ネック・レス 〜 呪われた風習 〜

プラム



  はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。


僕は、真っ暗闇の中を、ただひたすら走り続けていた。


熱帯夜の森の中は、死ぬほど暑くて、着ているTシャツはもうベショベショに濡れている。




 息が上がり、呼吸は荒く、とても苦しい。




草木が生い茂る森は逃げにくく、傾斜面があったりと不安定で、走りにくい。




つまづいて、転びそうになる。




「っ、くそッ」




僕は、全速力で走りながら、時々後ろを振り返り、そう毒づく。


どんなに逃げても、『奴ら』が追いかけて来る。




「首をよこせ。呪いを解くためには若い男女の首が、必要なんじゃ」




『奴ら』は、口々に同じ事を叫びながら、逃げる僕を追いかけている。




逃げなきゃ、逃げなきゃ、捕まるものか、絶対に。


僕が不甲斐ないばかりに、『奴ら』に捕まり、監禁された『早苗』を助け出すんだ。




だから、絶対に、捕まって、殺されたりなんかするもんか。




『早苗』と一緒に、この呪われた殺人村から、逃げるんだ。




僕は、不意に緩まればすぐに恐怖で支配されそうになる気を、その希望で引き締め、疲労で速度が落ちそうになる足を、前へ前へと、全速力で動かした。




何故、こうなっているのか、こうして逃げていても、自分の目の前で起きていることが良く分からなかった。








 *




  『ねえ、昔、首狩り族が住んでいたっていう村があって、今は誰も住んでいない廃村なんだけどさ、たっくさん幽霊が出るとか、丑三つ刻に行ったら呪われるとか言われてて、そういうスポットとしてめっちゃ有名なんだよね。なんか、面白そうじゃない?ここに行ってみようよ!』




僕の彼女の『早苗』にそう誘われてとある山奥の村に来たのが、一日前だった。




僕の彼女、『早苗』は、僕と同い年で、同じ大学の同じ学部学科で、同じ『廃墟コレクター』という誰も好き好んでは入らないサークルに入っていた。




互いに二十歳になる、今年の夏休みは、付き合って一年になるので、特別な何か二人の思い出を作ろうと、僕と早苗は、二人にとって特別で楽しい旅行を計画した。




楽しくて、景色が良くて、ご飯が美味しくて、日頃の疲れが癒される気持ちの良い温泉があって、それで、やっぱり楽しくて。




そういうところを、ネットの旅行サイトや、直接旅行代理店に行って探してみたものの、予算内の費用で行けるところは、なかなか見つからなかった。




単位を落とさないようバイトを掛け持ちするのも、大変で、かといって、彼女との旅行の費用を親に仕送りしてもらうのも、彼氏である前に男である僕の“プライド”が許さなかった。




それに、やっぱり、彼女との初めての旅行だから、彼女の笑顔を見れるように僕が、そういう金銭面も含め、工面するもんじゃないのかなぁ、と思ってもいた。




そんないつも素寒貧な僕との初めての旅行だからと言って、彼女も費用を自分のは出すと言った。


いやいや、そんなことをさせるわけにはいかない。


僕は、『大丈夫、大丈夫。気にしなくて』と、その申し出を即断り、その日のうちに即日バイトに行った。


彼女に、気を遣わせるわけにはいかない。


なかなか、早苗は、聡くて勘が鋭く、どんな隠し事をしていても、何かに悩んだり落ち込んだりしていても、すぐ気付いてしまう。


だから、おそらく、いつもバイトの給料前はもやし三昧の生活をしている素寒貧な僕が、雀の涙ほどの貯金と相談して、なんとか二人分の費用を捻出しようとしているんじゃないかと、気付いていたのかもしれない。




いやいや、僕だって、一応一人前の男だ。




雀の涙ほどしか貯金が無くて、いつもデートは折半の素寒貧の僕だって、やる時はやるのだ。




フォトジェニックな場所とか、レストランとか、星がつくようなレストランとか行けなくて、ファミレスか、僕か彼女の家といういつものデートコースじゃ、不満だって出てくる。




つまらない、早苗にそう思われるのが、怖かった。


付き合って半年頃、ある時学校で、彼氏と色んな所へ遊びに行ったと、友達に報告されている時の早苗の表情を見てしまった。




常に明るい早苗は、その時だって友達の話を楽しそうに笑って聞いて、相槌を打っていた。




だけど、僕には、なんとなく分かった。




不意に、落ち込んだように俯き、悲しそうに眉根を寄せ、悔しそうに下唇を噛む彼女のあの時の表情は、初めて見るものだったけれど、僕は衝撃と共に、悲しくなった。




いつも何も言わない彼女にも、お金持ちの彼氏とどこへだって行けて、報告するくらい楽しい思い出を作っている友達が、羨ましくて、そして、素寒貧な僕と付き合っている自分には、そういうのは何一つないという悔しさが、あるのだ。


僕には、何も言わないけれど、そういう不満だってあるのだ。




そういう不満に気付いた僕は、彼女の不満を無くし、彼女に本当に心から笑ってもらいたくて、楽しい思い出を作るため、今回の旅行を提案した。




 あまり大きな声では言えないけど、男としてのプライドを守る為にも。


 それからは、金銭面の事は彼女に触れさせないようにして、ドライアイになるまで旅行サイトを見て、探した。




学校に行って、講義を受けている間も、バイト中でも、寝る前でも、新しく情報が入っていないか、チェックしてピックアップして、早苗に教えた。


でも、早苗は、僕が選んだ場所からは一つも選ばなかった。


旅行に行こうか、と言った時、とても喜んでいたはずなのに、彼女は、どんなに僕がピックアップして、面白くて楽しそうで思い出作りには最高な場所を勧めても、どこも『行きたい』、とは言わなかった。




彼女は、常にお金のことを考えていたのだ。




しっかり者の、早苗。




楽しみより、欲より、きちんとそういう事を考えてくれている。




『ありがと。でも、ショウゴに無理させてまで行ったって、あたし、やっぱり楽しくないし。あとさ、二人の思い出なんだから、二人で作ればいいじゃん。変な意地張ってないでさ。あたし、お金とかそういうの、全然気にしてないから。あたしだって一応バイトしてるし、少しはあるからさ。それに、あたしと旅行行く為に、ショウゴが無理して身体悪くするのも嫌だから。だからさ、そういうお金のこと含めて、今回の初めての旅行の計画は、一緒に立てようよ、ね?』




彼女のこの言葉に、僕は、また新たな衝撃を受けた。


僕より男前な彼女は、プライドが高くて視野の狭い素寒貧な僕と違って、柔軟に物事を考えて、合理的に判断する。


そして、全てが円滑に進むようなやり方が出来る。




一人だけ、男なんだからと変な意地を張り、プライドを高くして費用は自分で持たなければと気負いしていたが、それは大きな間違いだった。




僕が、気負いしてバイトを増やし働けば働くほど、彼女に気を遣わせていたことに、僕は気が付かなかった。




『二人の思い出は、二人で』……。




僕は、その通りだよなと思い、変な意地やプライドは捨て、彼女に正直になって、二人で旅行先を決めた。


彼女の考えに、僕は、まだ知らなかった彼女を知り、何事も一人で気負わなくても協力すればいいという新しい彼女の価値観を覚え、ますます僕を導いてくれる彼女が、好きになった。




旅行費は、折半することにして、交通費や行き帰りの食事代は、僕が出すと決めて、なるべく思い出がたくさん作れて、ゆっくり出来る自然豊かな場所を探した。




予算内に収まる中で探すのは難しくて、なかなか見つからなかった。




今流行りのテーマパークにも行かなくていいという、あまり普段からわがままや要望を言わない彼女の唯一の要望は、『緑いっぱいの山に行きたい』。




山なら、両手で数えれるくらいしかいない『廃墟コレクター』サークルのメンバーで、いつも探検に行っていた。




 日本全国どこの廃墟や廃村も、だいたいは深い山奥にあって、いつもまるで登山でもするような重装備で、記録用のデジカメと、ネットに上げる動画撮影用のカメラを持って、廃墟や廃村を撮影しに行くのだ。




たまに車道が無くて、人間しか通れない舗装されていない山道をトレッキングポールを使って、目的地まで登っていると、僕は一体何のサークルに入ったんだろうと、疑問に思うことがある。




『廃墟コレクター』ではなく、『登山部』ではないか。




登山用の用品を一式揃えて、日々ランニングやウォーキングという訓練をし、廃墟に行く時に備える。




インドア派っぽいサークルだと思って入ったのに、中を開けたら全く想像と違っていたのだ。




『古き良き建物のノスタルジックな雰囲気を感じてみようよ。自分好みの廃墟に行って、写真を撮って、自分の好きなようにコレクションにしよう。それが、“廃墟コレクター”だよ!外が苦手だったり、明るい昼間に動くのが辛い人にぴったり!なぜなら、夜しか行動しないサークルだからね!インドア派って人、夜行性って人、大歓迎!』




部長にそう勧誘されて、その中に早苗がいて、一目惚れして、早苗を追いかけるように入った。


それに、他のサークルはあまり興味が無かったし。


正直に言うと、この『廃墟コレクター』とかいうバリバリの運動部のサークルだって、部長に勧誘されているうちは全く、興味も何も無かった。




 それに、古い建物を見て何が面白いんだ、何が楽しいんだ、とすら思っていたし。




でも、早苗がいたから、僕はこのサークルに入ったのだった。




同じ学部の学科でも、あまり接点のなかった早苗とは、構内で普通に声をかけることすら難しかった。




それに元々僕は、恋愛経験が少なく、そういう男女のことにとても疎かった。


 

恋愛経験値が低く、しまいには、童貞ときた僕にとって、常に明るくて笑顔で、男女問わず人気があっていつも人に囲まれている彼女は、高嶺の花的存在だった。




そんなエレベストより高い山にいる彼女、早苗が、マニアックな得体の知れないサークルに入っていると知った僕は、彼女に近づけるチャンスだと思った。




そして、童貞だけど、それを気にさえしなければ普通に女性と接すれる、童貞だけど童貞じゃない風を演じれる僕に、早速チャンスがやってきた。




新人歓迎会の飲み会の時、彼女が僕の隣に座ったのだ。




いい匂いがする彼女にドキドキしながら、僕は思い切って、常々疑問に思っていたことを聞いてみた。


疑問に思っていたことを知りたかったのもあるけど、彼女と話がしてみたかったという気持ちが大きかった。




『どうして、佐藤さんって、このサークルに入ったの?』




『えっ?突然、何?』




これが、記念すべき早苗と僕の初めての会話だった。




僕の質問の意味が分からなかったのか、突然過ぎてびっくりしたのか、微かに眉をひそめた彼女も、至近距離で見ていても相変わらず綺麗だった。




そして、その後てっきりスルーされるかと思っていた質問に彼女は答えてくれた。




『廃墟が、昔から好きなの。古くて、人の手が入っていない、ぼろぼろだけど不思議な雰囲気を持っている建物とか、もう大好き。あとさ、よく、そういうところって幽霊とか出るっていうじゃん?あたし、心霊とか、あと呪われた廃村とかに直接行って、そういう祟りとかか呪いとか、本当にあるのかどうか検証してみたいんだよね』




そういうこの世の物じゃないものは視えず、それどころか霊感も無い彼女は、非科学的で不確かな存在に、興味深々だった。




それに比べ、僕はというと、あまりそういう幽霊とか祟りとか、呪いとかは信じないタイプだった。




自分の目に見えるのもしか信じない僕は、目に見えていないはずなのに、そういう存在を信じている彼女が、不思議だった。




それから、常に明るい彼女が、そんな暗い世界に目を輝かせるほど惹かれているのも。






  


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