勇者は鉄の剣しか使っていませんでした

顔面ヒロシ

☆9







 エリュンダルクが魔族の率いるドラゴンに襲われたのは、しばらくたってからのことでした。教会では王都の避難民を受け入れ、結界師は総出でドラゴンのブレスから王都を守ろうとしました。


「…………く、」
 がくりと地面に膝をついたのは私だけではありません。今回エリュンダルクに奇襲してきたファイアドラゴンは3匹。竜騎士隊がワイバーンに乗って戦っていますが、これ以上戦闘が長引けばもう王都を守る結界はもちません。
 数ではこちらが上回っていますが、ドラゴンはワイバーンの上位種です。それに加えて魔族までもが魔術で暴れまわっています。


これほどの規模の結界が壊れてしまったら、私の身体にも大変なダメージが加わることでしょう。引き裂かれるような苦痛に耐えながら、杖を支えにクリスタルに触れていると、やがて上空に何かの影が飛来しました。


 それは年老いた赤いドラゴンでした。


 赤褐色の鱗が目の前で輝き、舌なめずりをしている竜は結界を維持しようと頑張っている私たち教会の者をターゲットにしていました。身も凍るような思いに、死を覚悟しましたが――、その時、どこからか斬撃が飛んできてドラゴンに傷をつけました。


「――フランカに手を出すな!」
 誰から借りたのでしょうか。攻撃を放ったのはワイバーンに跨ったケントリッドだったのです。
助けて貰った私は涙が零れそうになりました。


銀色の鎧に鉄の剣を装備したケントリッドは、怖い顔で吠えました。彼の乗っているワイバーンは炎をドラゴンにぶつけます。
 やがて、他の竜騎士もやってくる中、ケントリッドはドラゴンを1匹鉄の剣で打ち取りました。はい、嘘ではありませんよ。紛れもなく彼が使ったのは鉄の剣です。
それを使ってドラゴンの目を一突きし、喉元を切断したのです。
彼は、血まみれの恰好で地上に降りると、気絶しそうになっていた私を思いっきり抱きしめました。


「……許せない。魔族の奴等、フランカを殺すつもりだった」
「けん、ケントリッド。苦しい……」


 圧力で呼吸が止まりそうになっていた私に気が付いたのでしょう、ケントリッドは少しだけ腕の力を緩めました。


「アイツら、絶対に許せない」
 もしかしたら、この時にケントリッドを制止することができていれば、この先の運命を変えられたのかもしれません。けれど、結界の維持でくたくたになっていた私は彼の目が鋭く光ったのを気付くことができませんでした。
 政りごとから遠ざけられていたのが嘘みたいに、ファイアドラゴンを討ったケントリッドは真の勇者だと称えられました。


 王都では吟遊詩人がケントリッドのことを歌い、持っている剣は聖剣なのではないかと囁かれるようになります。実際に持っていたのは刃こぼれした鉄の剣で、あの斬撃は彼の人並み外れた修行の賜物なのですが、そうは人の目に映らなかったのです。


王様から褒美を貰える立場になったケントリッドは、聖女フランカ・シードとの婚約を教会に望みました。お姫様との結婚も望めそうだったのに、意固地に私を選んだのです。
ですが、すぐに私が結婚して教会を辞めることはできませんでした。王都の結界はボロボロですし、結界術師の良き後任が見つからなかったのです。


「ねえ、ケントリッド。……本当に、魔王を倒しに行ってしまうの」
 教皇様から聞いたことを信じたくなくて、法衣を着た私はケントリッドに訊ねました。


「……誰から聞いたの? フランカ」
 表情の読めない私の婚約者は、こちらに訊ね返します。


「教皇様よ。貴方が、魔王討伐軍の旗頭になるって聞いたわ」
「あの腹黒狸……、黙っていればいいものを」


「ねえ、嘘よね? そうでしょう?」
 ケントリッドは、無表情のままでした。振るっていた剣を柄に収めると、私の方へと振り向きます。


「……仕方なかったんだ。他の勇者も過半数は負傷してるし、まさか貴族をこれ以上危険な前線におくことはできないだろう。それに、これは俺の希望したことでもあるから」


「どうしてそんな無謀なことをしたの!」
「……フランカ。考えればすぐに分かることだろう? 奴等は君を、この王都を襲ったんだ。俺はそれを許すつもりなんてないし、このまま防衛を続けていたら人間側がジリ貧になる一方だ」


「そうだとしても、無茶よ!」
 ケントリッドは、私に薄く笑いました。その笑みに、何故か背筋が寒くなります。彼がすでに死を覚悟しているように思えて……私は自分から彼に抱き付きました。


「行かないで」
「……無理だ」
 涙ぐんだ私の睫毛を、ケントリッドがそっと押さえます。そして、彼は不格好な笑みを滲ませました。


「もう決めたことなんだ、フランカ。頼むよ」
 私は、泣くのを堪えました。
 藍色の空に夕日が沈んでいきます。その太陽に照らされて、彼の黒髪が暖かく染まりました。


「……この討伐が成功したら、君と今度こそ一緒になりたい」
 彼に耳元で告げられて、私の顔も紅潮しました。
鳶色の瞳を不安に思って見つめ返すと、そこには本気が表れていました。もう何度も身体を重ねて、王の下で婚約もしているというのにどうしてでしょう。


私が緊張しながらも、「はい」と返答すると、ケントリッドは私の腰を掴んで抱き上げました。そのまま、思いっきりぐるぐると回されて、私たちは笑い声を上げました。







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