令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

74.第四章 愛しさと、ぬくもりと⑪

「――デジャンタン。トロメラウディ・メギデスタ・マグデュスタ。ジャデウス・ナザルス――マヨル・カロアラ」

 はじけた水が、中庭の石畳を濡らすことはなかった。
 水は飛び散ることなく、多数の小さな水の球となって、空中にとどまる。

 メリチェルの唇が紡ぐのは、歌うような古語。デジャンタン。マヨル。カロア川。名前をたくさん散りばめた、親しい人に語りかけるような言葉の連なり。

「メリチェル……カロアラ。ゲニウス・カロア――」
 小さな水の球ひとつひとつが、頭としっぽのある流線形に変化する。

「――カロア様のもとへ、お帰り」

 最後の言葉は、古語ではなかった。
 理由はないけれど、古語ではないほうがいいような気がした。現在の言葉で、自分の言葉で、メリチェルは言った。

 流線形に変化したたくさんの水の塊は、一団となってすいっと空へのぼった。まるで春の小川に群れをなす、命ある魚たちのように。
 朝の光を透かして、水の魚の大群がきらきらと輝く。
 日の当たる、明るく澄んだ海の中にいるかのようだった。

「うわあ」
「きれい」
「素敵」

 生徒たちからため息と歓声が湧きこぼれる。
 誰もがきらめく水の魚に心奪われ、快晴の青空を見上げていた。
 川を目指して、空をゆく水の魚たち。

「えっ?」
「あれはなに?」
「大きい……」
 生徒たちとともに、メリチェルも目を凝らした。

 空を泳ぐ水の魚が進路をそらす。群れが目指す方向は、川ではなく、はるか上空。空のかなたに見えるのは、透明で大きく細長い――。

「水龍――?」

 メリチェルは、信じられない思いでつぶやいた。


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