令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

29.第二章 カロア川の精霊⑦


 へんな小娘。

 メリチェルが寄宿舎に本を届けると言って去ったあとも、ロギはぼんやりと彼女のことを考えていた。
 ちょっと脳のゆるい世間知らずだと思っていたが、十四にしては世界を見ている。辺鄙な田舎とはいえ領地を持つ貴族の娘だ。それなりの教育は受けてきているのだろう。

(しっかし、安穏とした生活を保障されてるってのに、なんで術式学校なんかに?)
 数日間のつきあいしかないが、メリチェルがふわふわした見た目とは裏腹に、かなり気が強いことはわかってきた。

(あいつんちの領地はソルテヴィルか……。行ったことあったかな)
 流れ術者の一家に育ったもので、ロギは生まれてこのかたずっと旅をして生きてきた。
 流れ術者とは必要とされるときに必要とされる土地へ行って仕事を請け負う術式使いのことで、水も火も土も風も、あらゆる属性の術式を扱えることが必要だ。
 ロギも器用さにかけては自信があるのだが、器用貧乏でこれぞという売りがない。王立術士団で栄誉を得たいなら、はっきりした特技がないと厳しいのである。だから、古代の呪術に活路を開こうと思ったのだが……。

 古文書によると、古代の呪術というものは、精霊との結びつきが必要なのだそうだ。

 精霊。

 そんないるんだかいないんだかわからないものとなかよくならないと、強い呪術は得られないのだと、どの本にも書いてある。
 精霊とやらは、強い力のあるものの場合、ほとんどが土地付きの精霊だそうだ。山や川や森など、その土地固有の地形から生まれ出る力を術式でも「地霊」と呼ぶが、精霊とはその地霊が人格化したものらしい。

 カロア川の精霊は朝日に輝く水面(みなも)のようにまばゆく美しい姿をしていて、髪は月色、瞳は空色、まとう衣裳は流れるように落ちかかるしっとりした練絹……とかなんとか、ロギは古文書を読んでいて頭が痛くなった。どう見ても正確な記述ではなく、人間の妄想であり、願望である。
「そんなキレイな精霊がほんとにいたらいいなー」という昔の人の声が、黴くさいページの裏側から聞こえてくるようだ。

 妄想である証拠に、カロア川の精霊の姿は、各時代で違うのだ。
 美しい人の姿という共通点はあるのだが、戦乱の時代は軍神のごとく雄々しい青年であり、戦後の混乱期は聖母のごとき慈愛に満ちた女人であり、復興期は成長の象徴のような溌剌とした少年であり……と、時代ごとに都合よく変わっている。古文書には、呪術をものにしたかったらこの一貫性のない妄想の産物となかよくしろと書いてある。
 そんなの、普通に考えて無理だろう。

(デジャンタンくんだりまで来たのに、はやくも手に詰まったな……。古文書程度じゃどうにもならないか。やっぱりあの胸クソ悪い女に頼ってみるしかないんかな)
 マヨルは呪術のようなものを操り、それをメリチェルに教えたと伯爵令嬢本人が言っていた。メリチェルが操るのも術式ではなく呪術だと、レオニードが言ったようだし……。

 藁にもすがってみるかと眉をしかめて考え込みながら、ロギは学院の敷地を出てカロア川の川辺に散歩に来てみた。


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