令嬢は呪術師 〜愛しき名に精霊は宿る〜

サカエ

23.第二章 カロア川の精霊①

「――というわけで、下宿人としてお世話になりたくて参りました、メリチェル・ヴェンヌ・ソシュレスタです。よろしくおねがいします。セロロスさん」
「よろしくって……そんな、貴族のお嬢様がうちなんぞに」
 帰宅した門番のセロロスは、自宅の居間にメリチェルがいることに心底驚いた様子で、女房に助けを求める視線を向けた。

 息子たちが成人して家を出たあと、空いた部屋を使って下宿屋を切り盛りしているのは女房のベルタである。
「あたしもなんでうちなんぞにって思ったんだけど。学院には立派な寄宿舎もあるのにねぇ……。なんでも赤マントの仮入学生は、寄宿舎に入る権利がないんですって」
「お家の力でなんとかならないんですかね? メリチェル様」
「なんとかならないこともないんですけど、そうするといろいろ軋轢が生まれるのですわ。ですからどうぞわたしをここに置いてくださいな、セロロスさん」
「こ、こんな汚いあばら屋に」
「どこが汚いんですの? とっても清潔で愛らしいおうちだわ。ぬくもりのある木のテーブルには川辺の花が瓶に生けられて! クッションカバーのパッチワークの、このやさしく可憐な色合わせときたら! しかも東の窓からはカロア川が望めるのですわ。朝日に輝いてきれいでしょうねえ、カロア川! ああはやく明日の朝にならないかしら。きっときらきらして素敵でしょうねえ」
「朝のカロア川の美しさといったら折り紙つきだよ、メリチェルちゃん」
「め、メリチェルちゃん?」
 セロロスは女房の馴れ馴れしさに、度肝を抜かれてうろたえた。
「楽しみたわ。わたし川が大好きなの、ベルタさん」
「ベルタさん?」
「なんなの、さっきからあんたは」
「ちょっと馴れ馴れしすぎやしないかい?」
「あっ、ごめんなさいセロロスさん!」
「いやお嬢様ではなくうちのが……」
「ベルタさんはきさくでとっても楽しい方だわ。セロロスさんの奥様は素敵な方ね。手先もお器用で……。ああ、このパッチワーク……なんて素敵なの」
 メリチェルは、自分の背に当てた手作りクッションを愛おしげになでた。

 ソシュレスタ家は伯爵家という立場上、金箔で縁を飾った豪奢な家具や繻子織のクッションなど、高価な調度で屋敷を飾らなくてはならない。よその貴族を招くのも領主の仕事のうちだから、見栄えのよい調度を整えるのは義務のようなものなのだ。
 しかしメリチェル本来の好みは母に似て、素朴な木の家具や木綿のカーテンやパッチワークのクッションだったりする。そんな調度に囲まれて暮らしてみたいと夢見ていた。その夢が叶ったのだ。心からうれしい。
「女の子っていいねえうれしいねえ! 不粋な男の下宿人なんかより、メリチェルちゃんに来てもらいたいねえ。今もうひとり不粋な男の下宿人がいるんだけど、それでもよかったら是非うちに……」とベルタが言ったところで、居間の扉が開いた。

 「不粋な男の下宿人」が帰ってきたのだ。

 彼は目を見開き濃い茶の瞳をむきだしにして、心底驚いた顔でメリチェルを見た。
 そして「なんで君が――」と言った拍子に、口からなにかがぽろりとこぼれた。
 よく磨かれた木の床を転がっていくのは、黄金色の飴玉。

「その飴気に入っていただけた? ロギさん」
 にっこり笑って、メリチェルは言った。



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