
「エリサさん、一言多い!」


 アザミは笑うエリサの機体に向けて発砲した。
 だが、本気で撃つ気は無かったため、地面に当てている。


「というか、アザミの戦い方が想像と違ったな」
「そうねー。 もっと基本に忠実な戦い方をするかと思ってたわ」


 エリサ、トウマの顔が映るウインドウの下に、ミツル、リホの顔が映し出された。


「わたし、好きなゲームはFPSなんだけど? 突撃して戦線を荒らすタイプだし」
「プレイ時間が長いのは監視者だっけ?」
「そうだよ」
「かっこ便乗?」
「そのネタ嫌いだっつってんでしょ」


 アザミはシミュレーターのハッチを開き、シートから立ち上がって伸びをした。
 自然とあくびが出てきて、全身の関節が小さく音を立てる。
 2時間もシミュレーターに座っていたからだ。


「久しぶりに監視者の腐向け見てこようかなー」
「どれ見るの? マクハン? ライルシ?」
「やっぱり、公式が愛し合ってる宣言したレイモリにするわ」
「母数多いもんねー」
「君達にしか分からない会話はやめてくれないか......」


 アザミたちが話している最中、アザミのスマートフォンが鳴った。
 アザミは番号を確認するが、画面には知らない番号が表示されている。


「はい、もしもし」


 アザミは恐る恐る電話に出る。


「トヨシマ・アザミさんですか? 自分は、高等部3年のシェパードと申しますが」


 どうして高等部の人がわたしに電話を?
 アザミは小さく首を傾げた。


「同じ班のハルザ・キヤツシロランに、代わって連絡をするよう頼まれまして」


 ハルザの代わりという言葉を聞いて、アザミの眉がぴくりと動く。


「ハルザ……いえ、ハルザ訓練生になにかあったんですか?」
「実は、ハルザが風邪をひいてしまいまして。 ハルザから2〜3日の間、特訓はできないと伝えるように、と」


 アザミは相手に聞こえないように注意しながら、ため息をついた。


「……珍しいこともあるんですね」
「地球生まれのエクサは、生体組織の構造をより人間に近づけてますからね」


 エクサは時代が進む毎に自分達を改良し、ギリギリまで人間に近づこうとしていた。
 理由は不明だ。


「あの、ハルザ訓練生のお見舞いに行っても?」


 今、高等部の3年は訓練中のため、ハルザは寮に1人で居るはずだ。


「大丈夫ですよ。 エクサの病気は人間には移らないですからね」
「ハルザ訓練生の部屋を教えてください。 初等部の授業は4時限目で終わりなので、その後に行こうかなと」


 今日の放課後からシミュレーターのメンテナンスが行われるので、午後から演習ができなくなる。


 そして、いつもは男らしいハルザが、風邪でどうなっているのか確かめてみたい、という好奇心もあった。


「わかりました。 いま、部屋の番号を言いますね」
「ありがとうございます」


 そうしてアザミは、シェパードからハルザの部屋を教えてもらったのだった。




 ――




 ―― 学生寮 ――


 アザミは昼食を済ませてから、高等部の寮にやって来た。


「すみません」


 アザミは受付ロボットに声をかける。


「ご用件はなんでしょうか?」
「ハルザ・キヤツシロラン訓練生が部屋に居るか知りたくて」


 ボディがディスプレイとなっている受付ロボットは、画面にハルザの部屋の位置をマーキングし、ハルザが部屋に居ることを教えてくれた。


「ハルザ・キヤツシロラン訓練生は、風邪のため部屋で安静にしています」
「部屋には入れますか?」
「トヨシマ・アザミ訓練生は人間ですね。 入室可能ですよ」


 アザミはくすりと笑いながら、ディスプレイをホーム画面に戻す。


「ありがとう。 では、部屋にお邪魔させてもらいます」




 ――




 ハルザの部屋の前に、アザミはやって来た。


 この棟の3階にあるハルザの部屋は角部屋で、隣と向かいの部屋は空室になっていた。
 裏は山、正面は海。
 建物は防音対策が施されているので、とても静かだった。


 アザミはハルザの部屋のインターフォンを鳴らした。
 エクサは、自分たちに内蔵されたCPUと同じ規格の端末となら無線通信ができるため、離れていてもインターフォンで応対することは可能だ。


「誰だ……?」


 怠そうなハルザの声。
 こんな状態のハルザに応対させたのは、失礼だったかもしれない。
 アザミは、自分の無遠慮さに腹を立てていた。


「あの、アザミだけど」


 アザミが答えると、ハルザは深く呼吸をした。
 アザミが部屋に来るとは考えていなかったらしい。


「入れ」
「お邪魔します」


 アザミは静かにドアを開け、部屋に入った。


 照明が点いていない、薄暗い部屋。
 その部屋のベッドで、ハルザは横になっていた。


「大丈夫?」
「少し……しんどい」


 アザミの方を見て、ハルザは答える。
 その顔には、じっとりと汗が滲んでいた。


「すごい汗の量。 ……拭こうか?」
「そうしてくれると助かる。 タオルは洗面所にあるから、勝手に使ってくれ」
「わかった」




 アザミは洗面所でタオルを濡らしてきて、固く絞ってから、ベッドで横になるハルザの隣で膝立ちになった。


 どうせ裸なんだろうな……。
 アザミはあの日のことを思い出しながら、毛布をまくった。
 ハルザのナニは見ないで済むように、まくるのはへそのすぐ下で止めている。


 ハルザの身体からは、加湿器のような湿り気のある熱が発されていた。
 風邪をひいたエクサの体温は人間よりも高くなり、最高で45℃にまで上昇する。


「あー……濡れタオルが冷たくて気持ちいい」
「エクサ用の冷却シートとかあれば良いのにね」


 アザミがハルザの汗を拭ってやると、ハルザは嬉しそうな表情を見せた。


 何度か洗面所とハルザの隣を行き来しながら汗を拭い、ようやく落ちついた頃。
 時間は午後の6時を過ぎていた。


「オレが汗っかきだったせいで、無駄に時間を使わせちまったな」


 ハルザは申し訳なさそうに言う。


「気にしないで。 わたし、単純作業とか地味な作業、好きだから」


 本当は、演習を全てクリアしたことや、溜まっていた課題を終わらせたことを話したかった。
 だが、ハルザを気遣って言わないことにしたのだ。


「アザミ」


 ハルザはうなり、静かにアザミの手を握った。
 冷たいアザミの手に、ハルザの熱が染み込んでいく。


 アザミはハルザの手を軽く握り返し、平静を装いなが「なに?」と聞いた。


「今日は泊まっていけよ。 オレがアザミの部屋に泊まったみたいに」
「えっ……?」


 アザミは困惑する。


「高等部のヤツらはみんな良い人だ。 お前が泊まっても、何も言わねえよ」
「わたしの心を読まないでよ」
「不安そうな顔をしてたのが悪い」


 アザミはハルザの手を布団の中に戻させ、崩れた布団を整えてから、初等部の寮に居る受付ロボットにメールを送る。


「寮のロボットに連絡もしたから。 今夜は泊まっていくことにするよ」


 アザミが笑いながら言うと、ハルザは少し間を開けてから答えた。 「ありがとう」と。


「そういえば、ハルザ」
「ん?」


 アザミはソファに座り、タブレットでニュース番組を視聴する準備をした。
 今日はGW前特集がやるはずだ。


「ハルザの体に何箇所かキズがあったけど、どうしたの?」
「あの傷は、オレのボディが作られる時に設定されたものだ」
「そうなんだ。 生まれてすぐ戦場に出撃したものかとばかり」


 エクサのボディは、人間のように遺伝子を持つ人工細胞を材料に、細胞の維持・管理を行うナノマシン、カーボンファイバーの骨格、人工血管、人工臓器、人工筋肉で構成されている。
 そして、エクサが保有するナノマシンは、ある程度の損傷を「元通り」に修復するため、エクサの肉体に傷痕は残らない。


「ハルザを作った人が設定したんだ?」
「そうだ」
「怒ってる?」
「いや、逆に嬉しかった。 個性的だったから」


 エクサは人間と、人間の持つ多様性に憧れている。


 人間なんてそんな綺麗なもんじゃない。
 アザミは心の中で毒づく。


「さて。 ニュース番組の特集と演習の録画も見ちゃったし、もう寝ますかね」
「ずいぶん早いな。 19時30分だぞ?」
「だって、ハルザは病人じゃん」
「いちいちオレのことなんか心配すんなよ」
「眠いから寝たいんです」


 アザミはハルザの頑なな態度に肩をすくめた。


「ハルザの体がすごく熱いし、ボクはソファで寝るよ。 毛布の予備、使わせてもらうね」
「構わないが、ベッドの横でも良いだろ? カーペット敷いてあるんだしよ」


 アザミはハルザが示したカーペットを見る。


「言ってなかったが、寝顔なら前に撮ったからな」
「ふざけんな」
「人に見せたりはしねえよ」
「当たり前じゃ」


 ムッとしながら、アザミはクッションを枕にして、ベッドのそばで横になった。
 敷かれたカーペットは毛足が長く、厚みもあるため横になっても体は痛くならない。


「ハルザは同級生に友達とか居ないの?」
「親しいのは居ないな。 みんな、気を遣ってくるんだよ。 飛び級とか、成績のせいで」
「仕事上の付き合い……みたいな?」
「そんな感じだな」


 ハルザは14歳だが、高等部の3年生。
 来年には、国連宇宙軍に入隊しているはずだ。


「アザミと過ごせるのは、あと一年にも満たないのか」


 ハルザが小さな声で呟いた。


「そうだけど、どうかした?」


 アザミは、ハルザの一言が気になり、質問していた。


「お前と一緒に居られなくなるのが寂しくて」
「……そう」


 なぜハルザは無自覚でそんなことを言うんだろう。
 アザミは、エクサの残酷さを前にして、泣き出しそうになる。


「わざと留年……なんてしないよね。
 ならさ、ハルザの風邪が治ってから、ハルザが卒業するまでの間、わたしの部屋に泊まれば?」


 アザミが提案すると、ハルザは突然体を起こした。


「それはいいな。 頑張って風邪を治すよ」
「そう思うんならさっさと布団を被りなさい。 風邪ぶり返す」


 アザミも起き上がり、再びハルザを寝かせる。


「おやすみ。 アザミ」


 アザミの顔を覗き込みながら、ハルザは掠れた声で言った。


「……おやすみなさい」


 アザミは小さな声で答え、熱を帯びたハルザの頬を撫でた。

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く