絶食×ブラッド【連載版】

顔面ヒロシ

私のはじまり



――夜闇に蠢き、生者から血を啜る。

太陽を受け付けぬ肌は、透けるように雪灰よりも白い。

あぁ我等、十字架に救済されえぬ亜人の民なり。

永劫の時を歩む、新たな人類の系譜なり。






小学校よりも前、ずっと昔の記憶にあったこと。
遠く、遠く、どこまでも遥かなる天の向こうまで伸びていった火葬の煙。
それを見送った泣きわめく私を、お父さんは慰めるようにずっと抱っこしていた。


バイバイ、大好きなお母さん。

さようなら。




「……うわ、」


 これ、かなり重いかも。
放課後。グラグラと揺れる本の山を先生に押し付けられた私たちが廊下で苦労しているというのに、周りの学生はそんなことお構いなしで冷たく通り過ぎていく。

「ちょっと誰か手伝おうとか思わないのかよ……」

 男言葉で嘆いているのは、私の親友の朱莉。ポニーテールにスッとした吊り目の器量よし。

「全く、重くてたまんないったら。ウチみたいな可愛いギャルが苦労してるってのに、薄情!」

 バサバサの茶髪に、目元を黒々と囲ってメイクした桂子がぶつくさ文句を云う。
それに愛想笑いを返した私が、ふらつく千鳥足みたいになりながらも教科書を抱えて、資料室を目指す。


 おも……、重……っ

顔を引きつらせながら、前が見えない状態で歩いていると、案の定見知らぬ誰かにぶつかってスッ転んでしまった。血の気が引く。素行の悪い不良だったらどうしよう。
 あわあわしながら教科書を拾っていると、ブレザーとネクタイが見える。細身で身長の高い男子だ。

「……大丈夫? 午空さん」

 相手から澄んだ声を掛けられ、私は焦りながらも頷く。
怒らせたかな。キレられるかな……。パニックになっている私をよそに、名前も覚えていない男子はテキパキと教科書を拾い集めると、なんと親切にもそれを半分以上持ってくれたのだ。


「え……、ちょっと! いいんですか!?」

「いいよ。気にしないで」

 サラサラとした黒髪が印象的な男子の見目は、普通以上に整った美形だった。ジブリの映画に出てきた動く城の主であるハウルみたい。
紳士的に微笑んだ彼が、資料室の方を見て目配せをする。それを見た朱莉と桂子が目を丸くした。

「そっちの教科書も寄越して、どうせなら全部持ってくよ。女の子の持てる量じゃないもんな」

 そう言った通りすがりのイケメンさんは、辺りにいた男の子を集めると私たちの抱えていた教科書を全部負担してくれた。
なんて親切な人だろう。感動しているこちらを廊下に置き去りにして、彼はあくまでも爽やかに去っていく。呆然としていた私に、朱莉がニヤッと笑った。

「午空さん、だってさ」

「なんであの人、私の名前知ってたんだろう……」

 意味が分からずにいると、桂子が呆れた表情になる。

「なに云ってんの。日向君は、瞳と同じクラスじゃん。あんなイケメンと一緒に授業受けといて覚えてなかったの?」

「うん。サッパリ記憶にない」

 そもそも、授業とは黒板を眺めるもので、イケメンを観察する時間ではない。歯切れよく応えた私の言葉に、2人が笑い出す。

「ねえ、瞳。次に会ったらちゃんとお礼云いなよ。あの時はありがとうございましたって」

「え、無理だよ」

「なんでよ。もしかしたら、今後に繋がるかもしれないのに」

「だって、あんな整った顔、記憶に残らなそうだもん」

 もっと分かりやすく粗があればいいのに、今の男子は典型的な線の細いイケメンだった。
特徴といえば、黒檀のような髪と透けるような白い肌くらい。あそこまで綺麗だと、流しそうめんよりも早く脳からあっという間に通り過ぎてしまうだろう。

「日向君、だっけ」

「そうそう。日向当夜。もしも午空に気があったらどうする?」

 面白い名前だな。
それだけを考えて、私、こと午空瞳はサンマに添えられたカボスのようにサッパリと笑い飛ばした。

「それはないよ、私、モテないもの」

「えー、そうかな」

「だってこんな男顔だし、背は低いけど、パッと見たら少年みたいじゃない」

 私の自虐に、桂子が言う。

「いや、もしかしたら需要はあるかもしれないじゃん。少年は少年でも美少年顔だし。これはこれで眼服っていうか」

「オレは逆にそんな需要嫌だわ。午空さんがお姉さんホイホイなのは知っとるけど」

 朱莉がため息をつく。
私だって、それはイヤだ。ゲイに人気が出ても嬉しくない。

「その髪型がいけないんじゃないの? 伸ばしてみたら?」

「似合わないからいいよ」

 ベリーショートの私が笑うと、オシャレ好きな桂子が唇を尖らせる。そんな顔をされても、こっちも困るだけなのだけど。

「あ、私、スーパーに寄って帰らなきゃ」

「おー、お疲れさん」

「今日も特売狙い?」

 スマホの時計を見た私に、みんなが笑う。警察の敬礼の真似をして、軽やかに駐輪場へ向かうと、私は急いで走り出した。

「今日は焦って転ぶなよーー!」

「遅いって、ほら……」

 廊下で躓いて前のめりに転んだ私に、2人の溜め息が後ろから聞こえた。
……痛い。



 それはさておき。いくらイケメンといったって、顔を覚えても活用される機会なんてないだろう。
私、モテないしね。

付き合うわけでもないし、会話をするほど仲も良くないし、席が隣になったとしても……いや、隣になったら流石に覚えるけどさ。
そんな理由で、私は親切な彼のことを記憶に留める意欲からさほど無かった。

「……イケメンかぁ」

 普通は記憶に残りそうなものだけど、私の明晰ではない頭には引っかからない。
そういう、見るからに整っている容姿よりも、もっと分かりやすい特徴があった方がよっぽど覚えやすい。 イボのある鼻とか。太った腹囲とか。分厚い唇なんかはすごくいい。……って、これじゃあ火の鳥の猿田彦じゃん。

「それに、見た目のキレイな人はマコさんでお腹いっぱいだよね」

 知り合いの容姿を思い浮かべ、うんうん、と頷く。そんなひとり言を云いながらスーパーに入っていくと、私は目についた特売のナスを籠に入れた。
みずみずしくて、美しい光沢のある紫の野菜だ。大きさも申し分なく、私は満足な気分になる。
それから、熟したトマトとエノキを選び、大きな玉ねぎも買うことにした。牛乳も入れ、精肉売り場で目当てのものを発見する。

「……あった! 半額のホルモン!」

 半額割引のシールが貼られた白っぽいホルモンを見つけ、私はぱあっと顔を明るくする。
先生から教科書を資料室に運ぶように言われた時には間に合わないかと思ったけど、なんのなんの。ちゃんと手に入ったではないですか。

 もうその場で踊り出したいような心境になりながら、私は大事にスーパーの籠の中にそっと乗せる。キャベツは家にあるし、玉ねぎは買うし、これでちゃっちゃと炒めれば夕飯が完成する。 

「ふふふ~」

 何をさておき、私はモツが好きな女子なのだ。
 今を生きるモツ好き女子だ。

 ウキウキとレジに籠を持っていくと、いつものお兄さんが会計をしてくれる。間延びした声でありがとーござあいます。と云われ、持っていたエコバッグに買い物を詰めた。

外に停めてあった自転車に買い物を積むと、手で押していく。そのまま帰ろうとしたところで、スマホがピリリと鳴った。

「……あ、お父さん」

 画面に表示された名前に、私は落ち着いてタップをする。耳に当てると、向こう側から声がした。

「うん。……うん、今帰るところ。これで夕飯を作ったら、私は道場に行くから」

 一緒に食べよう。そう言われて、私は眦を緩めた。
辺りは夕暮れで、空は藍色になりかけている。強い突風がこちらの短い髪をなびかせた。

「……うん、分かった。そうするね。またね」

 近くの線路で電車が走り去る。
カンカンカンと乾いた踏切の音が、耳の奥で聴こえていた。



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