ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~

上等兵

1話 「迷彩の集団」

 ――昭和61年、夏、某演習場。
  
 炎天下の山中の草木をガサゴソとかき分け、ひたすら道なき道を進む男達の集団がいる。
 
 彼らは皆、迷彩と呼ばれる自然の風景に溶け込む柄の作業服と呼ばれる服を着ている。そうして頭には偽装の為に草をつけた鉄帽、身体には大きくて重たい背嚢と呼ばれるリュック、そして下は茶色のブーツを履いている。
 
 ここまで偽装に拘る彼らは、顔にもドーランで迷彩を施している。まるでどこか部族が戦いの際に施すメイクの様だ。
 
 この一風変わった集団は何なのか。それは彼らの格好の他に彼らが何者なのかを示す物がある――それは銃だ。
 
 彼らは皆、目は鋭く常に周囲を警戒して歩いている。そしてライフル銃、もしくは小銃と呼ばれるものを負い紐で首からぶら下げながら歩いている。
 
 彼らの持つ銃の名前は『64式7.62mm小銃――』
 
 この銃を持つことが許されるのは国民を守ることを国から託された極僅かな組織だけだ。そして彼らはその中の一つである
 
 『――陸上自衛隊』
 
 陸上自衛隊とは一般的にその名のが示す通り主に陸上で活動し国土を防衛する組織だ。この組織は屈強な身体と精神を持った者が多く在籍している。今、山の中を進む彼ら、迷彩の集団もそうした者達で構成されている。
 
 「――ぜぇ、ぜぇ」
 
 屈強なこの集団の中に息が荒げている男がいる。男はフラフラとよろけながら歩き遂に木の根っ子に躓き転倒した。
 
 「おいレンジャー須賀すが! 貴様何故こけたぁ!? お前がこけたせいで行軍が遅れるだろうが、お前もしかして休もうとしてわざとこけたな?」
 
 他の者達と比べて身につけている物が少なく、そして余り汗と泥が付いていない男が先ほど転倒した男の胸ぐらを掴み怒鳴る。
 
 「レンジャー!」
 
 怒鳴られている男は何か意味の分からない言葉を吐いた。
 
 「何がレンジャーだ、そんなこと言う暇があったらさっさと立って歩け!」
 
 「……」
 
 「レンジャー須賀ぁ返事しろぉ!」
 
 「……レンジャー!」
 

 ――先程彼ら二人が言っているレンジャーとは陸上自衛隊で行われているどんな過酷な状況でもそれを物ともせずに任務を遂行する隊員を養成する訓練のことだ。
 
 この過酷な訓練を乗り越えた者にはレンジャー徽章と呼ばれるダイヤの周りに月桂冠をあしらった形のバッジを与えられこのバッジを着けた者は自衛隊の中で一目置かれる存在になる。
 
 何故ならこのバッジを持っているということは過酷な任務を遂行できる実力があるということだからだ。
 
 話をより詳しく説明するとレンジャー須賀と呼ばれた男はまさに今この過酷な訓練を受けているところであり怒鳴った男は訓練を指揮する教官である。
 
 この訓練を受ける物は自分の名字にレンジャーと着けて名前を呼ばれて教官の言うことにはすべて「レンジャー」と言って答えなければならない。
 
 例えそれが理不尽な内容であってもだ――。
 
 教官はレンジャー須賀を怒鳴り終わると今度は集団の中の別の男を怒鳴りに行った。
 
 「……ちっアホ教官が」
 
 教官が居なくなるのを見計らってレンジャー須賀は悪態をついた。
 
 「おいレンジャー須賀これをおとしたぞ」
 
 すると、須賀の後にいた男が四角い透明なビニールで防水された物を拾って須賀に渡した。
 
 渡された物はこの地域の地図で裏にレンジャー須賀の本名、須賀凌駕すがりょうがと記入されていた。
 
 「お、おうすまねぇなレンジャー久我くが、これを失ったら帰れなくなるところだった」
 
 「良いってことよ、それより今は教官がいねえからレンジャーはよそうぜ、あとお礼は帰ってからこれをおごれよな」
 
 そう言って久我は右手を胸の位置に上げて小指を立てる。
 
 「はぁ? そんな高いのおごれる訳ねぇだろ……ったく、だいたいお前は女に困ってねぇだろ」
 
 「だははは、そりゃそうだ」

 「ち、この女ったらしが――」
 
 久我は誰もが疲れているのにただ一人だけ笑う。須賀はそれを見て呆れた。
 
 久我という男の本名は久我小太郎くがこたろうといって、レンジャー訓練中の須賀のバディ相棒だ。久我はかなりの男前で女にモテる。それに対し須賀はモテない。この対照的な二人がバディになったのは、恐らくレンジャーの教官のちょっとしたおフザケであろう。
 
 因みに須賀がモテない理由は色々ある。須賀が目つきが悪い。それが原因でよく周囲にいる不良に絡まれて喧嘩をしていた。その流れで須賀自身も不良になってしまい、相当荒れた学生生活をしていた。
 
 以上の事で須賀に近づく女はいなかった。だから未だに童貞だ――。
 
 「ああ、何で俺はこんなクソみたいな山の中にいるのかねぇ」
 
 「そりゃお前、俺たちは外に行くところがないからここにいるんだろ? あははっ!」
 
 須賀の呟きに久我が面白がって返した。
 
 「……行くところがないか」
 
 須賀はここに至る経緯いを思い出した──。
 
 ――確かに俺は行くところがねぇ、それに現状としては、俺の親はかなりの荒れている、だから実家には帰りたくねぇ、そして何より俺は地元で屈指のバカなヤンキー高校の出身でそんな俺が就職できるところはろくな場所がない。
 
 当時高校を卒業した須賀は現実を目の当たりにして絶望した。そして自暴自棄になり昼はパチンコと酒をやり自堕落な生活を送っていた。

 「――そういや、全ての始まりはあのときだったな」

 ある日、須賀は昼間から酒を飲んで酔っ払ってしまい、ヤのつく人達に絡んで喧嘩をした。
 
 その時、須賀は喧嘩慣れしていたので二人ほど叩きのめしたがすぐに仲間を呼ばれ多勢に無勢で遂にボコボコに殴られ路地裏のゴミ置き場に捨てられてしまった。
 
 須賀はその時、自分が情けなくなった。
 
 ――このままクソみたいな人生を歩んで誰にも見届けられないまま俺は死ぬのか?
 
 「……畜生」
 
 須賀がゴミ置き場で涙を流していると、ちょうどその光景を見ていた一人の男が須賀に話しかけた。
 
 「君、大丈夫かい? おじさん遠くから君の事を観てたけどだいぶやられたみたいだね」
 
 話かけた男は見た目は中年で灰色の警察に似ているが違う制服と、制帽を被っていた。
 
 「なんだよおっさん、見てたんなら助けろよ」
 
 「いやぁ、私も喧嘩は好きだけど何せこの格好だからちょっとまずいんだよね、というより喧嘩は駄目だよ」

 「……おっさんは警察じゃねぇな、何者なんだ?」
 
 「ん? 私かい、私は自衛官だよ……っとそうだ君も自衛官にならないかい? 君のような強い男が自衛官に向いてるよ」
 
 「自衛官?」
 
 自衛官って言ったらあれか? あの銃を持ってるやつか?

 ――須賀の思っている自衛隊に対する印象はそんなものだった。
 
 「ちょっと試験日に名前を書いてくれるだけで簡単になれるよ、どうだい?」
 
 須賀は自衛官の話を聞いて疑問に思った。
 
 「何で名前を書くだけで入れるんだよ、そんなのおかしくないか?」
 
 すると自衛官は悲しそうに説明を始めた。
 
 「今は景気が良くなって来てね、誰も自衛隊に入ろうとしなくて人手が足りないんだよ、だから実際は受けるだけで入隊できるんだ」

 そうか、確かにここ最近景気が良くなって来ていると聞いたことがある、だとしたらみんな良い企業に就職できるだろうな、だがそれが出来ない俺はどうなんだ?

 須賀は自分の置かれている状況がとても悪い状況のように感じて絶望し始めたが、自衛官のある一言で希望を抱いた。
 
 「――自衛隊なら衣食住を面倒みてくれるよ」
 
 須賀はこの一言に飛び付いた。
 
 「おい、それは本当か?」
 
 須賀は現在お金を持ってないので余り飯を食べていない。そして住んでるところもクソみたいなところだ。だから常々この状況をなんとかしたいと思っていた。
 
 「お、もしかして自衛隊に興味があるかい? だったら明日が試験日だからここに来てくれないか?」
 
 「はぁ!? 明日?」
 
 そう言って自衛官は試験会場の住所が書かれたメモを俺に渡し立ち去った。
 
 そうして次の日、須賀は勉強を全くせずに試験用紙に名前を書いただけで合格し、晴れて自衛隊に入隊した。
 
 ――あれから六年、十八歳から入った須賀は二十四歳になり、階級も三曹となって立派な自衛官になった。
 
 因みにバディの久我は地元で女性を取っ替えひっかえして遊んだせいで追われる身になっていたところを運良く自衛隊の広報官にスカウトされて入隊した。
 
 ──そういえばバディが他にもまだいたな。
 
 須賀は何かを思い出して、腰にぶら下げている防護マスクの袋を漁った。
 
 「おい須賀、そんなところに何か隠してたのか? メシだったら俺にも少し分けてくれよ」
 
 久我が物欲しそうな目をして須賀に訴える。
 
 「ダメだ、何と言ってもこいつは俺のもう一匹のバディだからな」
 
 そう言って須賀は袋の中から目的の物を取り出した。
 
 「――っておい、期待さすなよ、それになんだよバディって、そいつは非常食だろ?」
 
 久我はあからさまにがっかりした態度を取った。それもその筈、須賀が取り出したのは非常食用に捕まえた、くすんだ緑色の大きな蛇だったからだ。

 厳しい訓練でお腹が減っているとはいえ、流石に蛇を食べるのは抵抗がある。
 
 「非常食だからいざというときに頼れるバディなんだよ、こいつはいつか俺の腹を満たしてくれる筈だ」

 須賀はそう言って蛇の尻尾を持って久我に見せつける。その時、蛇は暑さのせいで抵抗できず大人しかった。
 
 「はぁ、俺は須賀の言ってることがわかんねえよ、それよりそいつはアオダイショウといって肉は臭みがあって食べられないぞ」

 「え、そうなのか?」

 「ああ、あのさっきお前を怒鳴ってた教官が言ってたから間違いない」
 
 教官は何度もレンジャー隊員を育成してきたベテランだ、その教官の言葉は信用に値する。
 
 「ちっ、なんだよここに来る途中で非常食にしようと思って捕まえて大事にしてたのにな」
 
 須賀は蛇が食べられないと知りその場に捨てようとしたが思ったが、一瞬思った。
 
 ――なんだかんだ言ってこいつとここまで来たんだよな、それなのにここで捨ててくなんて少しかわいそうだな。
 
 須賀は食べられない蛇を再び防護マスクの袋に詰め込んだ。

 「おいおい、そんなところに入れんなよ、緊急事態の時にマスクを被れなくなるぞ?」

 後ろから久我が注意したが須賀はそれを無視して黙々と前を向いて歩いた。
 

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