令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

48.第三章 くじらちゃんを探せ⑥

 大衆酒場なんてはじめて来た。
 昼間は食堂のようだ。日が落ちてからは、一日の仕事を終えた労働者がアルコールの解放感を求めてやってくる場所に様変わりするのだろう。

 メリチェルは薄暗いカウンターの奥で、ちょびちょび林檎果汁をなめていた。
 カウンター内の棚には銘柄のわからない各地の酒が、ずらりと並んでいる。
 見たことのないラベル。嗅いだ事のないお酒の匂い。流しの歌い手が歌う、聞いたことのない恋唄の甘いしらべ。

 ――知らない、雰囲気。

 メリチェルの知らない雰囲気の中、ロギはここに住んでいるかのごとき自然さで、蒸留酒のグラスを手に酒場の主人と話している。

(ロギっていくつなんだろう……)
 二十歳くらいだと思うのだが、ときどきレオニード先生より年上に見えることがある。
 慣れた様子で初老の主人と話す姿は、メリチェルの知らないロギだった。

「学院の結界師の話は、ここでも出るかい?」
 学院の結界師? ロギの言葉に、誰のことだろうとメリチェルは思った。
「ここでもってことは、組合でも出てるんだな」
「そりゃあ出るさ。お高くとまった術式学院のエリート教師たちが、誰も破れなかった結界を編んだんだぞ? 事件を起こしたからにはエリートコースからこぼれてくる。ひとり立ちするには経験がない。さあ、どこが彼女を手に入れるのかな――」
「あくどい組織に引っかからなきゃいいけどな」

「あくどい組織っ!?」
 話の流れからアンゼラのことだと察しがついた。
 メリチェルは思わず声をあげた。

「ロギ、さっきから気になってるんだが、このお嬢ちゃんは?」
「実は、学院の結界師の友達なんだ。友達の行く末が気になってしかたないらしい。彼女に未来はあるのかってな」

「あるある。よりどりみどりだろう。結界師は需要が多いが、知識が要るからなれるやつが少ない。ほとんど学校あがりだから、貴族のお抱えになっちまって巷に流れてこない。組合で仕事して名があがれば、金持ちの大商人が続々引き抜きに来る」
「うらやましい話だぜ」
「ロギ、おまえ、結界師めざしてるんじゃなかったか?」
「あれは挫折した。覚えることが多すぎる」
「あいかわらず売りなしか。器用貧乏から脱出できんな」
「うるせえ!」


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