外食業で異世界革命っ!

顔面ヒロシ

☆20 牢獄で従者を勧誘しよう

 牢獄へ放り込まれているドグマの迎えには、マケイン自身で向かった。彼の周囲はそのことにいい顔をしない者もいたけれど、まさか他人を遣いにやるわけにもいかない。何故かその予定にトレイズまでもが一緒にくっついてくる。

 一応はこの世界の神であるトレイズは、自分が見定めないと不安だと言い張った。

トレイズはあの再会以来ずっとマケインのことを旦那様と呼称している。どこまで本気が分からないが、いつか彼女ともちゃんとした話をしなくちゃいけないと思いながらも、牢中のドグマのことが先に心配になったマケインはひとまずその点において考えるのをやめた。



 案内されたウィン・ロウの食神殿の牢獄へ閉じ込められていたドグマは少しやつれて、死にそうなほどに血の気がなかった。

「……何の用だ、マケイン様。処刑間近な僕を見て嘲笑いに来たのですか」

 自分の今の状況は理解できているらしい。
ボソボソとそう喋ったドグマに、マケインは苛立ちながらも大きく響く声を掛ける。

「お前、自分が悪いことをしたとは思っているのか」

「……そんなこととっくに分かっていますよ」

 トレイズを見た後に。目を伏せながら、ドグマは自嘲する。

「僕には、生まれた時から運が向いていなかった。それ以上に、神であるトレイズ様を、人を欺けるだなんて思うんじゃなかった。自分の損得で誰かを陥れるんじゃなかった……」

 今更ながらに、ドグマは後悔をしていた。
 善悪が麻痺まひしていたのだ。幼い頃は腐った神殿の体質に少しの疑念を覚えていた時期もあったはずなのに、自分が得をする為に気付かなかったことにして。
しばらくしたら何も感じなくなっていった。当たり前の不正に、徐々に自分も朱く染まっていた。

そうして、遂にとんでもない事件を引き起こしてしまった。

カラット家の父や兄からは完全に見捨てられている。恐らくは、もうすぐドグマは処刑されることが決まるだろう。
そんな風前の灯火であるドグマに向かって、マケインは訊ねる。

「もしもここから出られたら、どうする?」
「どうするも何も、行く当てなんてどこにもありません。この街にはいられないにしたって、他の領地へ移動の旅をするだけの旅費もない」

 僅かに残っていたドグマの金銭はすでに没収されている。
「後悔はしてるのか?」
「……うん」

 憔悴しきった表情で、震えながらドグマは頷く。トレイズはそこに偽りはないことを確認してから、頷いて見せる。

ドグマ・カラットは、性格の悪さはともかくとして、ちゃんと反省をしているのだ。
それを見て、マケインはこう切り出した。

「なあドグマ、お前、俺の従者にならないか?」

 僅かに、元下級神官だった少年の視線が上を向いた。
拙い言葉ながらも、マケインは懸命に話す。

「……確かに、俺のところになんか来たって、ちゃんとした給金を払えるかどうかなんて分からないんだけどさ。神官でいた頃より貧乏暮らしをさせてしまうかもしれないけど、だからってこのまま処刑されてしまうよりいいと思うんだ」

「…………馬鹿な」

 ドグマは息を呑む。

「なんて馬鹿な、ことを云うのですか」

「嫌だったら構わないよ」

 やはり受け入れてもらえないのかと、マケインは嘆息をする。

「違う、そうじゃありません。マケイン様、お前は……いや、あなたは。今のご自分のお立場はお分かりですか」

「貧乏男爵家の人間だろ?」
「そんなのはもう関係ない!」

 マケインは本気でドグマが何故声を荒げるのか理解できていなかった。
むしろ憤りすら感じ、ドグマは掠れながらに叫ぶ。

「あなたは食神様の伴侶に選ばれたでしょう! 国王に等しく、それ以上の権力者になったことが分からないんですかっ 召使いなんて、僕じゃなくてもいくらでも選べるはずなんだ!」

「いや、無理だろ」
 マケインは、あっさり首を振る。

「俺はそもそも、神殿で崇め奉られるような人間じゃない。ただ単に料理が得意なだけのただの下級貴族だ」
「トレイズ様! この馬鹿にきちんと色々説明したんですか!?」

 発狂しそうに叫んだドグマに、気まずそうにトレイズは視線を逸らした。宝石のような萌黄色の瞳が宙を浮かんだままに、「それはそのうちに……」と呟く。
意味が分からずにいるマケインがキョトンとしているのに気づき、トレイズはため息をついた。

「ああ、いいさ! ここまで状況が分かっていないなら、奴隷でも召使いにでも何でもなりますよ!」

「あ、ホントに?」

「このままじゃとても死ぬに死ねない! 僕が貴族としての常識を教えてやらないと、この馬鹿はホイホイどこかの邪な人間に利用されるだけだ!」

「あ、ああ……」

 戸惑いながらも、マケインはドグマの気迫に圧倒される。
その乱暴な物言いに、トレイズは眉を潜めた。

「ねえ、さっきから旦那様に向かって、『馬鹿』っていうのはどうかと思うわ。マケインは、ちょっと物分かりが悪くて、規格外な自分を低く見積もりすぎで、常識が分からなくて勘が鈍いだけなのよ」

「むしろ馬鹿と罵られた方がマシな言い方!」

 トレイズのフォローになってないフォローに、マケインは頭を抱えた。
むしろ擁護されればされるほどにいたたまれない……っ

「……それを世間では阿呆というのでは?」

 小声でドグマがサラッと言ってのける。
ムッとしたものの、流石のトレイズも反論の余地はあまりなかった。



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