幽かに生きる子

龍薙 悠

幽かな子:1

「母さん、かーさんっ!」
 ゆったりとした目覚め。そんなのは嘘だ。現に私は今、バチリと目を開いて、目覚めたのだから。意識を浮上させるのなんて、一瞬だ。
「母さん、起きた?」
「うん・・・おはよ、リュウ」
 体を起こして、空中で体育座りをしながらふわふわ浮かぶ少年を見る。
 その少年は十年前に死んだ、私の甥だ。幽霊となって現れ、私にだけ見えるため、私が育てた。まさか、幽霊なのに赤ん坊から少年に成長するだなんて考えてはいなかったけれど。
「母さん、まだ寝ぼけてるの?早く原稿を書き終えるって言ってたでしょ昨日」
「そうだっけな。締切延びないかなー」
「全く・・・やっと人気出てきたのに」
 ぼやくリュウは、浮いたまま、私の隣に来る。
 母さん、と呼ばれると少し複雑な気持ちになる。リュウの実母は私の姉だ。確かに育てたのは私だけれど、ね。
 リュウには幼い頃の記憶が無い。五歳辺りからは覚えているらしいので、恐らくモノ心が付いたのもその辺だろう。
 故にリュウは私を母親だと信じている。
「母さんはもっとしっかりして。確かにおれは養うに金は掛からないけど、幽霊だし・・・でも母さんが無職になるとか、嫌だからね」
 そう言ったリュウの頭をそっと撫でてやる。熱は無い。だけど、髪はサラサラとしていて気持ちが良い。リュウには自分が幽霊だという自覚がある。そうなる様に育てた。
「大丈夫、なんとかする。成りたくて小説家になったんだもん。」
 ベットから立ち上がると、私はパソコンを置いた机に向かった。
 パソコンを起動させ、書きかけの小説に再び文字を足す。少し迷って、文字を消して、また書いて。それを繰り返す。
 二十四歳になった私は、十四歳の頃の私とちっとも変わっていない。ひたすらに、変わり者の変人だ。
「母さん、おれさ・・・」
「んー?」
 手を止めずに、リュウに返事する。
「この服、もうキツい。いや、何も感じないけど、袖とかがさ」
「あー、また成長してるんだ」
 リュウは、成長している。それこそ生きているみたいに。だから、いつもリュウが着れそうな服を購入してはリュウに着せている。リュウが着るとどんな服もリュウに同化して半透明になる。
 幽霊の生態には驚くばかりだ。まぁ、それも慣れてしまったけれど。
「おれも生きてたら、十三か十四歳だからな」
 ピタリ、と手が止まった。十四歳・・・確か、リュウの誕生日は九月十七日だ。カレンダーの日付はまだ皐月だけれど、そうか・・・リュウは今度、十四歳になるのか。
十四歳、私がリュウを育て始めた歳だ。あの時の私と、リュウは重なってしまうのか。
「母さん、手が止まってる」
「あー、うん。後で、新しいの買いに行こっか」
 リュウの言葉にハッとして私は再び手を動かした。
 あれから十年。リュウとは毎日一緒だった。誰にも見えないのを良いことに、家族での旅行、学校、散歩、買い物。色々な所に連れていった。うん、本当によく頑張った。私も、リュウも。
 この秘密は私だけが抱えている。今まで誰にも見つかった事はないし、話した事もない。幽霊は存在が危うくて、すぐに消えてしまいそうだから。そもそも、私には霊感が昔からあったらしい。それは年を重ねる毎に強くなっていく。だから、あの時リュウを見ることが出来た。
 この秘密はこれからも、続くのだろうか。もし、私が死んだら、リュウはどうなるのだろうか。
 リュウは成長している。まるで生きている様に。もしかして、このまま幽霊のまま年をとってリュウも二度目の死を迎える、のだろうか。
 いけない、考え事は思考を鈍らす。そんなんじゃ良い文章は書けない。
 集中集中!と、私は自己暗示して、画面をじっと見つめた。

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