ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~
20話 「コンバット・ハイ」
須賀は建物の外にでると、警戒を解かずに機関銃を構えた。そしてゆっくりと慎重に動き、機関銃で撃たれて倒れ伏すグァアバへと近づいた。
「うわああぁん、凌駕ぁ!」
急にアオコが泣きながら須賀の身体に飛びついて巻き付いた。須賀は倒れそうになったが、グッと耐えて引き続き、警戒しグァアバに近づく。
「おい、どうして私を無視するんだ!」
「ちっ、あーもう、うるせぇ! 今こいつがくたばったか確認してる最中だから黙れよ!」
須賀はグァアバの身体を蹴り、動かない事を確認すると、アオコの相手をした。そして身体に巻き付いたアオコを剥がそうとして押しのけるが、アオコはより強く巻き付いて離さない。
「うううっ、死ぬかと思った、怖かった」
「――チッ、もう大丈夫だから怖がるな」
須賀は怖がるアオコを宥めようとして頭を撫でた。しかし普段は女性の頭を撫でる機会が無いのと、普段やら無い行動であった為、須賀の体は恥ずかしさで熱くなった。そしてアオコと良い雰囲気になった。
――な、何だこの空気は……こんなの耐えられねぇ、恥ずかしすぎる!
「わりぃアオコ、お前ちょっと重たいから離れろ」
須賀は、照れ隠しで一言呟いた。しかしその一言で、せっかくのアオコとの良い雰囲気がブチ壊れた。
「……フンッ!」
「ぎゃあああっ! 身体が絞まるっ!」
須賀とアオコがじゃれ合っている頃、久我のペットのゼリーちゃんが倒れて気を失っている久我の側に近付き、身体から生えた触手を使って治療していた。
「――う、うーん……このヒンヤリする感触はゼリーちゃん? あれあれ? 俺は確か化物に蹴り飛ばされてそこから記憶が無くて……あっそうか、俺多分あの時、死んだんだ」
久我は目覚めたばかりで混乱していた。それに気がついた須賀は、久我が生きていた事に安心しつつ、冗談混じりで声をかけた。
「おい久我、目覚めたか? 俺達は今は地獄にいるぞ」
「何っ!? マジかぁ、お前は悪そうだから地獄に落ちたのは仕方ないけど何で俺まで……あっそうか、俺は生前浮気してたから地獄に落とされだんだ、もっと健全に生きとけば良かった……神様ごめんなさい、次は一途に一人の女性の為に生きるので許してください」
「おい、テメェ、俺が地獄で仕方ないだと? ふざけんなバカ野郎」
須賀は半ば呆れながら久我の手を掴み起き上がらせる。
――どうやら久我のバカは無事みたいだな、良かった。
「うわ、すげぇ、こいつはお前がやったのか?」
「あぁ、こいつでぶっ放した」
「なるほど、道理で酷い訳だ」
久我は、グァアバの様子を見て納得した。
グァアバの片腕は、強力な機関銃の弾丸を受けた事により、引き千切られていた。
「小太郎、無事だったんだな、嬉しいぞ」
「アオコちゃんも無事だったんだね、ところで、何で須賀に巻き付いてんの?」
「あ、いやその……これは何でもない!」
久我に指摘されると、アオコは急にそそくさと須賀の身体から離れた。
「任務完了だ、早速報告する」
須賀は小型携帯無線機の電源を入れて、イーヴァがいる作戦指揮所と通信した。
――作戦指揮所。
イーヴァは次の命令をどうするか迷っていた。するとそこへ通信が入ってきた。
『CP、応答しろ、こちらは須賀だ、任務完了した、ラフ・アスラを倒し武器庫を奪還した』
イーヴァは須賀からの通信だとわかると気分が良くなり、さっきまでの迷いが無くなった。そしてすぐに無線機の受話器を取り、須賀へ応答した。
「須賀三曹、よくやったわ! これで私達が敵に対して有利になるわ、本当によくやってくれたわね、帰ってきたらキスしてあげる!」
『なっ!? えっ、あっ……』
イーヴァの発言に無線機越しの須賀を含めて、指揮所にいる全員が動揺した。
その事に気がついたイーヴァは嬉しさのあまり、自分がとんでもない事を言ってしまった事に気づき、恥ずかしさで顔を紅くした。
「……えー、須賀三曹、さっきのキスの発言は訂正する、けれど何かお礼はするわ」
『……』
――その後、イーヴァと須賀は通信で現場の細かい情報や今後の方針等をやり取りした。
「た、大変です! 全アスラ達が武器庫エリアへと移動しています!」
伝令のメッセ二等兵が慌てて指揮所へ入ってくると言った。すると、イーヴァはすぐにその事を須賀へと伝えた。
「須賀三曹、現在そちらにアスラ達が向かってるわ! だから……」
『俺がここで化物どもを食い止めればいいんだな?』
「――っ、」
イーヴァは須賀に「その通り」と、一言命令を出すことを躊躇した。何故なら自分の命令で、部下ではないとはいえ、須賀達が命を落とす事になるかもしれないからだ。
それほど、イーヴァの発言は責任と重みがあるのだ。
「……須賀三曹、すぐにそこか離脱――」
「――コマンダーっ!」
須賀を離脱させようとさせるイーヴァを副官を務めるロー大尉が大声で遮った。そしてイーヴァを睨みつけると決断を迫った。
――お嬢、ここは少数《須賀》を捨てて多数《フロンティア軍》が勝利できる作戦命令を出してください。
ロー大尉はそう目でイーヴァに作戦を訴えた。そしてイーヴァはそれを汲み取ったが、その作戦を実行する事に乗り気になれない。
『事に臨じては危険を顧みず……』
突然、無線越しに須賀が呟いた。
『俺は、覚悟できている』
「そんな、須賀三曹! あなたわかってるの!? 私の命令で貴方は命を落とすかもしれないのよ!? ましてや、私が言うのもアレだけど、貴方は元々関係ないのよ? なのにどうして任務を受けようとするの!?」
イーヴァはつい、ヒステリック気味になってしまい声を荒げた。それに対し、須賀は落ち着き払った様子でイーヴァに答えた。
『勘違いすんな、別にお前らの為に死のうとは思ってねぇ……仲間の為だ、ここで俺が食い止めなくちゃ、あんたらは負けちまうんだろ?』
「……断言はしないけれど、その可能性は高いわ」
『だったら、俺がやる事は一つだ、ここで化物共を食い止めたらあんたらはこの戦闘に勝つ、そうしたら俺の仲間は化物に殺されずに済む、それが理由だ』
イーヴァは、須賀の仲間を思う気持ちに感動した。そして自らの弱気な精神状態を恥じた。
――私は、被害が出るのを恐れて命令を出すのを躊躇して悩んでいる、その間、兵士達は仲間を守る為に必死になって戦ってる……私はいったい何をやってるの? 悩んでる間に無駄に被害が拡大してるかもしれない、だったら――!
「須賀三曹、新たな命令を下すわ」
――武器庫を死守しなさい――。
イーヴァはあらゆる責任を負う覚悟を決めた。そして須賀へ、死ねというのに等しい命令をした下した。
――お嬢、それで良いです。
ロー大尉は静かにイーヴァを見つめて決断を肯定した。そして須賀は「了解」と力強く言うと、無線を切った。
「ロー大尉、各中隊長へと連絡して、現在、一部の味方が全ての敵を惹き付けて相手をしている、その間に、全部隊、攻撃の体制を整え……全力で反撃せよ!」
「わかりました、コマンダー」
ロー大尉はイーヴァに敬礼すると、指揮所を離れた。そしてイーヴァはただ一人、命令が実行されるのを待った。
――武器庫、エリア。
須賀は、イーヴァとの無線を終えると溜息をついた。その後ろでは久我とアオコが無言で須賀を見つめていた。
「さて、お前ら、さっきの無線の通りだ」
「無線の通りって……さっきイーヴァちゃんがここを死守しろって言ってたけど、それってヤバくね……ほら」
久我がそう言うと、周りから大量の大蛙達の唸り声が聞こえて来た。これらは全てグァアバが呼びよせたものだ。もうすぐここへとやって来る。
『グハハハ、オ前達ハココデ死ヌ』
突如、撃たれた筈のグァアバがゆっくりと起き上がり、須賀達の方を向いて言った。そして、傷口を抑えながら、できるだけ不敵な笑みを作っている。
「ちっ、死に損ないの蛙野郎が」
須賀はそう言うと、腰からリボルバーを取り出し、容赦なくグァアバの無事な方の腕を撃った。
「テメェが手足を潰した兵士と同じ目に合わせてやる」
須賀は続けてグァアバの両膝と両足を撃った。
グァアバは絶叫しながらのたうち回った。そして最後は動けなくなり、ただ血を流しながら苦しみ、力尽きるまで待つ状態になった。
「お、おい須賀、大丈夫か?」
「何がだ?」
「っ、……お前、何で笑ってんだよ」
須賀は、狂気を帯びた笑みを浮かべていた。その様子を見て久我はある言葉を思い出した。
『コンバット・ハイ』
戦闘中に脳内麻薬が放出されて、快感を得てしまう。
「久我、建物の中に負傷した兵士が一人いる、そいつをゼリーで治療した後、アオコを連れてここを離れろ」
「……お前は何をすんだよ」
「俺はここに残って、敵を食い止める」
久我は、このまま行動を起こせば、須賀がここで戦死してしまうと思った。そして気が弱い自分では須賀を止める事ができないと思った。
「おい、わかったならさっさと言った通りにしろ」
「り、了解」
久我が全てを諦めた時、久我の横にいたアオコが急に飛び出し、そして須賀へ突進して押し倒した。
「ぐはっ……痛ってえな、何しやがる!」
「――凌駕! お前、自分が何をしようとしているのか分かってるのか!?」
「分かってる、俺はここで一人で残って敵をぶっ殺す、だからお前は久我と一緒に――」
「――そんな事したらお前は死んじゃうんだぞ!」
アオコは叫ぶと、今度は須賀の胸ぐらを掴んで言った。
「お前、さっきの笑顔は何だ? 何がそんなに楽しい?」
「笑顔? 俺は別に楽しんでねぇ」
「楽しんでるよ! そんなに命を奪う事が楽しいのか? 今のお前はおかしい、きっとここにいると益々変になる、だから私と逃げよう……それで、元の世界へ帰ろう」
アオコは目に涙を浮かべて訴えた。その瞬間、須賀は自分がおかしくなっていた事を自覚した。
――アオコの言うとおりだ、俺はどこか変になってる、さっき蛙野郎を撃った時、俺は快感を得ていた。これ以上、この世界にいると俺は……戻れなくなる。
「すまねぇ、俺はおかしくなっていた、だけど、今はお前らを生き残らせる為に戦わなくちゃならねぇ、だから残る」
「だったら私も残る!」
「はぁ!? お前俺の話を聞いてたか?」
「うるさい、お前が死ぬ時は私も一緒だ!」
「なっ!? お前、それって……」
「えっ? あ、いや、私は……何を言ってるんだ?」
「……さぁ?」
須賀とアオコの間に、なんとも煮えきらない、微妙な男女の空気が流れた。
「あー、お二人さん、ここは戦場ですよー、まだ危険ですよー、そういうのは安全が確保できてからしてね」
「ば、馬鹿野郎! 俺とアオコはそんなんじゃねぇよ」
「はいはい……それより、須賀、俺とお前はレンジャーバディだろ、だから俺も残って戦うぜ」
「チッ、お前もかよ、馬鹿な野郎だ」
須賀が悪態をつくと、ペットのゼリーが須賀の頭の上に飛び乗って、自分も戦うアピールをした。
「俺をおかしいって言ってたけど、お前らも十分おかしいぜ……ったく、全員、覚悟は良いな?」
全員が無言で、須賀に頷いた。
「よし分かった、時間がねぇから早速指示を出すぞ、久我、お前は中の建物にある武器庫に行って何でも良いから強力な武器を取って来い、ゼリーは中の怪我人の治療だ!」
「了解したぜ! 行こうゼリーちゃん」
「ぷるぷる!」
久我とゼリーちゃんをした見送ると、須賀はアオコの方を向いた。
「凌駕、私は何をすれば良い?」
「お前は、俺とバリケードを作るのを手伝え、その後は……俺を後から見守れ」
「そんな、私も戦えるぞ、舐めるな!」
「あーもう! 俺の後ろを守れって事だよ、それに……お前は蛇だけど、一応女だろ、後ろに女がいたら、なんだか知らんが男はいいとこ見せようと思って張り切るんもんなんだよ!」
「え、あっ……うん、そうなのか」
「だから、俺の後ろに居ろ」
――俺はアオコ相手に何を言ってるんだ? こいつは人間じゃなくて動物だぞ? 変な気持ちを抱いてんじゃねぇよ、畜生、やっぱり俺はおかしくなってる。
――凌駕の奴、私に何を言ってるんだ? それに私は何で体が火照っているんだ、相手は人間だぞ、おかしい、私は蛇なのに………。
お互い、自分の気持ちに戸惑いながら、黙々と作業を進めた。そうしている間に、次々と大蛙達が集まり、須賀達一行は包囲された。
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