外食業で異世界革命っ!

顔面ヒロシ

☆19 エンドロールなんかにしない



 我が家にあったボロボロの椅子に女神が腰こしかけている。



それだけでもマケインの中の感性としては異常事態に相違ないのに、高位貴族であるはずのダムソンといったらそのみすぼらしい椅子にすら座ろうとしない。

まるで俺のことを神様か仏様のように崇め奉まつり、ひたすら上座に座るのを固辞しているのだ。そうなってしまうと、今度はモスキーク家一同はどこに位置すればいいのか分からない。ダムソンさんが床だったら、そのマットレスにでもなればいいのか、それとも靴でも舐めればいいのか。



 どうせやるならマットレスの方がいいな。なんとなくだけど。



そんなことを考えていると、食の女神は自分の隣の椅子をさりげなくこちらに進めてきた。



「旦那様はここよ。あたしの隣ね」

「無理無理無理無理」

 なんで下級貴族の俺がそんな偉そうな席に座らなくてはならないのだ!



「俺に進めるぐらいならダムソンさんとかに……」

「マケイン殿その席に座ってくだされえええ! 儂だけではなく神殿の皆々が全員殺されてしまいます!」

 遠慮しようとしたマケインの声を聞き、ダムソンはガタガタ震えた。



「だって俺は下級貴族ですよ?」

「今この世界にあなた様ほどに尊い存在などこの世に存在致しません!」

 その恐怖に満ちた悲鳴に、流石にマケインは空気を読んだ。



どういうことになっているのやら分からず家族の方に視線を送ると、大人しく座っておけというアイコンタクトが返ってくる。

釈然としないままに進められた席に座ると、隣にいたトレイズがマリラとルドルフにも椅子を進める。



この世界のきちんとした常識のある二人は困った顔をしながらも、女神の言葉には逆らえない。そうして、下級貴族なのに椅子に座っているマケイン達と女神、そして床でひれ伏しているダムソンという恐ろしい構図がここに誕生した。

息をするのも恐れ多い状況にひたすら現実逃避をしていると、マケインの手にそっと柔らかな感触がする。目をやると、にこにこ笑っているトレイズが嬉しそうに自分の白い掌をマケインの掌に重ねたところだった。



 うわーーーー!!

思わず叫びそうになったのをぐっと堪えて顔を引き締める。



「な……、なんですか? 女神様」

「ダメよ。トレイズって呼んで」

 自分の桜色の唇に人差し指を当て、女神……トレイズはあどけなく微笑む。



「と、トレイズ。これは一体どういうことですか?」

「もう、前はもっと砕けた口調だったじゃない」



「この状況でそれを求められても!」

 少し不満そうにしたトレイズに、マケインは思わず大きな声で言った。それを聞き、ルドルフは厳しい表情となる。マリラは呆れたようにため息をついた。



「まあ、いいわ。それは追々ね。旦那様にアンタ達の悪事の全貌をつまびらかになさい。食神殿神官長、ダムソン・ルクス」

「……御意にございます」

 想像よりも偉い地位の人物だったダムソン爺に、マケインは驚きを隠せない。老齢にも関わらず多大なストレスがかかっている最中のダムソンは、己の胃が痛むのを感じた。



「各神殿では稀に慣例として、参拝者からの供物を己のものとし、神官が勝手に名をすげ替えて奉納を行ってしまうという騙り奉納が行われておりました。あの日、マケイン殿がお持ちいただいた天上の奉納品も、下級神官であるドグマが自分が作ったものだと偽って奉納したことが本人の証言により明るみに出ております」

「へ?」



 まさかの説明に、マケインは硬直をしてしまう。

 そこにトレイズが補足をした。



「つまりね、私も知らなかったんだけど民が持ち込んだ奉納品を金銭で無理やり買い取って、自分の奉納品として神に捧げていたっていうの。

あなたの料理は本当に規格外だったから……あたしは神界からこの世に降臨してすぐにこんなにすごい料理を作ったのは誰なのか調べた」



 そこで息を吸い込み、トレイズは怒りで眉を吊り上げた。



「そうしたら、何故かぱっと冴えない料理しか作れなかったはずのドグマ・カラットだっていうじゃない!? 嫌な予感がしたから命令して目の前で作らせてみたら、似るも似つかない代物しか作れなかったんだもの、呆れちゃうわ」

「ああ……うん」



 思わずマケインは、遠い目で虚空を眺めた。

そりゃあこの世界に存在しない調理法でできたサンドイッチをいきなり再現しろだなんて言われたらドグマも焦ったことだろう。その結果、正しく女神の怒りを買ったというわけだ。



「あたしはね、全神殿に通達したわ。本当の料理人を必ず見つけ出し、あたしが会いに行くことを!あなたはあたしがようやく見つけた伴侶なんだって」

「伴侶!?」

 ぎょっとしたマケインに、トレイズはにっこり笑う。

なんだか雲行きが怪しい単語が出てきたことに驚いていると、彼女はうっとりとした声で陶然といった。



「あのパン料理は、この世界の革命よ!

黄金色に輝くとろりとした卵と、カリサクとした歯ごたえの揚げた豆! しかもソースは至高の美味で何でできているかまるで分からない! 革新と未知の融合! あたしはこれを考えた人間は天才という言葉では言い足りないと思ったわ」



「いやあ、それほどでも……」

 思わずでれっとしたマケインの脚をマリラが尖った靴で蹴飛ばした。

その痛みに顔をしかめると、トレイズは小声で何かを呟く。



「それに…………込められている思念も……だったし」

「いたたた……」

 顔を赤くしたトレイズは、軽く咳払いをした。



「とにかく! あたしはあの料理を作った人間を自分の伴侶にするってもう決めたの!」

「なんでそういう結論に達したんですか!」



「なあに? もしかしてもう他に妻でも娶っているというの? でもあなた、仮にも貴族でしょう? だったら一人ぐらい増えたって問題ないわよね?」

 なんて強引な押しかけ妻。



「そんなの誰もいませんけど!」

「だったらいいじゃない。うまい具合に男と女だし」



「もしも俺が女の子だったらどうするつもりだったんですかっ」

 目を回しそうになっているマケインの指摘に、トレイズは悪い笑みを浮かべた。



「そんなの後でどーとでもなるわよ」

 黒い発言を聞いてしまった気がする……!

 マケインは頭を抱えた。

そうか、つまりそういうことなのだ。

トレイズがマケインのことを己の伴侶だと公言して憚らなかったから、こんな風に神殿関係者が俺のことを拝んだりひれ伏したりしているのだ……!

そこで、マケインがとあることに気が付く。



「あれ? そういえばドグマはどうなるんです?」

「決まってるじゃない」

 トレイズは無邪気に笑う。



「明け方には処刑よ」

「流石に可哀そうすぎる!」

「だって神を謀かったのよ? これまで悪事をしてきた者は全員何らかの罰は受けるわ。恐らく首が飛ぶ者も少なくないわね」



 マケインはそのセリフに慄いた。

確かに、マケインはドグマによって煮え湯を飲まされる寸前だった。それは分かっている。しかしながら、流石に処刑されてしまうほどの悪事を働いたと云えるのだろうか。

この世界の常識を持ってない細市には、ドグマ少年に対してそこまで恨みつらみは抱くほどには至っていない。しかも、前世の年齢を足せば細市の方が圧倒的に大人なのだ。大人が子どもの失敗にマジ切れしたらまずいだろう、なんとなく。



「誰かドグマを助けようとする人間は……」

「そのような身の程知らずはどこにもおりませぬ」

 しゃがれた声でダムソンは疲れたように言った。



「元からカラット家もさほど有力な貴族ではなくてですな、それも跡継ぎでもない末っ子の失態など知らぬ存ぜぬとする他ないでしょう。運が悪ければ存在自体が抹消されて当然でしょうな」

「ダムソン、アンタにも何かしら責任は負ってもらうわよ」



「分かっております。この首は、あなた様に」

「待ってくださいっ!」

 反射的にマケインは叫ぶ。

叫んだ後に、何かを言わなくてはならないことに気が付いた。しどろもどろになりながら、マケインは苦渋の決断を下す。



「俺が……引き取ります」

「なんと」



「ドグマのことは俺が従者として引き取りますっ ダムソンさんにも怒ってません! だから神殿の誰にも殺したり罰を与えないでください!」







 なんて身の程知らずなことを言ったのだろう。

 この時、マケインは自分自身でそう思った。





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