魔王の村長さん

神楽 弓楽

4 「村の生き残り」


 妖鈴の言っていた家は、村の中心から少し離れた場所にあった。
 まだ頑冶たちの手が届いていない家のようで、扉が乱暴に壊されたままだった。中に入れば、争いの跡が残っていた。

「地下への入り口は……あそこかっ! 」

 荒らされた部屋を見回すと、床に穴が開いていた。穴を覗くと石段があり、地下に繋がっているようだ。

 石段を足早に降りた。遅れて妖鈴と天狐、それに小鴉の3人がついてきた。


 階段を降りた地下食糧庫には、六翼の純白の翼を生やしたミカエルと黒いローブを纏った黒色の骸骨の外見をした黒骸コクガイがいた。

 こちらに背を向けているミカエルの体は、この暗室の中で淡く光り輝いていた。


「ミカエル! 黒骸コクガイ! 子供たちはっ」

「ひゃっ!? 」

 その声に子供に集中していたらしいミカエルが飛び上がらんばかりに驚いた。その心の乱れに呼応するようにミカエルの体は輝きを増して、燦々と神々しく輝き始めた。

 ミカエルという光源によって暗室の地下食糧庫の中がより一層明るく照らし出された。


 それによって部屋の奥の横並びで仰向けに寝かされた子供たちの姿が見えた。


「そ、村長!? ど、どうしてここにっ!? 」

 神々しく輝く六翼の翼をわたわたとさせながら、ミカエルがこちらに振り返った。隣に立っていた黒骸は、慌てふためくミカエルを呆れた様子で見ながら、自身の周りを黒い膜で覆った。

「気が付かれたか村長。ミカエルよ、少し落ち着いたらどうだ? 我にとってそなたが制御できずに漏らす聖気は猛毒に等しい」


 黒骸がミカエルに対して抗議をしたタイミングで、妖鈴が天狐と一緒に入ってきた。


 そして、地下室でミカエルが燦々と神々しく輝いているのを見ると、可愛らしい悲鳴を上げて天狐の後ろに回った。

「きゃっ!? ミカエル加減してよっ、も~~! お肌が荒れちゃうじゃない」

 妖鈴はその身を黒骸のように黒い膜で覆い、天狐の背中越しから非難の視線をミカエルに向けた。


 あ、そうか。

 ミカエルが体から発する光は、聖気を含んだ浄化の光だ。俺であれば心地よさすら感じる光でもアンデットや悪魔に属する黒骸や妖鈴たちにとっては、真夏の紫外線以上の害となる。

「あ、ご、ごめんなさい」

 2人からの抗議で、ミカエルは慌てて自身から漏れ出る光を抑えた。




「ミカエル。それで子供たちはどうなんだ? 」

 ミカエルが落ち着いたのを見計らって子供たちの容態を聞いた。
 
 ミカエルたちの向こう側に子供たちが仰向けに寝かされていることは分かるけど、どんな状態なのかまでは分からなかった。

「は、はい。子供たちは皆、瘴気の重い中毒症状で昏倒していました。何の処置もなく長時間、その状態が続いていたので精神的にも肉体的にも酷く衰弱していました。危うい状態でしたが、手遅れになる前に妖鈴さんが見つけて下さったことで何とかなりました。目覚めてしばらくは、精神的に不安定かもしれませんが、一時的であり、後遺症にはならないと思います」


 瘴気の中毒症状という言葉が俺には分からず、その詳細をミカエルに聞いたところ、以下のような説明を受けた。
 
 瘴気というのは、生物の負の感情や死によって生じる負のエネルギーだ。聖気とちょうど反対に位置する力だ。自然界には多少なりとも存在し、戦場や墓場などの死が多い場所では特に多い。

 少々の瘴気では人に何ら悪影響を与えないが、許容限度を超える瘴気に晒され続けると幻覚や幻聴、情緒の乱れなど様々な中毒症状が出てくる。重度にもなると昏倒し、そのまま何の処置もされないと死に至ることすらある。


 地下食糧庫発見された子供たちは、地上で行われた殺戮によって生じた濃密な瘴気が地下食糧庫にも流れ込んだことで中毒症状を発症し、昏倒。それが原因で食事も取れていなかったので肉体的にも酷く衰弱していた。妖鈴に呼ばれてここに来た時には、全員の目は虚ろで、声をかけても反応しないほどに危険な状況だった。

 発見が後数時間遅れていれば、中毒死か衰弱死の危険があったそうだ。

 さらに言えば、ここに充満していた瘴気の濃度からして、生きたままアンデット化していた危険もあったと黒骸から言われた。

 本当に危機一髪だった。


 ミカエルの使った【浄化の光】は、遮蔽物があると効果が薄くなるため、周りをぶ厚い壁に覆われた地下食糧庫までは届かなかったみたいだ。後で、浄化を行える仲間に村の地下倉庫や隠し部屋を探して徹底的に浄化してもらおう。 


 子供たちが心に負った傷まではミカエルでも治療することはできない。だから、まだ完全に安心できるわけではない。

 だけど、ミカエルのお陰で子供たちは、ひとまず命の危機は脱したことになる。



 そのことに俺は、大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。



◆◇◆◇◆◇◆


 その後、治療が済んだ子供たちを地下から運び出した。
 怪我や衰弱した体力などは治療することができたが、汚れはそのままなので、汚れた子供たちをすみずみまで洗った。ボロボロになっている服は廃棄して、子供たちを天狐たちが洗っている間に新しい服を作成した。

 ちなみに自作である。

 今でこそ仲間にしたモンスターが生産面でも活躍するようになったが、最初の頃は全て自分一人で賄っていたから、一通りのことはできる。

 まぁ、ゲームのスキルが通用しなかったら、ほとんど何も出来なかったけどな。
 
 異世界に飛ばされてもスキルが適用されていたのは、運が良かった。後、頑冶が必要な道具が用意してくれたおかげだ。

 そうして、清潔になった子供たちは、一軒の家に運んで用意したベッドに寝かした。一部屋に全員は入りきらなかったので3部屋に分けた。

 ミカエルが治療して、清潔になった子供たちは痩せ細ってはいるけど、最初に地下室で見た時よりも大分ましになったのでほっとした。

 ただ、この間に誰一人として一度も目を覚まさなかった。
 ミカエルは時間が経てば、そのうち目を覚ますと言っていたけど、そこがちょっと不安だった。
 


 あれから、手の空いた仲間に指示を出して他の家も隈なく探してもらった。

 その結果、地下室を3つ発見し、8人の子供と5人の女性の死体が発見された。生存者は1人もいなかった。

 発見した仲間たちによると、亡くなった人たちは盗賊に殺されたわけではなく自害していたそうだ。


 何で自害なんか……と、聞いた当初は思った。

 だが、後になってゴブ筋から亡くなった村人の詳細を聞いて分かってしまった。
 俺が目にしたあの惨状の中にあった村人の多くは、成人した男性や年老いた者や子供でほとんど占められていて、盗賊と共に発見された村人の大半が女性だったそうだ。


 そこから盗賊に見つかった女性たちがどういう運命を辿るのかがわかってしまい、あの光景とはまた別の衝撃を受けた。


 
 一通りの指示を出し終えて、傍にいた天狐たちには子供たちの様子を見るようにお願いして俺は、一人になった。

 

 近くに誰もいないことを確認して、俺は壁にもたれかかった。

 重いため息を吐いた。

 盗賊が村にしたことを目にしているうちに、どろどろとした不快なものが胸中で渦巻いていた。陰鬱な気分になる。


 逆に言えば、あの惨状を目にしてもこの程度で済んでいるのだから思っているよりも自分は、順応性があるのかもしれない。


「……そういえば、まだ見に行ってなかったな」

 そこまで考えて、俺はまだ亡くなった村の人たちを安置している場所に行っていないことに気付いた。

 そして、死んでいる人たちを見ても俺はただ吐くのを我慢していただけで、涙の一滴も流していないことに気づいた。

 それが酷く、自分が酷い人間に思えた。

「はぁぁぁぁ……」

 思わず、頭を抱えて自己嫌悪に陥った。


「……いくか」

 俺は意を決して、1人でゴブ筋から予め聞いていた村人たちが安置されている場所に向かった。




◆◇◆◇◆◇◆




 ゴブ筋から聞いていた場所につくと、数十もの死体がずらりと並べられた異様な光景がそこにはあった。死体には、麻布のようなものが被されて顔と足の先だけが見えた。

 その殺された人の多さに俺は圧倒された。

「おや、村長ではないですか。目を覚まされたのですね。お一人でどうされたのですか? 」

「…………操紫ソウシ? 」

 立ち尽くしていると、操紫ソウシに声をかけられた。

「操紫こそこんなところで何をしてるんだ? 」

 死体の顔の前に座り込んで手をかざしている操紫に俺は尋ね返した。

 俺の問いに、操紫は目を静かに伏せた。

「浮かばれぬこの者たちにせめて死化粧を……と思いまして、勝手ながらやっておりました」

「死化粧……? 」

「はい。死者の最後の身だしなみです。痛ましい姿のままでは、死者も浮かばれません。私の能力を駆使すれば、生前と変わらぬ姿に整えることも可能です」

 そう言って、操紫は紫水晶のような瞳を俺に向けてきた。操紫の片目は前髪によって隠れているけど、その瞳からは、死者を悼む気持ちを感じた。

 燕尾服という操紫の出で立ちは、その思いもあって死者を悼み弔う喪服のように思えた。

 死化粧という言葉は、聞き覚えがある。
 でも、そんなことを操紫はできたか……? 

「……もしかして【人形師】か? 」

「はい。それと欠損部分を補うために【創造師】も併用しています」


 操紫の持つ【人形師】と【創造師】は簡単に言ってしまえば、人形を作って操る能力だ。今回の場合であれば、その人形を作るという力を流用したのだと思う。

 現代においても事故や臓器提供で損傷した遺体に手を入れて、生前に近しい見た目にする話は聞いたことがある。操紫は、つまりそういうことを自分の能力でしたのだろう。


 正直なところ、蛆が沸く程に腐敗が進行した死体にどれほどの意味があるのかと半信半疑だった。

 だが、操紫に促されて近くに寝かされていた死体に近づいて、顔を覗き込んでみれば、まるで眠っているかのような傷一つない綺麗な顔だった。

 それに驚き、その人の体に被さっていた麻布を剥がしてみれば、傷一つない肉体が顕わになった。

 生前と変わらぬ姿に整えることが出来るという操紫の言葉は嘘偽りのない事実だった。


「それにしても何で服がないんだ? 」

「死化粧の邪魔でしたので。服に関しては、アラクネに作ってくれるように頼んでいます」


 隣の中年の女性も、老人も生まれて間もない幼児も皆、死んで数日が立った死体だとは到底思えない。今にも眠りから目覚めそうだった。

 ただ、触れば冷たく少し固い感触が、この人達がもう永遠に目を覚まさないことが分かる。

 本当にこの人達が目を覚まさないのだと分かると、今になって両目から涙が留めなく溢れてきた。



 操紫と共に1時間以上かけて亡くなった人たち1人1人見て回った。
 操紫の死化粧は既にほとんどの人に施されていて、生前と変わらない姿をしていた。しかし、運ばれてきたばかりの自害したばかりの子供や女性の死体は、発見した時のままだった。それでも、俺はその痛ましい姿に心を乱されることなくその人たちの死を悼み、祈りを捧げることが出来た。

 全員を見て回った後もしばらくは、留めなく涙が溢れでてきたけど、それが治まった頃には、胸中に渦巻いていたどろどろとした不快な気持ちは消え失せていた。



「ずずっ……。操紫、本当にありがとう。困ったことがあれば、何でも言ってくれ。だから、死化粧を全員にしてやってくれ」

「はい。承りました」

 何も必要ないと固辞する操紫に困ったことがあれば遠慮なく言うように約束して、俺はその場を後にした。


 村へと帰る俺の足取りは、来た時よりも随分としっかりとしたものに変わっていた。

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