令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

50.第三章 くじらちゃんを探せ⑧

「あ、あ、あ、あの男と酒場に行ったですって!?」
「ちょ、ちょっとマヨル、声大きいわよ。しかもそこ、まだ話の焦点じゃないわよ」
 メリチェルはしーしーしー!と唇に指を当てた。

 「男と酒場」に反応して、周囲で昼食をとっている生徒たちが注目してくる。

 時間割に追われるマヨルとは、学院の食堂で昼食をとるときくらいしか一緒にいられなかった。しかし、これではアンゼラの話などできない。

「どういうことです? 返答しだいでは、ばあやさんと伯爵に報告を……」
「やめてー! やましいことなんかなにもないわよ!」
「あったら私は死んで伯爵にお詫びします!」
「みんながじろじろ見るから、そういう過激なこと言うのやめて!」

 マヨルはまるで刃のような、薙ぎ払うかのごとき視線を周囲にめぐらした。
 生徒たちがマヨルにおそれをなして目をそらす。

(白制服だからとか異人種だからとかいうより、この目つきがこわくて誰も近寄ってこないんじゃないかしら……)
 マヨルがメリチェルを心配してくれるのと同様、メリチェルだってマヨルが心配だった。
 まるで手負いの白豹みたいに、こんなふうにすぐ牙を剥いていたら、誰とも仲良くなれないではないか。

「あら、マヨル、いたいた。レオニード先生がお呼びよ。時間割の変更についてですって」
 聞き覚えのある声がした。
 テーブルの間を縫ってやってくるのは、眼鏡の紺色生、舎監のコレットである。

 コレットはマヨルのような威圧感はまるでないのだが、紺制服の威力なのか、茶制服の生徒たちがささっと道を開ける。そのひとりひとりに「ありがとう」と言っているところが、さすがコレットだなあとメリチェルは思った。

「明日から象徴記号体系と語彙論の授業が再開されるみたいよ。調整があるから、紺色以上は談話室に集合ですって」
「わかった」

 マヨルは短い返事をして立ち上がった。
 自分の食器だけではなくメリチェルの食器も片付けようとするので、メリチェルはあわてて自分の食器を押さえた。
「自分でやるわ」
「でも」
「お嬢様扱い禁止って言ったでしょ」
「……」
 マヨルはちょっとすねたように唇を噛んだ。
 メリチェルは彼女に、はやく行きなさいと目で命じる。


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