魔王の村長さん

神楽 弓楽

2 「村の惨状」


 こちらに向かって急降下してきた小鴉は、地面に激突する寸前で翼を強く羽ばたかせて勢いを殺し切ると難なく降り立った。偵察に出ていた他の仲間たちも続々と降りてくる。

「報告します! ここから西に進んだ場所に、木造の建造物が十数軒密集した集落を発見致しました! 恐らく村だと思われます」

「そうか。よくやった小鴉。ナイスタイミングだ! 」

「はっ、勿体なきお言葉です! 」

  村に行けば、道具が手に入るはずだ。そうすれば、今集めていた薬もきちんと作れるはずだ。丁度いいタイミングだった。

「その村以外には、何か見つかったか? 」

「いえ、この近辺に人が住むような場所はそこしか見つかりませんでした」

 ってことは、ここは相当田舎ってことか? 

「そうか。お疲れさま。他のみんなも偵察に行ってくれてありがとな」

 偵察に出てくれた仲間たちに声をかけると小鴉のように畏まる者や無邪気に喜ぶ者がいたりと三者三様の反応を示したが、みんな喜んでいるようだった。

 村があることが分かったのは幸いだった。
 それと、あとで小鴉から周辺の地形を分かっているだけ教えてもらおう。周辺の地形が分かるっていうことは、素材集めなどを考えれば大事だ。

 あ、そう言えば、村の人たちは人間なんだろうか。いや、モントモの世界だとヒューマンだっけ? 
 それともエルフやドワーフ、ゴブリンといった亜人たちの村なんだろうか。

「小鴉、その村に住んでいた住人って人間だった? 亜人だった? 」

「いいえ、確認できておりません。あまり近づき過ぎると感づかれる危険があったので、遠目で確認した後すぐに引き返してきました」

「あー……そっか、見てないか」

 小鴉の後ろにいた偵察に出ていた彼らにも同じことを聞いてみるが、全員そろって首を振る。

 しまったな。これは俺の指示の仕方が悪かったかもしれない。
 
 よく考えれば、村に住んでいる人たちがこちらに対して友好的でない可能性もあった。
 極力、戦闘を避けるように言ったのも、発見したらすぐに報告するように言ったのも俺だ。遠目で確認してすぐに戻ってきた小鴉の判断は間違っているとは思えない。

  まぁ、仕方ないか。村の住人が友好的かどうかも行ってみればわかることだろうし。

  あ、でもそうなると、無人の廃村になっている可能性もあるのか。
 そしたら異世界の情報を得られないもしれないけど、住む場所と道具が手に入るならそっちの方が気楽でいいかもしれない。

「よしっ、それじゃあみんなで、そこに行くか。小鴉、案内を頼めるか? 」

「御意」

「ちなみに、ここからだとそこまでどれくらいかかる? 」

「歩くならば、2、3刻はかかるかと……」

「2、3刻? 」

 それって時間にして何時間なんだ?

「多分、4時間から6時間よ。そうよね小鴉」

「うむ」

 あまり聞き慣れない時間単位に首を傾げていると、天狐が教えてくれた。

 なるほど。ってことは歩きで4時間から6時間ぐらいかかるのか。

 ……遠くね?

 車なんていう便利なものはないし、小鴉のように誰もが空を飛べるわけではない。


 空を見上げると太陽がちょうど真上にあった。


 ……日が沈む前には村に着きたいな。



◆◇◆◇◆◇◆




 3時間以上、歩き続けてようやく上空の小鴉から「村が見えてきました! 」という報告を受けた。小鴉は、随分と上空を飛んでいるから地上から村が見えるようになるのはまだまだ先のことになりそうだった。

 結構歩くなと思いつつ、近くの天狐たちと雑談しながら一定のペースで歩いていると、何かが腐ったような臭いが微かに臭うようになってきた。

「なぁ、何か変な臭いがしないか? 」

「ええ、臭うわね」

「……? 何か臭うのか? 」

 気のせいかなと思いながら、話をしていた天狐とゴブ筋に聞いてみると、天狐は少し眉を顰めながら頷いた。ゴブ筋は何も感じないようで首を傾げていた。

 その臭いは、村に近づけば近づくほどに強くなった。

「確かに臭うな……」

 村を地上から視認できるようになった頃には、その臭いははっきりと感じられるようになった。ゴブ筋もその臭いに気付いたようで顔を顰めた。

 この酷い臭いの元が何なのか気になったが、それよりもやけに多くの鳥が村の上空を旋回していたのも気になった。



 何か嫌な予感がする。



 そう思い始めた俺の傍に、小鴉が空から降りてきた。どうやら村の異変を感じて独断で偵察に行ってきたようだった。


「……報告します。村は何者かの襲撃にあい、全滅しておりました」


 小鴉は、開口一番にそう言った。

 小鴉は、その後も続けて確認を怠った自分の不備を詫びているようだったが、その言葉は俺の耳には届いていなかった。

 小鴉の報告を頭が理解するまでに数秒の時間が必要だった。

 隣では、天狐が「やっぱり……」と言葉を零していた。


 やっぱりってなんだよ天狐。


 気付けば、俺は村に向かって駆け出していた。


「カケル!! 」

「村長!! 」



 後ろから天狐たちから制止の声がかかるが、俺はそれを無視して走った。


 どうしてそうしたのか俺自身もよくわからない。まだ心のどこかで俺は夢を見ている気分だったのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。

 ただ、確かめなくては。という気持ちに突き動かされるままに俺は走っていた。


 全力で駆け出した俺の足は早く、景色が高速で後ろに流れていった。数分と経たずに天狐たちを引き離して村に到着した。


 そして、村の惨状を見て、俺はすぐに後悔した。




 そこは酷い有様だった。


「なんだよ、これ……」


 肉が抉れ、骨が見え、蛆虫が沸き始めている死体。


 それが村に入って最初に出会った村人だった。


 死後数日は経っているだろうそれ・・は、むせ返るほどの腐敗臭を発し、辺りには獣や鳥が死体から引き摺り出したのか臓物が散らばっていた。

 壁や地面には夥しいほどの血痕の跡が残り、木造の家の戸は乱暴に壊されて周囲には争いの跡があった。目の前に倒れる死体の向こう側には、積み上げられた死体の山がいくつもできていた。その山には農具や血濡れた槍が無数に突き刺さっていた。

 まるで地獄絵図のような惨状だった。

「うっ……」

 むせ返るような腐敗臭と直視し難い惨状を目にした俺は耐え難い吐き気に襲われて、堪らずその場で吐いた。空っぽの胃から絞り出すように胃液を吐き出した。

 あれだけ走っても息切れ一つしなかった呼吸が乱れ、視界がチカチカと明滅した。

「カケルっ!? 」

 後を追ってきた天狐が突然吐いた俺に逸早く気づいて、背中を擦ってくれる。

 追いついてきた他のみんなも心配して頻りに声をかけてくるが、それどころではない俺はそれに応えることができず、ただ吐き気に促されるままに胃液を吐き続けた。

 頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されるように気持ち悪く、地面が波打っているように感じる。絶え間ない吐き気に呼吸がままならず、視界が霞む。手足に力が入らない。息ができない。

 息苦しさからギュッと強く目を瞑っても、白濁した目を限界まで見開いた死体がこちらに腕を伸ばす光景が脳裏に鮮明に焼き付いて消えなかった。



「はぁはぁ……うっ、くぅぅ……」

 喉が焼かれたようにヒリヒリと痛むのを感じながら未だに感じる吐き気を無理やり堪えて俺は、再び村の惨状に目を向ける。

 目を背けたい余りにも凄惨な光景。

 だが俺はそれから目を背けることができなかった。

 それは、初めて死んだ死体を間近で見た恐怖からなのか。
 その死体を自分や仲間に置き換えて幻視したせいだからなのかは自分でもわからない。


 ただ俺は目を背けることができなかった。

「うっ……! 」
 
 堪え切れくなって俺は再び吐いた。
 周りに駆けつけてきた皆がしきりに声をかけてくれる。


 手足がだるい。頭が重い。
 このまま横になってしまいたい気持ちになる。


 しかし、その気持ちを無理やり押し殺した。

 今でも傍で声をかけてくれるみんなの声が聞こえる。こちらを心配し、動揺する天狐たちの声が聞こえる。


 情けない。

 俺はこいつらを安心させるんじゃなかったのか。不安にさせないんじゃなかったのか。 

 俺はこいつらの村長だ。主だ。主がしっかりしてなくてどうする。

 吐いている場合ではない。

 考えろ。どうするべきか。

 行動しろ。ついてきてくれてる仲間を安心させるために。


 そう自分の心を叱咤して、俺は遠のく意識を無理やり繋ぎ止めた。

「……天狐」

「何、どうしたのカケルっ」

 胃液で喉が焼けたのか声は掠れていた。つばを一度呑み込んでから天狐に尋ねる。

「この周辺に不審な集団はいるか……? 」

「……いいえ、私の【索敵】にはいないわ。ポチ、小鴉! あなたたちはどうなのっ!? 」

「それらしき影は見ておりません」

「ウォン! 」

 天狐が近くにいた小鴉と、大きな白狼の姿をしたポチに尋ねるが、2人とも首を横に振った。

「そうか……」

 天狐たちの広い索敵でも見つからないなら、この村を襲った奴らはもうここから離れていると考えるべきだろう。

「……ミカエル」

「何ですか村長っ」

「この死んだ人たちはお前の力で生き返らせることはできるか……? 」

 天使長という種族のミカエルは、神の如き天使長ミカエルというユニークモンスターだ。
 ユニークモンスターは仲間になる以前から名前を持ち、総じていくつもの強力な固有能力を所有している。


 ミカエルはゲームの時は、代償なしでの蘇生・・が可能だった。


「それは……無理です村長。既に肉体から魂が完全に離れてしまってます。蘇生はできません。それよりもこのまま何も処置をしなければ、アンデットになる可能性があります。村長、【浄化の光】を行っても良いですか? 」

「そうか……頼む」

「分かりました」

 沈痛な面持ちで頷いたミカエルが背中に生えた三対の純白の羽を大きく広げると、村全域に空から浄化の光が降り注いだ。

 浄化の光が降り注いだ目の前の死体からは、禍々しい黒い煙のようなものが立ち昇り死体から抜けていった。血痕の残った赤黒い地面や積み上げられた死体の山からも禍々しい煙が立ち昇っては消えていった。

 それはゲームで見慣れた瘴気が浄化される光景と一緒だった。

 その浄化の光は俺にも降り注いだ。
 その光は太陽の日差しとはまた違った暖かな光で全身を優しく包み込んだ。

「これで、ひとまず大丈夫だよな……? 」

 浄化されれば死体がアンデット化することはない。浄化された土地からアンデットモンスターが生み出されることもない。

「よかっ……た……」

 村が浄化されたのを見て安心したせいか、酷い虚脱感と抗い難い睡魔に襲われた。
 自分で思っている以上に俺は気力を消耗していたようで、それに抵抗する力はなく、ぐらりと視界が揺れたかと思うと地面に崩れ落ちるように倒れた。
 地面にぶつかる寸前、倒れる自分を誰かが受け止めてくれたのを感じる。薄っすらと視界を開くと涙目の天狐と目があった。

 心配するな天狐。

 天狐を安心させるために遠のく意識の中、精一杯の笑顔を作りながら俺は意識を失った。


◆◇◆◇◆◇◆



「ここは……? 」

「カケルっ! 」 

 目を覚ますと金髪の美女が覆いかぶさるようにして抱き着いてきた。

「うおっ!? 」

「目を覚ましたのね。よかった……! 」

「て、天狐か!? 」

 俺が美女の正体に気付くと、抱き着いていた天狐が顔を起こして目が合った。その瞳は涙で潤んでいた。

「カケルが急に倒れるから心配したんですからね! 無理しないでください! 」

「あ、いや、えっと……すまん……」

 どうやら俺は意識を失って倒れてしまっていたみたいだ。

 目が覚めるまで俺はずっとうなされていたらしい。天狐には心配をかけた。
 他のみんなも心配して代わる代わる俺の様子を見にきてくれていたそうだが、ひっきりなしにくるものだから騒がしくて天狐が叩きだしてしまったという。

「ところで天狐、ここはどこなんだ? 」

「ここは村にあった家の一室よ。みんなと話しあって決めたの。気を失ったカケルを運んで行動するのは危険と判断したからこの村に留まったのよ」

「そんなことに……いや、そりゃそうだよな」

 小鴉が調査した範囲で人が住んでいる場所はここしか見つからなかった上に日は暮れかけてた。天狐達の判断は当然と言えば当然か。

 改めて周囲を見渡してみれば、天狐が明り代わりに金色の火の玉【狐火】を浮かせているのを除けば、部屋は全て木でできていて家具は寝ていたベッドと天狐が座っている椅子が一つしかなかった。

 どこか外国の昔の家や物置小屋を彷彿させる部屋だ。

 ここに住んでいた人たちも恐らくあの中にいたんだろうな……

 思わず、脳裏に焼き付いたあの光景を思い出してしまったが、一度寝て気持ちに整理がついたからか前のように取り乱すことはなかった。

 これが夢で、起きたら自宅のベッドだったらと考えなかったと言えば、嘘になる。

 しかし、こうして目覚めてあの光景を思い返すと、現実なんだと認めるしかない。モントモの世界でも、自分が元いた世界でもない世界に来たのだと思わずにはいられない。

 ただ、異世界に来て早々に残酷な現実を思い知らせされて気分は最悪だった。少し俺は異世界に来たことを楽観視しすぎてたかもしれない。

「カケル……まだ具合が悪いの? 」

「いや、もう大丈夫だ」

 そんな気持ちが顔に出てしまったのか天狐に心配された。

 心配しすぎだと言いたいけれど、気を失って倒れたばかりの俺が言えるわけがなかった。心配してくる天狐をどうにか落ち着かせて、俺が倒れた後のことを聞いた。

 聞き出した後に天狐からその内容が昨日の夜までの話だと言われたので、新しい報告があるかもしれない。

 まさか、昼までずっと寝ているとは思わなかった。
 まぁそれだけ疲れてたんだろ。心当たりはたくさんありすぎる。

 とりあえず心配かけた皆を安心させるためにも俺は、天狐と共に部屋を出た。

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