令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

63.第三章 くじらちゃんを探せ㉑

「カ、カロ、カロ、カロ――」
 ロギは下草に尻をつけたまま、ふるえる手で麗人を指差した。

「カロア。指差すでない。無礼な」
「カロア様!?」
「左様」
「なんで!?」
「なんでとは?」
「なんで出てくるんだ!?」
「呼んだのはそなたではないか」
「呼べば出るのか!? 誰でも!?」
「用事による。誰でもというわけにはいかぬな。人間は、霊力を持つ者と持たぬ者がおるから。そなたの用事は、出てきてやろうと思わせるものであるし、そなたは霊力も豊富にあるようだし、出てきてやった」

 霊力というのはつまり、術者の素質や素養のことだろうか。
 現世の理を加工する力。
 精霊を実体化させるには、霊力が要るということなのだろう。現に、ロギは自分の力が精霊を通して循環しているのを感じている。

 それはともかくとして、「用事による」?

「……くじらちゃん探しが、出てきてやろうと思わせる用事?」
 立ち上がりながら、ロギは疑問を口にした。
 なんの公共性もない私的な願いなのに、なぜだと思った。

「私は、己のために私を呼ぶ声には応えない。そなたは、メリチェルのために私を呼んだのだろう? 己ではない他者のためであることは、霊力の色でわかる」

「……あ」

 あの火事の日、メリチェルはマヨルとレオニードのためにカロア川の精霊を呼んだのだ。
 決して、名誉や自分の利益のためではなく。
 ロギはカロア川の精霊の、無駄に甘く整った顔を見つめた。

 「誰かのため」。

 それが、カロア川の精霊を呼び出せる条件――。

「さて。行こうではないか。くじらちゃん探しとやらに。人間界はひさしぶりだ。この姿も気に入った。女のように美しい男とは、今までにない姿だな」
「……気に入ったのか」
「大変気に入った。以前の姿を与えてくれた人間は死んでしまったからな。次はどんな姿をもらえるかと、水底で心待ちにしていた。うむ。なかなかよい」

 精霊はうれしそうに、なめらかな長い銀髪を白魚の指でもてあそび、口元に持っていったりしている。
 その様子は、とある人気役者の自己陶酔ぶりによく似ていた。

「気に入ったんだ……」
 ロギは脱力した。そうか、気に入ったんだ……。悪趣味精霊……。

 しかし、悪趣味くらいいくらでも目をつぶろう。カロア川の精霊が協力してくれるなら、こちらはなんの苦もなく、くじらちゃんを見つけられる。

 楽勝だ!

 内心笑いが止まらないロギだったが、それは大きな思い違いだったと、すぐに知ることとなる。


 カロア川の精霊は、ロギに自分の旅装を準備させたあと、こう言った。

 そなたは飲み込んだものが、自分の体のどこにあるかわかるのか? 私は私の中に落ちたものが、どこへ流れて行ったかなど皆目わからぬ。
 さあ、共にくじらちゃん探しの旅へ参ろうではないか。
 旅の指南、よろしく頼む。





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