ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~

上等兵

17話 「潜入、突撃」


 ――闇、闇闇闇。

 観渡す限り一面闇。こうなってしまった原因はアスラと呼ばれる蛙の形をした化物達がこの周辺にある灯りを全て壊してしまったからだ。

 さらに彼らはこの周辺で暴れ回り、建物の全部窓を割り、物を散らばらせ、このあたり一帯を不気味な廃墟へと変えてしまった。

 そうした環境の中、イーヴァから任務を請け負った須賀達は、アオコを先頭にして縦隊を組み、隠密に行動した。そしてある建物の角に来るとアオコは立ち止まった。

 「……うーん、感じるな」

 アオコは暫く口から舌をチロチロと出した。こうやって空気中の匂いや味を感じ取っている。
 
 「――おいアオコ、この先に居るのか?」
 「居る、数は一匹だ……まだ気づいて無いみたいだ」
 「そうか……殺れ」
 「分かった」

 アオコは須賀の命令を聞くと、一目散に建物の角を飛び出した。その後、角の向こう側から大蛙の切ない鳴き声が聞こえて来た。

 「ひゅー! やるねぇアオコちゃん、それに須賀の言う事をよく聞くようになったんじゃない?」
 「そうみたいだな、何があったのか知らねぇけど、言う事を聞く便利な奴になった」
 「そんな冷たい事言うなよ、アオコちゃんお前が尋問されに連れてかれた後、お前の事を心配して大泣きしてたんだぜ?」
 「アオコが俺の事を心配しただと!?」

 須賀は久我からアオコの事を聞いて驚いた。かつてのアオコはどちらかと言うと須賀の事を嫌っていた。なのでどういった心境でアオコが自身の事を心配する心境になったのか検討もつかなかった。

 ――まぁいい、とりあえずアオコが俺に敵対しないならそれで構わねぇ。

 須賀は一呼吸置くと、銃の安全装置を外して何時でも射撃ができる体制に移った。

 「――久我、出るぞ」
 「了解! 後方の守りは俺とゼリーちゃんに任せとけ!」
 「ぷるぷるっ!」

 後方は久我とゼリーちゃんのコンビに任せて、須賀は銃を前方に構えて建物の角を飛び出した。

 「アオコ、良くやった行くぞ」
 「ふふんっ、こんなのはちょろい」

 須賀は銃を構えながら前進すると。前方でアオコが大蛙に巻き付いて仕留めているのが目に映った。そして足を止める事無くアオコに声をかけると、アオコは須賀を見て嬉しそうに反応して着いてきた。

 こうして三人と一匹(久我のペット)は無駄な動き無く安全に目的地へ到着した。

 「凌駕、まずい隠れろ!」
 「――のわっ!?」

 目的地前で、アオコが何かに気づいて、須賀を押し倒した。それに対し須賀は文句を言おうとしたが、急に血の匂いを鼻に感じて押し黙った。そしてゆっくりと起き上がり、前方を確認した。

 そうして須賀達の前方約百メートル程先には大量の兵士達の死体が山積みになり、その上に黒い化物のシルエットがある事を確認した。

 『グァ……グァ?』

 シルエットの正体は大蛙のアスラ達のボスでラフ・アスラの『グァアバ』だ。グァアバは前方に何かを感じ取ったようで死体の山の上に立ち上がり周囲を確認し始めた。

 「――久我、伏せろ!」

 須賀はすかさず後に合図した。そうして暫く伏せた状態で周囲に溶け込むと、グァバは立ち上がるのをやめて再び死体の山に座した。

 須賀はその事を確認すると周囲に隠れそうな場所が無いか探した。すると一箇所だけグァバを監視できる位置に建物がある事に気がついた。

 「……おいアオコ、あそこの建物に敵は居るか?」
 「うーん、……敵はあの建物にはいないみたいだ」
 「よし……このまま匍匐前進であの建物まで行くぞ」
 「ええっ、マジかよ……匍匐前進ってつかれるんだよなぁ」
 「黙ってついてこいよ久我……『第四匍匐』で行くぞ」

 ――第四匍匐とは、仰向けに寝そべり、銃を横にして前に両手で持ち、肘と足を交互に動かしてできるだけ姿勢を低くした状態で移動する方法だ。

 須賀と久我はこの移動方法を駆使したが、グァアバの視線がこちらに向く度に停止するのと、装具が邪魔で機動力を発揮できなかった為、建物につくまでに少し時間がかかってしまった。

 「二人とも遅いぞ、全くこれだから人間は不便だな」

 アオコは須賀達よりも早く建物に到着して待っていた。というのも蛇の体を持っている為、スルスルと地面を這って行き、グァアバの監視をしていた。

 「ハァハァ……アオコ、奴の状態はどうだ?」
 「変わりなしだ……凌駕、見た所あいつはとても危険だ、今まで会った雑魚達とは違う、悔しいが私でも勝てるか怪しい」
 「ほぉ、お前がそこまで言うとはな……一体どんな奴だ?」

 須賀は到着した建物に音を建てないようにゆっくり入ると、窓からグァアバに気が付かれないように観察した。

 『グァ……グァ……』

 ――あいつが親玉か、見た目は蛙だな……けど人間みたいに立ち上がるみてぇだな、立ち上がった時の身長は約百八十を超えるくらいか、だとしたら体重は多分八十キロを超えてるな。

 須賀はグァバの体を見てその他様々な事を自分なりに分析した。そしてグァバの体の筋肉、特に足の筋肉に注目した。とても発達した筋肉に覆われた足だ。

 おそらくこの足の筋肉を使い、思いもよらぬスピードで動き回る。そうなれば動き回る相手に自分は銃の弾を当てる事ができる練度があるか心配になった。なので狙撃をして一撃で仕留めようと思った。

 そうして精神無線機を使い、本部にいるイーヴァに許可を求める事にした。

 『――HQ本部こちら須賀だ、現在地は武器庫近くの建物の中だ、そこから武器庫を占拠しているアスラとかいう化物の親玉らしいのを発見した』
 『――了解したわ、そのアスラの特徴を教えて』
 『特徴は……』

 須賀はイーヴァにグァアバの特徴を教えた。

 『――ところでHQ、現在の位置から化物に狙撃できるが実行して良いか?』
 『須賀三曹、狙撃は許可できないわ、第一あなた射撃の腕は確かなの?』
 『……それなりに腕は良い方だが?』

 須賀は自衛隊で行われている射撃検定では良い成績を残していた。

 『それなりじゃ駄目よ! 確実じゃないと……この際だから言っておくけど、あなたの目の前にいる化物アスラはラフ・アスラよ! だから決して舐めてかからない事』
 『何だそのラフ・アスラってのは?』
 『強靭な肉体と高い知能を持ったアスラの中のアスラの事よ、だから例え銃弾を何発体に浴びてもラフ・アスラは生命力の高さ故に中々死なないわ、だから確実に急所に弾を当てる必要があるの』

 須賀はイーヴァとの無線でのやり取りの途中で窓からグァアバの様子を確認した。

 グァアバは暇なのか、死体の山の上に寝転び始めた。これでは須賀の位置からグァアバの急所は目視する事ができない。

 『……状況が変わった、狙撃は不可能だ』
 『了解したわ、見つからないように潜入して、そして写真で見せた武器担当の兵士を探して……見つけられそう?』
 『それについては難しそうだぜ、なんせ化物の下にある大量の兵士達の死体の山の中にいる可能性が高い』

 グァアバはイーヴァ達、エルフへの見せしめの為に武器庫にいるエルフ全員を殺害して、その死体で山を築いた。その為、例の写真の男もこの死体の山の中に埋もれているのだ。

 『――あの死体の山から目的の兵士を探すのは無理だ、他の作戦は無いのか?』
 『他に方法が無いわ、奴らを倒すのに人員が少なすぎるの、だから強力な武器が必要なの』
 『その強力な武器ってのは何だ?』
 『M60機関銃よ』

 M60機関銃――口径7.62mmの米軍の機関銃だ。多量の弾を発射出来て分隊支援にはもってこいのものだ。ベトナム戦争等多くの実戦で使われていた。

 ――なるほど、だから最初にベルトリンクの弾を俺達に渡してきたのか。

 メッセ二等兵から小銃の弾を貰う時に一緒にベルトリンクを渡された。現在、それは久我が肩と体に巻き付けて持っている。

 『――分かった、何とかする……だが、何とか化物の気を反らせたい、方法は無いか?』
 『気を反らす方法……あるわ! 今からここから内線で建物に電話をかけて鳴らすわ、そうしたらラフ・アスラはそっちへ向かう筈、その隙に遺体から武器庫の鍵を探して』
 『……分かったそれで行く、準備ができたら連絡する』

 須賀は無線でのやり取りを終えた。特に作戦を思いつかばなかった為イーヴァの作戦に乗ることにした。

 ――さて、問題は誰が行くかだ……俺は指揮する立場で無線のやり取りをするから動けねぇ、だとすると機動力があって敵を察知できるアオコか?

 一瞬アオコに行かせようと考えたが、それは無理な事に気がついた。

 「おいアオコ、お前鍵って知ってるか? それと機関銃って分かるか?」
 「かぎ? 何だそれ、どういう意味だ? きかんじゅう……もしかして凌駕が持っている火の出る棒の事か?」

 ――駄目だこいつ、元が蛇だったから超基本的な人間の知識や概念がねぇ論外だ。

 「久我、お前の出番だ、行って来い」
 「ええっ!? 俺?」

 この際、適任者は久我しかいない。その為須賀はアオコの代わりに危険な任務に久我に行かせる事にした。
 
 「バカ、声が出けぇよ、良いからてめぇは行って来いよ」
 「ええっ、やだよ……須賀、お前が行けよ」
 「俺はこの組を指揮する組長だから行けねぇ、だからお前が行け」
 「ふざけんな、組長ぐらい俺だってできる、だからお前が行けよ」

 お互いが行けと言って決まらなかった。なので手っ取り早く多数決する事に決めた。

 「おいアオコ、お前が決めろ、俺と久我、どっちに残って欲しい?」

 須賀がアオコに質問すると、アオコは急にあたふたして、その後もじもじと恥ずかしげに答えた。

 『わ、私は……凌駕に、残って欲しい』

 須賀は言われた瞬間、何故か顔が赤くなった。
 
 ――な、なんだこれ? 俺まで恥ずかしいぞ!?

 アオコは人間でないとはいえ女だ。そして見た目は美少女なのだ。だから童貞で女性に免疫の無い須賀はつい、アオコの態度に対してドキドキとしてしまった。
 
 「お、おう……じゃ、じゃあ決まりだな、久我、お前が行け」
 「……何だよこの流れ、畜生、須賀の野郎そうは行くか――」

 久我は須賀とアオコの間に漂う謎の男女の空気にムカついた。なので反撃に出る事にした。

 「――アオコちゃん、須賀の野郎は残って無線機でイーヴァちゃんと話したいだけだよ……」

 久我がそう呟くと、アオコは一瞬で冷めた表情になり、宣告した。

 『凌駕、お前が行け』

 須賀は抗議しようとしたが、その直後、無線機でイーヴァに急かされた。

 「ほら、多数決で決まりだな、それとイーヴァちゃんも急かしてるぞ、早く行けよ須賀ぁ」

 久我はムカつくニヤニヤした顔で須賀に言った。そしてその横ではアオコがさっきより冷めた表情で須賀を睨みつける。
 
 こうして須賀が武器庫の鍵を探しに出なくては行けなくなった。

 「てめぇ、あとで覚えとけよ……ったく弾を早くよこせ!」
 「はいはい、じゃあ気をつけて言って来いよ」
 
 須賀は鉄帽と装具を外して身軽になり、その上に久我から受け取ったベルトリンクを体に巻き付けて装着した。

 そしてさらに身軽になる為に持って来た小銃を久我に預けた。

 ――これで良し、この作戦は機動力が重視だ、もたもたしてると化物に見つかってやられちまうからな……。

 須賀は軽く準備体操をして、駆け出す準備をした。

 「ふんっ…、あの雌の何が良いんだか……」

 須賀は体操をしながら、後でアオコが愚痴っているのを聞いた。

 「何だお前、イーヴァに嫉妬してんのか?」
 「し、嫉妬などしていない! ……唯、何故かお前があの雌と仲良くしている所を想像するとモヤモヤする」

 ――それを嫉妬って言うんだよバーカ。

 須賀はアオコ方を振り返らずに思った。そして心の中で何故かで嬉しさを感じた。

 アオコが須賀に嫉妬している。それは裏を返せばアオコは須賀の気に入っていて、イーヴァに取られそうになっているのが事が気に食わないという事だ。

 今まで、異性に見向きもされなかった須賀は生まれて始めて異性に気に入られた。その事が自分では気づかなかった心の奥底で嬉しいと感じたのだ。

 須賀は自分の顔が少しニヤけているのを隠そうとしてアオコの方を向かなかった。

 ――それにしてもイーヴァか……あの女司令官は俺に無いものをたくさん持ってやがる。
 
 須賀はイーヴァの事を思い出した。地位、階級、容姿――あまり恵まれた環境で育ってなかった須賀はそれらを全て備えているイーヴァを羨ましく思った。

 そしてイーヴァは見た目は幼いが、きちんと大部隊を指揮して率いる優秀な司令官だ。そうした姿にも憧れの感情を抱いた。

 ――別に俺はあの女に別に恋愛感情だとかは抱いていねぇ……それよりも、いつか俺もあんなふうに部隊を指揮して率いたいもんだ。

 「……凌駕」

 アオコは寂しそうに須賀の名前を呼んだが、須賀はそれに気が付かなかった。

 この時、須賀がアオコに自分のイーヴァに対する気持ちは恋愛感情では無く憧れの感情である事を伝えていれば士気は上がったであろう――。

 『――須賀三曹、応答して、準備は良い? 電話を鳴らすわよ?』
 『はいはい、こちら久我三曹です、須賀の準備は出来てますよ!』
 『え? 須賀三曹が作戦を実行するの?』
 『ええ、そうです、ですから何時でもどうぞ』
 『了解したわ……今から作戦を決行よ!』

 久我がイーヴァと無線でやり取りをした。その瞬間、別の建物にある電話のベルの音が鳴り響いた。

 ――ジリリリリッ!

 『グァッ!? グァアアア!』

 グァアバはベルの音に気がつくと雄叫びを上げて、死体の山から飛び降り、一目散に電話が鳴る建物へと向かった。

 「化物が動いた、行ってくる、後は任せたぞ!」

 須賀は全速力で駆け出した。そうして駆け出している時、戦闘訓練で行った銃剣突撃の場面を思い出した。

 ――目標百メートル、早駆け!

 『グァアアアアッ!』

 駆け出している最中、別の建物からグァアバ雄叫びが聞こえる。それと同時に電話のベルの音が聞こえなくなる。恐らくグァアバに破壊されたのだ。

 ――ヤバイ、化物が早く戻ってくる!

 『グァアアアア! グァアアア!』

 グァアバが音がした建物に人間が居なかった事に苛つきながら戻って来た。

 ――畜生、間に合え!

 須賀は心の中で雄叫びを上げながら、武器庫の鍵が埋まっている死体の山へダイブした。

 『――グァ?』

 グァアバは戻った時に自分が居座っていた死体の山が僅かに動いた瞬間を見た。

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